ブランドも売る、限界近づく「算術のソニー」
編集委員 武類雅典
2014/2/7 7:00
日本経済新聞 電子版
武類雅典(むるい・まさのり)
92年日本経済新聞社入社。
産業部、米州編集総局(ニューヨーク)などを経て
電子報道部デスク兼編集委員。
ソニーが「バイオ(VAIO)」ブランドで知られるパソコン事業を売却する。
過去にグループ会社や工場を売却したことはあるが、
消費者に親しまれた商品ブランドまで手放すことは初めてではないか。
ソニーがパソコン事業の売却やテレビ事業の分社など合理化策を発表した6日午後。
10年前から知るソニー元幹部と話すと、
少しびっくりしたような口ぶりだった。
「とうとうソニーの聖域まで踏み込んだね。
バイオも今まで手をつけられなかったところ。
GE(ゼネラル・エレクトリック)の選択と集中が頭に浮かんだ」
驚きの理由の1つは、バイオの場合、ブランドまで手放したこと。
これからブランドの扱いについて詳細を詰めるとはいえ、
これまでソニーがエレクトロニクス事業の看板ブランドを
他者の手に委ねたことはなかったのだ。
■「ブランドはDNA」
テレビの「ブラビア」、ビデオカメラの「ハンディカム」、
デジタルカメラの「サイバーショット」……。
社内では、こうした商品ブランドを「サブブランド」と呼び、
歴代の経営トップは「SONY」ブランド同様、大切にしてきた。
その1人、大賀典雄氏のこだわりは、
米アップルのスティーブ・ジョブズ氏ばりのすごみさえ感じる。
世界中で有名な「SONY」のロゴのデザインは、
大賀氏自身が文字の大きさや太さなどに何度も手を加え、
現在のかたちに落ち着いたという。
思い入れは、商品ブランドであろうと同じ。
バイオの育ての親で、ソニー元社長の安藤国威氏は在任中、
「ソニーにとって、ブランドとはDNA」とまで話していた。
しかし、今のソニーには、ブランドへの思いを語っている余裕などないのかもしれない。
ムーディーズ・ジャパンには格付けを投機的等級に落とされた。
「物言う株主」として知られる大株主の米有力ヘッジファンド、
サード・ポイントからは、一挙手一投足を注意深く観察されている。
先週から始まった決算発表シーズン中、
過去最高益を予想する好業績ラッシュが続いている。
そのなかで赤字転落を予想したソニーの存在は、
悪い意味で際だってしまっている。その点、
最高経営責任者(CEO)の平井一夫氏らソニー経営陣による
バイオ売却の判断は当然と思える。しかし、
今回の決断が、この先につながると判断するのは早計かもしれない。
M&A(合併・買収)の世界では、
事業を買収した後の経営がポイントとされるが、
事業を売った側にとっても、その後が大事だ。
どんな企業に変わるのかを分かりやすく説明しなければ、
痛みも伴うせっかくの経営改革の真意が投資家らに伝わらない。
■10年を超えた停滞
米IBMがちょうど10年前に決断したパソコン事業の売却劇は、
「IT(情報技術)の巨人」がソフトウエアや
情報サービスに事業の軸足を大きく移す象徴的な出来事として知られている。
NECは先週、子会社でインターネット接続事業者(プロバイダー)の
NECビッグローブの売却を決定。遅ればせながら、
法人向けの情報システム事業で生きていくことを宣言するディールだった。
つい最近までソニー以上に事業売却や撤退を繰り返していたパナソニックは、
自動車分野や住宅設備分野に一気にシフトする戦略を打ち出している。
事業領域の再定義は明確だ。
それらと比べて、ソニーはどうか。
縮小均衡の残像を焼き付けてしまったのではないだろうか。
写真:テレビ事業の分社とパソコン事業の売却を発表する
ソニーの記者会見(6日、東京都港区)
ソニーの6日の会見では、これからのエレクトロニクス事業について語るとき、
スマートフォン(スマホ)やゲーム、画像センサーといった
3本柱に集中する姿勢を改めてアピールすることに終始した。
後はリストラの説明。会見を聞いていて、
過去にソニーの社員やOBから何度も聞いた話を思い出してしまった。
「うちは長年、新しい技術やアイデアで画期的な商品を生む
『技術のソニー』といわれてきたが、今は
リストラやM&Aに頼る『算術のソニー』になってしまった」――。
つまり、合理化などで一時的に収益が上がったとしても
根本的な競争力は回復しない、という嘆きだ。
そんな話を初めて聞いたのは、
ソニーの業績悪化が株式市場全体の動揺を引き起こした
「ソニーショック」のころだった。
もう10年以上がたっている。
ソニーの格付けを引き下げたムーディーズは、
その背景を「特に懸念されるのはテレビおよびPC(パソコン)事業が
直面する財務上の課題であり、いずれも、
厳しいグローバル競争、急速な技術変化、
製品の陳腐化に直面している」と説明している。
■リストラばかりでは、何も残らない
それらは、過去10年にわたってソニーがずっと指摘され続けてきた課題そのもの。
デジタル時代に猛スピードで起きる「製品の陳腐化」などへの対策は、
目先の数字をひねり出すための算術では答えは出ない。
あるソニー幹部は「平井体制になって以前よりも
経営判断のスピードは上がっていると思う。
そこだけは評価してほしい」という。しかし、
改革への期待感があっても、リストラばかりでは、
何もソニーに残らなくなってしまう。
ここまでソニーを追いつめた
アップルや米グーグルの経営は一見、自由度が高そうでいて、
厳しい判断を続けている。
グーグルは先週、子会社の米モトローラ・モビリティーが手掛ける
スマホ事業を中国のレノボ・グループに売却すると決めた。
知的財産を押さえるという当初の目的を果たすと、
買収から2年もたたず、あっという間に手放してしまうドライさだ。
それでも、次々と新しい事業を立ち上げているグーグルに対し、
「ハゲタカ」「リストラ屋」などといった批判が巻き起こることはないのだろう。
そんな立場にたてる日はソニーに訪れるのだろうか。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK0601F_W4A200C1000000/?df=3より
編集委員 武類雅典
2014/2/7 7:00
日本経済新聞 電子版
武類雅典(むるい・まさのり)
92年日本経済新聞社入社。
産業部、米州編集総局(ニューヨーク)などを経て
電子報道部デスク兼編集委員。
ソニーが「バイオ(VAIO)」ブランドで知られるパソコン事業を売却する。
過去にグループ会社や工場を売却したことはあるが、
消費者に親しまれた商品ブランドまで手放すことは初めてではないか。
ソニーがパソコン事業の売却やテレビ事業の分社など合理化策を発表した6日午後。
10年前から知るソニー元幹部と話すと、
少しびっくりしたような口ぶりだった。
「とうとうソニーの聖域まで踏み込んだね。
バイオも今まで手をつけられなかったところ。
GE(ゼネラル・エレクトリック)の選択と集中が頭に浮かんだ」
驚きの理由の1つは、バイオの場合、ブランドまで手放したこと。
これからブランドの扱いについて詳細を詰めるとはいえ、
これまでソニーがエレクトロニクス事業の看板ブランドを
他者の手に委ねたことはなかったのだ。
■「ブランドはDNA」
テレビの「ブラビア」、ビデオカメラの「ハンディカム」、
デジタルカメラの「サイバーショット」……。
社内では、こうした商品ブランドを「サブブランド」と呼び、
歴代の経営トップは「SONY」ブランド同様、大切にしてきた。
その1人、大賀典雄氏のこだわりは、
米アップルのスティーブ・ジョブズ氏ばりのすごみさえ感じる。
世界中で有名な「SONY」のロゴのデザインは、
大賀氏自身が文字の大きさや太さなどに何度も手を加え、
現在のかたちに落ち着いたという。
思い入れは、商品ブランドであろうと同じ。
バイオの育ての親で、ソニー元社長の安藤国威氏は在任中、
「ソニーにとって、ブランドとはDNA」とまで話していた。
しかし、今のソニーには、ブランドへの思いを語っている余裕などないのかもしれない。
ムーディーズ・ジャパンには格付けを投機的等級に落とされた。
「物言う株主」として知られる大株主の米有力ヘッジファンド、
サード・ポイントからは、一挙手一投足を注意深く観察されている。
先週から始まった決算発表シーズン中、
過去最高益を予想する好業績ラッシュが続いている。
そのなかで赤字転落を予想したソニーの存在は、
悪い意味で際だってしまっている。その点、
最高経営責任者(CEO)の平井一夫氏らソニー経営陣による
バイオ売却の判断は当然と思える。しかし、
今回の決断が、この先につながると判断するのは早計かもしれない。
M&A(合併・買収)の世界では、
事業を買収した後の経営がポイントとされるが、
事業を売った側にとっても、その後が大事だ。
どんな企業に変わるのかを分かりやすく説明しなければ、
痛みも伴うせっかくの経営改革の真意が投資家らに伝わらない。
■10年を超えた停滞
米IBMがちょうど10年前に決断したパソコン事業の売却劇は、
「IT(情報技術)の巨人」がソフトウエアや
情報サービスに事業の軸足を大きく移す象徴的な出来事として知られている。
NECは先週、子会社でインターネット接続事業者(プロバイダー)の
NECビッグローブの売却を決定。遅ればせながら、
法人向けの情報システム事業で生きていくことを宣言するディールだった。
つい最近までソニー以上に事業売却や撤退を繰り返していたパナソニックは、
自動車分野や住宅設備分野に一気にシフトする戦略を打ち出している。
事業領域の再定義は明確だ。
それらと比べて、ソニーはどうか。
縮小均衡の残像を焼き付けてしまったのではないだろうか。
写真:テレビ事業の分社とパソコン事業の売却を発表する
ソニーの記者会見(6日、東京都港区)
ソニーの6日の会見では、これからのエレクトロニクス事業について語るとき、
スマートフォン(スマホ)やゲーム、画像センサーといった
3本柱に集中する姿勢を改めてアピールすることに終始した。
後はリストラの説明。会見を聞いていて、
過去にソニーの社員やOBから何度も聞いた話を思い出してしまった。
「うちは長年、新しい技術やアイデアで画期的な商品を生む
『技術のソニー』といわれてきたが、今は
リストラやM&Aに頼る『算術のソニー』になってしまった」――。
つまり、合理化などで一時的に収益が上がったとしても
根本的な競争力は回復しない、という嘆きだ。
そんな話を初めて聞いたのは、
ソニーの業績悪化が株式市場全体の動揺を引き起こした
「ソニーショック」のころだった。
もう10年以上がたっている。
ソニーの格付けを引き下げたムーディーズは、
その背景を「特に懸念されるのはテレビおよびPC(パソコン)事業が
直面する財務上の課題であり、いずれも、
厳しいグローバル競争、急速な技術変化、
製品の陳腐化に直面している」と説明している。
■リストラばかりでは、何も残らない
それらは、過去10年にわたってソニーがずっと指摘され続けてきた課題そのもの。
デジタル時代に猛スピードで起きる「製品の陳腐化」などへの対策は、
目先の数字をひねり出すための算術では答えは出ない。
あるソニー幹部は「平井体制になって以前よりも
経営判断のスピードは上がっていると思う。
そこだけは評価してほしい」という。しかし、
改革への期待感があっても、リストラばかりでは、
何もソニーに残らなくなってしまう。
ここまでソニーを追いつめた
アップルや米グーグルの経営は一見、自由度が高そうでいて、
厳しい判断を続けている。
グーグルは先週、子会社の米モトローラ・モビリティーが手掛ける
スマホ事業を中国のレノボ・グループに売却すると決めた。
知的財産を押さえるという当初の目的を果たすと、
買収から2年もたたず、あっという間に手放してしまうドライさだ。
それでも、次々と新しい事業を立ち上げているグーグルに対し、
「ハゲタカ」「リストラ屋」などといった批判が巻き起こることはないのだろう。
そんな立場にたてる日はソニーに訪れるのだろうか。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK0601F_W4A200C1000000/?df=3より