☆いつの間にか禁酒七ヶ月経っていたわけだけど、毎日が新しい発見で面白い。
以前1年禁酒して見たことがあったけど、その時はこんなふうにブログだの日記だのを書くわけでなく、ただひたすら目を背けていた。
それと目的が違った。
「一年禁酒ができる自分だろうか?」
「一年禁酒した後どんな味がするだろうか?美味しいと思うだろうか?」
「その後また再飲酒に走るだろうか?」
つまり「また飲む」という結果があったので、「一年待てば飲める」というお預けなだけだった。
だから別に内省したり問題意識を持つなどのこともなく、ただ365日を過ごしただけで、有意義な毎日を送ったとは言い難かった。
上記の実験結果だが、
「禁酒するだけならできた。再飲酒した味は『こんなもんか』感動もなし。しかし以前のような毎日の飲酒になるのはあっという間だった」
これがわかっただけでよしとするか。
さて夕べまたわかったことだけど、
「ネガティブな感情が飲酒欲求を生む」
これだ。
死神が貧乏神を連れてくるように、ネガテティブが酒の悪魔も連れてきた。
これを酒飲み時代だったら、『ストレスがあるから酒を飲んで解消できる』になるんだろうなと、当たり前のことに気づいた。
そうじゃない。
そのネガティブな感情(むかつくとか、モヤるとか、ぐつぐつするやり場のない感じ)は、誰にだってあると思う。
それを発散せよう→「ブログに書いて捨てよう」→書くときに酒を飲みながら書きたい。
夕べはそんな感じで思考が横に流れた。そこで『え?なんで??』と思った。
なんで酒飲みながら書きたいとか?どうつながるんじゃ?と。
よく考えなければ、『酒を飲んだらストレス発散になるんだ。だから自分には必要なんだ』とか思ってそう。
実際そうしてたし。でも飲んだからと言ってブログを書くわけじゃないし(笑)。むしろ書けないんだよね。
酒を飲んでなかったので(七ヶ月の成果!)、ネガな感情で書こうとしないで楽しいことや前向きなことを書こう。
ネガな感情は酒じゃ消えない。
ネガなことはもうスルースルー!あきらめる能力発動!いいんだよそんなネガなものに囚われてなくって、見ないふりでいいじゃん。
怒ったって世直しできるわけじゃないし、時間の無駄無駄!
自分の中の徳を高めよう。これも修行だ。関わらなくていいんだよ、などなど。
そう思って夜勤終えて、今こうしてコーヒー飲みながらブログを書いている。
あの時「酒を飲みながら愚痴を吐き捨てたい!」と思った感情は覚えているけど、われながら心が弱いなと思った。
つけ込まれてるなあと。
ネガティブな感情をスルーする能力を高めると、自然と飲酒から遠ざかる生活になるということかな。
七ヶ月、思考錯誤してるけど、一応前向きに進歩しているようです。