☆食事に関しての強迫観念の一つに、料理本に載っている写真のような料理を三食作らねばならない、というもの。
これは弁当にも言えることで、お弁当作りの本に載ってるあのおしゃれなお弁当こそ至高、それ以外は作る価値なし、みたいな。
強迫観念というか思い込み乙というか。
禁酒をしました、生活を整えようそれは三食の食事から→こういう料理を作ろう(写真)→同じ材料で作ったけどお皿が違う盛り付けが違う。
盛り付けもカラトリーもダイニングテーブルも全部違うので、これでいいのかと迷う。
その料理自体もおしゃれで手軽で作りやすいけど、糖質制限のことを考えると自分に合ってないとか。
でもこういうのを作って食べることが正解、という思考に固執するとそこから動けず、結局もやもやして食べるから食事が美味しくない。
「これでいいのか?」の答えが出せないでいた。
そこでどこで読んだか、
「栄養摂取の食事と趣味娯楽の食事を分ける」
というもの。
なんかめちゃくちゃストーンと納得できた。
料理本は写真もおしゃれに撮るのは当たり前、おしゃれなキッチンやダイニングでおしゃれなカラトリーと写ってて当たり前。
自宅で作ったら違うのは当たり前。
お弁当も蓋を閉めてまた開ければ、蓋でぺちゃんこになってて弁当作りの本の写真と違って当たり前。
その「当たり前」が「こうあるべき」の思い込みで越えられなかった。
やっと越えられた。
おされなモーニングやランチやディナーの写真やメニューは「趣味」の食事。
だから普段は自分の体質体調に合わせたメニュー優先でいい。
必要な食材を食べるだけの食事はありだと。それを食事と言っていいのだと。
なんか書くと当たり前のことがずっとできないというか、納得いかないでいた。
特に三交代で夜昼関係ない不規則な食事してるんだから、それに合わせて「これでいいのだ」というマイメニューを決めていいのだ。
やっと気が楽になった。
最近は弁当もルーチン化して、「サラダ一択」になった。
同じものを食べ続けても体にいいものだと、なんか飽きないみたいだ。
同時に「これだけの食材を食べないとならない!」という古の「30品目食べなさい」呪縛もまだ根強い。
結構かなり気にしてたんだけど、栄養学的にも古い考えになってるらしいし。
本当に「健康的な食事」情報ってどんどん変わっていくな。変わる上に一つの説に否定肯定意見が存在するし。
さて、これから準夜勤で朝の食事は〜。
まずどくだみ茶を温めて飲む。
それからヨーグルトとオリーブオイル。
その間にトースターで油揚げでじゃこと玉ねぎとチーズのピザ。マヨかけて食べる。
これだけで油もあり、お腹いっぱいになる。
それから昼にコーヒーとオレンジのタルト一切れ。おやつおしまい。
弁当は大きめのタッパーに、水菜、玉ねぎ、きゅうり、じゃこ、パクチー、きくらげ、ブロッコリー、カリカリ油揚げを詰めていく。
ゆで卵一個も持っていく予定。
これを食事で軽くレンジでチンして、温野菜にしてから食べる。職場に常備はマヨとポン酢とゴマドレ。
パンもふた切れ持っていく予定だけど、食べるかはわからない。
野菜たっぷりで血糖値も上がらないので、精神的にも乱降下しないで仕事ができる。
野菜常備するだけなので、作るのも迷わないで済むし。もうこれでいい。
帰ってくるのは深夜2時なので、そこからはもう食べない方向で、お茶だけ飲む予定。もしくは納豆とめかぶだな。
おたのしみの食事はタルト食べたしこれでよし。
「こういうメニューでなければ食事じゃない」というのは、本当に貧しい心根だったことよ。
どんな食材も大事に食べればいいだけのこと。
やっと解放された気分だ。