MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2657 ハードクレームとカスタマーハラスメント

2024年10月26日 | 社会・経済

 お付き合いのある企業で従業員向けのカスタマーハラスメント対応についての研修をやるというので、お願いして後ろの方の席で聴講させてもらいました。

 不特定多数の顧客を直接相手にする企業にとって、切っても切れないのがカスタマーハラスメントの問題。折からの(モンスタークレーマーによる)雇用者の深刻な被害の増加に厚生労働省も2022年にようやく重い腰を上げ、「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表、対策を具体化させたところです。

 同省が2020年に実施した(男女8000人を対象とした)調査によれば、顧客から著しい迷惑行為を受けたと回答した人は全体の15パーセントに上り、セクハラよりも被害率が高かった由。その内容は「時間の拘束や同じ内容を繰り返すもの」「名誉棄損、侮辱、ひどい暴言」が50パーセント以上を占めており、金品の不当要求以前の問題として、窓口の従業員が顧客のストレスのはけ口となっていることが窺われます。

 前述のマニュアルによれば、カスハラの定義は「顧客からのクレーム・言動のうち、当該クレームの言動の要求の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当のものであって、当該手段・態様により、労働者の労働環境が害されるもの」とされています。

 簡単に言えば、①顧客のクレーム自体が妥当なものであるか、②要求しているものが社会通念上妥当なものか、③要求を実現するための言動が相当なものか…辺りが判断基準になりそうです。しかし、本人にその不当性に対する自覚が薄い(というより「ほとんどない」)ケースが多いうえ、自らの行為を「相手のため」「正義」と勘違いしている場合などもあって、その対応は一筋縄ではいかないようです。

 研修では、①対応は個人任せにせず組織で行うこと、②相談窓口を置き(深刻な場合は)専門の職員に対応させること、③被害を受けた従業員のメンタルヘルスのケアを行うこと…などが示されましたが、一方で(それ以前の対応として)特に重要となるのが、現場での「ハードクレーム」をカスハラに発展させないことだという話もありました。

 クレームを受けた場合の対応としては、まずは①対象を明確にして謝罪すべきところは謝罪すること。②状況を正確に整理して把握すること。③相手の事情や主張を(もういい)というくらいまでしっかり聞くこと。そして、④できることとできないことを明確に示すこと…などがそれに当たるようです。

 しかし、そうはいっても「お客様は神様」の発想が根強い日本のこと。自分はお客様、もしくは被害者だという優位性をかさに着て、強い言葉で際限のない要求を突きつける常習的な猛者もきっと多いことでしょう。

 一方、そもそも(前述のように)窓口に居座る多くのクレーマーが、自分のことを「不当なクレーマー」だとは思っていないのもまた現実。多くの人が、顧客の正当な権利の行使として自らの主張を伝えているだけ、もしくは態度の悪い従業員を「教育してやってる」くらいに思っているに違いありません。

 また、最初はそこまでエキサイトするつもりはなかったのに、あまりに話が通じないので(イライラが高じて)強い口調で相手を非難してしまった。たとえ無理と分かっていても、相手の困る顔を見たくて難題を吹っかけてしまった…といった(現場成長型の)モンスター多いかもしれません。

 思えば、現代社会は(以前に比べ)極めてストレスフルなものなりつつあるのもまた事実。人手不足・コストカットの波に押され、日常的な「サービス」の様態も大きく変化しています。

 スーパーマーケットで買い物をしても、支払いはその多くが(以前はなかった)セルフレジ。やり方を聞こうにも、担当者は一人きりでお年寄りのお客さんに付きっ切り。慣れないバーコードの読み込み作業や面倒くさい袋詰めなどを強いられているお客さんたちは、イライラと諦めを募らせている表情です。

 買ったばかりの電気製品が上手く動かなくなって「カスタマーセンター」に電話をしても、なかなか電話が繋がらないうえ、繋がったらつながったで「〇〇の場合は1を、××の場合は2を…」といった自動音声を延々と聞かされる。ようやく担当者につながるかと思えば既に「サービス時間外」だったりして、実際、翌日に会話を始めた時には既に最初から「ケンカ腰」だったりしています。

 銀行では支店の閉鎖や窓口の縮小が続いており、(事前に予約していなければ)ほんのちょっとした手続きでも1時間や2時間待たされるのは覚悟しなければなりません。

 先日訪れた某メガバンクの窓口では、待合整理券を手にした老婦人が案内係の女性行員に「もう1時間も待っている」「待っている人が多いのだから閉めている窓口を開いてほしい」と、強い言葉で抗議しているのを見かけました。

 ほどなく彼女の順番は来たのですが、どうやら彼女は満期になった定期預金を下ろしに来た様子。3000万円を「現金でほしい」という彼女に、「マネーロンダリング防止のため現金での支払いにはすぐには応じられない」と答える銀行員。すると彼女は、「マネーロンダリングが何かは知らないが、私が悪事を働くような人間に見えるのか。失礼ではないか」と応戦し、周囲の視線を集める事態となりました。

 「そういうことではないのですが、金融庁の指導で…」云々と弁明する行員に、彼女は「長年貯めた自分のおカネなのに降ろせないというのはどういうこと?」「あなたでは話にならない」と一喝。「それでは…」ということで「別室」に案内されていきました。

 はたで見ていても、彼女の主張は当然のことのように聞こえましたが、銀行側から見たら、この老婦人も立派なハードクレーマーなのかもしれません。自らのシステムに染まってしまうとそれが当然になり、大事な「顧客目線」を失ってしまうこともあるのでしょう。

 誰もがカスハラの加害者にもなり得るこの時代、サービスの在り方や窓口の状況には気を配りたいもの。従業員を守るためのカスタマーハラスメントへの対策は対策として、ハラスメントに当たるかどうかの見定めやクレームコントロールの重要性についても改めて気づかされたところです。