10月22日、イスラエル軍の爆撃が続くレバノンで、過去1か月の死者数が1552人に達したとAFP(ベイルート)が伝えています。
AFP電によれば、これはレバノン保健省による発表であり、実際の死者数はさらに増えることが予想される由。イスラエル軍は9月20日以降、イスラム教シーア派組織ヒズボラを狙ってレバノンへの爆撃を強化。10月21日の空爆では、一般人の死者が63人報告されており、そのうち首都ベイルート南郊にある国内最大の公立病院付近への爆撃では、子ども4人を含む18人の死亡が確認されたということです。
10年近く前から、ヒズボラが南レバノンの村々に軍事拠点を設けていると警告し続けてきたイスラエル。9月27日の空爆では、ついにヒズボラの指導者のナスララ師を殺害しとされていますが、「毒を食らわば皿まで…」とまでは言わないとしても、(こうして)ガザ侵攻の余勢を借りる形で返す刀を振るったその先には、一体何があるというのでしょうか。
10月23日の情報サイト「Newsweek日本版」に元NHKエルサレム支局長でエルサレム在住の国際ジャーナリスト曽我太一氏が、「なぜイスラエルは攻撃を拡大させるのか?」と題する論考を寄せているので、参考までにその概要を残しておきたいと思います。
9月27日、イスラエルは親イランのイスラム教シーア派組織ヒズボラの最高指導者ナスララ師を殺害。その後、ヒズボラとの間でミサイルや空爆の応酬が激化し、ヒズボラが拠点を置くレバノンへの地上侵攻へと拡大していると曽我氏はこの論考の冒頭に綴っています。
なぜこのタイミングで、イスラム組織ハマスに対するパレスチナ自治区ガザへの攻撃からレバノンへと戦火が移ったのか。氏によれば、こうしたイスラエルとヒズボラの衝突は(実のところ)「いずれは予想された戦い」だったということです。
アラビア語で「神の党」を意味するヒズボラは、1980年代にイスラエルのレバノン南部占領に抵抗する形で生まれた組織とのこと。10万人の戦闘員を擁すると称し、「世界最強の非国家組織」とされる軍事力で、2006年の第2次レバノン戦争ではイスラエルに大きな被害を与えたと氏は説明しています。
それ故、イスラエルは、将来の衝突に備えて万全の態勢を整えてきた。その準備が結実した作戦の1つが9月中旬のポケットベル攻撃であり、通信機器に小型爆弾を仕込んで標的を暗殺するのはイスラエル情報機関の常套手段だということです。
しかし、一方のヒズボラは今回、イスラエルとの全面衝突には前向きではないとみられていると氏は話しています。
故ナスララ師は「イスラエルは一線を超えた」と何度も非難しつつも、軍事施設を中心に攻撃するなど慎重な姿勢を見せてきた。ヒズボラは、レバノン国内では政党でもあり、イスラエルによる攻撃でインフラなどが破壊されれば、その負担は市民生活に重くのしかかるため、国内の政治組織として市民の反発を招きかねないからだということです。
イスラエル国内では現在、ヒズボラからの攻撃によって避難を余儀なくされた北部住民約6万人の帰還が最重要課題となっている。国民の半数以上が、ベンヤミン・ネタニヤフ首相によるヒズボラへの攻撃を(政治的に)後押ししていると氏はイスラエルの国内事情を説明しています。
そこで、(国内世論を背に)ヒズボラの足元を見たイスラエルは、「伸びた草(=軍事力)」を刈り取る「草刈り」に乗り出した。結果、ヒズボラの幹部は軒並み殺害され、ついには「ガザでの停戦がなくてもイスラエルとの外交解決を望む」という声明さえ出るに至っているということです。
おそらく、イスラエルはヒズボラに大きな打撃を与えることには成功するだろう。しかし、ガザ停戦を後回しにした代償として、人質解放はさらに遠のき市民の信頼は損なわれているというのが(今回のネタニヤフ首相の選択に対する)曽我氏の見解です。
また、ハマス同様、イスラエルはヒズボラを殲滅させることもできない。これまでもハマスに対して「草刈り」が定期的に行われてきたが、結局「草」はいずれ伸びるもの。その証左こそが、昨年10月7日のハマスによるイスラエルへの攻撃だったということです。
国際社会が再三の自制を求める中で、イスラエルはヒズボラとのエスカレーションに踏み切った。国境を越えレバノン南部で地上侵攻を進め、レバノンに駐留する国連レバノン暫定軍にすら攻撃を与えていると氏は指摘しています。
しかし、国際社会からの強い非難の声はイスラエル国内には届かず、「もう誰もイスラエルを止められない」という諦めにも似た感覚すら広がっている。イスラエルのリーダーたちがたびたび口にしてきた「自分たちは誰の助けがなくても、国を守る」という思想は、この1年間の戦争によってさらに増幅されたというのが氏の感覚です。
度重なる戦闘(と国民意識の高揚)によって、独自の思想を先鋭化させるイスラエル。先進各国はその影響力と今後、どのように向き合っていくのか。まさに今、イスラエルと国際社会の関係は大きな分水嶺にあると話す曽我氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。
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