MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2117 チキンレースに勝つ方法

2022年03月23日 | 国際・政治


 ロシア軍のウクライナ侵攻を巡り、プーチン露大統領の側近として知られるペスコフ大統領報道官は3月22日、核兵器使用の可能性について「ロシアの存亡に関わる脅威があった場合にはありえる」と言及し、状況次第では核の使用も辞さないとのロシアの姿勢を改めて強調したと伝えられています。

 ペスコフ氏はCNNのインタビューに応じた際、「プーチン大統領は核兵器を使用するか」と問われると、「核兵器使用は、公にされているロシア国内の安全保障の概念に基づく」との考えを示したとされています。そのうえで、「(その原則に従えば)もし我々の国が存亡の危機になれば、核兵器は(当然)使用できる」と述べ、ウクライナ侵攻をめぐる核兵器の使用の可能性を否定しなかったということです。

 ロシアのプーチン大統領は2月27日、ロシアの国防大臣と参謀総長に対し、ロシア軍の核戦力を含む抑止力を「特別態勢」に移すように命じています。これはつまり、いつでも自分が「核のボタン」を押せる状況を用意しておくよう指示したということ。自身の侵略的な野望を核兵器を使ってでも実現する意志があると、全世界に向けて宣言したということでしょう。

 実際、それに続く3月2日、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は中東の衛星テレビ局アル・ジャジーラのインタビューに対し、「もしも第3次世界大戦が起これば、それは核(戦争)以外にあり得ない」と述べ、ロシアに圧力をかける米欧諸国に対しては核の打ち合いによる世界大戦の勃発さえ辞さない構えだと強く威嚇しています。

 日本には、「気違いに刃物」という(最近ではコンプライアンス上あまり使われなくなった)言葉がありますが、世界から孤立し、追い詰められて、破れかぶれになったロシアは「何をするかわからない」…そう思わせることこそが、プーチン政権の戦略なのかもしれないと考えさせられるところです

 丁度そうした折、『週刊プレイボーイ』誌の3月14日発売号に、作家の橘玲氏が「プーチンのウクライナ侵攻は「狂人戦略」なのか?」と題するコラムを掲載しているのを目にしたので、参考までに概要を残しておきたいと思います。

 1955年のアメリカ映画『理由なき反抗』に、ジェームズ・デーィン扮する17歳の主人公が、地元の不良とチキンレースを行なう有名なシーンがある。それは、盗んだ中古車を崖に向かってフルスピードで走らせ、先に運転席から飛び出した方が「チキン(臆病者)」の屈辱に甘んじるという度胸比べだったと、氏はこのコラムに綴っています。

 一般的なチキンレースでは、2台の車が相手に向かって直進し、最初にハンドル切って衝突を避けた方が負けとされる。氏によれば、この不良の遊びはゲーム理論で既に検討されていて、(結局のところ)どちらか一方が譲歩してチキンにならないかぎり、衝突という最悪の結果が避けられないことが証明されているということです。

 それでは、そうしたチキンレースに確実に勝つにはどうしたらよいか。ここで経済学者が提案するのが、走行中に車のハンドルをもぎとり、相手に見えるように投げ捨てるという意表をついた作戦だと橘氏は話しています。

 もぎ取ってしまったことであなたはもはやハンドルを切ることができないのだから、相手はチキンになる以外に死を避ける方法はない。これは「狂人戦略」とも呼ばれ、何をするかわからない相手には、(結局のところ)合理的な人間は屈服するしかないということの理論的裏付けだということです。

 現在、国際政治学者や軍事専門家の多くが、ロシアのウクライナ侵攻を予想できなかったと批判されている。しかしこれは、専門家が愚かだったというよりも、(専門家の視点で見れば)この作戦になんの合理性も見いだせなかったからというより外にないというのが氏の見解です。

  実際、「いくらなんでも、そんなバカなことはしないだろう」という楽観論は、欧米の専門家だけではなかったと氏は言います。

 軍事作戦が始まったあとも、プーチン支持を支持するロシアの政治学者までが、ウクライナ東部の親ロ派地域の確保が目的で、「キエフの占領などはなく、戦闘は数日で終わるだろう」と述べていた。モスクワに拠点を置くあるヘッジファンドは、2月半ばの取材に対して「戦争にはならないと確信している」と言い切り、政府系銀行ズベルバンクなどロシアの大手企業の株を大量に買っていたということです。

 しかし現実には、(ほとんど)誰も予想していなかった全面侵略が行なわれ、しかも戦況が膠着してウクライナ市民の犠牲が増え、事態をどう収拾するのかわからないまま混乱が広がっている。欧米が主導する経済制裁も市場の予想を大幅に上回るきびしさで、ロシアは国際決済網から排除されただけでなく、中央銀行が保有するドル資産が凍結されたことで、外貨準備を使って通貨を買い支えられなくなくなっていると氏は指摘しています。

 一方、例えロシア軍が首都キエフを占領しても、ゼレンスキー大統領率いるウクライナ政権は、ポーランドとの国境に近いリヴィウなどに移ることで徹底抗戦を続けるだろうというのが橘氏の予想するところです。

 例えロシアが傀儡政権を樹立できたとしても、それを安定して維持するのは莫大なコストがかかるので、プーチンとしてはなんとしてでも欧米の経済制裁をやめさせなくてはならない。そのため、このように「核の使用」に言及するようになったのではないかというのが氏の見解です。

 しかし、(さらに深刻な)問題は、これがプーチンの「狂人」の振りをした合理的戦略なのか、ほんとうに彼が狂人になってしまったのかがわからないことにあると氏はこのコラムを結んでいます。

 これが戦略ならば戦略で応じることができるかもしれませんが、本当に狂ってしまっているのだとすれば、必要な対応は大きく異なります。

 チキンレースに勝つ秘訣は、相手に「ついに狂ったか…」と思わせ恐怖させること。いずれにしてもそういう意味で言えば、私たちはプーチンの戦略にまんまと引っかかっているのかもしれないと、橘氏のコラムを読んで私も改めて感じたところです。


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