自分の誕生日を知ってはいても
いったい何時に生まれたかは今日まで知らなかった。
いろんな経緯と思いがあり
私を生んでくれた人の遺品である日記や手紙を長いこと封印していた。
読むのは育ててくれた母がこの世に居なくなってからにしようと決めていた。
その母も5年前に逝き、その2年後には父も死んだ。
この生母の遺品をそっと手渡してくれた伯母も去年の春天国に旅立った。
もうそろそろいいんじゃないか・・・と
去年から何回も探していたがみつからず半ば諦めていたのを
もう一度だけと今日屋根裏部屋の隅から隅まで引っ掻き回し
本の下敷きになっていた段ボール箱の中から漸く見つけた。
既に紙が変色していて鉛筆の字は僅かしか判読できない。
右側のノートが私への遺言のようになっている。
1頁目 消した部分に私の名前が・・午後4:30に生まれた!
手紙にもノートにも私のことばかり
お菓子の包装紙の裏も
ポスターの裏紙も
大事に綴じて使っている。
これはレシピ帖だった。
裏紙ではない紙は丁寧に和綴じしてある。
ほんの数冊のノートと何通かの手紙を読み通す覚悟がわたしにはまだない。
いや、読む必要があるのかもわからない。
こののーとを病床の枕もとにおいて
私はあなたとの語らひをこれに記し
あなたとこののーとで遊び、それを
楽しみに かなしくも唯一のものとして
今から先 暮さなければなりません。
数行読んでもう息が詰まってしまう