東京 青春エレキ野郎 7.
男だけのスタッフの地下の六本木2件目の店では裏時間の生ライブのエレキマンと30分交代で
演奏する方式だった。
その前の引き抜かれた新橋の店で報酬未払いがあり個人の頼りなさ・弱みを感じた
事があった。
それで、ピアノやギターの弾語り音楽家が集まり
日本音楽家協同組合と云う組織を作っているのを知り
会費を支払ってそのメンバーに自分も登録した。
ここからは「ギャラ踏み倒し」や無用なトラブルは一切なくなった
主にピアノの先生が昼間はその組合で内勤を行い夜には「箱」で
演奏をするのである。
今にして思えば2千円くらいの会費よりも15受けとっていれば20が入っていて
差額を抜かれていたのではないかと思う。
派遣という概念がその頃に存在していたのであろう。
でも、安心感があったし各店も規模が大きく、実はこんな所で演奏し歌いたかった
と感じる「箱」が多かった。
そしてたまの休みに「トラ」と行って当人の休日の代わりにエキストラを引き受ける
場合もあり、新宿のヤングばかり・学生風の 顧客が集まる
ミュージックパブのトラを仰せつかりそこで演奏できて気分が良かった
演奏ナンバーは得意のオールディーズを隙間を開けずに歌い続けまぁまぁ
好評だったこともあった。