【五輪レスリング】「お父さんに怒られる」…〝霊長類最強〟吉田沙保里が負けた日、母「私の宝、立派な銀メダル」
【五輪レスリング】「お父さんに怒られる」…〝霊長類最強〟吉田沙保里が負けた日、母「私の宝、立派な銀メダル」
【リオデジャネイロ=細田裕也】金メダルを逸すると、吉田沙保里はマットにうずくまったまま、しばらく立ち上がることができなかった。そして、スタンドで見守った母の幸代さん(61)と兄の栄利(ひでとし)さん(36)のもとに近づき、ようやく抱き合うと「お父さんに怒られる」と声を震わせた。期待された4連覇への重圧には勝てなかった。
姉と慕う後輩で前日48キロ級「金」登坂も号泣
「もうレスリングはいいんじゃないかな」。前回ロンドン五輪後の家族会議で、栄利さんは妹の吉田にやんわり「引退」を持ちかけた。
当時29歳。実績は十分だし、これからは衰えとの戦いになる。家族なりの配慮だったが、吉田はその場で「リオを目指す」と即答した。
その2年後、父の栄勝(えいかつ)さんが死去した。3歳のときからレスリングの指導を受けた師匠。それから吉田は「タックルに入るとき、父が背中を押してくれるはず」と公言するようになった。後輩の指導役も率先して買って出るようになり、いつも叱ってくれる父がいないむなしさをレスリングにぶつけては、4連覇だけを目指した。
そして臨んだ決勝戦。第1ピリオドは米国選手を相手にリードして終わったが、第2ピリオドにポイントを重ねられ、突き放された。終了直前にタックルを試みたが得点にならない。「試合中、あんな不安そうな顔をしていたのはきょうが初めてだった」。幸代さんの不安は的中し、吉田の判定負けが決まった。
スタンドでは、前日の48キロ級で金メダルを手にした登坂(とうさか)絵莉(22)も見守った。吉田は大学の先輩でもあり、姉のように慕っていた存在。「きょう勝っても負けても、私のあこがれが沙保里さんであることに変わらない」。吉田の敗戦に登坂は号泣した。
試合後の表彰式でも、吉田の表情は蒼白(そうはく)で崩れたまま。「勝てるだろうと思っていたが、取り返しのつかないことになってしまった」。後悔と謝罪を繰り返すのがやっとだった。
金メダルを逃したことは、家族もつらい。だが、これまでの道のりを知るからこそ、大きな拍手を送る。幸代さんは「十数年間、勇気と希望と感動を与えようと、一生懸命頑張ってきた。私の宝です」と涙を浮かべ、「霊長類最強とかいわれても私のかわいい娘。立派な銀メダル、おめでとう」とたたえた。
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