矢沢永吉、今年もヨロシク武道館 止まらない最多更新142回へ
[ 2017年7月7日 10:30 ] 芸能
矢沢永吉(67)が1977年に日本人ロック歌手で初めて日本武道館(東京都千代田区)公演を行ってから40年を迎えた。都内のスタジオでインタビューに応じた矢沢は「今年も年末に武道館でやります。計26本の全国ツアーも敢行する」と発表。自身が持つ同所での最多公演記録を142回に更新する。武道館への思いから、将棋の藤井聡太四段(14)、豊田真由子議員(42)の暴言暴行問題まで“永ちゃん節”炸裂(さくれつ)の70分間――。
初の武道館公演から40年。最多公演記録が今年で通算142回に達することに「ワーオ!」と両手を広げて驚いてみせた。でも、すぐに真剣な表情で「幸せです」と語った。
「外タレを含めて今も武道館でやりたい!というアーティストがたくさんいる。その場所でこれだけやってこられたのは幸せです。昔、俺にはこれしかないのかよって思うくらいライブに明け暮れていた。でも最近思う。“これしか”って、いい言葉じゃんと。ひとつでも俺には“これしか”っていうのがあって良かった」
1972年に伝説のバンド「キャロル」でデビューしてから2年半後。ソロ歌手となった矢沢は4トン半のトラック2台に機材を積んで全国を回った。
「とにかく町から町へとライブやって。でも、それがヤザワを全国区にしたんだ。歌手にとって最大のプロモーションはやっぱライブですよ。お客に実際にCDを手に取ってもらうには、全国の皆さんにライブを見せて渡り歩く、それ以上の方法は今もないと思う」
68歳になる今年も武道館5本を含む全26公演のツアーを敢行する。タイトルは初武道館公演の77年と同じ「トラベリン・バス」に決めた。「今でも全国を歌い回れるのは、あの頃に年間120本のライブでがむしゃらに歌っていたことが財産になっている。僕が一番うれしい言葉はファンがメールや手紙で“永ちゃん、手抜かないね”と言ってくれること。ドームも武道館も町の小さな箱でも“まったく手を抜かないね”って。僕にとって一番の褒め言葉です」
矢沢が人生で最も大事にしている瞬間がある。それは、ライブ終演後の舞台裏でシャワーを浴びた時。「今日俺は勝ったよな?」と40年以上、常に自分に問いかけてきた。
「ヤザワにとっての武道館は、僕一人でつくったものではない。ファンとともに築き上げてきたんだ。“俺は今日、ちゃんと客を張っ倒せたか?”と自問自答しながらね。今まで2回だけ武道館やらなかったけど“永ちゃん、これじゃ年越せねえ!”って声、凄かったんだから(笑い)」
25公演以上のツアーを敢行するのは7年ぶり。「最近、朝に足つるのよ。加齢だね。ヤザワ、もしステージ中に足つったらどうしようって思うワケよ。でも客は知ったこっちゃない。そんな不安とファンへの感謝を胸に、その上でやり続けていく、STILL ROCK。この感じ、シブいよね」と笑った。
▽矢沢の77年武道館公演 1月にスタートした全国ツアーの最終公演として8月26日に開催。「カモン・ベイビー」に始まり「アイ・ラヴ・ユー、OK」「ファンキー・モンキー・ベイビー」など、キャロル時代の曲を含む26曲を熱唱し、満員の1万3200人のファンが熱狂した。同年末発売のアルバム「スーパー・ライヴ日本武道館」に収録。
◆矢沢 永吉(やざわ・えいきち)1949年(昭24)9月14日生まれ、広島市出身の67歳。68年高校卒業と同時に上京し、72年にバンド「キャロル」を結成。75年4月の日比谷野音公演をもって解散し、同年9月にアルバム「I LOVE YOU,OK」でソロデビュー。78年にシングル「時間よ止まれ」が大ヒットし、著書「成りあがり」が100万部を超えるベストセラーとなる。81年全米デビュー。97年にロンドンでロッド・ステュワートらと共演。09年に自らレコード会社「ガルル」を立ち上げた。
[ 2017年7月7日 10:30 ] 芸能
矢沢永吉(67)が1977年に日本人ロック歌手で初めて日本武道館(東京都千代田区)公演を行ってから40年を迎えた。都内のスタジオでインタビューに応じた矢沢は「今年も年末に武道館でやります。計26本の全国ツアーも敢行する」と発表。自身が持つ同所での最多公演記録を142回に更新する。武道館への思いから、将棋の藤井聡太四段(14)、豊田真由子議員(42)の暴言暴行問題まで“永ちゃん節”炸裂(さくれつ)の70分間――。
初の武道館公演から40年。最多公演記録が今年で通算142回に達することに「ワーオ!」と両手を広げて驚いてみせた。でも、すぐに真剣な表情で「幸せです」と語った。
「外タレを含めて今も武道館でやりたい!というアーティストがたくさんいる。その場所でこれだけやってこられたのは幸せです。昔、俺にはこれしかないのかよって思うくらいライブに明け暮れていた。でも最近思う。“これしか”って、いい言葉じゃんと。ひとつでも俺には“これしか”っていうのがあって良かった」
1972年に伝説のバンド「キャロル」でデビューしてから2年半後。ソロ歌手となった矢沢は4トン半のトラック2台に機材を積んで全国を回った。
「とにかく町から町へとライブやって。でも、それがヤザワを全国区にしたんだ。歌手にとって最大のプロモーションはやっぱライブですよ。お客に実際にCDを手に取ってもらうには、全国の皆さんにライブを見せて渡り歩く、それ以上の方法は今もないと思う」
68歳になる今年も武道館5本を含む全26公演のツアーを敢行する。タイトルは初武道館公演の77年と同じ「トラベリン・バス」に決めた。「今でも全国を歌い回れるのは、あの頃に年間120本のライブでがむしゃらに歌っていたことが財産になっている。僕が一番うれしい言葉はファンがメールや手紙で“永ちゃん、手抜かないね”と言ってくれること。ドームも武道館も町の小さな箱でも“まったく手を抜かないね”って。僕にとって一番の褒め言葉です」
矢沢が人生で最も大事にしている瞬間がある。それは、ライブ終演後の舞台裏でシャワーを浴びた時。「今日俺は勝ったよな?」と40年以上、常に自分に問いかけてきた。
「ヤザワにとっての武道館は、僕一人でつくったものではない。ファンとともに築き上げてきたんだ。“俺は今日、ちゃんと客を張っ倒せたか?”と自問自答しながらね。今まで2回だけ武道館やらなかったけど“永ちゃん、これじゃ年越せねえ!”って声、凄かったんだから(笑い)」
25公演以上のツアーを敢行するのは7年ぶり。「最近、朝に足つるのよ。加齢だね。ヤザワ、もしステージ中に足つったらどうしようって思うワケよ。でも客は知ったこっちゃない。そんな不安とファンへの感謝を胸に、その上でやり続けていく、STILL ROCK。この感じ、シブいよね」と笑った。
▽矢沢の77年武道館公演 1月にスタートした全国ツアーの最終公演として8月26日に開催。「カモン・ベイビー」に始まり「アイ・ラヴ・ユー、OK」「ファンキー・モンキー・ベイビー」など、キャロル時代の曲を含む26曲を熱唱し、満員の1万3200人のファンが熱狂した。同年末発売のアルバム「スーパー・ライヴ日本武道館」に収録。
◆矢沢 永吉(やざわ・えいきち)1949年(昭24)9月14日生まれ、広島市出身の67歳。68年高校卒業と同時に上京し、72年にバンド「キャロル」を結成。75年4月の日比谷野音公演をもって解散し、同年9月にアルバム「I LOVE YOU,OK」でソロデビュー。78年にシングル「時間よ止まれ」が大ヒットし、著書「成りあがり」が100万部を超えるベストセラーとなる。81年全米デビュー。97年にロンドンでロッド・ステュワートらと共演。09年に自らレコード会社「ガルル」を立ち上げた。