サマルカンドは古い都市でアラシュシャブ丘が紀元前8世紀頃には開拓されたといわれています。しかし紀元前4世紀にアレキサンダー大王によって破壊されたようです。
この動画はその後の7世紀頃の壁画です。
その後9-10世紀にサマニード族が復興したがそれもチンギス・ハンに13世紀に征服されて全てを破壊されたようです。
これをアムール・チムールが14世紀に再建しチムール帝国の首都となりました。
動画はそのチムール一族の墓地であるグリ・アミール廟の外観とその内部です。
この写真はレギスタン広場と言い14世紀にサマルカンドの中央広場として建設されたものです。向かって左のウルベグル・メドレセ(神学校)は1417年から20年に掛けて作られた物で右のシェルドル・メドレセは1619年から36年にウルベグル・メドレセを真似て作られた物です。
昨年当地を訪れた小泉前総理はこの中央の舞台での夜の幻想的なウズベクの踊りを観劇されたようですが今回時間無く見ることが出来なかったのは残念。
動画はこのウルベグル・メドルセとその後に1420年代に建設されたウルベルク天文台跡の六分儀(20世紀になって発掘された)です。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます