感覚統合法で初期感覚を育てる「重度重複の指導」
重度の肢体不自由のあるはなさん(仮名)の教育を担当した(中学生)。
体調が安定せず,学校にも通学できない子の指導である。
家庭に訪問して2時間の学習の間,はなさんは眠ってしまうことが多く,
また,発作が始まると10回以上,数え切れないほど出てしまう。
呼びかけに答えることもできない。その指導と変化である。
寝ている状態で絵の具を指先につけたが,意識も視線も向けることは
難しいお子さんだった。呼びかけにも答えることが難しかった。
およそ自分の意思では動けない。通常,人は五感を使って物事を認識する。
学習もそうである。教室で行われる学習は五感のうち,
聴覚・視覚(聞く,読む,話す,書く)が中心である。しかし,
重度重複の子は聴覚,視覚に頼る学習はおよそ困難である。
ではどうすれば学習ができるのか。方法はあるのか。
ある。それは初期感覚である。五感を働かせる前に体を維持している,
固有覚・触覚・前庭覚である。この感覚に働きかける指導のプログラムを
14回重ね,はなさんは五感がはっきりと働いた。
14回目の訪問で,はじめて私の呼びかけに首を向けた。
「はなちゃん,はなちゃん。」と右に行って呼び,首を向ける,
左で呼ぶと首を向ける,ということを5度繰り返したのだ。
私の声を認識し,私の方を見る。聴覚と視覚が働いた瞬間である。
ここから,様々な指導が可能となる。その時に手掛かりとした指導の方策は,
感覚統合の理論である。指導に直結した取り組みにつながる良さがある。
しかし,その理論も,実際のアプローチの仕方へと現場でつなげなければ意味がない。
必要な技術を導きだし,指導の根拠としてつなげ,誰もができる指導技術とする。
それが定石化である。
その指導の手立てを導きだし,誰もが使える指導技術としていきたい。
それが,重度重複の子に誰もが指導をできることにつながる。
さらに,この初期感覚の指導は発達障害の子ども達にも実は重要な指導
であることが分かってきた。
どの子もできるようになる,できるようにさせられるのである。
重度の肢体不自由のあるはなさん(仮名)の教育を担当した(中学生)。
体調が安定せず,学校にも通学できない子の指導である。
家庭に訪問して2時間の学習の間,はなさんは眠ってしまうことが多く,
また,発作が始まると10回以上,数え切れないほど出てしまう。
呼びかけに答えることもできない。その指導と変化である。
寝ている状態で絵の具を指先につけたが,意識も視線も向けることは
難しいお子さんだった。呼びかけにも答えることが難しかった。
およそ自分の意思では動けない。通常,人は五感を使って物事を認識する。
学習もそうである。教室で行われる学習は五感のうち,
聴覚・視覚(聞く,読む,話す,書く)が中心である。しかし,
重度重複の子は聴覚,視覚に頼る学習はおよそ困難である。
ではどうすれば学習ができるのか。方法はあるのか。
ある。それは初期感覚である。五感を働かせる前に体を維持している,
固有覚・触覚・前庭覚である。この感覚に働きかける指導のプログラムを
14回重ね,はなさんは五感がはっきりと働いた。
14回目の訪問で,はじめて私の呼びかけに首を向けた。
「はなちゃん,はなちゃん。」と右に行って呼び,首を向ける,
左で呼ぶと首を向ける,ということを5度繰り返したのだ。
私の声を認識し,私の方を見る。聴覚と視覚が働いた瞬間である。
ここから,様々な指導が可能となる。その時に手掛かりとした指導の方策は,
感覚統合の理論である。指導に直結した取り組みにつながる良さがある。
しかし,その理論も,実際のアプローチの仕方へと現場でつなげなければ意味がない。
必要な技術を導きだし,指導の根拠としてつなげ,誰もができる指導技術とする。
それが定石化である。
その指導の手立てを導きだし,誰もが使える指導技術としていきたい。
それが,重度重複の子に誰もが指導をできることにつながる。
さらに,この初期感覚の指導は発達障害の子ども達にも実は重要な指導
であることが分かってきた。
どの子もできるようになる,できるようにさせられるのである。
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