歌: 鈴木一平
作詞:作曲・ 鈴木一平
一人ぼっちになって 気が付いた事と言えば
本当は誰か側に居て欲しかったと思うこと
ほつれた心の糸を たぐり寄せながら人は
大人になってゆくのさ そんなこと誰かが言ってた
風吹く街の中で 知られてしまった片思い
君はまるで季節の様に 僕のまわりをめぐるのさ
燃えてみないか 二人きりで 命尽きるまで
太子は馬車を降り、子仲を誘って歩き始めた。
わざわざ車を止めさせたのは、客座にいる他の者たちに
聞かせたくない話をするためらしい。
「俺は、太子として楚の次代を担う人物として期待されていた。
父も……父王にも評価されていたのだ。こんな俺でもな」
太子は自嘲的な表情とともに、そう言った。
その口調は過去を懐かしんでいるようでもあり、現在の
不遇に対する不満をぶつけるようなものでもあった。
「それが、現在では誅殺されようとしている。
人の運命とは、これほど流転するものなのか」
子仲は答えなかった。
太子がそれを求めていないことは明らかだったからだ。
「俺には、実に優秀で、忠実な守り役がいた。
その人は俺が生まれたとき、初めて抱き上げてくれた人で、
まさに親代わりであった。
しかしその一方で、俺は本当の父や母に一度も抱き上げられ
たことがなかった。
太子という立場の悲しき定めだ」
「さぞや、寂しい少年時代であったことでしょう」
「いや、それを実感したことはない。俺のまわりには沢山の
人たちが常にいた。実の親が目の前にいないことを不満に
思ったことはない。
なににもまして俺は守り役の伍奢ごしゃに感謝している。
彼は俺にまったく寂寥を感じさせなかった。
俺は彼によって育てられ、彼から学び、彼と理想を共有する
ようになった」
「伍奢、ですか……聞かぬ名です」 子仲は首を傾げてみせた。
彼は国内の政情を注視し、その動きに神経を尖らせていた。
それが、亡命者の子孫という生きにくい世界での彼の処世術
だった。
が、その彼でも知らぬ名だということは、伍奢という男は、
非常に危険性が薄い人物であったというべきだろう。
「そうだろうさ。伍奢は、自分が俺の守り役だということに
誇りを持っていた。
決してそれ以上のことをして名を挙げようとしたり、
その地位を踏み台にしてより高位な存在となろうとは
しなかった。
だから俺は彼を尊敬しているし、父王もそのことを評価して
おられた。……が、伍奢の部下のひとりによこしまな野望
を持つ者がいたのだ。
伍奢も俺も、その者の内なる邪心に気付くことができなかった」
「その者の名は?」 「費無忌ひぶき。
太傅たいふであった伍奢のもと部下で、当時少傅しょうふ
であった。しかしいまは王のもとにあり、常に我々を陥れよう
と誑かしている。
いわゆる佞臣ねいしんよ」 費無忌という名には、聞き覚え
がある子仲であった。しかし子仲の記憶には、その名は
佞臣としてではなく、功臣として刻まれている。
費無忌はとあるきっかけではるか西方の秦国に旅行し、
その際に秦の公女が類い稀な美女であることを発見した。
そして彼はその公女を楚に連れ帰ったところ、楚王はこれ
を喜んで側室に迎え入れたという。
ひどく俗な功績ではあるが、費無忌はこれを機に王の
側近となった。
これが、子仲の持つ費無忌に関する記憶であり、楚の国内
ではこれが一般的な事実として流布していた。
「子仲よ。お前は情報に通じているらしいが、情報は仕入れ
ればそれでよいというわけではない。
仕入れた情報を疑ってみることも必要なのだ。
すなわち一般的にいわれている費無忌の功績に関しては
事実ではない。費無忌はふらふらと旅行に行った
わけではなく、
この俺の妻となる女性を迎えるために、秦に派遣されたのだ」
「と、いうと?」
「秦の公女は、もともと俺の妻となることが決まっていた。
費無忌はそれを迎えに行ったに過ぎぬ!」
太子は唾を吐き捨てるような勢いで、そのひと言を発した。
だが、子仲は今ひとつ事情を理解できない。 「と、いうことは、
費無忌は命令に従わなかったということですか」
太子は子仲の言葉に苦笑いした。
「……確かにそうに違いないが、俺が言いたいことは、
費無忌という男は上官の伍奢とあまりにも違う、ということだ。
奴は、俺を踏み台にした。本来ならば俺の妻となるべき
秦の公女が、実際に見てみるとあまりにも美しかったので、
俺のではなく父王の妻とすれば、大きな恩賞が得られる
と踏んだのだ。
そして自らの地位も向上させられると……
俺の存在は、彼に無視されたのだ」
太子はどちらかというと慎重な言い回しをする人であった。
彼は現在、自らの命を狙われる事態に陥っているが、
それでもあからさまに王を批判する言動を慎んでいる。
しかしこと費無忌に関しては、批判することをためらわなかった。
「しかし、その費無忌という男……こう言ってはなんですが、
思い切った行動をとったものですね。
のちのち自分の身に危険が及ぶことを考えていなかった
のでしょうか」 子仲は疑問を呈してみせた。
それを機に、やや興奮気味であった太子の口調は、
落ち着いたものとなっていった。
「当初は考えていなかっただろう。
俺は甘く見られていたのさ。
しかし、伍奢はこのことを見逃さなかった。
伍奢は費無忌を呼びつけたうえで厳しく叱責し、
自らの誤った行動を反省するよう促した。
しかし、これが費無忌の心を逆に捩じ曲げてしまった。
奴は、父王が計算どおりに秦の公女に心を奪われている
ことを確認すると、それを功績として王に直属の臣下に
していただくよう奏上した。
そしてそれに成功すると、俺や伍奢のことをあしざまに
王に告げたのだ。
その結果として、俺は城父に左遷されたのだ。
……いまに太子としての地位も剥奪されるに違いない。
そして、その後に殺されるのだ」
太子建は深いため息をついた。
その様子には、運命を受け入れて、それに従うしかない
という諦めの態度が見え隠れした。
子仲には、それがもどかしくてたまらない。
「太子……」
「待て。俺はいまのいままで自分などは死んでも構わない
と思ってきたが、大事なことを忘れていることに気付いたのだ。
俺には、死ぬ前に為すべきことがある」
子仲は緊張を感じ、居ずまいを正した。
「大事なこととは……?
私にできることがあれば、何なりとお申し付けください」
太子は深く息を吸い込み、それを言葉とともに吐き出した。
「俺などは、どうなってもいい。しかし、俺を育ててくれた
伍奢を見捨てるわけにはいかぬ」
「太傅伍奢の身に危険が迫っていると……」
「そうだ。子仲、伍奢の命と名誉を守るために、費無忌を
亡き者にしろ。いますぐ郢に潜入し、奴を殺すのだ」
太子の目は、激しく燃えていた。
子仲は太子の思いを受け止め、すぐさま行動を開始した。
ほかに、どうせよというのだ。
殺人は、許されるべき行為ではない。
だから、彼の心には当然ながら躊躇がある。
しかしこのときの子仲には、ほかに選択肢がなかった。 ・・・
トゥルルルル……。
電話の音に「また遅くなる、って言うのかな?」と思いながら
受話器を取ると、それは夫ではなくて実家の母からだった。
「こんばんはー」
陽気な母の声と同時に、ドーン!とすごい音。
続いて、ドン!ドン!と音が響く。
「今、ご飯だった?」
「ううん、まだ作ってるとこ」
「今日、花火やってるから……見れなくてかわいそうだけど、
せめて音だけでもと思って」
喋ってる間にも花火の音は鳴り響いている。
そうか、今日は花火の日だったっけ……。それにしても、
母は何という可愛らしいことを思いついたのだろう。
花火なんて、見なくちゃ面白くもなんともないのに、
音だけ聞かせようなんて……。
私の実家は千葉県松戸市で、数十年前、都内から引っ越して
きた時はなんて田舎なんだろうと思ったぐらい、
のどかなところだった。
すぐ近くを江戸川が流れていて、まだ畑もあちこちにあり、
なんだか隠居するような気分だねと、家族そろって
笑ったものだ。
それが引っ越して間もなく、この家に素晴らしい良さが
備わっていることに気づかされることになった
ある夏の日、江戸川で花火大会が行われているよと、
なんと我が家のベランダの真正面から見えるではないか!
これには家中大騒ぎになり、一夜にして、”素晴らしい家だ”
ということになった。
それ以来、毎年花火の日には、狭いベランダにイスや
簡易テーブルを持ち込んでミニ宴会、というのが
恒例になった。
母は必ず枝豆を茹でておいてくれて、自分や姉には
ウーロン茶を、私にはビールを冷やして待っていてくれた。
いつもは閑散としている地元の駅も、この日だけは浴衣姿の
若者や、子供連れで賑わっていて、その中を会社から
飛ぶようにして帰るのだった。
「今ね、ちょうど大きいのが上がってるところ。
うわー、すごい音でしょう」
二階の、もと・私の部屋の電話から ベランダに乗り出して
かけている母の姿を想像しながら、しばらく”実況中継”を
聞いて、電話は切れた。…
「なんだ、お母さん、こっち(関西)でもテレビやってたよ」 と
ひとり言をつぶやいてしばらく見ているうち、ポロポロと
涙がこぼれてきた。
姉もお嫁に行き、夜警の仕事で父もいない今、
たったひとりでベランダから花火を見ている母のことを思うと、
あとからあとから、涙が流れて落ちた。 ……