歌: 山内惠介
作詞:下地亜記子・作曲:水森英夫
赤いドレスを 肩までずらし
黒い巻き毛が 妖(あや)しく揺れる
たった一目(ひとめ)で 弾けた火の粉
奇跡みたいな めぐり逢い
魅(み)せられて 酔いしれて
命燃やし 心こがす 愛してタンゴ
炎のタンゴ
だが、私がいま聞きたいことは、いまここで何が起こっている
のかということだ」
兄の伍尚は、まだ若さを感じさせる外見を持った男であったが、
弟に比べると落ち着きがあり、冷静さを感じさせた。
このときも彼は、奮揚の言葉に動じる気配も見せずに、
話を続けた。
「もちろんそのことはわかっている。だが私の言いたいことは、
父の伍奢は祖父の伍挙と同じように行動したはずなのだが、
荘王と今上の王とでは、その受け止め方が違った、
ということなのだ。つまり彼らは二人とも同じように忠心から
王を諌めたが、祖父がそれを評価されたのに対し、
父はそれを罪とされたのだ」
「実際はどうなのだ。
その……伍奢どのがした諫言の内容に、罪とされるものが
なにかあったのか」 「いや、まったく無い。
父は、王が佞臣の言うことに惑わされて太子を追いやり、
しかもこれを亡き者にしようと画策していたことを諌めたのだ。
その内容はまったく正当なものであり、瑕疵は見当たらない。
つまり王の目的は、最初から父を捕らえることそのものにあり、
諫言の内容についてはどうでもよかったのだ。
間もなく父は殺されてしまうだろう」 「…………」
奮揚には、とっさに返す言葉がなかった。
しかし伍尚は勝手に話を進める。
「最初に君に会った時、私は『君も我々を強要する輩か』
と尋ねた。
というのも、近ごろ宮殿から次々と使者がこの家を訪れて……。
彼らは我々に、父親の命が惜しければ、兄弟揃って宮殿に
出頭せよと言うのだ」
伍尚の表情は苦虫を噛み潰したようなものであった。
奮揚には、その気持ちがわかる。
「行っては駄目だ。行けば、君たちも殺される」
「それはわかっている。
しかし、行かないでどうやって父を救い出すことができよう?
あるいはこの私が行って、そのかわりに父が釈放される
という確証があればいいが……。
この状況では、私は父の身代わりになることもできない」
伍尚はそう言って、自らの境遇を嘆いた。
いっぽう奮揚は、まさか父親のことは諦めろとも言えず、
いつものように髭をまさぐることしかできずにいた。
両者の間に沈黙がしばらく続いたが、このとき弟の伍員が
初めて口を開いた。 「なにを悩むことがあろう。
襲えばいいのだ。
出頭するとみせかけて襲撃すればいい。
実力で父上を奪い返すのだ」
「員よ、それは駄目だ。
父上が守り通してきた伍家の生き様を汚してしまう」
伍尚は弟の意見をにべもなく否定した。
あたかも論評にも値しない、という態度であった。
「兄上、そのように頭から否定することもないではないか。
このままだと我々は、敵の仕掛けた陥穽にはまるしかない。
陥穽とは……汚い罠のようなものだ。だったらこちらも
相手を騙してもいいだろう。
そう考えるのは間違いなのか」
伍員は明らかに不満そうな表情をした。
それはそうであろう。奮揚が考える限り、伍員の提案は
事態を解決する唯一の策であった。
それを簡単に否定するとは、伍尚は頭が固い……
奮揚はそう思った。 「明らかに間違いだ。
父上が人生において大事にしてきたものは、なににも
まして清廉さだ。
いくら相手が汚い手を使って騙そうとしたからといって、
自分もそのやり方に倣うことは絶対しないお方だ。
だから我々が、いまお前がいうようなやり方で成功し、
父上の命を救うことができたとしても…
…父上は決して喜ぶことはない。
逆に、悲憤のあまり自らの命を絶つだろう」
伍尚は淡々とした調子で、そのように語った。
それは、彼が心を決めた証であるかのように奮揚
には思えた。
奮揚は聞いた。
「どうするか、お決めになったのか」
「うむ」 伍尚は頷いた。
「どうするつもりだ。どうやって、父上を救い出す
つもりなのか」 伍員はたたみかけるように聞く。
しかし、それに対しての 伍尚の返答は非情なものであった。
「お救いすることは、残念ながらできぬ。
父上は、助からん」
「…………」 奮揚は何も言うことができなかった。
「……見殺しにするというのか!」 伍員は喚いた。
奮揚には、その気持ちがわかる。しかしここで伍尚が
発した言葉は、大いに彼の心を揺さぶったのだった。
「もはや救われぬ命をあえて救うべく、私が父上のもと
へ赴こう。ここは私だけが宮殿に赴いて、無駄だと知り
ながら父上の助命を請うことにする。
当然父上のみならず、私も死ぬことになる……。
しかし父上の命は失っても、その魂を救うという最低限
のことはできるはずだ」
「員、お前は来てはならぬ。
お前がいると、騒動になってしまうからな。
どこか他国へ逃れて、そこで栄達の道を探せ」
今度は伍員が言葉を失っていた。
気性の激しい弟が、兄の言葉に衝撃を受けて、なにも
反応できずにいた。
それだけ伍尚の決意は、激しいものだった。
いっぽう奮揚は伍尚の発言に大いに感動し、
落涙しながら叫んだ。
「……君は、なんという清らかな心を持った男なんだ!」
彼は、心から伍尚を讃えた。 ・・
燕(えん)の国を立派なものにしたいと願う王に招かれた
郭隗(かくかい)という賢者が、次のような話をした。
「むかし、千金のお金を出してでも、一日に千里を走る馬を
手に入れようと考えた君主がおりました。
ところが、三年経っても、そんな名馬は見つかりません。
ところが、小間使いをしている男が、『私が買って参りましょう』
と言ったのです。
君主は、彼を買いにやらせます。
すると三ヵ月歩き回った頃に、彼は千里の馬を見つけました。
しかし、残念ながらその馬は死んでいたのです。
男は、しかたなく五百金を出して馬の死体を買うと、
それをもって君主のところへ戻りました。
君主は、男を叱って言います。
『私が欲しいのは生きた馬だ。
死んだ馬をこんな高いお金で買って来るとは何事だ!』
男は答えました。
『君主様、私を叱るのはかまいませんが、黙って見て
いてください。
そのうち、千里の馬が何頭も手に入ることになりますから。
いま世の中は、君主様が求める名馬のことでもちきりです。
死んだとはいえ、名馬とあれば、五百金を出しても買う
君主のことだ。
名馬の価値がわかる君主は、生きた馬なら、
千金を出して買ってくれるに違いない、と』
それから一年もしないうちに、君主のところには、
名馬が三頭もやって来たのです」
郭隗はこの話を終えると、燕の王に言った。
「まず、私、隗(かい)をお召しになるところから始めたら
いかがでしょうか」
郭隗は、自分を「死んだ名馬」にたとえたのである。
すると、名馬を求めた君主の話同様、数年もせずして、
燕には賢者と呼ばれる人が全国から集まり、
国は大いに栄えたのである。
author:山口謠司(ようじ)氏の心に響く言葉 …