日本野球機構は7月21日、新型コロナウイルスの影響により、22~24日の中日-巨人の3連戦(バンテリンドーム)の中止を発表。
巨人は選手、関係者、40人に陽性判定が出ていたのに、21日新たに10人の感染が判明。陽性者は選手41人を含む総勢計67人となっています。プロ野球界だけでなく大相撲の世界にも感染が続き社会全体に経験したことのない不安がつのります。
21日、これまでに全国で新型コロナウイルスの感染者が18万6209人となり、過去最多に 18万人を上回るのも初めて。 最も多かった20日の15万2536人を約3万人上回り、2日連続で過去最多の感染となっています。
東京都では初の3万人超となる3万1878人の感染が確認されたほか、大阪府で2万2047人、福岡県で1万752人など、35の都府県で過去最多を更新しました。
前代未聞のパンデミックの中 8月第一週には4回目のワクチン接種が予定されているのですが 季節は一年で一番暑い日が続く大暑到来です。
大暑(たいしょ)とは、二十四節気のひとつで、暑さが最も厳しくなる頃です。体力を保つために鰻を食べる「土用の丑」や、各地でのお祭り、花火大会もこの期間にたくさん行われ、夏の風物詩が目白押しです。2022年のもっとも暑さが厳しく感じられる大暑は7月23日5時7分となっています。
一年でもっとも暑さが厳しく感じられる頃 江戸時代の暦の解説書『暦便欄』では、「暑気いたりつまりたるゆえんなればなり」と記されています。
快晴が続き気温が上がり続ける時期で、まさに盛夏です。
例年、大暑の時期が暑さのピークと言われ、熱中症などの体調不良に最も注意しなければいけません。
また、大暑といっても、2022年は7月23日のみを指すだけではなく、次の節気である立秋が始まる8月7日の前日、次の節気までの期間つまりは8月6日までの15日間を指すこともあります。
さて 大暑 七十二候では、
大暑 七十二候
大暑 初侯 7月22日〜7月26日頃
桐始結花 きりはじめてはなをむすぶ
桐が花を咲かせる頃。盛夏を迎える頃には、卵形の実を結びます。
桐は、伝統的に神聖な木とされ、豊臣秀吉などの天下人が好んだ花であり、現在も日本国政府の紋章として使用されています。
熱気がまとわりつく蒸し暑い頃。私たちは、この暑さを打ち水などでしのぐことしかできませんが、木や草花は緑をますます濃くして夏を歓楽しているようです。
夕立や台風などの夏の雨が激しく降る頃。きれいな青空に湧き上がる雲の頭が坊主頭に見えることから、入道雲と呼ばれ、夕立を教えてくれます。
カブトムシはいつの時代も、夏の昆虫の王様です。説明の必要すらありませんね。
立派な角で、相手の虫をひっくり返してしまう様子は迫力があります。
独特の苦味のあるゴーヤーですが、水にさらしたり塩もみすることで苦味は軽減されます。
黒い種の中にある白い粉を、少女たちがおしろい代わりにして遊んでいたことから、この名前がつきました。花は夕方に開き始め、翌朝にしぼんでしまうことから、夕化粧とも呼ばれています。英語では Four o'clock =4時の花です。~ 午後4時ごろに花を開くので Four o'clock だそうです。
金魚とは、中国語で金余と書き、お金が余ることから金運上昇の意味があり、縁起物とされています。
祭りの始まりは、夏の盛りにおそってくる眠気をあっちに行け!と、睡魔を船や灯籠に乗せて川に流したことと言われています。
現在は、たくましい武者の絵が描かれた灯籠が町を練ります。本社である京都では七月一日から一か月も続く長い祭りとなります。
https://www.543life.com/season/taisho
名所・名跡のひとつ回向院には「ねずみ小僧」の墓があることで知られている。
何年か前の日経朝刊のコラムに国文学者でもある野口武彦氏が学生を連れて回向院を訪れた時のことが紹介されている。
鼠小僧は本名、次郎吉(じろきち)で 寛政9年(1797年) - 天保3年(1832年)実在したれっきとした盗賊である。江戸時代後期、化政時代に出没し大名屋敷を専門に荒らした窃盗犯。合わせて「鼠(ねずみ)小僧次郎吉」と称され、本業は鳶職であったと言われ、義賊の伝承で有名な人物である。
鼠小僧については諸説あるが、フリー百科事典『ウィキペディア』によれば「ねずみ小僧」は寛政9年(1797年)中村座の木戸番の子として生まれ、次郎吉とよばれた。長じて鳶人足となったが、ばくちで身を持ち崩し、文政6年以降、武家屋敷の奥向に忍び込むこと28箇所、32回におよび、文政8年、とらわれて入墨追放されたが、その後なおも武家屋敷71箇所、90回にわたって忍び込み、天保3年8月19日(1832年9月13日)ついに捕らわれて品川「鈴が森」で獄門に処された。享年36歳。
『ウィキペディア』「ねずみ小僧」URL: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BC%A0%E5%B0%8F%E5%83%A7
つまり生涯2度しか捕まらなかったのである。たった2度しか捕まらなかったためか、それとも義賊の名声ゆえか『鼠小僧の墓石を持っていると博打で勝てる』という俗信が生まれた。長年捕まらなかった運にあやかろうと、墓石を削りお守りに持つ風習が当時より盛んで、現在も特に合格祈願に来る受験生があとをたたないという。
今では博打好きや受験生に墓は削られ墓石はすっかり砕かれてしまっている。回向院のホームページには削られた墓石が紹介されている。
回向院HPのURL: http://www.ekoin.or.jp/guide.html#08
時代劇で義賊として活躍するねずみ小僧は、黒装束にほっかむり姿で闇夜に参上し、大名屋敷から千両箱を盗み、庶民の長屋に小判をそっと置いて立ち去ったといわれ、その信仰は江戸時代より盛んであった。
さて野口氏が連れてきた学生は「ねずみ小僧次郎吉」の存在そのものを知らなかったのである。「ゲゲゲの鬼太郎」に登場する「ねずみ男」だと思っていたのである。「やっぱり人間だったんですね。」と言われ参ってしまったとコラムには記述されている。
そのころの大学生は昭和末期から平成初頭に生まれた。各家庭の経済状態もバブルの影響からか見かけ上はとても潤っていた。1980年代後半に生まれると、各家庭のテレビはすべてカラーTVである。子供向け番組はカラフルなアニメが主力で、午後6時から8時くらいまでは、お子様向けアニメドラマで埋め尽くされていた。 この時間帯だけでなく、大名屋敷を専門に荒らし貧しい民に金を配った義賊としての「ねずみ小僧」はマスコミ露出度が低下していく。
戦後の日本経済の右上がり成長がやがて飽和点に近づき、平坦な横ばいラインを描く「バブル崩壊」の直前の時期でもあった。やがて急激に景気の熱も冷め、デフレの嵐の中へ向かっていった。バブル崩壊後日本の社会はどこか自信を失くし、なにやら不透明な時代に突入していく。
日本の古い伝統である「善」や「美」何よりも「正義」の基準が どこか変わっていった気がしてならない。 職を失いホームレスになることを余儀なくされた弱者を襲う中高生の悪行など戦後の急成長を支えた多くの日本人には予想さえできない行為であった。
少しわき道にそれたが、「ねずみ小僧」の知名度の低さも時代を反映していたのである。 鼠小僧の伝説を要約すると「金に困った貧しい者に、汚職大名や悪徳商家から盗んだ金銭を分け与える」というものである。事実、彼がつかまった後で役人による家宅捜索が行われたが、盗まれた金銭は殆ど発見されなかったという。
江戸時代の庶民はここに夢を抱いたのである。傍目から見ると、彼の生活が分をわきまえた慎ましやかなものである事から、盗んだ金の行方について噂になり、この様な伝説が生まれたものと考えられる。
盗んだ金銭の総額についても諸説が存在しており、はっきりと定まった金額は未だに不明であるという。前述の野口氏はここで平戸藩の文人隠居松浦静山の「甲子夜話」を引用し、武家屋敷99箇所に122度忍び込み、合計三千百二十一両余りを盗み出したと紹介している。
無論諸説のひとつであるが それなりの根拠のある数字であろう。十両盗めば首が飛ぶ時代の窃盗三千百二十一両である。 現在価値換算して一両一万円なら三千百二十一万円、一両十万円なら三億一千二百十万円にも達する。
実際には身を持ち崩し「酒と女」に浪費されたのかも知れない。しかし仮にほんの一部であっても盗んだ金銭を分け与えたと信じた庶民の間では「気風(きっぷ)の良いヒーロー」として存在し続けていくのである。 ささやかな庶民の願望でもあろう。 今も昔も 金のある奴から巻き上げた金を庶民に還元したら・・・といった考えが、日本人の心のどこかに潜んでいるのではないか。
ところが現実は年金生活者の独居老人を騙して、高価で不要な贅沢品を売りつけるなど、弱者をさらに痛めつける不逞の輩が増えている。 けっして裕福ではない人たちが騙されて金を奪われる報道があとを絶たない。 悪質訪問販売・詐欺商法にマルチ商法等など弱者を食い物にする「悪」は根絶しない。
いつの日かWEBサイトで有志を募って「必殺XX人」のコミュニティを結成し こんな不逞の輩に 天誅を加えるヒーローが現れたら・・・・。
そんな折から必殺仕事人三味線屋の勇次役が本業の歌手より知名度を上げた中条きよし氏は76歳にして参議院議員に当選した。
今宵の瞑想は迷想と化し 果てしなく続いていく。
もともと歌手である中条氏は役者志望で、1981年に時代劇必殺シリーズ『新・必殺仕事人』に、闇の殺し屋集団「仕事人」チームの一人、三味線屋の勇次役でレギュラー出演した。黄色い三味線の糸を巧みに扱い、悪人の首を締める殺し技と、ほとんど笑顔を見せないクールな風貌。
これが受けた 何しろかっこいい しっかり仕事人レギュラーの座を不動のものにしていった。その後も三味線屋の勇次のイメージはけっして損にはならないものである。ヒット曲「嘘」で歌手として名を残すより正義の味方のほうがずっと良かったのかもしれない。
2022年4月28日、同年7月に執行予定の第26回参議院議員通常選挙に、日本維新の会公認で比例区から立候補することを表明した。7月10日の投開票の結果、当選した。
維新は比例の改選3議席から2倍以上、19年の5議席からも3議席増やした。党内トップは約12万票を獲得した現職の石井章氏。元陸上五輪選手の松野明美氏や歌手の中条きよし氏ら著名人を多く擁立し、票に結びつけた。
初登院後 どの委員会に属するかは今のところ不明だが もしも機会に恵まれるなら前述のような弱いものをいじめる不逞の輩に影響を与えられるような社会正義の仕事に関わってもらいたいと思う。 しかしながら中条氏はまったく活躍することが期待できない新人議員の6位にランクしており世の中そんなに甘くはないということである。
いっぽう 選挙期間終盤には安倍晋三元首相が銃撃され亡くなる事件が起き 短絡的な犯行動機には噴き出してくる憤りがいまだ治まらない。安倍氏はまた何年後かに復活するのではないかと考えていただけになおさらか。 全くの私見ながら未然に防げなかった当日警備の不手際には怒りすら覚え、諸外国の要人警護と比較すると情けなくて これが平和ボケのなせる業なのかと思ってしまう。
注)記事中 蓮とオシロイバナ・菖蒲・ゆり・黒目川以外の季節の写真は WEBに公開されているフリー写真から引用しました。