<2-2県職員4年目に出先へ異動でコペルニクス的転回??編>-----------------------------
新採用で就いた本庁職場では、積年の懸案が火を噴くタイミングに見舞われたことで年間1000時間近い残業であり、「公務員は暇でいいね」と言う旧友達へ、「聞くと見るでは大違いだよ」と理解を求めたいたものだったが、二つ目の職場である出先機関では、時間の流れは明らかに大きく違っていた。
本庁では、もちろん時に軽口や冗談にも興じていたが、県議会議員からの問い合わせや申し入れ、国や業界団体などとの協議や交渉など、外部関係者とのやりとりが随時不規則にあり、各種の処理案件も県としての対外的姿勢や財政に少なからず直接的に影響を及ぼす"重い"もので、常に張り詰めた意識を多くの同僚が抱えていた。
本来の8:30から17:30(当時)の就業時間内は、渉外や上司との協議等に追われ、そのための資料作成の時間は夜なべ(残業)で工面するしか無い…。大学卒業して直ぐ新採用で飛び込んだ県庁での3年間、それが当たり前になっていた。もう、そんな生活がこれから退職までの30年あまり続くのだろうと本気で考えていたものだ。
多くの課題を期限に間に合わせるためには、先手先手を打つ。隙間時間があれば、上司からの指摘などを想定して、関係が出てきそうであったり役立ちそうな法令や資料を下調べして整理していく…。闇夜から何が出てくるかを多角的観点で想定して準備する癖は、結果して仕事量そのものを増やしてしまっていたのかもしれない。
福祉関係の施策については、関係の法律意外にも、厚生省(当時)から現場での運用に当たっての省令や通達、事務連絡等が微に入り細にわたり大量に発出されており、特に生活保護に関して担当職員向けにそれらがまとめられた「手引き」と称する冊子については、厚さ3センチ近くに及んでいた。
福祉施策の対象とする個人や世帯を「ケース」というのだが、自分が受け持つケースの訪問調査を前にして、彼らや関係者とのやりとりにあまねく対応できるよう、「手引き」や関連資料にくまなく目を通すこととした。訪問日を勘案して本日中に読み込んでおきたい資料は、終業時間では少し足りなさそうだ。
「明日朝からどんな懸案が舞い込むか分からない」という本庁で染みついた意識から、本日中に資料を読み終えるためには少し居残りが必要だな…と上司に残業を申告しそうになったところで、それを見透かしたように、例の態度大きめの年輩主任から一言「その辺で止めて上がれよ」と残業ではなく退庁の指示が。
周囲の職員も皆が異口同音に「本庁では大変だったと思うけど、出先は残業ゼロが基本だよ」という。話を聞くと同僚たちはこの事務所を含め自宅からの通勤範囲の地域内の出先機関の間の異動を繰り返しているという。残業が当たり前のような暮らしだった私に大きなカルチャーショック到来だ。
残業時間は賃金単価が割り増しになり、まして公営とは言え勤務していた「企業会計」からすれば、経営を勘案しても残業は極力抑制すべきという認識は強く持っていたが、重要案件の期限内対処がマストであり、新採用の賃金単価の低さから見て費用対効果に適う残業であるとの自負を持って3年間過ごしてきたものだ。
人一倍の費用対効果意識をもって想定した残業を、あっさりと周りの皆さんから否定されて、軽く自己否定感に似た気が抜けたような気分になったものだ。しかし、もともと切り替えと飲み込みが早い方の私は、これはいわゆる一つの"コペルニクス的転回"だなと一気に頭の中の景色が変わったようだった。
異動して数日目の、残業するかどうかに関する自分の気持ちと同僚たちの何気ないコメントという、ほんの些細な出来事ではありましたが、本庁勤務時代の激務と新たな出先勤務での仕事の間にある大きな違いというか圧倒的な隔たり感が、一気に頭の先からつま先まで心身をスクリーニングしていくかのような内心の激変経験でした。
(「県職員4年目に出先へ異動でコペルニクス的転回??編」終わり。更に青年の心身の転換が進む、「県職員が出先で体育イベントなめ過ぎてしっぺ返し」編に続きます。)