●初めて知る仕事観…それが「福祉六法現業業務」か。
転任2日目の朝、出勤するとコーヒーを飲み上げた恰幅の年輩主任が「じゃあ行くぞ」。メモ用ノートだけ持ち出して着いて行くのは庁舎の車庫。丸目4灯でグレーのR30スカイラインバンに乗り込むと、旧規格のシャッター柱の幅ギリギリにすり抜けて庁舎の敷地から出て田植え前の田んぼの中の農道をひた走る。
これから生活保護家庭の訪問を行うという。事前の下調べ抜きでいきなり連れ出すのは、先入観無く感じてみろという先輩職員のある種の哲学らしい。県内高校を出て地元国立大学を卒業したての私が世間知らずに思えたのか、日々の暮らしに困るような生活の臨場感はないだろうと見透かしてインパクトを与えたいのかもしれない。
生活保護業務は市部を市役所が、郡部と呼ばれる町村部を県が担っている。財政力や人員規模などにより自治体で権能が異なる例だ。確かにそんな行政の仕組みのそもそも論も、新採用でいきなり企業会計職場からスタートした私には新鮮だ。仕事をする上で町村役場との連携が最も重要だと先輩職員はつぶやいた。
農道から市街地に入り暫く走ると町役場に到着。3階建で古びた白塗り壁の建物の玄関から年輩主任に着いて歩み入ると、長いカウンター机に案内板が並び、銀行か病院の待合空間のようなロビーに来庁者が座ったり行き来したり。独身で役所手続き経験も少ない私には役場窓口が新鮮に見えた。
町役場の窓口カウンター脇の隙間から「まいど」と声掛けしながら事務室に入り進むねんは年輩主任の後を進むと、4~5人程度が向き合うシマが幾つか配置された執務空間があり、「社会課」にて担当者2人が立ち上がり我々を迎えた。彼らに向けて年輩主任は「今年度の新たな担当を連れてきたのでよろしく」と口火を切る。
続いて私から、採用4年目で本庁を異動して初めての出先機関勤務であり、まして個別の住民相手である生活保護業務等は未経験なので、町役場の皆さんのお力添えをよろしくお願いしますと挨拶。県は市町村に上から目線だとの批判があることも意識した低姿勢の物言いに、先ずは役場担当の好感を得たようだ。
「若いあなたは驚くもしれないね」。町役場を出発する県公用車に同乗した町の年輩係長はつぶやいた。海岸部から内陸田園地帯を幅広に所管するこの町の生活保護世帯のうち数件を本日訪問する段取りだが、私が新潟市の市街地で暮らしている話を聞いて、劣悪環境の住居に赴くに覚悟が要るというのだ。
ふと気付けば、年輩主任は作業着の上着と古びたズボンで、町役場担当はブレザーのややカジュアルな服装。私のいかにもオフィス向けのスーツは小綺麗さを期待できない住居に上がるにはそぐわないのかもしれない。然りとて小汚い環境に適う仕事着というのを予め準備するのも難しいよな…などと思う。
どれほどのゴミ屋敷でも登場するかと思いきや、車の停車した前には豪農の館のような大きく立派なお屋敷がある。私の意外な表情に、年輩主任は「ここは民生委員さんの家。本来は民生委員さんと役場担当が時間調整して県の担当者と生活保護家庭に伺うが、本日は君の挨拶的訪問だから同行は省略」。
県庁の業務は、市町村を跨ぐ「広域的課題」や市町村単独では対応困難な「専門的課題」を担うものとおぼろ気に認識していたが、生活保護のような個別住民を直接相手にする業務があることは不勉強だった。それは、町役場の職員と地域の民生委員が日常的に見守り、異変等を把握してくれてこそ成り立つと察せられた。
生活保護者の住居は、低所得者向けで家賃減免もある町営住宅や極めて低廉な民間賃貸、縁故ある家の離れ小屋など様々だったが、その粗末さなどは役場職員が脅していたほど驚かなかった。私自身が裕福な家庭育ちではなく、冬の吹雪の夜に隙間風が吹き込むような住居育ちだったからであった。
加えて私には、社会適応力にやや欠けて高齢の独身姉妹のみで暮らす家庭が近しい親族にあり、幼少のころからそこへ頻繁に出入りしていたことから、身心の能力の不足等から生活保護に至っている人達に接して特段の驚きなどは無かった。しかし生活保護に至らなかった我が親戚とは"何かの違い"が感じられた。
数件の生活保護家庭を訪問して暮らしの状況など伺う中で談話すると、親兄弟や親類縁者、近隣住民などとの関係性や自身の自立心など、似たような保有資産の推移や経緯、社会性においても生活保護に至るかどうかには、越えてしまうとなかなか立ち戻れない"目に見えぬ一線"があるのではと直感したものだ。
生活が苦しくても"福祉の世話にはなりたくない"との発言が、かつては良く聞かれたものだ。現代それを相手への促しのように使えば、たちまち弱者抑圧だとばかりに大炎上だろう。しかし、やせ我慢や矜持を越えて、何か人間の"生きぬく力"に通じる本質を示唆していると思えてならない。的を射ているか、適切か否かはともかくとして、人生というものの論点のように浮かんだものだ。
身心にハンデある人や老人、独居や家族など個々別々に多様な対象者ごとに、個別具体の生活ぶりを定期的訪問や関係筋からの情報で確認しながら、必要を見極めて生活保護費を適正に執行する業務が始まった。ある意味で生活を管理的に観るという特殊性の中で、逆に今まで考えもしなかった"自由な生活の本質"を知れることになるかもしれない。
生活保護世帯の試行的な訪問を終えて職場に戻り、改めて自分の事務分掌を眺めて見る。仕事内容を説明する文字の羅列が、本日の現場訪問を経て臨場感を持ってイメージされてくるから不思議だ。生活保護のほかの福祉分野も含めて住民一人ひとりのレベルで向き合う「福祉六法現業業務」、いわゆる「福祉ケースワーカー」が自分の新たな業務なのだ…と実感がひたひたと沸いた。
(「県職員新入りに「福祉ケースワーカーは見て覚えろ!!」編」は終わり。福祉事務所での青二才の奮闘記はまだまだ続く…。「県職員4年目に出先へ異動でコペルニクス的転回??」編に続きます。)