日々感ずることを、徒然に書いています。ご笑覧あれかし。

言葉というもの、非常に興味があります。

アイルランド

2022-05-06 21:55:42 | 日記

https://www.google.co.uk/search?q=ireland+scenery&sxsrf=ALiCzsbYVT-8_1aswPBQ-Z78xaaXXkuv1w%3A1651839897610&source=hp&ei=mRN1YriuI4uWgQb77oLIBg&iflsig=AJiK0e8AAAAAYnUhqYT9U_7SQz1FYbcB28lDePw-fuiB&oq=Ire&gs_lcp=Cgdnd3Mtd2l6EAEYADIECCMQJzIECCMQJzIECCMQJzIKCC4QsQMQ1AIQQzIECAAQQzIECAAQQzINCC4QgAQQhwIQsQMQFDIECC4QQzIICAAQgAQQyQMyCAgAEIAEELEDOgUIABCRAjoLCAAQgAQQsQMQgwE6DgguEIAEELEDEMcBEKMCOg4ILhCABBCxAxDHARDRAzoLCC4QgAQQsQMQgwE6BwgAELEDEEM6CgguEIAEEIcCEBQ6CAguEIAEELEDUABYigVgqkFoAHAAeACAAZgBiAHbApIBAzEuMpgBAKABAQ&sclient=gws-wiz

やっと、我が家にたどりついたのは、夜の12時。空港からタクシー。我が家というのは、やはりいいものである。

アイルランドには、兼ねがね、行きたいと思っていた。いろんなことをこの目で観て確かめたかった。

英国人にとって、このアイルランド、一番身近な国でありながら、その多くは、アイルランドのことをよく知っているとは思えない。

それには、歴史的な理由がある。

まず、アイルランド人、イギリス人ではない。彼らは人種的にケルト人で、また、英語以外に独自の言語を持つ。そして、そのアイリッシュ語は、今もなお、地域的に、アイルランドに生きている。

アイルランドは、総体的に土壌が肥沃ではなく、貧しかった。したがって他民族の侵攻をいつも受けた。まず、1169年からのノルマン人。英国人もその一民族であるが、最終的に、英国が1801年、アイルランドを併合する。それ以前に、英国人オリバークロムエルが攻め込み(1649~50)、蛮行を働いている。英国、挙句、この島国を自らの統治下において、爾後圧政を強いた。

それが、最終的に終焉を見たのは、ちょうど100年前の1922年のことである。アイルランド独立。

しかし、アイルランド北部の6州は、その時、アイルランドに戻ることを好まず、英国の一部として存続したいと言い張った。アイルランドは、基本的にカソリックの国であるが、「北」のプロテスタントが、そういう存続派。

それで妥協案として。この地域を「北アイルランド」と呼んだ。今も英国の一部である。ただ、この北アイルランドの人全てが、英国に従属することを好んでいる訳ではない。アイルランドに戻りたい。だから北アイルランドのカソリックが、そう言う人たちなのでは?

北アイルランドの首都は、ベルファスト。そこで、今もなお続く、非常に露骨な「対立」を観た。

今回の旅行は、アイルランドの首都ダブリンを起点とし、「北」を含むアイルランド島を、大型バスで一周するツアー。全行程、2週間。

このツアーに参加したのは、総勢40人くらい。

それに関して、全く予期していなかったことがあった。それも、2つ。

まず、天候。これには、ことのほか恵まれ、初日と最終日を除き、毎日が、ほとんど快晴続き、しかも無風ときている。アイルランドは、雨の多いところだと言う先入観があったので、これには驚いた。まあ、これで、アイルランドの印象が非常に良くなったことは、確かである。

そして、もう一つ。これが面白い。

私、英国人の友人と一緒に行ったのであるが、我々2人を除き、後の38人ほどは、一人残らずアメリカ在住のアメリカ人。こんなシナリオは思ってもみなかった。
考えるに、こんな旅行を提供しているのが、アメリカの会社なのではないであろうか。

ところで、それらのアメリカ人、だいたい、中年から上の人で、ほとんどが、ご夫婦。

ただ、その人たちのタイプが様々で、私が日本にいた時、見たことのあるようなアメリカ人ばかりではなかった。

特に、米中部からの人たちは、だいたい、私にすれば、ほとんどが初めてお目にかかるような人たちだと思えた。

コロラドとかネブラスカとか、。

特に女性軍。彼女たち、ひょっとしたら、日本人なんかと喋ったご経験がないのかもしれない。なんだか、恥ずかしそうにしておられる。また、彼女たちのファッション感覚には、実に独特のものがあり、目を疑った。

そこへ行くと、男性軍はまだ楽である。私、彼らとは、米大リーグ野球の話をして、御茶をにごしていた。

ところで、アイルランドは米国と、特に強い絆を持つ。

それは19世紀中頃のアイルランドポテト飢饉に端を発する。

祖国でのあまりの惨状を逃れるため、何百万人というアイルランド人が、新天地アメリカに活路を見出そうとした。そして、その趨勢は今もなお、継続中だとか。

したがって、今のアメリカにはアイルランド系の人が、何千万人もいるという。移民の子孫。

有名人も数知れず。例えば、米大統領。ジョーバイデン、ジョンケネデイ、ロナルドレーガン、ビルクリントン、、。また、ウオルトディズニー。また、グレイスケリー、。

私の今度の旅行は、ガイド付きのパック旅行であったが、これは大成功。任意参加のツアーにも全部参加した。

私、かつで、こういうものを蔑視していた節があったが、77歳の今、それはない。

いくらお金を積んでも、こんなこと自分でできるはずがない。

今度の旅行で、アイルランドがとても好きになった。

アイルランド人は、人懐っこい。知らない人に、ニコッとしても、嫌がられない。気持ちのいいお返しが返ってくるだけ。英国では、まさかこうはいかない。

また、彼らには、気取ったところがない。美女の女性でも、そうである。

まさに単刀直入、私、こういうのがとても好き。

アイルランド、今は、貧しいなんてとんでもない。

ジャガイモに頼らなくても、ITと観光で十分食っていける。

やっと、我が家にたどりついたのは、夜の12時。空港からタクシー。我が家というのは、やはりいいものである。

アイルランドには、兼ねがね、行きたいと思っていた。いろんなことをこの目で観て確かめたかった。

英国人にとって、このアイルランド、一番身近な国でありながら、その多くは、アイルランドのことをよく知っているとは思えない。

それには、歴史的な理由がある。

まず、アイルランド人、イギリス人ではない。彼らは人種的にケルト人で、また、英語以外に独自の言語を持つ。そして、そのアイリッシュ語は、今もなお、地域的に、アイルランドに生きている。

アイルランドは、総体的に土壌が肥沃ではなく、貧しかった。したがって他民族の侵攻をいつも受けた。まず、1169年からのノルマン人。英国人もその一民族であるが、最終的に、英国が1801年、アイルランドを併合する。それ以前に、英国人オリバークロムエルが攻め込み(1649~50)、蛮行を働いている。英国、挙句、この島国を自らの統治下において、爾後圧政を強いた。

それが、最終的に終焉を見たのは、ちょうど100年前の1922年のことである。アイルランド独立。

しかし、アイルランド北部の6州は、その時、アイルランドに戻ることを好まず、英国の一部として存続したいと言い張った。アイルランドは、基本的にカソリックの国であるが、「北」のプロテスタントが、そういう存続派。

それで妥協案として。この地域を「北アイルランド」と呼んだ。今も英国の一部である。ただ、この北アイルランドの人全てが、英国に従属することを好んでいる訳ではない。アイルランドに戻りたい。だから北アイルランドのカソリックが、そう言う人たちなのでは?

北アイルランドの首都は、ベルファスト。そこで、今もなお続く、非常に露骨な「対立」を観た。

今回の旅行は、アイルランドの首都ダブリンを起点とし、「北」を含むアイルランド島を、大型バスで一周するツアー。全行程、2週間。

このツアーに参加したのは、総勢40人くらい。

それに関して、全く予期していなかったことがあった。それも、2つ。

まず、天候。これには、ことのほか恵まれ、初日と最終日を除き、毎日が、ほとんど快晴続き、しかも無風ときている。アイルランドは、雨の多いところだと言う先入観があったので、これには驚いた。まあ、これで、アイルランドの印象が非常に良くなったことは、確かである。

そして、もう一つ。これが面白い。

私、英国人の友人と一緒に行ったのであるが、我々2人を除き、後の38人ほどは、一人残らずアメリカ在住のアメリカ人。こんなシナリオは思ってもみなかった。
考えるに、こんな旅行を提供しているのが、アメリカの会社なのではないであろうか。

ところで、それらのアメリカ人、だいたい、中年から上の人で、ほとんどが、ご夫婦。

ただ、その人たちのタイプが様々で、私が日本にいた時、見たことのあるようなアメリカ人ばかりではなかった。

特に、米中部からの人たちは、だいたい、私にすれば、ほとんどが初めてお目にかかるような人たちだと思えた。

コロラドとかネブラスカとか、。

特に女性軍。彼女たち、ひょっとしたら、日本人なんかと喋ったご経験がないのかもしれない。なんだか、恥ずかしそうにしておられる。また、彼女たちのファッション感覚には、実に独特のものがあり、目を疑った。

そこへ行くと、男性軍はまだ楽である。私、彼らとは、米大リーグ野球の話をして、御茶をにごしていた。

ところで、アイルランドは米国と、特に強い絆を持つ。

それは19世紀中頃のアイルランドポテト飢饉に端を発する。

祖国でのあまりの惨状を逃れるため、何百万人というアイルランド人が、新天地アメリカに活路を見出そうとした。そして、その趨勢は今もなお、継続中だとか。

したがって、今のアメリカにはアイルランド系の人が、何千万人もいるという。移民の子孫。

有名人も数知れず。例えば、米大統領。ジョーバイデン、ジョンケネデイ、ロナルドレーガン、ビルクリントン、、。また、ウオルトディズニー。また、グレイスケリー、。

私の今度の旅行は、ガイド付きのパック旅行であったが、これは大成功。任意参加のツアーにも全部参加した。

私、かつで、こういうものを蔑視していた節があったが、77歳の今、それはない。

いくらお金を積んでも、こんなこと自分でできるはずがない。

今度の旅行で、アイルランドがとても好きになった。

アイルランド人は、人懐っこい。知らない人に、ニコッとしても、嫌がられない。気持ちのいいお返しが返ってくるだけ。英国では、まさかこうはいかない。

また、彼らには、気取ったところがない。美女の女性でも、そうである。まさに単刀直入、私、こういうのがとても好き。

アイルランド、今は、貧しいなんてとんでもない。

ジャガイモに頼らなくても、ITと観光で十分食っていける。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿