おだわらぐらし

縁あって引っ越した 相模の国_小田原
一杯見て 一杯歩いて 一杯味わった三年半の思い出

熱海一人旅(今日も又)

2011-02-07 18:28:18 | 静岡
勢いで・・・月曜日も熱海に出かけてみました。

親水公園の駐車場に車を置いて・・・
 
デッキに上がると すぐそこが海です。
 
ハーバーと砂浜を分ける人工堤防ですが_
↓ 海のプロムナード って感じですね。
 
(↑後で知ることになるのですが ここは「ムーンテラス」って場所でしたー)
↓階段横の「海!」なレリーフ。
 クラゲに和む^^)
 
↓桜の木にはさまれて立つ男女の像。
 
↑安政の頃 漁民の権利を守るために代官所に直訴し、八丈に流罪になった網元・釜鳴屋平七さんとその奥さんの像だとか。(当時は「直訴」自体が罪でしたから 「直訴」した時点で彼は処罰を受ける事を覚悟していたでしょう。平七さんは 八丈に送られる途中 大島で病死したそうです)

おや、砂浜で子ども達が遊んでる、
 何してるのかな?
 
ズームin!あ、お相撲とってんだ^^)
 
↓ムーンテラスの先端まで来てみました。えーなになに?ここは・・・
 
「恋人達の聖地」でしたかー。やー 失礼しました。

退散_ のその前に・・・
ムーンテラスからの熱海の町並みを撮ってみました、
 
 
 
 
 
↑リゾート地って建物の改装ピッチが速いから
 もしかしたら こんなショボ絵も10年後に見たら
「へ~」かもしれない、と思いながら・・・。

↓ハーバー側の海を覗いてみる・・・
 
カメラではとらえられないんだけど 青いスズメダイの仲間がチロチロ泳いでいます。「南の海」って感じ~。(もしかして小田原の海にもいるのかなあ?)

↓ヨットハーバーの周りのデッキは四段になってます。
 花火の時はここ「桟敷席」のようになるのかな?
 

↓デッキをどんどん進むと・・・
 「ワカガエル・ステーション」がありました。
 
ここにこの「ワカガエル~」が建っているのは以前から知っていましたが
(この横の道、伊豆へ行く時いつも通ってますから)
ここが「観光案内所」だというのは 知らなかった!
てっきり地域の高齢者のための施設だと思ってましたよーーー。
 
↓「散策MAP一部下さ~い」 「はいどうぞ~^^)」 「ありがとー」
 
↓さ では手に入れたMAPを見ながら 街歩きをして参りましょう~。
 
↓初川に沿って歩いていくと・・・
 
↓熱海の「芸妓見番(ゲイギケンバン)」(←置屋さんの組合)がありました。
 
 
↓一階の軒には提灯が沢山かかっていて華やかな感じ。
 
↑土日のお昼はここで 芸妓さん達の練習風景を見る事ができるそうです。
 一度お邪魔してみたいなあー。

↓初川を更にさかのぼります。
 川の両側に大型スーパーが立っています。
 
↓更に行くと郵便局が_
 
↓その隣には総合庁舎がありました。
 
初川沿いが 商業的にも行政的にも熱海の中心地 ってことですね?

ちょっとオマケ:
散策の途中で見つけた「あら」を貼ります。
↓「歩行者用」と「高齢者等用」の押しボタン。
 熱海ではしばしばこの「二つセット」が横断歩道脇に設置されていました。
 (どう使い分けするのかなあ?)
 
↑追記:高齢者等用~の機械は、お年寄りなどが携帯するペンダント型送信機から送られる無線信号をキャッチして作動するもの、だそうですよ
↓マンホールの蓋は 梅に温泉マーク^^)
 
↓波をモチーフにした橋の欄干。その上にカモメがとまっています。
 
↓作り物か~^^;)てっきり本物かと思ったわ~(気持ちよく騙されました)


そろそろお昼_
 季魚喜人(キトキト)ってお店に行ってみたかったのですが
 11:45になってもまだ「準備中」。きっとこちらは12時にならないとあかないのね・・・
 
1時半までに おじいちゃんのお迎えに戻ってなくちゃいけないので 「営業中」のお店を探しました。で
↓天匠ってお店で「漁師丼」というのを頂いてみることに~

漁師丼は 基本「海鮮丼」ですが 海苔がたっぷり乗ってて「相模湾」な感じでおいしかった!(お味噌汁も 香りのよい海苔たっぷり!でしたよ) 画像はありません。
__ いやー とても「お土産に撮らせて下さい」って言い出せなかったのです・・・


かなり余談ながら_
お店ののカウンターに座ってたら 大将と思しき兄さんが 出たばかりらしい観光用ガイドブックを買って帰ってきて、板さんに「ほら これ見て、前の写真載せられちゃったー。・・・アレにするとこコレにして、な?」と 業務上の指示 を出したんです。
そうかー 写真の通りじゃないと「あれ?」と思うお客さん、いるかもしれませんから お店としては気をつけなきゃいけないんですね?
雑誌社の人のちょっとしたミスにも敏感にならざるを得ないお店_。大変だなあ、と思ったことです。
そして 徒にパチパチ写真撮ってブログに載せちゃ 思わぬとこでお店に迷惑かけるかもなんだわ って感じました、です。
気をつけなくちゃ・・・ (おしまい)

湯河原でたんたんやきそばを食べました

2011-02-06 16:12:05 | 小田原隣接エリア
熱海からの帰り・・・
湯河原で途中下車して
「湯河原名物 坦々やきそば」を食べてみました。
 
↓なぜ湯河原名物が 坦々やきそば なのか・・・それは
 
↑ここ湯河原の温泉は「狸がみつけた湯」だという言い伝えがあり、
狸といえば ♪たんたん たぬきの~ で、
たんたん~ といえば「坦々麺」・・・。
では単純すぎる と思ってか あえて「坦々やきそば」にした_
のか どうか 実は 私もよく知らないのでした^^;)

が、ともかく、
今(というか とっくに)湯河原は 坦々やきそば をご当地グルメ と位置づけてPRしているんですねー。

そういう訳で、以前から「一度食べてみなくちゃ」と思っていた、のです。

とりあえず駅から一番近くにあった「坦々やきそば」の旗の立つお店「一番亭」に入店~。
 
お店のお姉さんに「坦々やきそば」と言うと
「はい、坦々やきそばには 硬いのと 軟らかいのとありますが どっちになさいます?」と尋ねられました・・・。
思いもよらないことで
「どっちが人気あります?」と尋ね返したら
「よく出るのは 軟らかい方ですね」と言うので
「じゃ 軟らかい方」。

↓という訳で こちらが「やわたん」←店内ではこう略して呼ばれてました。
 
↑海苔がのってるとこが伊豆・湘南スタイル(?)のピリカラ軟らか焼そば。
 すっごいボリュームで・・・ おなか一杯になってしまいましたー。(多分普通の1.5倍はあるんじゃないかな?)これで880円って・・・
オトクです!


時に_
お姉さんは 軟らかい方がよく出る って教えてくれたけど
私がいる間は 「4:1」で硬い方を注文する人の方が多かったんですよー。
ま、 私が食べ終わる頃に入店したグループが 両方頼んだから
「5:2」で 軟らかい方も少し盛り返しましたけどね~~~。
なんか 「えー?私も硬い方にしてみれば良かったかなあ」って気持ちにさせられちゃったわ^^;) / 今度行ったら 硬い方を注文しよ。


こうして 熱海一人旅+湯河原でランチ を終え小田原に戻ると 1時20分でした。
・・・もっとゆっくりするのだった・・・ <おしまい>

来宮神社(キノミヤジンジャ)

2011-02-06 16:11:11 | 静岡
さてさて 「狭い道」に戻り、道ナリにどんどん行きますと・・・
やがて新幹線の架橋近くに「来宮(キノミヤ)神社」の鳥居が見えてきました。
(いや、ここもちゃんと 訪ねる予定だったんですよ。でも一旦来宮駅に戻ってから北へ上がる、んだと思っていましたー。そうかー梅園から直接来た方が近かったんですねー ←独り言)
 
↓こちらは 全国に44ある「きのみやじんじゃ(来宮・木宮・紀伊宮 等)」の総社 だそうです。
http://www.kinomiya.or.jp/
 
どんなお宮でしょう?
 
参道も・・・
 
境内も 木々に囲まれています。
 
拝殿前には沢山の参拝者 そして拝殿内では御祈祷が行われており 神職さんの祝詞が力強く響いてきます。

ここには 日本で二番目に古いという 樹齢二千年の「大楠」があるそうなー。
 
↓おお!(周囲の人も 皆さん思わず声を出していました)
 
↓なんでも「パワースポット」としても人気だそうです。(へ~)
 
↓むう~ん すごい。『もののけひめ』の木魂(コダマ)達が沢山いそう・・・
 
↓もはや「ウロ」とか「ホラ」とかいうレベルではなくなっている感じ・・・
 
一回りして 私も何やら 「気」を注がれた気分に。

あ、そうそう、このお宮では「酒難除」のお守りが売られていました。
そんなお守りがあるんですね、面白く思いました。
(よっぽど買って帰ろうかと思いましたが 家族の誰からも喜ばれないと思い やめました^^;)


さあ、戻ろう。
帰りは来宮駅から電車に乗りました。
(来宮駅でもSUICA使えました。なんだー。/ 調べたら2008年からSUICAで「TOICA」対応エリア 利用できるようになってたんですねーーー^^;) ←2/9訂正!伊豆線はJR東日本管轄の駅。ずっとSUICAが使える駅だったようですー。 
伊豆急行線の「黒船」が近づいてきます。
東海道線が丹那トンネルに入っていきます。
その右上には 新幹線の新丹那トンネルも見えます・・・。


黒船に乗って熱海駅へ出、そこから東海道線に乗り換えます_
(あと ちょっとだけ 続きます)

丹那トンネル殉職者慰霊碑

2011-02-06 16:09:44 | 静岡
帰りは 梅園から来宮駅まで歩いてみることにしました。
梅園出口で誘導係の人に 「来宮駅へは 右(広い道)へ行った方がいいですか? それとも左(狭い道)?」と尋ねたところ 「どっちでも行けます」とのことだったので・・・

どうせなら 来るとき通らなかった方、と思い、
左の 狭い道 を行くことに。
 
↑狭い道、 には 梅園の駐車場へ向かう車の列ができていました。

JRの線路の上を通りかかったら・・・
道の端に「丹那トンネル殉職碑」と「丹那神社」という案内板があるのに気づきました。
 
↓行ってみると 線路の真上_
 つまり丹那トンネルの入り口の上に・・・
 
↓ブロンズのプレートがあり、トンネル工事で亡くなった方67名の名前が刻まれていました。
 
手向けられた花はまだ新しく お参りされた方は今朝か・・・ せいぜい昨日いらっしゃったらしく思われました。

殉職碑を見下ろす位置には「丹那神社」がありました。
 
↓小さなお社ののる台には「鎮魂」の文字__
 工事中の事故の犠牲者を神祭りしたものと見受けられました。
 
↓社横の「救命石」。
 
↑注連縄が張られたこの 特別な石、は・・・
 工事中この石の除去をしようとしていた17人が トンネルの奥にいたため かえって落盤事故に遭わずにすみ 8日後無事に救出された_ というので「この石のおかげ」と石に感謝し祭ったもの、だそうです。(トンネル内に閉じ込められた時はきっと 「この石のせいで」と思ったでしょうが)/ いや、 よかった よかった。

↓あ、東海道線が トンネルに入っていきます。
 そ、ここは よく通る お馴染みの 「あのトンネル」の上、です。
 
でも、この丹那トンネルの工事が 多くの犠牲者を出した大変な難工事だった、というのは 学校で習ってはいたけれど、工事に携わって下さった方の「痛み」や「苦しみ」「恐怖」までは わかっていなかったなあー・・・
これから このトンネルを通る時は 心の中で手を合わせましょう。



追記:
私は プレートの殉職者のお名前を よくは見ませんでした。
が実はあのプレートには7名の大陸出身者と思われる方々のお名前も刻まれていた_のでした。(野々村邦夫さんが書かれた こちらの記事で知りました)
丹那トンネルができた1934年当時は 大陸出身者も「日本人」だったんですよね。労働内容や賃金 死亡時の保証に差別はなかったろうか・・・ そうだといいのだけど、と思いました。

澤田政廣記念美術館

2011-02-06 16:04:58 | 静岡
澤田政廣記念美術館は 梅園に隣接して建てられた美術館です。
本来この美術館は 入館料300円なのですが、
梅園が有料になる「梅祭り(←入園料300縁)」の時に限り こちらは「無料」にして頂けるそうで・・・
「それは それは ありがたい」と訪ねてみました。
 
↓まず 外観がユニーク。
 どこか 未来的で でも不思議な「古色」がついていて・・・
 まるで「人工廃墟」のよう_。
 
↓壁の塗装のせい でしょうか?
 
 
↓こちらが正面玄関です。

中もとても個性的で グロッタ(人工洞窟)のような雰囲気でした。
澤田さんの作品は 宗教的な木彫 幻想的な彫像が多いのですが
それらが 美術館の中で (陳列ケースにチンと並んでたりなぞせず)
生きて いるように思われました。

とても とても 素敵な美術館でした。

↑「蒼穹(アオゾラ)」自由が丘のロータリーにある「自由の女神像」の双子の姉妹のようです


あまりに 作品と入れ物(美術館)がマッチしているので ちょっと調べてみましたら_
この建物は 熱海市の建築課が 澤田さんの作品を収めた谷村美術館を参考にして作ったもの_ とわかりました。
で、
谷村美術館 というのを調べたら_
1983年に村野藤吾が作った 村野氏最後の作品だとわかりました。
で、
画像を探したら・・・
谷村美術館の画像
思わず 「わあああ」 と声を上げそうになりました。

これは 行ってみたい!
と思ったのですが 
こちらは先年閉館になっておりました・・・。
残念。
話を戻しますが_

なるほど、熱海の建築課の方は この美術館を参考に 「澤田政廣記念美術館」を作られたのか。形は違っていますが 非常に印象の近いものになっていますよね。
深く納得し 又改めて 熱海の建築課の方(お名前を存じ上げないものだから・・・)にも尊敬の気持ちをもちました、です。

熱海の梅園を散策しました

2011-02-06 16:01:29 | Weblog
改めまして_
「熱海の梅園」でございます。
 
↓園内を流れる川は「初川」です。
 (つまりこの川下に熱海の行政施設や商業施設がある、んですね~
  因みに 芸者さん達の事務所「見番」もこの川沿い です)
 
↓早咲きの木は もうすでに見頃。
 
↓蝋梅も満開。いい匂い~
 
↓でも遅咲きの木は まだまだこれからーだから
 トータルで「五分咲き」でしょうか?
 
↓ステージでは「カラオケ大会」が開かれていました。
 (なるほど いいアイディア。歌い手さんも 観光客も楽しい気分になれ お金はそんなにかからない^^)
 
↓園内には沢山橋が架かっていました。
 
 
↓川上へ川上へ歩いていくと・・・
 
↓「梅見の滝」というのが現れた_
 
↓崖の中に通路が作られ、ところどころに穿たれた「窓」から 滝の水越しに 梅見が楽しめるようになっているんだ~。(へ~)
 
↓さて その滝の上には 何やら不思議な建造物が~
 
↑って 表示板が見えてますね^^;)
 「澤田政廣記念美術館」です。
 美術館については項を別にして改めて記事を打ちましょう__。

↓さて、初川を渡って階段を登った先、
 梅園の頂上に 「足湯」がありました。
 気持ちよさそう_ タオル持ってくればよかったかなあー
 
(↑後で気づきましたが タオルは近くで100円で売られてましたー)

↓少し下りた所に「韓国庭園」がありました。
 小さな住居も作られてました。
 わー三方に壁が無く自然を満喫できる家だー。
 (以前NHKの「韓国語講座」でも
 このスタイルの家が紹介されてるのを見た事があります)
 
↓裏からは 床下のオンドルの仕組みが見られるようになっていました。
 
↓へ~ オンドルの煙突は庭に作られるんだー。
 面白いですね。
 
↓この家の池。
 方形の池の中に 円形の島が作られています。
 
↑でもね、なんと四角い池は「土」を、そして丸い島は「空」を表しているのですってー。(韓国庭園のお約束って むつかしいー)
↓他にも いろいろ面白いものが・・・
 これは鬼瓦ですが、いかつい日本の物に比べると 平面的で女性的。
 
↓これは土塀。土塀の中に瓦を挟み込んでラインを作る_のは 日本でもやりますが、 韓国のものは ところどころに軒丸瓦も埋め込んでいるんです。いいアクセントになってて面白いですね。
 

↓韓国庭園の下には「中山晋平記念館」がありました。
 (中山晋平は童謡の作曲家として有名ですが 「東京音頭」なども作ってるんですねー。あ、単に私がここで初めて知っただけ ですけど^^;)
 
↓熱海の西山町という所にあった 中山晋平の別邸を移築した物、とか。
 一階も二階も 南+東のL字縁にガラスのはまった引き戸がついており
 庭が良く見え 陽当たりも良さ気でした。
 
室内には写真の他、中山晋平が書いた楽譜や 作った曲のレコードが展示されていました。

梅だけでなく 美術館あり 足湯あり ・・・
色んな見所のある梅園だなあー これで300円はおとく!
 
最後にお土産屋さんを覗いて・・・
 
 
んー あー えー っと・・・

この後 他のとこも回るから 荷物は増やすまい_
と思って 外へ出ましたです。



ちょっと オマケ_
梅園内では ウグイス笛が売られてました。
売店のおかーさんが 「いかがですかー いい音がしますよー」って デモンストレーションで ♪ホーホケキョ って吹いてたら お客さんが 「どうやったら おかーさんみたく吹けます?教えて?」って 吹き方を教わってて ほほえましかったです。
おかあさん「別に コツって無いですよ いい音がするように作られてるんだから ほら ♪ホ~ ホ ケキョ」
立ち止まって聞いていたかったのを我慢して(?)立ち去りました^^;)
お客さん、上手に吹けるようになったかな~?

熱海駅から来宮の梅園を目指します

2011-02-06 15:44:54 | 静岡
小田原に来て 四度目の春です。
今年こそ 熱海の梅園へ行ってみましょう。
えー まずは numabeが一人で下見に!
(という訳で? 今日は 亭主と息子と義父は
  ラーメン屋小次郎に行きましたのです)

↓熱海駅で下車。
 
↓駅前の足湯。(いつだったか 義父が足湯に入りたいというので ここを目指すも・・・駐車場から遠くて諦めた事があったっけ)

↑「無料」というところも有難い足湯です。
 もう少し暖かくなったら 電車で来て 
 義父にもつかってもらいましょう~。

↓駅のホームから桜が見えた
 バス乗り場の方へ行ってみます_
 
↓あ、あの奥の木だ~
 
↓この数本だけ花をつけています。
 もしかしたら 他のはソメイヨシノでこれはカワズザクラ とかかな?
 
↓濃い目のピンクの花が どっさり。
 もうすっかり「見頃」ですねー。


行きは バスで「梅園前」まで行くことに。
(バスはSUICAが使えました。静岡ではSUICAは使えないと思いこんでいたので「便利!」って感じましたよ)

↓目指す梅園はあの交差点の向こうのようですねー
 
↓信号を渡った先に チケット・ブースがありました。

入場料は「一般」が300円、熱海に宿泊して宿で「宿泊証明書」をもらった人は100円、でした。(これから宿泊する人は 入場券の半券を宿で見せれば200円戻してもらえる、とのことでした)
んまー 入場料安い!そして宿泊者には割引サービス!熱海市フトッパラ_ と思ったら、え? 梅園が有料になったのは今年から ですかー???(微苦笑)

grill KONOMIでランチ

2011-01-31 13:27:17 | 小田原-食
一号線沿いの洋食屋 KONOMI さん。

ずっとKONOMIさんは 入り口のメニューボード見て
 おいしいと評判だけど・・・お値段が~ と思っていたのです。
が、少し前 手ごろな値段の「丼」というのが書かれているのを発見。
これなら ドキドキせずに頂けそう! と思った_

 

のですが、あらー?今日は メニューに丼が無い!

で でも、折角ここまで来たのだし
と入店。
そして諦めきれずにお店の方に
「丼 なくなっちゃったんですか?」と尋ねてみたら
「ございますよ ^^)ニコ」
「じゃっ じゃあ それ!
 それから かにのクリームコロッケも単品で、お願いします」
(↑この取り合わせは 実はある方のマネ^^;)

出てきたのは甘辛和風ポーク・ソテーののった丼+温泉卵+赤だし+サラダ+おしんこ+一口ケーキ。(とにかく 値段だけで選んだ丼^^; _ 上にのってくるのが何やら知らずに注文しましたが おいしかったですよ)
「かにのクリームコロッケ」は蟹爪の周りにタネをつけて揚げたひと品で、こちらの名物料理。一度食べてみたかったのです。 アメリケーヌ・ソースのかかった濃厚な味わいで、ウワサにたがわぬ 美味で上等なご馳走でしたよ。


お会計_ 
部門01  ¥850
部門01  ¥865
小計   ¥1715
サービス料¥172
計    ¥1981

↑・・・えーっと どっちが丼でどっちがかにのクリームコロッケかな???
ともあれ
おいしいお料理が 上質な雰囲気の中で頂けた上
お値段は良心的。
大満足の お一人様ランチ(1.5人分^^;)でした。

鯵壱北条の「鰹塩」

2011-01-31 09:01:04 | 小田原-食
最初にお断り_ 私まだ食べてないんです・・・
が 昨日亭主と息子が行ってきたので
もらった写真貼りますね。

↓なりわい交流館となりの
 ラーメン屋「鯵壱北条」さん。
 
↓鯵醤油に続き 鰹塩 というのが登場_
 してました、とっくに^^;)
 
↓ネットで情報はもらっていたのですが
 なかなか訪ねられず ・・・
 とりあえず昨日亭主と息子に行ってもらいました。
 
(斥候、ですな)
↓モヤシにかくれていたイカ柄の蒲鉾を ちょいとアピール。
 (籠清さんの「いかすみ蒲鉾」だそうですよ)

鰹塩は_亭主によると 鯵醤油より更に「魚」な感じで美味かった、そうです。
私も食べてみたい!

新横をちょっとだけ歩きました

2011-01-30 13:33:17 | 神奈川
先日横浜の友人と久しぶりにランチしました。
場所は「新横浜」_。(もしかしてこの場所設定は私のため、かな?と思いましたが 仲間の幾人かが今 新横で働いているから_でしたー)

新横も ちょっと懐かしい場所です。
予定より早く着いたので 待ち合わせ場所に行く前に ぷらり と歩いてみましょう。
↓JR新横浜駅 (大きなビルになったなあー)
 
↓駅を出て右(北)を向くと ランドマーク的存在「プリンス・ホテル」のタワーが見えます。(このタワーは大田区の沼部からも見えていました)
 
↓駅前の大通り。ペデストリアン・デッキができて渡り易くなってますね。

↓大通りを西へ渡ってビジネス街へ~
 
↓丁度お昼。ビルから出てきたお勤めの人達が飲食店へ入っていきます。

↓歩道に立つ「弁当スタンド」でお弁当を買う人も多い。
 
(お弁当はお金のやり取りが簡単なように、でしょう 
 どこのも大体500円でした)
 

↓プリンス・ホテルのアイス・スケート・リンク。
 (ここもよく来てたなあ~。
  氷の管理がよくて滑り易いスケート場でしたのでね)
 
↓浦島花子的には変わらないお店があるとホっとしたりして^^;)
 
↓鳥山川(鶴見川の支流)が見えてきた。
 

浜鳥橋の上から右を見ると
↓労災病院~
 
左を見ると
↓リハビリテーション・センター。

↓橋を渡ったところです。
 
↓鳥を模った エリアの案内表示板。
 
↓横浜市総合保険医療センター
 
(↑父が何度かショートステイでお世話になった施設です)

↓ワールド・カップで使われた 日産スタジアム
 (以前は「横浜国際総合競技場」と呼ばれていましたが
  2005年に改称されました)_
 
↓息子達サッカー少年(←小学生時代)には憧れのスタジアムです。
 
↓平日の昼_通行人もほとんどないのに 噴水が 大きくなったり 小さくなったりしてクレてたので パチリ。
 

帰りは歩道を通りましょうか。
 
↓ペイル・オレンジと水色の「市バス」、
 懐かしかったので パチリ。
 
↓歩道は浜鳥橋のたもとまで続いています。
 
↓そうそう、ワールド・カップが開催されたのは2002年でした。
 (私たちは転勤で岡山へ行っており、
  当時の横浜の盛り上がりはテレビでしか知りませんが^^;)


再び鳥山川を渡って
↓ラーメン博物館の方へ~ 
 
↓ラー博も懐かしいなあ~
 
さんざん並んで入館して 又並んでやっとこ一杯のラーメンを食べたりしたっけ^^;
(この日は並ばずに入館できるみたいでした、
 なんかすごい?平日だからかな?)

--- シーン抜け ---

コープかながわ本部ビル前~
 
新横からの帰り というとここの地下鉄入り口を使ってたので
懐かしくて パチリ と撮った上、
ここから地下に下りてみました~~~(かえって遠回りだのに)


ああ、楽しかった おいしかった
 その気になったら すぐ来られる街だよ 新横浜~♪
又声かけてね^^)ノシ (誰に?)