limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

life 人生雑記帳 - 33

2019年06月04日 11時59分07秒 | 日記
「あー、疲れたー!」玄関にひっくり返ると、しばらく動けなかった。結局、自宅に帰り付いたのは午後5時を回っていた。電話のそばのコルクボードには、着信メモがズラリと止めてあった。「明日も臨時休校か。中島ちゃんに堀ちゃん、さちに雪枝、山本に脇坂から着信があったか!西部部隊も東部部隊もは無事に帰着したらしいな!」僕はダイヤルを回すと道子の家にかけた。応答は、道子自身が出た。「もしもし、無事に帰ったよ!」と告げると「Y、ご苦労様。意外と早かったじゃない!」「ああ、飛ばせる場所は全力で駆け抜けたからな!おにぎりとボトルは大助かりだったよ。ありがとう!」「いえいえ、本当はあたしの家に泊めるつもりだったの!Yも大分体力が付いたけど、さすがに今回は帰すのが怖かったから。ママもこれで安心するわ!臨時休校の知らせは回って来てる?」「来てるよ。これで少しは楽になる。今夜は直ぐに寝るよ」「そうしなさい!Yにも休養は必要よ!あたし達の3倍の距離を移動したんだから!雪枝と中島ちゃんと堀ちゃんには、あたしから“無事の帰還”を知らせて置くから、さちのとこへ直ぐに連絡しなさい!じゃあね、Y、ありがとね!」道子は3人への連絡を請け負って電話を切った。僕は直ぐにさちの家へダイヤルを回した。応答はさち本人。電話に貼り付いていたらしい。「さち、無事に家に帰ったよ!」「Y―、大丈夫なの?疲れてるね。道子達は?」「ちゃんと送り届けた。他のみんなも無事に帰ってる。もう、心配はいらないよ!」「・・・、あたし・・・、Yの・・・、傍に行く。行きたい!」さちは泣きながら言った。「帰れなくなったらどうするんだ?」「いいもん!居付いてそのまま、一緒に暮らすもん!・・・、何も要らない・・・、Yが居ればそれでいいの!」さちは寂しさと心配で泣きじゃくった。「Y、会いたいよー・・・、明日駅に来て!あたし何があっても行くから!」「うん、待ってるよ!でも、無理はするな。午前中に来れなかったら、水曜日の朝、駅で待ってるからさ」「うん、待っててね。・・・、ゆっくり休んで。あたしも疲れたから、ゆっくりする。Y、おやすみ」「さち、おやすみ」僕は何とか電話を終えた。夕食後に風呂に浸かるとドッと疲れが襲って来た。早々に出ると死んだように眠りこけた。

翌朝、いつもの時間に跳ね起きると、自転車を走らせて駅へ向かった。さちの通学時間帯の電車は把握している。駅の駐輪場に自転車を止めると、改札口で電車の到着を待った。特急列車は終日運休になっていたが、普通列車はほぼダイヤ通りに運行されていた。下り電車がホームに滑り込むと、さちの姿が見えた。改札口で捕まえるとしっかりと抱き寄せる。さちは、泣き出した。人影もまばらな駅舎を出るとベンチに腰を下ろす。「Y、無事でよかった!」肩にもたれかかって、さちは安堵のため息を漏らした。「さち、あれからどうやって帰ったんだ?」「足首まで水に浸かって歩いて帰ったの。途中まで竹ちゃんが付いて来てくれたよ。最後は雪枝と手を繋いで歩いたの。雪枝はあたしの家で迎えを待って、車で戻ったの」さちが昨日の生々しい記憶を話してくれた。私服姿のさちを見るのはこれが初めてだった。デニムのスカートに白いブラウス、水色のスカジャン。足元は白いスニーカーだった。「お互いに私服姿で会うのは初めてだね。何だか妙な気分!」さちがやっと笑う。「これからどうする?」と聞くと「登校しようよ。勿論、行けるとこまでだけど」「よし、行くか!」僕等は手を繋いで“大根坂”を目指した。

法面が崩落し、路肩も崩れた現場では重機が入って土砂の取り除きが行われていた。当面は片側交互通行になりそうだ。近道の小道も橋が流されて通れなくなっていた。「正門経由しか無理ね。復旧するまで時間がかかりそうだね」「ああ、土石流にならなかったのが不思議なくらいだよ」僕等は改めて被害の大きさを目の当たりにした。2人して手を繋いだまま坂を下り始める。途中で僕は“バード”の眠る墓地に一礼した。多分、彼が僕等を守ってくれたのだと思ったからだ。「Y、どうしたの?」「うん、“バード”にお礼を言ったのさ」「“バード”って誰?」さちが僕の顔を覗き込む。「彼は、中学1年生の夏に心疾患で急死した同級生なのさ。元々心臓に爆弾を抱えていてね、激しい運動は出来なかったんだけど、作戦を立てるのが上手くてね。観察眼や人の心を読む力に長けていたんだ。僕の基本的な思考パターンは、“バード”に教わったものなんだよ!」「“バード”のフルネームは?」「羽鳥栄一。僕の友であり“師匠”だった。倒れ亡くなる5分前まで、共にクラスマッチの作戦を考えていたんだ。彼は“どんな時でも道は必ずある。無ければ切り開けばいい!決して諦めたり悲観したりするな!”って言ったんだよ。あの言葉が“遺言”になるとは思わなかった。結局、彼が逝った後を僕が継いだ。中学校時代を通して“作戦参謀”として過ごしたんだ。今の僕を形作っているのは、羽鳥に間違いないよ!遠くに逝っても心はいつも共にある。昨日だって、彼がどこかで手を差し伸べてくれたから、切り抜けられた様なものだ」「そうじゃない?きっと彼はYの背中をずっと押し続けているんじゃない?“頑張れ!”って」さちが羽鳥に代わって僕の背を押す。確かにそうだろう。彼はどんな状況でも常に的確な判断を下して、クラスに勝利をもたらし続けた。その背を僕は追いかけて、学び、実践して来た。今の自分を奮い立たせるモノを与えてくれたのは羽鳥の“遺言”に他ならなった。「さち、行こう!僕は“バード”の後を継いで良かったと思う。彼が果たせなかった夢を、見たかっただろう未来を僕は伝える義務がある!いずれ、彼に会う日が来たら、全てを語ってやれるように生き抜いてくよ」「長い長―い、話にしてよね!そのためにも、Yは健康でなければいけない。その役目はあたしのが背負う。共に明日に向かって歩んでいこう!」僕とさちはゆっくりと坂を下りて行った。

水曜日。道路の仮復旧が整って学校は再開される事になった。だが、自転車での登坂は禁止となった。止む無くバス通に切り替えて“大根坂”を登る。いつものポイント付近に差し掛かると「Y-、おはようー!」さちの声がする。振り返ると大集団が登って来るではないか!竹ちゃん達6人は勿論、伊東と千秋、松田に山本と脇坂、本橋に石川も居る。僕を含めると14人の大集団に膨れ上がった。「参謀長!元気かい?!」竹ちゃんとガッチリ握手すると、伊東と千秋が肩を叩く。松田、山本、脇坂、本橋、石川とはハイタッチを交わした。道子や雪枝、堀ちゃんに中島ちゃんとは軽くハグをする。「みんなが無事に帰れたのは、参謀長の知恵の賜物だよ!あの決断が無ければ、俺たちは日干しになって倒れてただろうな!」歩き出して直ぐに伊東が月曜日を振り返る。「山本、脇坂、どうやら“強行突破”に及んだらしいな?」僕が聞くと「ええ、参謀長の読み通りでした!濁流は流れてましたが、歩道橋は渡れたんです!」「後は指示通りにしてまでですよ!」2人は涼しい顔をして言う。やはりこの2人が僕の“後継者”なのだろう。これからも要所を締めるのは、この2人に任せるのが賢明だと確信した。「僥倖だったに過ぎない。運も味方してくれんだろう。ともかく、こうしてみんなの顔を見られて安心したよ!」嘘偽りのない本音だった。「だけどよ!今回の対応は問題だらけじゃねぇか?1歩間違えば危なかったのは、みんなが知ってる。参謀長、抗議できねぇか?」竹ちゃんの言っている事は間違っていない。「僕も黙っているつもりは無いよ!先生を通じて校長に抗議するつもりだ!学校としての対応のマズさは指摘しないと治りそうも無いからね!」「そうしてくれ。今回はまだ良かったが、これから大雪とかに見舞われた場合の対策も含めて、学校側も反省しきゃならないはずだ!校長にモノが言える生徒は、参謀長ぐらいしか居ないからな!」伊東は改めて僕の肩を叩く。崩落現場には、土嚢が積まれ応急処置が施されていた。昇降口で僕は山本と脇坂、本橋に石川を捕まえると「4人共、今回は良くやってくれた。改めて礼を言う。ご苦労だった!」自然と頭を下げると「そんな事はしないで下さい!我々は参謀長の言われる通りに動いたに過ぎません!」と言って口々に恐縮する。「だがな、いずれ私も本校を去る時期が来る。これは動かしようのない事実だ。その時になって慌てない様にするためにも、4人にはこれから、あらゆる事を教え込んでいくつもりだ!全力で付いて来い!」と発破をかけると「はい!」と合唱が返ってきた。4人の眼はキラキラと輝いていた。

「うーん、言われてみればお前の報告書の通り、今回の一件は“穴”だらけだったな!咄嗟のお前の判断が無ければ、多数の生徒が路頭の迷い、救助に相当の時間を要したのは疑いの余地はない!実際、今朝から抗議と苦情の電話が、鳴り止まないのだ。佐久先生も頭を痛めとるし、校長も対応に追われている。これは預かってもいいのだな?」中島先生は、ぼくの書いた報告書を指して言う。「はい、コピーは取らせてもらいましたので、如何様にされても構いません」僕はハッキリと言い切った。「生々しい体験が綴られているこれは、校長に見せた方がいいな!また、呼び出しがあるかも知れんが、覚悟はいいな?」先生は僕の表情を伺う。「はい、初めからそのつもりで書き上げました。それと、これが“3期生再生計画”に関する報告書です。併せての閲覧・提出をお願いします!」僕はもう1通の報告書も先生に手渡した。「うむ、ワシも読ませてもらってから出すとしよう!いずれにしても、今回は良くやった!“3期生再生計画”も今回の“災害対応”もお前だから切り抜けられた様なものだ。後は、任せろ!いずれにしても、呼び出しがあるのは承知していろ!校長の事だ、間違いなくお前から直々に話を聞きたがるだろう。一読したらワシから提出して置く。ただし、保健室送りにはなるなよ。疲れとるのは分かるが、校長が煩くて敵わんからな!」「大丈夫です。今日はあまり動きませんから」と返して僕は生物準備室を辞した。その足で僕は現像室へ向かった。小佐野が根城にしている“校内一怪しい部屋”である。ドアをノックすると「入れ」と応答がある。「邪魔するよ」天井から釣り下がる現像済のフィルムの枝の奥で、小佐野は写真に見入っていた。「米内さんか。原版は?」と聞くと「さすがだな。一目で言い当てられるのはお前ぐらいだろう。それで、何の用事だ?」と薄笑いを浮かべる。「佐久は“危機管理担当”だったよな?今回、どこまで噛んでるんだ?」と聞くと「1枚も噛んでねぇよ。最終的に“臨時休校”の判断を下したのは教頭だ。佐久が来たのはあの日の午後。お前たちが“強行突破”をやってる最中さ!」「佐久は歯噛みをして八つ当たりしたろうな。校長に怒られる確率は?」「怒られるだけじゃねぇ!非常事態に対応する用品を何も持ってなかったからな。今頃は、デカイ体を縮めて“米つきバッタ”の様にペコペコしてるはずだよ。今回の一件について、痛烈に批判した文書は出したんだろう?お前も気を付けろ!校長から呼び出しを受けるぞ!」と小佐野は鼻で笑う。「米内、山本、井上の海軍三提督か。“海軍左派”と言われ、三国同盟に断固反対した事はGHQからも評価された。原田も左派だが、些か独断専行が見えてきたな。そろそろ、ブレーキをかけなきゃならない」「分かってるなら、サッサと行動しろ!“補佐官”なら当然だぞ!」「ああ、生徒会からも今回の一件について、痛烈に批判した文書を出させるさ。原稿は俺が書いたものを一部流用するがな」「個人だけでなく、生徒会からも突き上げを喰らえば、佐久も大人しく言う事を聞くだろう。それで、矛先をかわすつもりだな?原田を巻き込むのも、計算の内か?まあ、そのぐらいの仕事はやらせなきゃ、権勢を持たせた意味が無いからな!ヤツも今回の件を利用して、良い顔はしたがるだろう。急いでかかれ!佐久もデカイ割に俊敏だからな。機先を制するのが先決だ!」「ああ、佐久が校長室に拘束されてる今の内に手を回すよ」「佐久の動きはしばらく注視して見ててやる。山本と脇坂を鍛えてくれ。交換条件はお前の脳味噌のフルコピーだ!」「分かった。言われなくてもそのつもりだ。我らより後は、あの2人が頼りにならないとダメだ。あらゆる事を叩き込んでやるよ」「米内さんを持って行け!我ながら傑作に仕上がった」小佐野は写真を差し出す。「悪いな。もらって行くよ。じゃあ頼んだぜ!」そう言うと薄暗い現像室を出た。写真の裏を見ると“佐久は校長の教え子。最も手を焼かせたヤツだ。嫁も校長の仲介で探し当てた。校長を後ろ盾にすれば、佐久は手出しをして来ない”と走り書きがしてあった。「相変わらず、抜け目の無いヤツだ!」僕は教室へ戻るべく階段を昇った。

教室の前には、伊東と原田、それに長官が待ち構えていた。「参謀長、担任に提出した“報告書”のコピーもしくは原簿はあるか?」長官が誰何して来る。「それをどうするんです?あくまでも個人的主観でしか書いてない代物ですよ?」僕は、原田の前なので敢えてトボケに走る。「その“個人的主観”が欲しいんだ!生徒会としても今回の一件は放って置けない。1期生と3期生には、聞き取り調査を命じてあるが、2期生の代表として君の意見が見たいんだよ!」原田は熱心に語り掛ける。「佐久を敵に回してもかい?」僕はトボケ続ける。「ああ、危機管理上の盲点を突かれたんだ。佐久先生がどうこうとかは問題じゃない!学校側と渡り合うには、武器が欲しい。それが君の出した“報告書”なんだ!」原田は佐久と渡り合う事になっても、戦うつもりだった。「1つ条件がある。原文をそのまま用いない事だ。あくまでも“生徒目線”を貫いて欲しいし、特定個人からの意見として使わない事。それが通せるなら、手を貸そう」「いいだろう。君の文章を参考にして書き直すよ。君個人の意見とならない様に配慮する。どうかな?」「煮るなり焼くなりすればいい。くれぐれも原文は流用しないでくれ」と僕は言うとコピーを原田に手渡した。「恩に着るよ!佐久先生が釘付けになっている今、動かないと握りつぶされる!我々も手をこまねいて居る訳には行かないんだ!急いでまとめて提出する!」原田はコピーを手に教室へ戻った。「ああは言ったが、骨格や骨子は流用されるぜ!あれでいいのか?」伊東が心配して聞いてくる。「最後のページは抜いてある!“今後予想される危機に備えての基本的方針”って書いた箇条書きの部分だけは渡してない。全て手柄を横取りされるものか!」僕は笑って答えた。「その箇条書きの骨子は?」長官が聞くので1枚のペーパーを差し出す。毛布や非常食の備蓄、灯油の備蓄量の拡大。柔道場への暖房設備の配置等々、必要とされるモノのリストも含めた提言が書かれた最後の部分だ。「ふむ、これを抜きにした理由は?」「“生徒目線”を貫かせる事と事実に絞らせるためですよ。証言を集めて早く上げなくては、佐久に睨まれますし、手柄を丸々横取りされないためにも、必要かと思いましてね!」「原田には半分で充分。これはこちらの手柄にしなくてはヤツの権力が強くなりすぎるか?いい選択だ!だが、佐久は“人間装甲車”の異名を持つ強敵!どう立ち向かう?」長官が危惧した。そこで小佐野からもらった写真を見せる。裏書を見た2人はニヤリと笑った。「校長が“金字牌”とは!これなら佐久も黙るしかあるまい!」長官と伊東が頷く。「佐久の動きは小佐野が監視しています。異変があれば知らせて来るでしょう。後は“呼び出し”に応ずれば済む事です」「少しは原田の鼻をへし折れるな!見事だよ、参謀長!」長官と伊東に肩を叩かれながら僕はにこやかに教室へ入った。

ホームルームが終わると「Y、校長室へ行くぞ!案の定“呼び出し”が来た!」と中島先生が言った。「やはり来たか。参謀長、頼んだぞ!」長官が声をかけて来た。「ともかく行ってきますよ。さち、ノートを頼むよ!」「うん、行ってらっしゃい!」さちはそっと僕の背を押して送り出した。先生と校長室へ向いドアをノックすると、にこやかな表情の校長がドアを開けてくれて、応接ソファーへ座るように促される。お茶も用意されていたので“長くなるな”と直感的に思った。遅れて現れたのは佐久先生だった。「貴様!なんたる無礼な!起立!気を付け!」と僕の襟首を掴んで強引に立たせる。「無礼なのはお前だ!信夫(佐久先生の名前)!Aセット始め!スタート!」と校長が命ずると、佐久先生は腕立て伏せと腹筋を繰り返した。“佐久は校長に逆らえない”と言うのは本当だった!3分後に「止め!」と校長が命ずるまで運動は続けられた。「この“イタズラ小僧”が!貴様の尻を拭いてくれた恩人に対する無礼は私が許さぬ!Y君、遠慮無く座ってくれ。信夫はここへ正座しろ!」佐久先生は僕の目の前に正座をさせられた。校長が僕と中島先生の前に座った。手には僕の出した“報告書”を持っている。「想定外の事態だった。唯一の道が閉ざされるとは、考えもしなかったよ。あの日の最善手はなんだったかね?」校長は僕の顔を見て問うた。「校内に居た生徒には“待機”をさせるべきでした。無理矢理に下校した結果、駅で行き場を失う事になったのは、僕等としても“どうしよう”と思案するしかありませんでした。弁当はみんな持参していましたから、校内に“待機”して助けを待つ方が安全上は好ましかったと思います。後は、交通情報が全く伝達されなかった事ですね。電話は生きていましたから、駅へ問い合わせるなりバス会社へ問い合わせる事は可能だったはずです。その上での下校だったら状況はまた違っていたかも知れません」僕は静かに答えた。「だが、あのタイミングで下らなければ、閉じ込められる危険性はあった。やむを得ない判断だったのではないか?」佐久先生が反論するが、校長に睨まれると慌てて小さくなった。「教職員の数も充分でなく、判断も混乱の中、遅れに遅れた。危機管理上の盲点を突かれた今回の一件は、私達に多くの教訓と課題を突き付けた格好だ。その中で、Y君の決断は結果的には一番正しかったと言える。投機的な危険はあったが、可能な限りの“対策”を立てて行動した事で、40名を無事に帰宅に導いた。本来ならば、信夫が陣頭指揮を執らねばならない事案だが、コイツが来たのは君たちが行動を起こした後だった。まずは、信夫の不始末を詫びて、勇気ある行動を執ってくれた事に感謝するよ。良く頑張った!」校長は佐久先生に鉄拳をお見舞いしてから頭を下げてくれた。「しかし、1歩間違えば“大惨事”になっていたかも知れない。余りにも危険すぎる行動とも言えるぞ!」と佐久先生は校長の鉄拳をモノともせずに反論した。「それは、下校を命じた段階から言える事ではありませんか?学校に留まれば、そうしたリスクは生じませんでした。助けを待たずに僕たち生徒を放り出したのが問題だと思いますが?」僕はあくまで冷静に応じた。「信夫!一々反論するな!責任者であるお前が不在だった事を考慮すれば、生徒達が自主的に行動するのは当然だ!そうしなければ、帰れなかったのだぞ!実際、40名の帰宅を彼が立案して実行したのだ!己の未熟を恥じよ!貴様の本分はこうした災害時の対応も含まれておるのだ!四の五の言わずに黙っておれ!」校長は容赦なく鉄拳を振るう。佐久先生は余りの剣幕に身を小さくして逃げ回った。「この“イタズラ小僧”が!しばらく黙っておれ!」校長が命ずると佐久先生はうな垂れた。その上で「起きてしまった事を悔やんでも、前には進めないし今後予想される危機に備える事も出来ない」と前置きをして「“危機管理マニュアル”の改定と“非常用備品”の購入を進めなくてならないな!幸い、Y君が“今後予想される危機に備えての基本的方針”と題して方向性を提起してくれている。信夫!これを叩き台にして至急必要な手配にかかれ!予算は県教委から私がむしり取って来る!まずこれが1つ。他にも生徒会から証言を集約した“意見書”が来ている。Y君の“報告書”と合わせて今回の災害対応の検証をする事だな。教職員からの証言も得なくてはならないし、私や信夫が居なくても、適切な対応が執れる様に本校の教職員規則を改正しなくてはならない。こちらは、中島先生にお願いしたい。勿論、信夫も付けるし、他の先生方にも助力をお願いしなくてはならない。これが2つ目。もう1つは“う回路の設定”だな。これは私が町長に申し入れをして、徒歩でも抜けられる道の整備を陳情しなくてはならん!これは私が担当するとしよう。最後は、自力での帰宅の道を普段から確保する事!これは、生徒たちに両親と相談して取り決めてもらわなくてはならない。生徒会とY君の担当はこれだ!今回の事をベースにして“校内に留まるか?”“下校に踏み切るか?”をあらかじめ決めて置く事だな。専用の用紙を作ってファイリングし、“誰がどうするのか?”を直ぐに把握出来る様にしてしまおう。Y君、ご苦労だが生徒会と協力して、準備を進めてくれ!君も“会長主席補佐官”だったな。君の視点で原案を作成して、生徒会で揉んでから私の手元へ上げてくれ!」校長は次々と手を繰り出した。さすがに今回の事は堪えたと見えた。「校長、質問しても宜しいですか?」と佐久先生が遠慮がちに言う。「何だ?」「Y、校内の避難場所として“講堂”と“柔道場”を指定しているのは何故だ?」「それは、足止めを喰らうであろう生徒の数の問題ですよ。恐らくこれから起こるであろう危機でも、足止めをされるのは東側から通っている生徒たちが主になるでしょう。その最大値を考慮すると、“講堂”と“柔道場”を押さえて置けば事足ります。特に柔道場は畳敷きですから、寝泊まりするには必須の場所になります」と言うと「うーむ、そこまで読んでの提言か!」と野獣の様に佐久先生は唸る。「彼には、お前には見えないモノが見えているのだ!これは、現場を指揮した者しか分からない事だ!いいか信夫!明日までに必要な備品類をピックアップして置け!災害は待ってはくれぬ。直ちにかかれ!」「はっ!」と言って礼をすると佐久先生は校長室を辞して行った。「Y君、済まなかったね。あの“イタズラ小僧”も悪気があっての事では無いのだ。許してやってくれ!」と校長は言うとお茶を勧めた。「駅で足止めをされて、さぞかし困っただろう?だが、最善手を見つけて血路を開いてくれたのは、君だからだろうな。西側の“渡河作戦”にしても、東側の“旧道踏破作戦”にしても、並みの生徒では思いもつかない策だ。安全に配慮して誘導を図ってくれた事も大きかった。東側のルートには何か実績があったのかね?」「はい、中学生の時に文化祭の発表作品を作る上で、旧桑原城と旧上原城の調査をした事がありまして、その際に踏破したルートを今回の脱出路に置き換えたまでです」と答えると「全て図上での演習は済んでいたのか!片方は通学路を応用したルート。恐れ入ったよ!」校長は何度も頷くと“報告書”を見ながら「これからは、初動をもっと早くしなくてはならん!君たちからの情報提供も必要だ。無理に登校せずに“引き返して通報する”仕組みも作らねばならない。私達の学校をまもるためにも、これからも力を貸して欲しい!それと、3期生の“再生計画”も良く頑張った!西岡君を“執行猶予付き”にした判断が生きるとは、思わぬ副産物だったな。彼女の功績は称えられるべきだ!過去は過去として水に流そう!彼女達の処分は“不問”として消し去るとしよう!」校長は上機嫌でサラリと言ったが、西岡達の処分歴が消される事は大きかった。結果としては、大筋で“報告書”の内容は妥当と判断され、佐久先生と中島先生達に後事を託す事で合意を見た。年末にかけて、各規則や規約の改定、生徒規則の改定が実施され、今回の教訓が随時反映された。肝心な部分に原田の意見は余り反映されず、臍を噛むことになったが、ヤツの影響力を削いだ今回の件は“モデルケース”として長官や伊東達に利用された。独裁を目論む原田を“制御する閣臣”として抑え込んだ実績は後々まで尾を引き、長官と僕はこの後も度々原田をコントロールして行く立場となった。“閣外協力”でありながら、実質的には伊東達の背後で活動する一員となったのである。

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