limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

DB 外伝 マイちゃんの記憶 ⑩ エピローグ+α

2018年11月27日 12時08分12秒 | 日記
その日は朝から騒がしかった。洗面台の前でヒゲを剃っていると「○ッシー!大変!、直ぐに来て!」とメンバーの女の子がぶっ飛んで来た。「何事だい?」と言うと「SKのヤツが¨指定席¨を占拠してるのよ!」と知らせに来たのだ。朝食を済ませたばかりなので「まあ、そう目くじらを立てる程でもないだろう?検温が終われば¨数の論理¨でこっちが優位になる」となだめに掛かろうとするが、彼女は「SKが男とベッタリ張り付いて座り込んでるの!何かやーな予感がするのよ!」と言い出したのだ。「なに?男を連れ込んでるのかい?!」私も嫌な予感にかられて背筋が冷たくなった。「とにかく、確かめに来て!」彼女は強引に私の腕をつかむと、ホールへ引きずって行く。「ほら、あそこ」彼女の指差す方向には、SKさんと見慣れぬ男性が¨仲良く¨座り込みタバコを吹かしている姿があった。彼女は、私の右腕にしがみつきながら「どうする?○ッシー?、排除する?」と聞いて来る。「いや、しばらく様子を見よう。どの道、検温がある。それに2人共まだパジャマのままだ。いずれ動くだろう。それより、Aさんに状況を伝えて僕が呼んでいると言って来てくれないかな?確認したい事があるんだ!」「分かった!」彼女はAさんを呼びに走った。私は遠巻きに移動しながら、2人の様子を伺いつつ、テレビの前のソファーへ座った。もし、私の¨勘¨が当たりならば、危険度は下がり安全性は向上するはずだ。Aさんは直ぐにやって来た。「どうしたの○ッシー?」私は顎で喫煙所の¨光景¨を見る様に促した。「あれ?あれ?どう言う風の吹き回し?あの男の子誰なの?」Aさんが怖いモノを見る様に問う。「3日前に入った新患だよ。部屋は違うけど。パッと見てどう思う?」「新たな方向にターゲットを変えたのかしら?だとしたら・・・」「危険度は格段に下がる事にならない?」「そうなると、随分楽になるけど、本気なのかな?」Aは懐疑的だ。「その見極めが難しい。SKさんの性格からして、新たなターゲットが出来たとしたら、どう動くと思う?」「脇目も振らずに、まっしぐらに落としにかかるはずよ。○ッシー!どうやら・・・」「目先が逸れたと考えていい。そうかな?」「現状を見る限りはね。でも、まだデータ不足だわ。判断材料が少なすぎない?」「いや、僕は、逸れたと考えていいと思う。証拠が無い訳じゃない!」「何を根拠に?」Aさんは、早く理由を聞きたそうだ。「検温が終わったら説明するよ。一応、メンバーに招集をかけておいてくれないかな?」「それはいいけど、みんなが納得する説明は出来るの?」「それらしき“兆候”は既に察知してるよ。今だって、ほら、それが見えてる。SKさん、4本目のタバコに火を点けてるじゃない。今までの彼女なら“あり得ない”事だ!」「えっ!4本目って本当?!それなら、既にロックオンしてるわ!あの男の子、もう逃げられない“ドロ沼”へ落ちてるって事じゃない」「そう言う事になるね。僕らの為にも、ズブズブとハマって欲しいよ。知らぬは、デレデレの当人だけだ」「○ッシー、みんなにちゃんと説明して。これは画期的な局面よ!」「ああ、とにかく後でちゃんと話すよ」私とAさんが見つめる中、渦中の2人はラブラブだった。

人は基本的に表裏一体である。知られたくない事は誰にでもあるはずだ。病棟の患者達は特にその傾向が強く。深い傷を追っている事も珍しくは無い。本日のお題、SKさんの場合は、表裏では説明出来ない“多重人格”と言ってもいい、複雑な人格形成がなされている女の子だった。“普通の二十歳の顔”、“園児の様な幼稚な顔”、そして“男性に依存する悪魔の顔”と幾つもの顔が見え隠れする“危険な女”であった。私は、マイちゃんから彼女の“危険な顔”について事前にレクチャーを受けていた事もあり、必要最小限の付き合いに留まる事ができたし、女性陣の盾となって対峙する立場に回った事で、被害を被ることは無かった。だが、病棟の“問題児”である事は変わりがなく、彼女に振り回される側であるのは事実だった。さて、今回の“重要な変化”は私達にどう影響するのか?読み解いた事実を説明して、今後の対応を決めねばならない。

検温が終わり、メンバー全員が顔を揃えた時、SKさんと男が手を繋いで病棟を出て行くのに遭遇した。念の入った事に彼女は化粧をしていた。「なにあれ?凄く不気味」「お手て繋いで行ったよ。気味が悪い」女性陣から驚きの声が上がる。「〇ッシー、そろそろ聞かせてよ!SKさん具体的にどーなってる訳?」Aさんが口火を切った。「今のでハッキリと断言出来るが、SKさんは“新たなターゲット”を見つけて鞍替えをした様だな。これで、彼女に振り回される確率は、ほぼ皆無になったと言っていい」私は静かに話し始めた。「これまで、彼女は僕らの仲間に入り込むために、あらゆる手を繰り出してきた。見境なく騒動を起こす。定刻になるとタバコを吸いに来る。買い物に付きまとう。だが、こちらもその都度、鉄壁のガードで対抗して来た。最近では、こちらの偽りの情報に振り回されて、全てが“後手に回る”と言うジレンマに陥っていた。それでも、彼女は折れなかったよね?」「それは認める」「確かに」「相変わらずだった」反応はそこそこ返って来た。「彼女にとって“ここのメンバー”になるのは悲願だったはずだ。でも、それには相応の“理由”が必要だった。“タバコを吸うから”って事でね。彼女は必死になってタバコを吸い続けざるを得なかった。そうしなければ、“ここに来る言い訳”が立たなかったからだ」「それって、SKさんは“嫌いなタバコをわざと吸ってた”って事?」Aさんが小首をかしげる。「嫌いじゃないけど、“愛煙家”じゃなかったのさ。その証拠に彼女には“指定銘柄”が無かった。今日は見栄を張ったのか“パーラメント”だったが、その前は“ラーク”、更に前は“キャビン”と“ピース”、半月くらい前は“セブンスター”だったはずだ。つまり、フェイクだったのさ!タバコは、僕らに接近するための道具だったんだよ!」「えー!偽ってまでして潜り込もうとしてたの?!どう言う神経してる訳?」Oちゃんが驚愕する。「やっばりそうだったんだ!あたしも違和感あったもの!」Aさんが頷く。「コロコロとタバコを替えてる理由が“潜り込むため”とは!〇ッシー、よく見破ったね」「意識的に見てれば、直ぐに分かるさ。彼女、口紅だけは必ず付けてたから、吸い殻に色が付くからね。後、消費量が少ないのも引っかかってたから」「そうね、彼女、2本ぐらいしか吸って行かないじゃない。派手なたばこ入れ持ってる割に、喫煙量が少ないのは“あれ?”って思ってたのよ。そう言う魂胆だったのね」Aさん目が怒りに燃える。「それと彼女には、もう1つ狙いがあったはずよ!〇ッシーも意のままにしたかったはず!〇ッシー、誰にでも分け隔てなく優しいから、独占を狙っててもおかしくないわ!」マイちゃんが断言する。「有り得る」「それが究極の目的か!」「マイちゃんとOちゃんの地位も狙ってたのね」「あたし達も意のままにされてたかも知れない」女性陣も同調する。「けれど、2日前のある“事件”をきっかけに、さっきの男と急接近し始めた。そして、今日の朝からの“ラブラブモード”に突入した」Aさんが言う。「そう、ちょっとしたトラブルだったが、その後、ヘコんでるSKさんに声をかけたのが、さっきの男だ。僕は“後始末”で手を取られて、詳細な事までは確認してはいないが、誰かその辺の事を目撃してないかな?」私の問いには直ぐに反応があった。「給茶機の前でグズってた彼女を親身になって慰めてたわよ」「メルアド交換とか、速攻だった」「その日の消灯後から、ずっとメールのやり取りをしてるわ。毎晩1時間はやってるよ」「もうズブズブと引き込まれていると言ってもいいくらい」壁に耳あり障子に目あり。女性陣は次々と報告を上げてくれた。「なるほど、ここまでは順調の様だね。問題は“ここから先”の展開だ。過去にも同じように、進展はあったけれど“医局に潰された”ケースが2件ある。あの男の主治医が誰なのか?これによって展開は変わる可能性がある。次はそこを・・・」と私が言いかけると「〇ッシー、私達を甘く見ないで欲しいな!もう、確証は掴んであるよ!」Aさんが得意げに言う。「あの男の主治医は〇ッシーと同じ。担当医はU先生よ。SKさんの担当医と一緒。以前とは状況が違うから、今回は“行きつく所まで進展する”可能性は大よ!」「それと、SKさんの携帯のメールの内容から分かった事だけど、あの2人は、既に外泊時にデートの約束を交わしてるわ!その時に一気に襲い掛かる魂胆でしょうね」どうやって調べ上げたんだ?と思う事まで女性陣は知っていた。その手口を聞くと「SKさん、午前11時には決まってシャワーを浴びるでしょ。その時にちょっと携帯を拝借したまでよ。同室の私達なら気付かれっこないわ!」「メールの内容を調べたら、出て来たんだから、間違いはないよ。男の子には悪いけど“落ちるとこまで落ちて”もらうのが私達のため。勿論、SKさんはまったく気づいてないからご安心を!」「誰だい?そんな危ない橋を渡らせたのは?」私が問うと「誰とかじゃないよ、みんな自主的に動いて情報を集めただけ。いつも〇ッシーにばかり頼ってじゃいけないでしょ!“私達の平和な生活”がかかってるんだから!」Aさんが代表して返してきた。マイちゃんがおもむろに「○ッシー、これからどうするつもりなの?」と言った。「うーん、そこが難しいし、悩ましい所だよ。何もしなければ、過去の様に潰されるだろう。かと言って、代わりの手を繰り出すにしても¨王手¨でなくては意味が無い。男に手を繰り出すには、データが足りない。時間もさほど残されてる訳でもない。正直な話、¨読みきれない¨状態だよ。データを入れ替えて計算し直したい!」事実、SKさんには、厳重な¨監視網¨が張り巡らされている。あまり男性と接近するのは、好ましく無い事象としてナースステーションから常に¨監視¨されているのだ。今朝の¨ベッタリ¨にしても、先程の化粧にしても医局へ¨通報¨されていてもおかしくない。考えるにしても持ち時間は、さして残されてはいないのだ。「どうしたの?みんな揃って¨お通夜の席¨になるなんて。ひょっとしてSKがらみ?」外泊から帰ったメンバーの子が、不思議そうに聞いた。「売店で、SKが化粧して男とベタベタしてたから、その事で¨緊急会議¨ってとこかな?」さすがに鋭い。「悪い事は良く当たる。正にそれだよ」私が呻く様に言うと「ちょっと待ってて、荷物置いてくるから。あたしも混ぜて!」と言って病室へ荷物を放り込むと、直ぐに議論へ加わった。彼女は¨参謀格¨の知恵者でもあった。私も一目置いている存在だ。今朝からの一連の事を説明して、事情を呑み込んだ彼女はしばらく目を閉じて考えを巡らせている。私も¨読み¨を入れ直して考えていた。喫煙所は、珍しく静寂に包まれた。¨SKさんの所へ爆弾を送り込めば勝機はある。だが、どうやって送り込めばいい?¨「○ッシー、SKが焦って事を強引に進めれば、勝てるんじゃない?」彼女が小首を傾げて言った。「僕も、爆弾を送り込めば勝機はあると思う。だが・・・」「手立てが無い!ってとこかな?」「ああ、かと言って危ない橋は渡れない」「あたしに任せてくれれば手はあるよ!勿論、みんなに危険が及ばない方法が」「それはどんな手なのかな?」「それは後程、披露するわ。まずは、買い出しに行かない?みんなが静まり返ってるのが、逆に不審に思われそうだし、気分を変えようよ!」確かに一理ある。「みんな、お出かけしよう!煮詰まってちゃいかんな」私は率先して腰を上げた。「そうそう!さあ、支度しようよ!」彼女の一言でみんなが動き出した。さて、彼女は何を考え付いたのか?それは¨盲点¨を突いた奇策だった。

「じゃあ、説明するね」¨参謀格¨のEちゃんが話始めたのは、午後イチだった。「○ッシー、先週退院したI子とも話して捻り出した作戦なんだけど、SKの携帯へ¨ウイルスメール¨を送り込んで、尻に火を点けるのはどう?」「それが出来れば最善だが、誰の携帯から送り込むんだ?」「I子が全面的に協力してくれるとしたらどう?」「ふむ、彼女なら問題はないが、メルアドとかの細工はどうするの?」「I子、携帯を買い換える予定があるし、メルアドも変えようって話になってるの。その前に、SKに一泡吹かせたいのよ!あたしもI子もSKには¨因縁¨があるし、○ッシーにも¨帰さなきゃならない恩¨がある。今回はあたし達に任せてくれない?」Eちゃんは、必死に訴えかける。「○ッシー、今回はEちゃんとIちゃんに賭けてみない?」マイちゃん達も同意を求めている。「もう一手、先回り出来れば完璧なんだが・・・」確かにEちゃん達の策は魅力的だった。だが、もう一手間かけられれば、¨確実な優位¨に立てる。「分かった!○ッシーは¨男の尻¨にも火を点けたいんでしょ!」Eちゃんが笑って言う。「そう、双方を焦らせて事を一気に片付けたい。医局に介入される前にね」「それなら、尚更あたし達の出番じゃない!」Eちゃんが胸を張る。私は苦笑しつつ「7色の筆跡を駆使出来るのは、Eちゃんしか居ない。分かった!今回は任せる!みんな、それでいいね?」「異議なし!」全員が合唱した。「男にはどんな手紙を書けばいいの?」「¨SKさんを狙ってるのは貴方だけじゃない!¨って煽ればいい。¨とにかく早く自分のモノにしろ!¨ってね。ヤツは入院したばかりで周囲が見えて居ないし、こちらの組織力も知らない。そこに付け入る隙がある。SKさんも今回はかなり焦ってる。今のところは¨膝¨だろうが、早晩¨上半身¨までズブズブにはめたいはずだ。医局だって、いつまでも黙っては居ないだろうから、今週中が勝負の分かれ目になるだろう。Iちゃんの方は直ぐにかかれるのかな?」「あたしがメールすれば、速攻でかかれる。I子も退屈しのぎにマジでやるらしいから、SKもうかうかしてられなくなるよ!」「メールをみんなに配信できる?」「勿論、出来るけど、どうするの?」「より効果を上げるには、全員で¨添削¨した方が良くない?」「なるほど、それもありだわ。分かった。まず、I子に“原稿”を作る様にメールしとくね」Eちゃんは、素早くメールを作成するとIちゃんへ送信した。「次は、男への手紙だね。何通作るの?」「3通あれば充分だ。これから1通を放り込む。残りは状況を見て判断する」「OK、誰か適当な紙ある?」Eちゃんが周囲に聞くと「これでどう?」と手帳のメモ欄が手渡された。ミシン目が入っている切り取れるタイプだ。「上等!後は、字体を変えて油を注げば、男も焦って動き出すわ!」Eちゃんがたちまち3通の手紙を書き上げた。字体は見事なまでにバラバラだった。みんなに“回覧”して落ちが無いかを確認してもらう。その間にIちゃんからの“原稿”が着信した。「みんなに転送するね」Eちゃんは直ぐにメールを配信した。Iちゃんからの“原稿”は、SKさんを焦らせるには充分な威力が備わっていた。「メールも手紙も無修正でいけるんじゃない?」Aさんが頷きながら言う。「ああ、これだけ“煽って”やれば、2人とも疑心暗鬼に陥るだろう。必然的に事を急ぐはずだ!」私も同意した。「じゃあ、“作戦開始”でいい?」Eちゃんが聞くので「始めよう」と私は静かにGOサインを出した。EちゃんはIちゃんにメールで指示を送った。「さて、僕は男の部屋へ・・・」と言いかけると「もう、放り込んで来たよ!」と別の子達が言う。「残りを放り込む指示だけ出して!」「ああ、気付かれてないよな?」「そんなドジは踏みません!」彼女達は得意げに言う。「みんな、自分達の行く末がかかっているから、〇ッシー達に言われなくても行動するよ。これが私達の強み!」Eちゃんが言った。「I子が言ってた“SKに辱められたあたし達を、マイちゃんと〇ッシー達が助けてくれた。真剣に話も聞いてくれたし、仲間に入れて守ってもくれた。もし、SKのせいでみんなが苦しんでいるなら、あたしも黙ってはいられない。手助けは何があってもするし、駆け付ける”って。今がその時よ。チャンスは確実にモノにして、SKに思知らせてやればいいの。“塗られたドロは、マイちゃんと〇ッシー達が拭ってくれた”みんなが自主的に動くのはSKへの恨みつらみもあるけど、何より“自分達の誇り”をかけてるからよ!SKから虫けら同然の扱いを受けた子は特にね!」Eちゃんの言葉が荒くなった。「だが、これは復讐であってはならない!みんなの手を汚す価値がSKさんにあるのか?恩讐は乗り越えて前に進むべきだよ。そうでなくては果てしないドロ試合になりかねない。仮にそうなったとしたら、僕らの仲間達の存在意義を問われかねない。確かにSKさんはやり過ぎた。それは認める。けれど、僕らは“性を越えた友情”で結ばれた連帯だ。それだけは忘れないでくれ!」私は静かにEちゃんを見つめて言った。「〇ッシーらしい意見だけど、今回は別。あたしはEちゃんに賛同する。女として許せる一線をSKさんは踏みにじった!これは女の戦いよ!あたし達を怒らせた報いは受けてもらうわ!」マイちゃんが珍しく怒りに燃えている。「抜け出せない所へ落ちてもらう!〇ッシー、今回は目をつぶってくれないかな?」私は思わず聡明な彼女の気迫に押された。「賛成!」周囲からも賛意が上がる。これは、男の出る幕ではなさそうだ。「分かった。けど、こちらからは一線は超えないでくれよ。逃げられない穴へ落とせばいいんだから」「そこら辺の加減は、あたし達も心得てるわ!〇ッシー、いい機会だから“女の子の怖さ”をよーく見ておくといいわ!」Aさんが不敵な笑みを浮かべて言う。Oちゃんも腹を括っている様だ。表情が引き締まっている。「存分にしていいよ。みんなのお手並み拝見します」私は引き下がるしかなかった。

IちゃんのメールとEちゃん手紙の効果は直ぐに現れた。SKさんと男は、2階のデイ・ルームに居を移して急速に接近度を高めて行った。翌日の朝、2通目の手紙を放り込むと男は果然本気になり、SKさんを落とす事に全力を注ぎこんだ。気付いた頃には、男は首までズブズブにはまり込み、SKさんの“毒牙”の餌食となっていた。その間、私達はもっぱら傍観していたに過ぎない。陰では、要所で手を打って誘導はしたが・・・。実際、メールによるSKさんへの“煽り”は5日間で終了させたし、3通目の手紙は、放り込む必要すらなかった。その結果、SKさんは脇目も降らなくなり、男は底なし沼に沈められた。そして、2人は外泊の際、“関係”を持ってしまっていた。この頃になると、ようやく医局側が異変を察知して動き出したが、後の祭りに過ぎなかった。2人を引き離そうと医局側が全力を尽くしたが、既にあらゆるデーターを手中に納めたSKさんは、メールを駆使して男を離すことは無かった。身も心も疲れ果てた男がU先生に助けを求めた時には、SKさんによって完全に食い尽くされ、侵された後だった。医局側は2人を隔離する以外になかった。男は病棟北側の個室へ引っ越すと同時に“面会謝絶”となり、携帯はナースステーションで保管される事になり、電源は断たれた。SKさんには“閉門”(鍵付き個室への入居)が命じられ、携帯も没収されデーターは全て初期化された。鎮静剤の投与、精神安定剤の増量などの処置が採られ、外出も入浴も止められた。意識はあるものの、クスリによって常に朦朧した状態に置かれた。そうする以外、SKさんを止める手立ては残されていなかったのだ。

2人の隔離から丸1日。私が喫煙所で考え事に沈んでいると「〇ッシー、ちょっといい?」マイちゃん、Oちゃん、Eちゃん、Aさんが揃っている。「どうしたの?」心なしか、みんな表情が冴えない。「まあ、座りなよ」一同を着席させると、私は、タバコに火を点けた。「〇ッシー、前に言ってたよね。“恩讐は乗り越えて前に進むべきだ”って。“僕らは、性を越えた友情で結ばれた連帯だ”とも。SKが落とした男の子、北側の病室へ隔離されたんでしょう?SKの“閉門”は当然だけど、何か、後味が悪くって。あたし達のした事は正しかったのかな?」Eちゃんが代表して私に問いかけた。「それは、分からない。でも、経緯はどうあれ“作戦開始”を指示したのは僕だ。後味が悪いのは、僕も同じ。正しかったのか?否か?考えているけど、答えは出ていないよ。ただ、これだけは言える。“あの時点で、何もしなければ何も変わらず、SKさんに振り回されていた”と言う事だよ。SKさんも“閉門”だろう?しばらくは、外に出る事も制限されるはず。結果だけ見れば“勝ちを得た”と言えるが、使った手の良否を考えると“正着だったのか?”と疑問符が消せないでいるんだ。並行して“医局を動かす手”もあったかも知れない。それに、男1人に全てを押し付けて良かったのか?良心の呵責ってヤツが頭から消えない。消化しきれないんだ」私は心の中に渦巻いている事を正直に話した。「〇ッシーもそうなんだね。何か安心した。あたし達だけじゃなかった。そう思うと少しホッとした」マイちゃんは、そう言うと私の左手を握りしめ、太ももの上に置いた。「でもね、今言ったのは“一般論”での事だ。病棟には“病棟の論理”ってヤツがある」「“病棟の論理”ってどう言う意味?」Aさんが聞く。「病棟では“一般論”がそのまま通用する訳じゃない。例えて言うなら、ここは“コップの中”だ。コップの中で“嵐が吹き荒れても”世間一般に影響が出る訳じゃないし、コップの中のルールによって収まりを付けるしかない。そこに着目して考えると、僕らは“正着を以て事を収めた”事になるんだ」「それって、正しかったって事?」Eちゃんがすがる様に聞く。「まず、落ち着いて今回の一件を振返って見て欲しい。男は“自らの意思”でSKさんを選んだ。個人の好みもあるだろうが、SKさんにすり寄って行ったのは“彼の意思”だ。僕にとっては“選考基準外”でしかないけど、彼には別のモノが見えていたのは間違いあるまい。それに“並行して医局を動かす手もあったかも知れない”と言ったけど、もしその手を選択していたら、今、こうして静かに話していられたか?甚だ疑問だ。SKさんの性格からして“魔女狩り”紛いの事は平気でしていただろう。僕らも傷だらけになり、血で血を洗う抗争になっていた可能性は否定できない。病棟そのものが深刻な傷を負っていたと思う。そうした“最悪の事態”を回避するには、今回の選択は“最善手”だったと言えると思うんだ。結果的に最小限の被害で食い止められた。そう考えれば、僕らの選択は正しかったと言えないかな?」「男の子は自身で“破滅”を選んだ。SKの暴挙を抑えるには“他に道は無かった”。確かにそう考えれば、あたし達は正しかった」Eちゃんがポツリと言う。「そう、あの日あの選択をしていなかったら、こうして平穏に居られた筈が無い」「確かに、SKさんの事をよく考えれば、最悪の場合あたし達も無傷で居られたか分からない。見境なく踏みにじられていたかもね」Aさんが身を震わせて言う。「後味は悪い。それは誰しも同じだ。けれどSKさんの被害に遭った彼も、ちゃんと治療を受けてる。SKさんは“閉門”。コップの中は平和になり、僕らもその恩恵を受けてる。全ては結果オーライだが、嵐を収めたのは僕らの力が関わっている。消化不良になるのは仕方ないよ。でも、これで良かったんじゃないかな?そう、思わなくては前には進めない。終わった事をあれこれ悔やんでも、結果は変わらない。乗り越えていくしかないと思うんだがどう?」「過ぎたことを悔やむより、前を明日を見よう!そう言うこと?」マイちゃんが聞く。「ああ、振り返るより、前を目指す事の方が大切な事!そう考えなきゃ、いつまでも下を向いて落ち込むばかりでいい事は無いよ。過去を乗り越えた先に光はあるんじゃない?」「そうかも知れないね。いい悪いじゃなくて、これからをどうするか?そっちを考えた方が道は開ける。そう言う事?」Eちゃんが聞く。「そう、僕らは前を向いて歩くしか無い。そうする事が治療なんだから」自分に言い聞かせる様に私は言った。4人の目に輝きが戻りつつあった。「“そう思わなくては、みんな前に進めない。自分もみんなも同じ思いで苦しんでいる。みんなで乗り越えれば必ず光は見える”そう思う以外に道は無い。何が“善”で何が“悪”なのか?それは、考えても答えは出ない。結果がどうであれ、最悪の事態だけは回避できた。それで充分じゃないか!」「そうだね。そうしなきゃいけないね!」マイちゃんが言い、他の3人も頷いた。「嵐は過ぎ去り、後始末も付いた。これ以上何を望む?さあ、もうこの話は終わりにしよう!Eちゃん、Iちゃんにお礼を言って置いてくれないか?メールで悪いが」「I子なら、午後には来るはずよ!直接、〇ッシーからお礼してあげなよ!」「何をすればいい?」「ハグしてあげれば?I子はそれが楽しみで来るんだから!」Eちゃんが笑う。「〇ッシー、あくまで“例外措置”だからね!」マイちゃんとOちゃんがダメを押す。「Eちゃん、I子来るって本当?!」他の子達も話を聞きつけて集まり始めた。いつもの風景が戻った。何ものにも変えられない“一瞬の瞬き”なのかも知れないが、自身の手で守り通した場所は、確かに輝いていた。その中心には、常にマイちゃんが居る。彼女は、みんなの“向日葵”だった。

「もう直ぐ“ヴァルハラ”は動く。我は“ヴァルハラ”と共に蘇る。恐れを知らぬ者達は、事如く滅びるであろう」朦朧とした意識下でSKが呟いていた。「“ヴァルハラ”って何なの?」点滴を交換していた看護師さん達が首を捻る。「うわごとの様に言ってるけど、大した事じゃないわ。無意識に言ってるだけよ」「だけど何か意味があるのかしら?」彼女達は気にも留めなかったが、SKの中では暗黒の渦が作り上げられようとしていた。「“ヴァルハラ”は無敵。我を阻む者は、全て呑み込んでくれよう」閉じ込められたSKの心に生まれた暗黒の渦。不気味な渦は部屋中に満ち溢れ、出口を伺っていた。新たな災厄の種は既に生まれ、私達の知らない所でうごめいていた。それが何を引き起こすのか?私達はまったく気づいていなかった。「“ヴァルハラ”は無敵」SKは呟いていた。

第一章 完

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