買い出しの帰りに写した 台風10号の跡形です。
下から信号機1号。これは2020年の被害の工事から立っています。
少し登った 旧湯平小学校のそばのW家の付近です。この場所は山側からの流れと花合川の流れが合流する場所なので 被害が大きい場所です。
補修道路が かなり右側に入り込んでいます。この造成が今回の復旧場所です(撮影は助手席の夫です)
旧湯平小学校の前辺りの山肌が見えます。
旧小学校前の治まっていた『河鹿滝』も 再び流れ落ち始めました。
少し登ると 信号機2号。これも以前からある信号機です。
少し先の『熊橋(正しくは熊尾橋)』は現在も修復中ですが狭くなっています。橋の右手の崖が崩れています。
運転席からの写真です。ここは信号機と信号機の間の一方通行の狭い橋ですから長居出来ません。
橋本橋の上流は、前の台風の大規模な修復のおかげで 目立った異変はありませんが
右側の岸にコンクリートの塊が流れ着いています。上流のどこの部分が欠けたのか気になります。
下流は変わり無いように思います。我が家の庭に川から水が上がらなくて幸いです。
避難時は 水しぶきが庭に ぴちゃんぴちゃんと上がっていましたけど…
岸や川の中の草木が 流されて きれいになっています。
水が きれいな色になりました。自然は癒しであり脅威です。
2022年の被害から、復旧の最中なんですね。
水の怖さを実感させられます。
台風が去って、川の水が増水しても元の綺麗な水が流れていますね。
水がないと生き物、食物は育たず人間は生きていけない。
人類は生きるために水をどうやって手に入れるかを考えてきた歴史があります
東北大震災での津波で、街は飲み込まれ多くの人が亡くなりました。
当時、大きな被害にあった気仙沼の方からお手紙を頂きました(近所の気仙沼出身の友人の知り合い)
甚大な被害に遭っても、海を憎んではいない、と言う言葉が印象的でした。
重要な天然資源を提供してくれる海あってこそ成り立つ生活がありますから。
そう思うと人間なんて、自然の恩恵を受けて生かしてもらってる存在なんですよね
自然は人間のものではないのだとつくづく思います。
環境破壊しまっくってる人間
大水害は2020年です。その時には近くの知人が4人亡くなりました。河川工事の途中に 台風が来て再び破壊し、去年は作業員が二人流され亡くなりました。
繰り返される災害に地元も県も自治体も悩ませられます。きっと全国に そんな場所がたくさんありますね。
『自然には勝てない』それが事実です。これから起こる自然災害、 特に地震や台風が恐ろしいです。
適格な言葉ですね、
特に最近は変貌しつつある
自然に
脅威を強く感じますね。
田舎に住んでいても、都会に住んでいても、同じ傾向にあることを最近特に感じます。自然は、特に自然の脅威は平等なんだなぁ…と。