グラの気ままに徒然日記

日々の菜園アクティビティ、旅先での思い出コレクッションetc.

菜園風景❶ ~ 台風14号

2020年10月10日 14時05分23秒 | 菜園

心配された台風14号も上陸することなく太平洋へ大きく進路を変えました。

しかし、南部の新宮市の浅利集落では数年前の豪雨被害に続き再び山崩れによる土砂災害が発生している模様で心配です。

   午後になって、雨が上がると同時に妻は定番のウォーキングに飛び出していきました!

私は、まず自宅隣の菜園から被害状況を確認してきたのですが、軽微で済んだようです。

 

テラス横のバラは四季咲きのようで、年中咲いています。

同じところから、少し色合いの違う薔薇も( ^ω^)・・・

花壇のコスモスですが、復活を期待しております。

車庫横の自然薯(山いも)自然栄えから数10年、毎年ほったらかされているのにむかごが成長し、

立派な山芋(長細くて、上出来だと50センチほどに成長)が毎年収穫できます。

1/3ほど掘り起こしたあと地がプールに変身!?

大根は大喜びのていです・・・

腰の低い白菜は気の毒で可哀そうですね。台風前にもみ殻を撒いておいたのですが・・・

また明日から、葉っぱの裏についた砂落としが始まります。

ホウレンソウはスクスクですね。明日、大好きな灰をたっぷり撒いてあげますからね。

分葱とネギはたくましいなあ。

我が菜園一番の貢献人・ピーマンは少し辛そうです。

風が吹いてたら、枝がボキボキ被害になっていたでしょう。

今から、他の菜園も見に行きますがN農園のピーマンが心配です。

夏の終わりの大収穫後影を潜めていた四角豆ですが、このところ盛り返してきております。

毎日籠一杯収穫しています!

 

ゴーヤも同様で、右手のドームは、1週間ばかりバケツ一杯で収まらぬほど取れたかと思うと、

あとはぱったりと止まり、雌花も咲かなくなってきています。

その代わりに、スイカのあと地に一人栄えのゴーヤが育ち、そこから

35~40センチのゴーヤが連日収穫できています。ほとんどが妻がどこかへデリバリーして消えます(笑)

 

ではまもなく15時です。

出かけます。


山岳遭難体験記(後半)~ 紀伊山地・犬戻の高

2020年10月08日 16時31分58秒 | 菜園

遭難体験記~春日嶺・犬戻ノ高周回登山

<前半のあらすじ>

出発して約6時間半後に、目的の山・犬戻ノ高に着いた。既に午後3時と予定の時間を大きく回っていた。私はやや焦り気味に、下山道入口を探す。しかし発見できない。苦慮の末、そのまま円を描くように稜線上をあるき続けた。随分大回りになるので暗くなってからの下山を覚悟した。

 

 

<滝ヤ谷での道迷い:後半>

陽は大きく西に傾き始めていた。午後4時半、滝ヤ谷ルートへの案内標識を発見する! 縦走を続行し鳥尾越峠まで行けば、以前(5/29)に歩いたコースに出るはずだが、1時間はかかるだろう。それから下山するとなると8時を回る。足元定かな登山道なら月明りでも大丈夫だが、杉林の中では一歩たりとも進めないだろう。ザックのポケットには懐中電池の空ケースが空しく収まっていた!里山歩きということでどこか舐めてしまっていたのだ。とにかく明るい間に下山しなければ大事だ。

時間が勝負! 陽はまだ主稜線まで若干距離が残る、考えるまでもない、選択の余地なしだ! 滝ヤ谷コースを下ることにした。

 

*青線:周回路最終地が91号鉄塔/白線:滝ヤ谷上流部から右尾根が南亦山への登山ルート~鍛冶屋谷ルート/✖印:ビバーグ地点

件の標識から緩やかな巻き道を進むと急に明るく開け、91号鉄塔が聳える平地に出た。真下に入った時、突然携帯が鳴る!慌てて耳にあてるが応答がない・・・電源が1%!まもなく画面が消えた。時計を持たない私は、この先、時間も、位置情報も無論撮影もできなくなった。歩き始めて約9時間経っているが、幸い体力には問題はない。いよいよ、カンと体力だけが頼りの下降となった。鉄塔から離れるとすぐ踏み跡は消えた。あとは緩やかな傾斜地を選び谷芯まで降りるだけだ。ガレ場や絶壁を避け高巻き,小巻きを繰り返しつつ谷芯に降り立つ。もはや後戻りはできなくなった。

踏み跡を探すが、足元の岩や瓦礫は不安定で歩きづらい!やがて左右が狭く急峻な岸壁に囲まれたゴルジュとなる!このまま突っ込めば、いよいよ脱出不能となり滑落の危険性も飛躍的に増すだろう。 普段はヤンチャな私だが、危険を察知する能力は案外鋭く、これ以上立ち入らないようにと体内アラームが鳴り始める。

面倒だが高巻くと少し広い場所に出た。踏み跡らしきもの! すぐ炭焼き窯の跡だとわかる。多分、昭和初期のものだ。杣道を辿るがすぐ垂直に切れ落ちた崖上に出る。この先は豪雨による崩壊!?・・・

陽も山影に沈み足元もめっきりと暗くなった! 谷ルートを断念し、左手の山腹に取りつく。杉の大木を抱くようにして攀じ登り支尾根に達し、その尾根を登り詰める。唐突に南亦山南面のトラバース道に出た! 残照に目を凝らしつつ、登山道を小走りする。南亦山山頂に続く旧道との分岐点に出た。小1時間で下山可能な地点だ。だが、秋の陽はつるべ落とし。木立の間から覗く空の明るさに反し足元は薄暗くなってきている。しかも里山ではワンシーズンで踏み跡が消えることは不思議ではない。ハイカーの往来は稀の上、多雨地帯の灌木の成長は著しい。だから2度目の道という安心感はあるが、迷いやすい箇所もあるだろうし、日没後、一歩たりと進めないことも十分あり得る。2択の決断に迫られる。本日何度目のしんどさだろう。

前回、この地点から「鍛冶屋谷ルート」を辿り大内山牧場へ下山可能だと知った。しかし、初めてのルートをこの暗さで降りる困難さはいかほどであろうか?

この明るさが30分保たれれば牧場まで降りる自信はあるし、そこから電話を借りて妻に連絡できるではないか!

決めた!!

杉林のジグザグ道を駆け下りる。所々で分岐するが明瞭なほうを選びつつ順調に降る。気が付いた時、山腹を右に嫌に大きく巻き始めた。日没後の空がまだ白く明るい分、足元に闇が迫りつつある。突然道が谷間に切れ落ちていた。ひとまず谷に降りてゴーロの岩の上から踏み跡を探す。右岸は崩壊による絶壁!左岸は先ほど歩いていた鬱蒼と茂る杉林!成す術なし、万事休す!

再び、降り立った場所付近まで戻り、目印に積んでおいたケルンを探すが闇に煙り見つけ出せず。崖を攀じ登り杉の大木の下に腰を下ろす。

目前の大木の輪郭さえ曖昧になってきた。ましてや足元など傾斜の加減さえわからない。辺りにきらきら光るものが目に付く。

私はこの大木の根元で一夜を過ごすことを決断した。様々な思いが駆け巡る。この条件で無理に森や谷を下れば遭難すること必至、断じて控えるべきこと等と、既に遭難中であるにもかかわらず頭の中を駆け巡り苦笑したりした。大丈夫、まだ私はいやに冷静だった。

という顛末を経て、山歴50年初ビバーグとなった!

Tシャツの上に綿シャツを着こむ。寒さしのぎにザックを胸に抱き仰向けに寝る。少し傾斜しているので膝を立てて安定させる。

虫と獣の気配が心配だったがあまり気にならなかった。それでも時折、腹の上のザックにつけた熊鈴を揺する。驚くほど響き渡る。頭上は杉の木影と折からの中秋の名月で得も言われぬ壮大な万華鏡のようであった。

ウトウトしては寒さで目が覚める。タオルを顔にかけて首根っ子まで巻き込むと少し過ごしやすくなった。またウトウトとして目覚める。胸と腹の上に乗せた空ザックの位置を中央に戻しそのうえでクロスして組んだ両手の先を脇の間に突っ込む。

その後も目覚めるたびに、足を組んだり解いたり、傾斜地のため態勢の維持に苦労する。しかし最も驚いたのは地面の温かみで、背中の体温の保温効果があるのか、寝返りを打つたびに地面から伝わる温かみに励まされた。

目を覚ますごとに、「今、何時ごろかなあ?」「まだ、寝たばかりだ、とかまだ真夜中さ」等と自問自答していた。

そして多分3時ごろだと思うが、いやな感じ、 雨が降り出したのだった! 幸い杉の木に守られているので、時折雫が近くに落ちる音を聞くだけで済んだ。再び睡魔に襲われ一番深い眠りに落ちたと思われたとき2度目の雨が降り始めた。

どうすることもできずそのままの姿勢で止むのを待っていたら眠りに落ちていた。寒さで目を覚ますと、一瞬夜目に慣れてきたのかと思ったが、夜明け前が近づいてたのであった。

 

9月29日 朝

私は身を起こし、まだ薄暗さのなか荷物をまとめ、残っていた不味いカレーパンをスポーツ飲料で胃に流し込んだ。身体を屈伸し温める。体調は良くも悪くもない通常の状態だった。足元も見る見る明るくなってきている。行動する時だ!私は昨夜から決めていたとおり迷わずより安全かつ確実な鍛冶屋谷ルートを登り返すことにした。未知の谷を下るより勝手知ったる、と言っても一度歩いただけだが犬戻峡へのルートを下ることにした。

ビバーグ地点から約90分で再び、昨夕の尾根分岐点まで登り返した。「お~い!ヤッホー!」と2,3度呼びかけるが反応はない。

捜索隊が要請されていたとしても2次遭難の危険性を冒してまで夜間の行動は控えるはずだし、ただ元職場の同僚たちなら夜間行動もあり得ると思ったからだ。

 

 ~ここから、キャノンを引っ張り出して撮影再開した。昨日はその余裕もなかった~

 

  小峠 午前7時23分

犬戻峡 南亦山登山口 午前8時16分  無事下山!?

 

これより、捜索隊等関係者が集まる駐車地に向かう。

その時の状況は前篇の通りである。駐車地と麓の公民館の対策本部と2度全員の前であいさつする場を提供された。勿論、ひたすら謝罪の弁となったのだが、そして最後に始末書を取られました。文面はほぼ課長さんに誘導していただきました。

尚、8時20分に下山しいろいろと諸手続きを済ませたあと一緒に謝罪してくれた弟と、実家で待つ妻と娘のところに戻ったらたっぷりと正午を回っていた。

3人から警察からの聞き取りの量の多さに驚いたことや、ココヘリ(京都)と警察との連携の話とか

ココヘリは午前10時発で京都からヘリコプターが飛ぶことになっていた。娘婿の言うには約40分で私のいる上空に達し私の携帯しているマッチ大のココヘリから発信している電波をキャッチして捜索隊に位置情報を知らせてくれる段取りであったらしい。

私が、スマホの登山コンパスに登山届を作成しておればもっと捜索に役立ったということだ。

因みに警察からは、私の写真はもちろん当日の服装、普段の服装、収入、借金の有無、歯科医などなど私に関する多岐にわたる情報の提供を要請されたようだ。遭難というよりは失踪者、行方不明者リスト入りしあらゆる可能性を考慮して対策本部を設置しているようだった。幸いだったのはケガもなく無事に下山できたことだった。

 

 

【愛知県から急遽駆けつけてくれた娘が帰る間際に、カレンダーの裏に書き残していった誓約書?】

 

 登山前の約束

❶ 登山届コンパスで登山届を入力する

  ID : *********

  パスワード:*********

❷ ココヘリで登山計画を作成する 

  ID:***********

  パスワード:***********

  会員証ID:******

❸ 登山計画のメモを残す

  登り口

  降り口

  ルート

  山の名前

❹ ヤマップで地図のダウンロード

 

❺ ココヘリの充電・・・フル充電すると3ケ月電源が続く。

  家でスイッチを入れておく。入れる場所はできるだけリュックサックの上のほうへ。

❻ 携帯の充電&モバイルバッテリーの充電

 

  <持ち物>

 *携帯電話のモバイルバッテリー

 *懐中電灯

 *防寒用のアルミシート

 *車中での充電器

 

大変ご迷惑をおかけいたしました。

      了


痛恨のミス・山岳遭難!~春日嶺・犬戻ノ高(前半)

2020年10月02日 21時34分59秒 | 登山

フォロワーの皆様へ

随分迷ったが、記録として公表することにします。 

先月末(09/28~29)私は 山岳遭難という痛恨のミスを犯してしまった。

 

はじめに、

三重県警、地元消防団、大紀町役場等関係者各位には

多大なるご迷惑をおかけし心からの謝罪の意を表します。

 

尚、

警察への捜索依頼をはじめ諸手続き等世話をかけた弟、

写真転送、ココヘリ(京都)への連絡等で世話になった娘夫婦、

とりわけ、前夜より心痛で眠れぬ夜を過ごさせてしまった妻、

みんな、心配かけて、ごめんなさい。

 

・・・

 

以下、

その顛末と行動概略を綴りつつ猛省し再発防止に努めたいと思います。

 

*9月28日早朝8時 犬戻公園出発

*同午後3時ごろ目的地犬戻ノ高着。しかし、下山道発見できず。

*同午後4時33分 前回歩いた鳥尾越まで足を延ばすことにする

*同午後4時33分 その手前90号鉄塔から滝ヤ谷に降るが道不明となる。

*同滝ヤ谷から南亦山ルートに脱し、鍛冶屋谷ルートで下山途中日没、ビバーグ、となる。

*同午後9時ごろ、私の家族(弟)からの通報を受け深夜、警察署内に対策本部が設置

*9月29日夜明けを待って登り返し南亦山ルートで降る

*同午前6時、警察署員、地元消防団、大紀町役場の職員等、大内山村米ヶ谷、犬戻峡に集合

*捜索隊員45名が9班に編成され、各々谷筋や尾根から捜索に向う、あるいは向かおうとする

*同午前8時20分、下山

 

 

登山前、駐車地は私の車一台きりだったのに、一夜明けて赤い救急車や関係車両で埋め尽くされていた。

路上に設置された異様に大きなアンテナを目の当たりにした時、この深刻な事態にクラクラっときた。

私は恥ずかしいやら情けないやら、ただただ申し訳ない気持ちでいっぱいとなり、

『ごめんなさい』を連呼しながら待機中の隊員が待つ輪の中に入っていった。

 

口頭での簡単な健康チェック、そして数名の方からの事情徴収ランダムに続くそばで、

「行方不明者発見」の報をキャッチできた班から順次戻り始める。

 

天保尾根87号鉄塔まで向かわれていて戻るのが一番遅くなった手捜索隊員から、

”ご無事でよかったですね”と笑顔でねぎらわれた時、

 

それまで緊張しまくっていた私は一気に胸が熱くなった。

 

 

約1時間後、捜索本部のある集落内の公民館へと、先導車に続き移動することとなった。

再び、テーブル上に提示された地図でルート、迷いポイント、ビバーグ地点など遭難原因の説明となるが

10時間以上の縦走は一枚の地図では収まりきらず2~3枚継ぎはぎする形で説明が困難であった。

結局、関係者のある方所有の宮川流域案内人の小野幸年さんの著書が役立った。

 

 

それでは再度、自己反省を心に刻みながら、このような人騒がせかつ重大な事態に至る足取りを追うことにする。

フォロワーとりわけ登山愛好者の皆様には日ごろから安全登山に徹していられるとは存じますが、

何かの参考になるようであれば幸甚です。

 

・・・

 

春日嶺、犬戻ノ高周回登山

三重県度会郡大紀町大内山米ヶ谷

2020年 9月28日 快晴 ソロ

 

薄明るくなったころ津市自宅を出発。松阪よりR42をひたすら南下して、JR梅ケ谷駅手前で右折。熊野古道ツヅラト峠の看板も目に付く。米ヶ谷集落を20分ばかり、人家が途絶え対向車が来ないことを祈りつつ走る。少し開けたところで道は直進と右折に分かれる。今回は県道を直進。

 

犬戻公園

(7:58)

 

駐車スペースは約10台、簡易トイレ有り。(翌朝、捜索隊員と関係車両で埋まる)

 

6月には、弟と二人で右手の道を犬戻峡にはいり南亦山に抜けている。

今回は、ここから一人で左の県道を終点まで歩いたが65分もかかり若干誤算だった

 

初めての山は予めネットリサーチし、山行ルート概念図を作成してイメージトレーニングをしておく。

そのコピーをポケットに納め、原図は自宅に残していくのが常だが、今回に限り原図を持参してしまった。

もし自宅に残っていたら遭難範囲の絞り込みや特定に役立っていたはずだ。

今回は我が家の登山届として、台所の壁に大学ノートがぶら下がっていてそれに日付と山名、発着地点など書き込むまないと妻から登山許可が出ない仕組みになっている。しかし今回の貴重な手掛かりとなった。最近では面倒なのでその3点しか記入していないが、予定ルートも加えたほうがよいと思った。

山行ルート概念図

県道分岐地が発着地点➡徒歩で県道終点まで➡尾根に登り時計回りに周回・犬戻ノ高を目指す。

👇山頂から天保尾根コースで犬戻峡Pまで下山する予定だったが・・・鳥尾越手前の鉄塔から滝ヤ谷に降る

 

大内山川源流部を5~6回、渡僑し最奥地点に向かう。(℗発8:00)

↓の画像は七軒橋付近からの天保尾根(下山路予定)と87号鉄塔?

 

 

65分後、ガードレールに囲まれた県道終点広場に到着。(9時5分) 15~6台駐車可

その先は二股となり、道は土石流に埋もれ大荒れで歩行も困難なほどだ。しかししに誤算だったのはそこからの登山口探しに30分以上消費したことだ。根元よりポッキリと折れた案内標識を見つけたが正しい方向を指しているとは思えなかった。両岸は洪水か土石流で抉り取られガレているし、谷はゴーロ道で歩けたものではない。結局、広場の「春日嶺登山マップ」を参考に、対岸を少し下り主稜線から派生した比較的大きな支尾根に取りつくことにした。比較的緩やかな勾配の山腹を這うようにして登ることになった。

 

終点広場の折れた標識。示す方向は谷芯でとてもとても無理だった。

広場の先

広場にあった春日嶺登山マップ

東千カ山から時計回りに犬戻ノ高の予定が延長して963,993ピークまで周回することになる。

 

対岸に渡り少し下流の最も勾配の緩いと思われた山腹を登ることに。

 

悪戦苦闘を約10分、尾根に取りつき薄い踏み跡を辿ると突然、作業道に出る。(9時53分)

直登気味に登ろうとするが、時折ショートカット道が不明なため、

作業道に沿ってジグザグに歩いたり思いのほか時間がかかる。

 

シンパク高と犬戻ノ高が作業道の崩落現場から見えた (10時20分)

 

まもなく尾根というところまで作業道が現れる。意表を突く真新しい標識!

雑木林の尾根に出るとかなり明瞭な登山道が見つかりホッとする。

立ち止まることなく時計回りに北西方向へ進むとほどなく東千か山(読み方不明)に着く。(11時17分)

登山口よりすでに3時間17分経過していることになる。

林道歩きと登山口探し、その上やたらと蛇行する作業道にてこずり時間を食い過ぎている。

 

小さなアップダウンを30分で千か山 標高949mをスルーする。ー(11時47分)

ー千か山の「か」は伐採の伐からにんべんを取った字ですー

 

10分ぐらいで尾根が急に広くなり踏み跡が消えたのでヤマップで確認する。尾根の集積エリアのようだった。

 

北方向へ進路が変わると細尾根となり左右の木陰から少し視界が開ける。

しばらくして松の大木の根元にキノコを見つけたが松茸ではなさそう。(12時)

 

右手にシンパク高が覗く。その右の目指す犬戻ノ高は木が邪魔している。(12時16分)

 

登りがきつくなったところが長吉坂

ココでメモノートを15分ほど前少し休憩した地点に忘れたことに気づきザックをデポして探しに戻る。

結局見つからず広い尾根まで探しに戻るが徒労であった。これで30~40分のロス

 

長吉平を経て池谷山 標高993.4m

 

進行方向左手、北西方向は迷岳、古ヶ丸方面で、画面の切れ目からやや左には仙千代ケ岳があるはずです。

そこから派生した尾根は地図上では私のいる稜線につながっています。

 

進行方向右手、北東方向は歩いてきた尾根とその先は熊野灘

 

時折開ける風景に癒されながらなだらかな尾根歩きを楽しむ。

今年初めてのトリカブトです。

 

うわー!だいぶあるいてきたなあ

すり鉢状の稜線のほぼ半円を踏破してきているんだ!

 

涸れ芯だけ残ったバイケイソウの群落地帯

 

緩やかに下り再び登り返した視界の利かないピークが春日嶺だった。

縦走路はここから右旋回し今回のハイライトに差し掛かる。

 

尾根が次第にガレ始める。

 

尾根左の西側にトリカブトが群生していた

 

カルスト地形でしょ、これって 

 

尾根は1~2mの先の尖った岩が堆積した形状となり、その上を歩くことになる。

 

ひと際高い岩の上から東方向を眺める

長島~尾鷲~九鬼~熊野方面

西方向には台高山脈

まだ特有のガレ場が続く

しばらくして絶景ポイントに到着。

このエリアは紀伊山地南部に位置し日本3大峡谷として知られる大杉谷の隣の無名の秘境ということになる。

 

真下にシンパク高の大崩壊地が口を開けている。

サルの群れが私の気配を察し岩陰に逃る様が可愛い。

正面の熊野灘の中央に浮かぶ小島が大島ダ

 

奇景絶景を堪能しているうちに時間がドンドン過ぎていった!

緩やかな山腹をゆっくりと登っていくと・・・

 

その雑木林の突端が犬戻ノ高 標高1073mであった。(14時56分)

歩き始めてほぼ7時間、ココから天保尾根を下れば予定より遅いが16時半ごろ下山できるはずであった。

 

 

御覧の通り、雑木林の中で一方向のみのしかも狭い視界しか開けていなかった。

長居は無用、下山路に向かうが・・・

踏み跡や標識を探して行ったり来たり・・・全く手掛かりがない・・・刻々と時間が・・・

スマホの電源も心もとなくなってきている。

”秋の陽はつるべ落とし” 躊躇している暇はない、

直ちに前回歩いている鳥尾越峠を目指すことに決意する。

山頂から少し離れると、下山路となる天保尾根が見えた。(15時26分)

もう少し探すべきだったかと後悔の念が沸き起こるが後の祭りだ。

後悔するよりハリーアップ

幸平(ハピネス平)963m

中ノ又の頭 993m (16時13分)

犬戻ノ高から約1時間20分で中ノ又の頭に着いたが依然として林の中だ。

スマホの電源が10%を切った!!

 

 

鳥尾越の手前の滝ヤ谷コースを降りることにする。(16時20分)

旨く行けば、数度のアップダウンを経て鳥尾越まで歩く時間を短縮できると考えたのだ。

下の画像のザック上の道を数分降ると、小尾根上に91号鉄塔(?)に達する。

鉄塔の下をくぐっている時突然スマホの呼び出し音が響く。

しかしポケットから取り出し開けた途端に電源の1%の文字が消え画面は真っ暗となってしまった。

私はその瞬間、「僕や!」とスマホに向かって叫んでいたが、届いただろうか? (のちに聞くと無反応だったと)

鉄塔からの下りは、悪夢のようだった。

登山道はすぐ消え歩けそうな斜面を探しながらのづり降りを重ねた。

途中で、引き返すことはもはや無理と悟り、意を決し、ひたすら谷芯に向かって降ることにした。

 

 

もはや時間との戦いとなる。

日没になればアウト!

安全な場所を見つけビバーグもやむを得ない。

 

ここで前半を終了します。

後半は、キャノンの写真からとなりますが、さすがに翌朝の数枚があるだけです。