本日の行程で眺めたタボチェとチョラツェの景観
エベレスト街道トレッッキング(12) トクラへ
第7日目:4月3日(金) 晴れのち雪
行程: ディンボチェDinboche(4410m) → ドゥサDusa → トクラDughla(4620m)
行程距離: 約4.5km
この日の朝は、全天に雲一つなく、澄み切った青空の下にアマ・ダブラム(6856m)などヒマラヤの山々が手に取るように見えました。このような光景を背景にして、7時40分頃にロッジを出発しました。
中央に聳えているのがアマ・ダブラム
青空に包まれたディンボチェの村
最初しばらくは、背丈の低いハイマツが点在する見晴らしの良い斜面が広がっていました。前方には、タボチェ・ピーク(6367m)の山頂部が見えましたが、登ってゆくにつれその姿はどんどんと大きくなってきました。
カラマツが点在する斜面
かれこれ40分ほど坂道を登り切ると、左手に深く切り込んだ谷が現れました。谷底には小さな家々が見えましたが、それはペリチェPhericheの集落でした。
谷底に佇むペリチェの村
谷底にはロブチェ川が流れていますが、帰路はその河畔の道を下る予定です。さらに先に進んで行くと、石垣が組まれた場所があり、大勢のトレッカーが休憩していました。私も、その仲間に代わり、石垣の一角に腰を下ろして一休みしました。
石垣に座って一休み
ここは、盆地のような地形となっており、周囲はヒマラヤの山々に囲まれていました。その中でひと際目立ったのは、西方にそびえるタボチェ Taboche(6367m)とチョラツェ Cholatse(6335m)とアラカムツェ Arakamtse(6423m)でした(記事冒頭の写真参照)。ここからトクラに向かって1時間ほど歩いた頃、この三つの秀峰がまじかに迫るスポットがありました。
トクラに到着したのは、12時より少し前でした。トクラには、ロッジが2軒ほどしかなく、エベレスト街道では最も住民が少ない過疎地です。殆どのトレッカーは、昼食を取った後、ロブチェLobucheに向かいます。でも、トクラからロブチェに向かう道に眺めると、急こう配の厳しい登り道が続いています。 ロブチェまで登るには十分な時間がありますが、私は高山病予防と体調維持を重視して、トクラで一泊することにしました。
ロッジでチェックインを終えて食堂に入ると、テーブルは混雑していました。私が適当な場所を探していると、非常に親切な人に出会いました。二人連れの人がわざわざ席を立って、その席を私に譲ってくれたのです。お礼を言ったところ、“あなたは、日本人ですね。我々は韓国系アメリカ人なんですよ。”と自己紹介をしてくれました。年配者を大事にする韓国伝統の儒教精神を感じました。
昼食時、すぐ隣に日本人のご夫妻がいました。神戸から来た人で、ご主人は定年退職をして現在は65歳とのことでした。日本語を話すガイドと一緒でした。
昼食を済ませてから、ロッジの辺の山麓を軽くハイキングしました。高山病予防には、静かにして休息するよりも、軽く動き回るほうが良いと聞いていたからです。すると、いつの間にか、雪が降りだしました。雪が降ると視界が悪くなりますし、雪が積もった急こう配の坂道を歩くのは、とても危険です。ロブチェ行きを取りやめた私の決断が、天候の面でも結果的に正しかったことが分かり、ほっとしました。
雪がうっすら積もったロッジ付近の風景
夕食後、私はストーブの傍らに席を取り、そこで再会したオランダ人夫妻と歓談しました。ご主人は学校の先生で、51歳、奥様は精神科医で47歳でした。現在は二人とも仕事を辞めて、旅行を楽しんでいると話していました。これまでに、ヨーロッパ・アルプスの他、ニュージーランドやインドなどを訪れたとのことでした。
ストーブの脇で歓談したオランダ人夫妻
その後は、ガイドと明日以降のスケジュールを相談してから、自分の部屋に引き上げました。私は、毎晩湯たんぽ(Hot bag)を利用していますが、このロッジには湯たんぽがなく、残念でした。
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