1月21日(水)ジャナンドレア・ノセダ指揮 NHK交響楽団
《2015年1月Bプロ》 サントリーホール
【曲目】
1. リスト/交響詩「レ・プレリュード」
2. ラフマニノフ/パガニーニの主題による狂詩曲 Op.43
【アンコール】
ショパン/革命エチュード
Pf:アレクサンダー・ロマノフスキー
3.カセルラ/交響曲第3番 Op.63
2012年の客演で好印象を残したジョナンドレア・ノセダが指揮台に立った新年最初のN響B定期は、メインに未知のシンフォニーが構えていたが、前半はポピュラーな演目。
「レ・プレリュード」は、武骨なほどの果敢な野性味と、とろけるような極上のロマンティシズムの両面をたっぷりと聴かせてくれた。細部まで丁寧に描きつつ、全体はダイナミックかつ柔軟。艶と輝きのある響きも申し分なく、様々なドラマが内包されたこの交響詩をノセダ/N響は雄弁に語らせた。
続くラフマニノフだが、これに関しては感想を述べるのを辞退したい。いつもはB定期の2日目を聴いているが、今回は都合で1日目に振り替えた。席は2階センターブロックの左寄りで決して悪い席ではない。しかし、この曲に関しては肝心のピアノの音が、いつものRCブロックの席のようにちゃんと届いて来ない。ピアノの音は反響板の向きの影響で、客席の左に寄るほど遠くに聴こえるのは経験した人も多いはず。だけど、とりあえずセンターブロックなのにここまでピアノの影が薄くなるのは場所のせいだけではないのかも知れないが、初めて座る場所なので判断はできない。
ピアノのロマノフスキーについては、幸いなことにアンコールを聴けて魅力の一端に触れることができた。ロマノフスキーの弾く「革命」は、とてもナイーブで内に熱い炎が静かに燃えているのを感じた。激しい音楽の中にある、とてもデリケートな痛みを、寄せては引く波のように表現し、心引かれた。ピアノをガンガン鳴らすタイプのピアニストでないとすると、ますますいつもの席で聴いてみたかった。
後半は未知のシンフォニー。プログラムの解説によれば、これを書いたカセルラは、オペラ一辺倒のイタリア音楽界の刷新を標榜し、ヒンデミットやストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチなどの手法を取り入れた新古典的な作風を特徴としているということだが、このシンフォニーは上記の作曲家だけでなく、プロコフィエフやマーラーの要素なども感じられた。
他の作曲家の手法を取り入れること自体は構わないが、それらを自分の音楽として消化しきれていない印象を持った。「何が始まるんだろう」と期待している間に次の音楽に移ってしまう。オーケストラはステージから溢れるほどの大編成だったが、強力なトゥッティを聴かせることは殆どなく、手を変え品を変え、様々な「試み」を繋げて行く感じて、聴いていて音楽として散漫な印象を否めない。
第2楽章や、4楽章のゆったりと歌う音楽はとてもロマンチックで美しく、オーケストラの、とりわけ弦楽器の織りなす繊細で柔らかな綾が素晴らしかったが、これも長くは浸らせてくれないのは惜しい。全体としてはノセダ/N響の隙のない、緻密でかつエモーショナルな表現も備えた演奏自体は素晴らしかった。
《2015年1月Bプロ》 サントリーホール
【曲目】
1. リスト/交響詩「レ・プレリュード」
2. ラフマニノフ/パガニーニの主題による狂詩曲 Op.43
【アンコール】
ショパン/革命エチュード
Pf:アレクサンダー・ロマノフスキー
3.カセルラ/交響曲第3番 Op.63
2012年の客演で好印象を残したジョナンドレア・ノセダが指揮台に立った新年最初のN響B定期は、メインに未知のシンフォニーが構えていたが、前半はポピュラーな演目。
「レ・プレリュード」は、武骨なほどの果敢な野性味と、とろけるような極上のロマンティシズムの両面をたっぷりと聴かせてくれた。細部まで丁寧に描きつつ、全体はダイナミックかつ柔軟。艶と輝きのある響きも申し分なく、様々なドラマが内包されたこの交響詩をノセダ/N響は雄弁に語らせた。
続くラフマニノフだが、これに関しては感想を述べるのを辞退したい。いつもはB定期の2日目を聴いているが、今回は都合で1日目に振り替えた。席は2階センターブロックの左寄りで決して悪い席ではない。しかし、この曲に関しては肝心のピアノの音が、いつものRCブロックの席のようにちゃんと届いて来ない。ピアノの音は反響板の向きの影響で、客席の左に寄るほど遠くに聴こえるのは経験した人も多いはず。だけど、とりあえずセンターブロックなのにここまでピアノの影が薄くなるのは場所のせいだけではないのかも知れないが、初めて座る場所なので判断はできない。
ピアノのロマノフスキーについては、幸いなことにアンコールを聴けて魅力の一端に触れることができた。ロマノフスキーの弾く「革命」は、とてもナイーブで内に熱い炎が静かに燃えているのを感じた。激しい音楽の中にある、とてもデリケートな痛みを、寄せては引く波のように表現し、心引かれた。ピアノをガンガン鳴らすタイプのピアニストでないとすると、ますますいつもの席で聴いてみたかった。
後半は未知のシンフォニー。プログラムの解説によれば、これを書いたカセルラは、オペラ一辺倒のイタリア音楽界の刷新を標榜し、ヒンデミットやストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチなどの手法を取り入れた新古典的な作風を特徴としているということだが、このシンフォニーは上記の作曲家だけでなく、プロコフィエフやマーラーの要素なども感じられた。
他の作曲家の手法を取り入れること自体は構わないが、それらを自分の音楽として消化しきれていない印象を持った。「何が始まるんだろう」と期待している間に次の音楽に移ってしまう。オーケストラはステージから溢れるほどの大編成だったが、強力なトゥッティを聴かせることは殆どなく、手を変え品を変え、様々な「試み」を繋げて行く感じて、聴いていて音楽として散漫な印象を否めない。
第2楽章や、4楽章のゆったりと歌う音楽はとてもロマンチックで美しく、オーケストラの、とりわけ弦楽器の織りなす繊細で柔らかな綾が素晴らしかったが、これも長くは浸らせてくれないのは惜しい。全体としてはノセダ/N響の隙のない、緻密でかつエモーショナルな表現も備えた演奏自体は素晴らしかった。