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ヘルマン・プライ/岩城宏之 指揮 アンサンブル金沢:「冬の旅」(1997/オペラシティ)

2020年06月19日 | pocknのコンサート感想録(アーカイブ)
1997年はプライを3回聴いた。以下に紹介するのはその3回目。前回アーカイブで紹介したリサイタルから10か月後に行われた。その時のハプニングが引退の引き金になってしまうのでは、という心配は杞憂に過ぎなかったことを確信する素晴らしい歌を聴くことが出来たのだが、これがプライとの全く予期せぬお別れのコンサートとなってしまった。

pocknのコンサート感想録アーカイブス ~ブログ開設以前の心に残った公演~

1997年 12月8日(水)
ヘルマン・プライ(Bar)/岩城宏之指揮 オーケストラ・アンサンブル金沢
~東京オペラシティ コンサートホールオープニングシリーズ アドヴァイザリー・コミッティ・シリーズ~
東京オペラシティコンサートホール タケミツメモリアル

♪ シューベルト/鈴木行一 管弦楽版編曲/歌曲集「冬の旅」D.911 ☆

 シューベルトイヤーに聞く最後のコンサートになるかも知れない今夜のプライのオーケストラ伴奏による「冬の旅」は、締めくくりにふさわしいコンサートとなった。 プライは春に聞いたとき同様にたいへん熱く、胸の奥に訴えてくる歌唱でこの歌曲集の焦燥、絶望感の中でもなお捨て切れない憧れや熱い思いを訴えかけた。 弱音での高音域の音程には危なっかしさを否めないが、プライの声は濃密で輝かしく、伝えたいメッセージを伝えるのに十分な力と若さを保持している。 「冬の旅」を聞くとその暗さに打ちのめされてしまうなか、人間の熱い血を伝えてくれたもうずっと以前に聞いたプライの「冬の旅」への姿勢は10年以上経た今でも変わっていないことが嬉しかった。

さて、この日のもう一つの話題は鈴木行一によるオーケストラ編曲版の伴奏だ。 これがまた素晴らしかった。 編曲者によると「シューベルトの想念に100%沿った響きを目差した」というオーケストラは、詩の視覚的情景の描写ではなく主人公の心理描写に徹しているように思えた。 「日本的」と言っていいかはわからないが、俳句や短歌の精神に通じるものがある。 印象的な効果を出すには都合のいい打楽器は全く用いられずティンパニだけということ、少ない楽器編成でそれぞれの楽器の持つ「生」の魅力が浮かび上がっていたこと、バス音を補充することで得られる安易な和声的な響きの充実には目もくれていないことなどが、厳選され研ぎ澄まされ洗練された響きが生み出していた。

このオーケストラの響きはちょっと手荒く扱えばすぐにこわれてしまいそうにデリケートなものに感じた。 「たいへんアンバランスなところに辛うじて均衡を保って美しくゆれているもの」とか「ふ化して間もない蝶の羽」のような壊れやすい刹那的な美しさを感じた。 これはシューベルトの音楽、特に現実と幻の間をさまようような「冬の旅」の情感をリアルに表現するのにとてもふさわしい伴奏ではないだろうか。 ウェーベルンの響きにも共通する「静寂」「繊細」「透明感」があり、それはとりわけ「最期の望み」での点描的なオーケストレーションに感じたと同時に、シューベルトの音楽の宇宙的な大きさ、深淵さをも感じた。こうした音楽は演奏上の傷やミスがたいへん目立ちやすいし、音楽的な効果を損ないやすいが、岩城/オーケストラ・アンサンブル金沢はたいへん丁寧で繊細で配慮の行き届いた、技術的にもパーフェクトと言っていい演奏で、聴衆にも強烈なインパクトを与えた。




プライと岩城の共演によるシューベルトの名歌曲集CDのチラシ

ヘルマン・プライと岩城宏之指揮オーケストラ・アンサンブル金沢との共演によるシューベルトの歌曲は、この年の1月にリリースされたCDでも聴くことができる。プライと岩城は肩肘張ることのない自然体で、シューベルトの歌を無理なく親密に、そしてピュアに伝えている。そのCDにも一部が収録されている「冬の旅」を全曲聴くことができ、更なる深い感銘を静かに噛みしめるコンサートだった。10か月前の心配をよそに元気な姿を見せてくれたプライが、変わらぬ充実した歌を聴かせてくれたことが嬉しかった。

しかしこのわずか7カ月あまり後の1998年7月22日、プライは心臓発作で突然の死を遂げてしまった。69歳の誕生日を迎えてすぐの出来事で、誕生日の前日にはミュンヘンでリサイタルを開いたという。もうプライの歌を聴けないと思うと、大きな喪失感を覚えた。

人間的で熱くて深くて親密な歌で何度も魅了してくれたヘルマン・プライ。そのプライとの永遠の別れとなってしまったこの夜のコンサートを忘れることはない。以前にサインをもらって言葉を交わしたときの、プライの温かく深い眼差しが昨日のことのように鮮やかに目に浮かんでいる。
(2020.6.18)

ヘルマン・プライの「白鳥の歌」
ヘルマン・プライの「詩人の恋」
フィッシャー=ディースカウの「シューマンの夕べ」
フィッシャー=ディースカウの「冬の旅」
ペーター・シュライアーの「美しき水車屋の娘」
♪ブログ管理人の作曲♪
第1行進曲「ジャンダルム」
(森田利明指揮 ヤマハ吹奏楽団)
「金魚のお墓」~金子のみすゞの詩による歌~
(S:田村茜)

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