7月16日(土)第22回演奏会 新作歌曲の会
東京文化会館小ホール
【曲目】
1.横山和也/連作歌曲「もこもこ むくむく」(詩:稲盛雄爽、稲盛光希)
Ⅰ.もこもこ むくむく Ⅱ.おしろ と うみ Ⅲ.くろくなる Ⅳ.それだけ
Bar:石崎秀和/Pf:畑 めぐみ
2.布施美子/「風のうた」~ソプラノとピアノのために~(詩:安水稔和)
S:増田のり子/Pf:藤原亜美
3. 野澤啓子/『大きな木』より「友人」「団栗」(詩:長田弘)
MS:紙谷弘子/Pf:野澤啓子
♪ ♪ ♪
4.西田直嗣/小倉百人一首による「三つの恋歌」
1.瀬をはやみ(崇徳院) 2.玉の緒よ(式子内親王) 3.人はいさ(紀貫之)
S:佐藤貴子/T:下村将太/MS:豊田麻理奈/Perc:豊田卓央/Pf:畑 めぐみ
5.高島 豊/「花を持って、会いにゆく」(詩:長田弘)
MS:小泉詠子/Pf:小田直弥
6.和泉耕二/「ふくろう」「いのちの清流」(詩:野呂 昶)
S:森 朱美/Pf:和泉真弓
7.高嶋みどり/星の破片~夏目漱石<夢十夜>より「第一話」による二重唱(詩:夏目漱石)
MS:紙谷弘子/Bar:鎌田直純/Pf:藤原亜美
『作曲家と声楽家が、共に力を合わせて、新しい声楽曲を生み出す創造の場として発足した「新作歌曲の会」』(公演プログラムの挨拶文より)による22回目の演奏会が大勢のお客様を迎えて開催された。拙作も含めて初演された7つの新作について、演奏順に感想を述べたい(拙作については最後)。
横山和也さんの作品は、小さな子供が発する何気ない言葉を集めて歌詞にした歌。子供の純真で感受性豊かな思いや熱意、不安などが、リアルに歌として表出され、ピアノが心の細かな動きを捉えていた。特に「くろくなる」での、迫りくる「闇」に対して子供が抱く恐怖心の描写は、自分の幼い頃の記憶とも重なって共感を覚えた。石崎さんは、演技も交えた飾り気のない、朗々としてかつ温もりのある歌を聴かせ、畑さんのピアノは、プロローグのソロで歌が始まる前のワクワク感を高め、歌と共に子供の気分を生き生きと伝えた。
布施美子さんの「風のうた」は、阪神・淡路大震災を題材に詠った詩による作品。感情を露骨に出すのではなく、哀しみや喪失感をピュアに浄化された形で表現し、希望へと昇華させていった。そこには、心の深くにうごめく苦悩からやがて解放され、光を見出す様子が格調高く描かれていた。増田さんの歌唱は芯があって滑らかで、神々しいほどの光を放ち、随所に入った無伴奏での歌は、倍音をビンビン響かせて聴き手の心を虜にし、藤原さんの洗練された繊細なピアノが、心が捉えた感覚を、色彩を伴って鮮やかに表現した。
野澤啓子さんの「友人」では、自然のなかでの発見とその息吹、蝦蟇(がま)という小さな命の存在と、そこから広がる大きな世界を、「団栗」では、薄暗い雑木林に漂う匂いや湿感をしっとりと描き、そこで夢中で団栗を拾う子供のワクワク感を伝え、自分もかつて夢中で団栗を拾っていたことを思い出させた。集めた団栗の数と失くした思い出の数を歌う場面で、ピアノのオルゲルプンクトの静かな響きが、遥かな記憶への旅に誘うようにも聴こえた。紙谷さんの歌は明瞭な濃淡で要所をしっかり押さえ、詩の内容をファンタジー豊かに活き活きと表現していた。
♪ ♪ ♪
西田直嗣さんの「三つの恋歌」は、万葉の時代の男女の熱い恋心を詠った和歌をテクストに、パーカスも交えた総勢5名による大規模な作品。いにしえの昔話としてではなく、恋心を現代人の感覚で熱くリアルに、ロマンチックなテイストでパワフルに伝えた。豊田卓央さんのパーカッションがスパイス的な効果を与え、佐藤さんの澄んだ歌声はひたむきな思いを、下村さんの強靭なテノールは恋心を熱く歌い、豊田麻理奈さんのメゾが、クライマックスで加勢して、畑さんの雄弁で輝かしいピアノに支えられたドラマチックなエンディングで、いつの世も変わらない熱くたぎる思いを盛り上げた。
和泉耕二さんの作品からは、つつましさの中に大きなドラマを感じた。「ふくろう」では、神秘的な空気が漂う森のなかに息づく命の温もりが、血の通った歌で表現されていた。「いのちの清流」の親密に語りかけてくるメロディーは、自分でも口ずさみたくなり、繰り返して聴きたい素敵な歌だ。和泉真弓さんのピアノは、心が何を感じ、どこへ向かっているかをデリケートで雄弁に伝え、しぶきを上げて輝く水の描写も鮮やか。森さんの歌には温かくて濃い血が通い、包容力とハートを感じる。「ふくろう」の孤高の美しさも印象的で、森さんは和泉作品の理想的な表現者と云える。
高嶋みどりさんの「星の破片」は、漱石の妖しげな短編をテクストに、演技や照明効果も加えたシアターピース仕立ての作品。鎌田さんの淡々としたなかに人間味のある柔らかな語り調の歌は、日本語の美しさと懐の深さを伝え、紙谷さんの歌は、清澄さの奥底に妖しさと色気も含ませて聴き手を惹きつけ、藤原さんのピアノが、研ぎ澄まされた感覚で大切なシーンにスポットを当てる。一つ一つのシーンが静止画ように感じられ、心の深いところに語りかけてきた。冥界を思わせる白い衣装を纏った紙谷さんのなまめかしく美しいラストシーンが、作品全体を照らした。
最後に拙作について。詩は、昨年の新作歌曲の会で発表した「人生は森のなかの一日」と共に「詩ふたつ」という美しい本に収録されている長田弘氏によるもの。作者が妻の死を見つめ、亡き妻に捧げた詩である。作曲で一番苦労したのは、死者の魂の声を聴くことで、喪失感から死者はいつも近くにいると感じる心の変化を映した2曲目。手探り状態で作曲を進め、何とか終止線を引いた曲を、合わせで演奏者からの提案も取り入れつつ仕上げていった。本番で、小泉さんと小田さんは作曲者のイメージを超えるインスピレーションに富んだ雄弁な演奏をしてくださった。
第1曲では、一つ一つの言葉の重みを敏感に感じ取り、アゴーギクやディナミークを微妙に変化させつつ、全体を覆う深刻な喪失感を見事に表現した。第2曲は、喪失感から癒しへ、そして希望へと向かっていくそれぞれのシーンの空気を的確に捉え、更にそれらを有機的に繋げた。譜読みでは大変なご苦労を強いてしまったが、自分でも気づいていなかった、詩に込められた心の奥底から湧き上がる感情を表現してくださったのは演奏者のおかげ。
第3曲は3曲中で最もシンプルで短いが、詩のなかで一番大切なメッセージが込められていることを重んじ、丁寧に音を選んだ。言葉を一つ一つ噛みしめながら美しい日本語で優しく語って歌い、クライマックスを作ったあとの感情の余韻を確信として伝えた小泉さんの歌、詩から情景や思いを敏感に感じ取り、深い呼吸でデリケートに表現し、後奏の旋律に潜ませた「花を持って、会いにゆく」という言葉を大切にピアノで「歌って」くださった小田さん、2人による演奏が、最高の形で実を結んだ。
合わせを積み重ね、当日はゲネプロのあとも開演の直前までリハーサル室で綿密な調整を行い、拙作に真剣勝負で臨んで花開かせてくださったことに、作曲者として幸せを噛みしめた。ありがとうございました。
生田美子さんの新作「立原道造の詩による3つの歌曲」が、感染症の影響で直前に発表を中止せざるを得なくなったことが惜しまれる。次の機会では、今回の完成版をそのままの形で聴いてみたいと思う一方で、そこに更に何かプラスされた形のものを聴いてみたいとも思った。
ご来場くださった皆さまに心より感謝申し上げます。
新作歌曲の会 第21回演奏会 2021.7.24 東京文化会館小ホール
新作歌曲の会 第20回演奏会 2019.7.25 東京文化会館小ホール
♪小泉詠子さんの歌で作曲者の他の曲を聴く♪
詩:金子みすゞ「積もった雪」
詩:金子みすゞ「さびしいとき」
詩:金子みすゞ「鯨法会」
以上3曲 MS:小泉詠子/Pf:田中梢
「森の詩」~ヴォカリーズ、チェロ、ピアノのためのトリオ~
MS:小泉詠子/Vc:山口徳花/Pf:奥村志緒美
「紅葉」(メゾソプラノ、チェロ、ピアノ連弾用アレンジ)
MS:小泉詠子/Vc:山口徳花/Pf:奥村志緒美
拡散希望記事!やめよう!エスカレーターの片側空け
東京文化会館小ホール
【曲目】
1.横山和也/連作歌曲「もこもこ むくむく」(詩:稲盛雄爽、稲盛光希)
Ⅰ.もこもこ むくむく Ⅱ.おしろ と うみ Ⅲ.くろくなる Ⅳ.それだけ
Bar:石崎秀和/Pf:畑 めぐみ
2.布施美子/「風のうた」~ソプラノとピアノのために~(詩:安水稔和)
S:増田のり子/Pf:藤原亜美
3. 野澤啓子/『大きな木』より「友人」「団栗」(詩:長田弘)
MS:紙谷弘子/Pf:野澤啓子
4.西田直嗣/小倉百人一首による「三つの恋歌」
1.瀬をはやみ(崇徳院) 2.玉の緒よ(式子内親王) 3.人はいさ(紀貫之)
S:佐藤貴子/T:下村将太/MS:豊田麻理奈/Perc:豊田卓央/Pf:畑 めぐみ
5.高島 豊/「花を持って、会いにゆく」(詩:長田弘)
MS:小泉詠子/Pf:小田直弥
6.和泉耕二/「ふくろう」「いのちの清流」(詩:野呂 昶)
S:森 朱美/Pf:和泉真弓
7.高嶋みどり/星の破片~夏目漱石<夢十夜>より「第一話」による二重唱(詩:夏目漱石)
MS:紙谷弘子/Bar:鎌田直純/Pf:藤原亜美
『作曲家と声楽家が、共に力を合わせて、新しい声楽曲を生み出す創造の場として発足した「新作歌曲の会」』(公演プログラムの挨拶文より)による22回目の演奏会が大勢のお客様を迎えて開催された。拙作も含めて初演された7つの新作について、演奏順に感想を述べたい(拙作については最後)。
横山和也さんの作品は、小さな子供が発する何気ない言葉を集めて歌詞にした歌。子供の純真で感受性豊かな思いや熱意、不安などが、リアルに歌として表出され、ピアノが心の細かな動きを捉えていた。特に「くろくなる」での、迫りくる「闇」に対して子供が抱く恐怖心の描写は、自分の幼い頃の記憶とも重なって共感を覚えた。石崎さんは、演技も交えた飾り気のない、朗々としてかつ温もりのある歌を聴かせ、畑さんのピアノは、プロローグのソロで歌が始まる前のワクワク感を高め、歌と共に子供の気分を生き生きと伝えた。
布施美子さんの「風のうた」は、阪神・淡路大震災を題材に詠った詩による作品。感情を露骨に出すのではなく、哀しみや喪失感をピュアに浄化された形で表現し、希望へと昇華させていった。そこには、心の深くにうごめく苦悩からやがて解放され、光を見出す様子が格調高く描かれていた。増田さんの歌唱は芯があって滑らかで、神々しいほどの光を放ち、随所に入った無伴奏での歌は、倍音をビンビン響かせて聴き手の心を虜にし、藤原さんの洗練された繊細なピアノが、心が捉えた感覚を、色彩を伴って鮮やかに表現した。
野澤啓子さんの「友人」では、自然のなかでの発見とその息吹、蝦蟇(がま)という小さな命の存在と、そこから広がる大きな世界を、「団栗」では、薄暗い雑木林に漂う匂いや湿感をしっとりと描き、そこで夢中で団栗を拾う子供のワクワク感を伝え、自分もかつて夢中で団栗を拾っていたことを思い出させた。集めた団栗の数と失くした思い出の数を歌う場面で、ピアノのオルゲルプンクトの静かな響きが、遥かな記憶への旅に誘うようにも聴こえた。紙谷さんの歌は明瞭な濃淡で要所をしっかり押さえ、詩の内容をファンタジー豊かに活き活きと表現していた。
西田直嗣さんの「三つの恋歌」は、万葉の時代の男女の熱い恋心を詠った和歌をテクストに、パーカスも交えた総勢5名による大規模な作品。いにしえの昔話としてではなく、恋心を現代人の感覚で熱くリアルに、ロマンチックなテイストでパワフルに伝えた。豊田卓央さんのパーカッションがスパイス的な効果を与え、佐藤さんの澄んだ歌声はひたむきな思いを、下村さんの強靭なテノールは恋心を熱く歌い、豊田麻理奈さんのメゾが、クライマックスで加勢して、畑さんの雄弁で輝かしいピアノに支えられたドラマチックなエンディングで、いつの世も変わらない熱くたぎる思いを盛り上げた。
和泉耕二さんの作品からは、つつましさの中に大きなドラマを感じた。「ふくろう」では、神秘的な空気が漂う森のなかに息づく命の温もりが、血の通った歌で表現されていた。「いのちの清流」の親密に語りかけてくるメロディーは、自分でも口ずさみたくなり、繰り返して聴きたい素敵な歌だ。和泉真弓さんのピアノは、心が何を感じ、どこへ向かっているかをデリケートで雄弁に伝え、しぶきを上げて輝く水の描写も鮮やか。森さんの歌には温かくて濃い血が通い、包容力とハートを感じる。「ふくろう」の孤高の美しさも印象的で、森さんは和泉作品の理想的な表現者と云える。
高嶋みどりさんの「星の破片」は、漱石の妖しげな短編をテクストに、演技や照明効果も加えたシアターピース仕立ての作品。鎌田さんの淡々としたなかに人間味のある柔らかな語り調の歌は、日本語の美しさと懐の深さを伝え、紙谷さんの歌は、清澄さの奥底に妖しさと色気も含ませて聴き手を惹きつけ、藤原さんのピアノが、研ぎ澄まされた感覚で大切なシーンにスポットを当てる。一つ一つのシーンが静止画ように感じられ、心の深いところに語りかけてきた。冥界を思わせる白い衣装を纏った紙谷さんのなまめかしく美しいラストシーンが、作品全体を照らした。
最後に拙作について。詩は、昨年の新作歌曲の会で発表した「人生は森のなかの一日」と共に「詩ふたつ」という美しい本に収録されている長田弘氏によるもの。作者が妻の死を見つめ、亡き妻に捧げた詩である。作曲で一番苦労したのは、死者の魂の声を聴くことで、喪失感から死者はいつも近くにいると感じる心の変化を映した2曲目。手探り状態で作曲を進め、何とか終止線を引いた曲を、合わせで演奏者からの提案も取り入れつつ仕上げていった。本番で、小泉さんと小田さんは作曲者のイメージを超えるインスピレーションに富んだ雄弁な演奏をしてくださった。
第1曲では、一つ一つの言葉の重みを敏感に感じ取り、アゴーギクやディナミークを微妙に変化させつつ、全体を覆う深刻な喪失感を見事に表現した。第2曲は、喪失感から癒しへ、そして希望へと向かっていくそれぞれのシーンの空気を的確に捉え、更にそれらを有機的に繋げた。譜読みでは大変なご苦労を強いてしまったが、自分でも気づいていなかった、詩に込められた心の奥底から湧き上がる感情を表現してくださったのは演奏者のおかげ。
第3曲は3曲中で最もシンプルで短いが、詩のなかで一番大切なメッセージが込められていることを重んじ、丁寧に音を選んだ。言葉を一つ一つ噛みしめながら美しい日本語で優しく語って歌い、クライマックスを作ったあとの感情の余韻を確信として伝えた小泉さんの歌、詩から情景や思いを敏感に感じ取り、深い呼吸でデリケートに表現し、後奏の旋律に潜ませた「花を持って、会いにゆく」という言葉を大切にピアノで「歌って」くださった小田さん、2人による演奏が、最高の形で実を結んだ。
合わせを積み重ね、当日はゲネプロのあとも開演の直前までリハーサル室で綿密な調整を行い、拙作に真剣勝負で臨んで花開かせてくださったことに、作曲者として幸せを噛みしめた。ありがとうございました。
生田美子さんの新作「立原道造の詩による3つの歌曲」が、感染症の影響で直前に発表を中止せざるを得なくなったことが惜しまれる。次の機会では、今回の完成版をそのままの形で聴いてみたいと思う一方で、そこに更に何かプラスされた形のものを聴いてみたいとも思った。
ご来場くださった皆さまに心より感謝申し上げます。
新作歌曲の会 第21回演奏会 2021.7.24 東京文化会館小ホール
新作歌曲の会 第20回演奏会 2019.7.25 東京文化会館小ホール
♪小泉詠子さんの歌で作曲者の他の曲を聴く♪
詩:金子みすゞ「積もった雪」
詩:金子みすゞ「さびしいとき」
詩:金子みすゞ「鯨法会」
以上3曲 MS:小泉詠子/Pf:田中梢
「森の詩」~ヴォカリーズ、チェロ、ピアノのためのトリオ~
MS:小泉詠子/Vc:山口徳花/Pf:奥村志緒美
「紅葉」(メゾソプラノ、チェロ、ピアノ連弾用アレンジ)
MS:小泉詠子/Vc:山口徳花/Pf:奥村志緒美
拡散希望記事!やめよう!エスカレーターの片側空け