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ポテトチップスメーカーの中で、ひときわジャガイモ不足を声高に叫んでいるカルビー。過去の同社の動きを丹念に拾っていくと、カルビーの真意が透けて見える(写真はイメージです)
北海道産ジャガイモ不足でカルビーとコイケヤのポテチが販売休止――。世を騒がせているこのニュース、細かくチェックしてみれば、実はポテチメーカーで「ジャガイモ不足」を声高に喧伝しているのはカルビーのみだということが分かる。これは一体、どういうことなのだろうか?(ノンフィクションライター 窪田順生)
「ジャガイモ不足」を声高に叫ぶのはカルビーだけ!?
カルビーとコイケヤ(湖池屋)のポテトチップスが、原料のジャガイモ不足で相次いで販売休止になるというニュースが溢れたことを受け、一部で「混乱」が起きている。
たとえば、人気の「ピザポテト」(カルビー)が22日に出荷休止するということで買い占める人が殺到、供給が間に合わず出荷休止が12日に前倒しになった。さらに、フリマアプリやネットオークションには「ピザポテト」を出品する「転売ヤー」まであらわれている。
なくてもまったく困らないよ、という人も多いかもしれないが、ポテチファンからすればかなり深刻な問題だ。
メーカーのみなさんには、台風で深刻な被害を受けている北海道の馬鈴薯農家(ジャガイモ農家)への支援も含めて、ぜひ頑張っていただきたいと心から願う一方で、今回の「ポテチショック」を見ていると、どうにもモヤモヤした気持ちになってしまう。
メーカーによって、そのスタンスにかなり温度差があるのだ。
カルビーは10日にリリースを出して、「昨年8月に発生しました北海道地区での台風の影響による原料馬鈴薯不足」によって、15の休売対象商品と、18の終売対象商品を一覧で紹介。さらに、13日には先ほどのピザポテトの「前倒し休売」もリリースも出すなど、「ジャガイモ不足」にまつわる情報をかなり積極的に出している。
一方、コイケヤはホームページでは休売や終売についてはまったく触れていない。そういう社風なんじゃないのと思うかもしれないが、少し前の2月20日には、「KOIKEYA PRIDE POTATO」の一時販売休止のリリースを出している。といっても、こちらは台風によるジャガイモ不足ではなく、単に想定していた以上の売れ行きで供給が間に合わなくなったというものだ。
つまり、テレビや新聞のニュースを見ていると、コイケヤもカルビーと足並みを揃えるように、「ジャガイモ不足」に対して積極的な情報発信をしているような印象を受けるが、実はそれほどでもないのだ。
馬鈴薯不足は昨秋から予測していた
他社を見れば、その「コントラスト」はさらに浮かび上がる。
「わさビーフ」でおなじみの山芳製菓でも、カルビーやコイケヤ同様に、原料は北海道産ジャガイモが約7割を占め、やはり昨年の台風の影響で入荷が少なくなっているというが、広報担当者はネットニュースの取材に以下のように答えている。
「特売商品の生産をなくすことで、『わさビーフ』シリーズや『リッチバター』といった定番商品において欠品を出すことは避けられました。来秋の収穫時期までじゃがいもの量は大丈夫だと思います」(ねとらぼ 4月10日)
こういう他社のスタンスと比べてみると、どうしてもカルビーの「馬鈴薯不足」という主張が、かなり際立っている印象を受けざるをえないのだ。
もちろん、カルビーは生ジャガイモを用いたポテトチップス市場のシェア7割を占める最大手。コイケヤや山芳製菓と比較すると、製造している量もケタ違いに多く、ラインナップの種類も多いので、原料不足のインパクトも他社よりも大きくなる、というのはよく分かる。
しかし、昨年夏の日照不足と、秋の台風被害によって北海道の馬鈴薯農家のみなさんが深刻な打撃を受けた時点で、「北海道依存」のポテチメーカーならば当然、生産調整や他ルートでの調達などの対策をとってダメージを最小限にすることもできたはずだ。
事実、昨年11月の決算発表資料を見ると、「馬鈴しょ調達の状況」として被害が深刻なことを株主に説明し、さまざまな対策をとっているものの、それでも1万4000トンあまりが不足するという見通しを立てている。
では、その見通しを回避すべく対策を取ったのか。もちろん、内部では調達担当者など現場の方たちが涙ぐましい努力をしたに違いない。が、外部から見る限りでは、残念ながらその努力は伝わってこない。
原料不足見通しの一方で新商品を続々と世に出していた
プレスリリースを見る限り、昨年12月から、販売休止を発表する5日前の4月5日までで、ざっと30種類ものポテトチップスの新商品(期間限定・コンビニ限定商品含む)を世に送り出している。2月6日には、今回販売休止された「ピザポテト」のリニューアルまでしている。
今期予算の達成のためにも、かねてから予定されている販売・生産計画を変更するということが、巨大企業であればあるほど困難なことはよくわかるが、「昨年8月に発生しました北海道地区での台風の影響による原料馬鈴薯不足」で33種類も商品を販売休止にするポテチメーカーにしては、原料不足を気にかけているようには見えない。
しかも、カルビーといえば長年、馬鈴薯の安定調達に努めてきたことで知られる。ジャガイモ生産者の品質向上など、競争力向上のためのサポートも積極的におこなっており、2004年からは生産者への情報提供をおこなうジャガイモ情報専門誌「ポテカル」まで発行している。
いわば、ジャガイモビジネスの酸いも甘いも知り尽くした「プロ集団」であるカルビーが、昨年から分かり切っていた「ジャガイモ不足」を、このタイミングで声高に叫ぶということに、なんともいえない違和感を覚えるともとに、もしやそこには別の「意図」があるのではないかと勘ぐってしまうのだ。
売上の5割をポテチが占めるカルビーが、「ジャガイモ不足でポテチがつくれません」と世に訴えたところで、株価的にもビジネス的にもなんの得もないじゃないかと思うかもしれないが、実はひとつだけメリットがある。
それは、「米国産ジャガイモ」の輸入拡大をスムーズにおこなえるということだ。
今回の「ポテチショック」でもちょいちょい触れられているが、コイケヤは国産にこだわって、九州の農家からの仕入れを検討していることに対して、カルビーも同様に他地域からの入荷をおこなうとともに、「輸入ジャガイモ」という選択肢も持っている。事実、台風後の昨年11月の決算資料にも、調達対策として、「輸入馬鈴しょ量の増加」という文言がある。
米国産を輸入して傷を負った「過去」
ただ、これは口で言うほど簡単な話ではない。
先ほども申し上げたように、カルビーのポテトチップスは北海道のジャガイモ契約農家との強固な信頼関係のもとでつくられている。いくら原料不足とはいえ、急に「じゃあ輸入ジャガイモ増やしますね」なんてビジネスライクなことができるわけがないのだ。
そこまで生産者に気を遣うかね、と思うかもしれないが、実はそうならざるをえない「トラウマ」があるのだ。
カルビーが米国産ジャガイモで一部ポテチの製造を開始したのは07年春。「二月-六月はジャガイモの供給量が減り、販売量が伸び悩み気味。米国産の活用で安定的に生産できる体制を整える」(日経MJ 2007年6月4日)ためだった。
しかし、輸入の方針を示した05年から、生産地では反発の声があがっていたのである。
背景には、北海道の現地で原料調達をおこなう子会社カルビーポテトの社長ら4人が、3年間にわたって、未検査の米国産スノーデン種の種芋約5000トンを生産者に供給していたとして、植物防疫法違反で書類送検された「不祥事」がある。
「安定供給のためにやった」(日本経済新聞 北海道朝刊 2005年10月15日)という動機が報道され、ポテチ安定供給のためには、害虫を持ち込む恐れのある米国産種芋だろうがなんだろうがお構いなしに手を出すのかと、一部農家はカルビーへの不信感をあらわにした。
こういう過去の「トラウマ」がある企業が、米国産ジャガイモの輸入を拡大しようと考えたらどうするか。
「安定生産のため」という説明だけでは、生産地は納得しない。07年から比べると高齢化による離農も進み、ジャガイモ農家はかなり厳しい状況に追いやられているからだ。
「米国産ポテト輸入に貢献した」カルビーの“功績”
そこで浮かび上がるのが、「ジャガイモ不足でポテチがつくれません」というメッセージだ。企業としても「販売休止」という痛手を負っている。もちろん、今まで通り、北海道のジャガイモ農家が最優先ではあるのだが、商品を心待ちにしているお客様のため、やむなく米国産ジャガイモの比率を上げていきます、という大義名分が立つのだ。
いやいや、原料調達のためにわざわざそんなまどろっこしいことしないだろ、と思うかもしれないが、カルビーのそのまどろっこしさを高く評価している方たちもいる。米国農務省だ。
11年、米国農務省海外農業局と米国大使館が、同国の農産物の日本における市場開拓活動に貢献したとしてカルビーを表彰しているのだが、そこではこのような「功績」が称えられている。
「カルビー社は米国産ジャガイモ輸入のパイオニアとして、ポテトチップ生産用のジャガイモ輸入解禁のため国内関係団体と協力しながら、米国ポテト産業界そして米国農務省と共に長年にわたりご尽力されて参りました。自社の国産品ジャガイモ使用量を減らすことなく、米国産ポテトの輸入にご貢献されています」(米国農務省ホームページ)
今回の北海道産ジャガイモ不足は、カルビーにとっては、米国との結びつきをさらに強くする絶好のチャンスとも言える。また、カルビーと米国の関係が深まってきているのは、子会社戦略からも垣間見ることができる。
本格的な米国産ジャガイモの輸入を開始した06年、カルビーは米国のジャガイモ生産大手R.D.Offutt Companyと合弁会社カルビーノースアメリカ(CNA)を設立しているのだが、今年1月31日に合弁解消し、CNAはカルビーグループの完全子会社になったのだ。
営業利益率が下がっていることを受けて、さらなる成長を目指すということだが、これはカルビー本体が今まで以上に本格的な米国市場にコミットするとともに、米国のジャガイモ生産者たちとの結びつきを強くするということも意味している。
日本のポテチ業界に熱視線を送る米国のジャガイモ生産者たち
今回の北海道産ジャガイモ不足に端を発したポテチの販売休止・停止は、米国産ジャガイモ輸入拡大への布石なのではないかという読みは、カルビーが認めているわけではない以上、筆者の推測の域を出ない話ではある。しかし、米国のジャガイモ生産者たちが、日本のポテトチップス業界の動向に熱い視線を送っているのは事実だ。
米国産ジャガイモ生産者の団体である「米国ポテト協会」は公式Facebookで、昨年の台風時には、アイダホ産ポテトフレークを用いるナビスコの成形ポテチ「チップスター」にダメージがなかったというニュースとともに、カルビー初の成形ポテチ「ポテトチップスクリスプ」が好調だというニュースをわざわざシェアしている。
今回の「ポテチショック」が引き金になって、「日米ジャガイモ戦争」の火ぶたが切って落とされる日もそう遠くなさそうだ。