ロシア軍は報道されているほど負けてはいない。本当の戦況とこれから起こる新たな危機、「核兵器使用」が杞憂に終わるワケ=高島康司
日本ではウクライナ軍が大勝利し、ロシア軍が大敗を喫しているとするイメージが喧伝されているが、実はロシア軍はそれほど負けているわけではない。戦況の実態を見ると、逆にこれまで見過ごされていた危機が見えてくる。(『 未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ 』高島康司)
※本記事は有料メルマガ『未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ』2022年11月4日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
ロシア軍は本当に大敗しているのか?
あいかわらず日本の主要メディアでは、ウクライナ軍の快進撃が続き、ロシア軍が大敗を喫しており、退却を余儀無くされているというニュースが、連日流れている。
8月末までウクライナの戦況は膠着状態が続いていたが、南部ヘルソン州を総攻撃するとのウクライナ側の陽動作戦が功を奏し、南部に軍の主力を移動させたロシア軍の隙をねらい、9月1日から北部、ハリキュウ州の奪還を目指した。そして9月13日にはウクライナ軍は同州すべての奪還に成功した。
その後ウクライナ軍は勢いを維持し続け、今度はロシア軍に占領されていた東部、ドネツク州の都市、リマンのロシア軍を包囲し、同市の奪還に成功した。さらにウクライナ軍は、南部ヘルソン州の北部に進攻し、いくつかの村を奪還した。
こうしたニュースが毎日のように流れるので、それを見ていると、ウクライナ軍の勝利は目前にあるとの印象を受けてしまう。テレビや新聞を主な情報源にしていると、そうした印象を持っても当然だろう。
さほど負けてはないロシア軍
日本のメディアを見ると、ロシア軍は各地で大敗を喫しているので、プーチン大統領はいま追い詰められている。プーチンは情勢を逆転する必要から、戦場で核兵器を使わざるを得なくなるのではないかというシナリオが喧伝されている。
そのような状況になると、ウクライナとNATOも核の使用を考えるので、ロシアとNATOは核で対峙する最悪な事態にもなりかねないと心配されている。追い詰められたプーチンはなにをするのか分からないというわけだ。
しかしながら、このような日本の主要メディアのシナリオには信憑性があるとは思えない。なぜなら、日々の戦況を詳しく調べてみると、ロシア軍はさほど負けてないことが分かるからだ。いま詳しい戦況分析を提供している軍事専門家、軍事系シンクタンク、軍事ブロガーは多い。ちなみに筆者は次の4つのチャンネルとサイトを見ている。
・Military Summary(ロシア人の軍事ブロガーのチャンネル)
・Defece Politics Asia(シンガポール人の軍事ブロガーチャンネル)
・New World Econ(アメリカ人の軍事プロがーのチャンネル)
・Ejercito(スペインの軍事系シンクタンクのサイト)
これらのソースだが、「Military Summary」はロシア語なまりの英語、「Defece Politics Asia」はシンガポールのアクセントが強いので、英語だがかなり聞き取りにくい。「New World Econ」はアメリカ英語で分かりやすく、「Ejercito」は英文で情報を提供しているので、分かりやすい。
これらのどのサイトも、ロシア国防省、ウクライナ国防省の発表を、「テレグラム」や「ツイッター」に兵士などが掲載した戦場の画像や動画で確認を取り、戦況の実態を分析して報告している。「テレグラム」には、「WarGonzo」というロシア語のアカウントがあり、主にロシア軍の情報を流している。同様のアカウントはウクライナ軍もあるので、発表された戦況の裏を取るには好都合だ。
尚、ロシア国防省はほぼ毎日具体的に戦況を発表しているが、一方のウクライナ国防省はあまり頻繁には発表していない。発表する場合でも、具体的な作戦地域や損害などは隠している。作戦の成功のみを伝える場合がほとんどだ。
最近の戦況
こうした情報源に基づいた戦況分析だが、前述のどのチャンネルやサイトも分析結果はほぼ同じである。サイトでウクライナ寄り、ロシア寄りと分析結果が大きく異なるわけではない。もちろんニュアンスの若干の相違はあるものの、基本的には同じ内容である。
こうした点を踏まえると、最近の戦況は次のような状態になっている。
<概況>
9月13日にハリキュウ州全域を奪還し、ドネツク州のリマンを包囲して同市を奪還したウクライナ軍だったが、10月の後半からその勢いは止まっている。南部ヘルソン州北部などで戦略的に重要性の低い村々などの奪還は続いているものの、ウクライナ全域の戦況はいわば膠着状態にある。ウクライナ軍は各地で反転攻勢に出ているものの、ロシア軍に撃退されてことが多い。
他方ロシア軍は、「部分的動員令」によって動員された兵士が次第に前線に投入され、ロシア軍が強化されつつある。まだ領土を拡大するところまではいっていないが、ウクライナ軍への攻勢は次第に激しくなっている。
また、ロシア軍の連日の無人機攻撃により、ウクライナの発電所の55%程度が破壊され、電力供給が困難なエリアが拡大している。これは鉄道網に影響があるため、軍の移動に支障が出て来る。
さらに11月1日、ロシアの「ジョーカー」と名乗るハッカーグループは、アメリカ軍とウクライナ軍が共同で運用している「デルタ」というシステムへのハッキングに成功した。「デルタ」には展開しているすべてのウクライナ軍部隊のデータ、さらには把握したロシア軍のデータも保存されている。「デルタ」のハッキングで、ウクライナ軍の機密情報はロシア軍に把握されてしまった可能性がある。
<最近の戦況:10月25日以降>
北部:リマン周辺
ロシア軍はリマンの反転攻勢を強めているも、奪還には至っていに。防戦したウクライナ軍は軍用車両7両と兵士30人を失う。またクペンスク東のロシア軍に向けてウクライナ軍は攻撃したが、撃退された。ウクライナ軍は、軍用車両7両と兵士150人を失う。さらにウクライナ軍はロシアに占拠されれいるドネツクの奪還を目指し、クーペンスク付近に軍事拠点を構築した。長い冬の戦闘に備えている。
東部:バフムートとマリンカ
バフムートはウクライナ軍に占領されている町だが、ロシア軍が奪還すべく激しい戦闘が行われ、ロシア軍は進撃している。ロシア軍は同市の郊外に迫りつつあるも、まだ奪還には至っていない。またロシア軍は、ドネツク州の町、マリンカに進撃し一部を占領した。ウクライナ軍との間で市街戦を展開。さらに、マリンカの南方にある都市、ウグラダを包囲しつつある。
南部:ヘルソンとサボリージャ
ウクライナ軍はヘルソン州北部で反転攻勢に出ているが、ロシア軍に撃退されている。この地域全体としては大きな変化がない。またヘルソン州北西部のムーロヴァという町では激しい戦闘が行われている。ウクライナ軍は撃退され、この町を占拠できていない。ウクライナ軍は兵士120人、軍用車両70台を失う。またロシア軍は、サボリージャ方面への展開を強化し、ノボポルとフレミシュフカという2つの重要な町を制圧した。ウクライナ側の情報によると、サボリージャ原子力発電所が設備の技術的な不具合により、首都キーウへの電力供給を停止している。
ウクライナ軍とロシア軍の損害
戦況の説明はウクライナの細かな地名が数多く出てくるので、地図なしでは状況を把握することは困難だ。細かな点は省いてできるだけ概要が分かるように書いたが、それでもウクライナ軍に大敗を喫し、ロシア軍が退却を余儀無くされているという状況にはないことだけは分かると思う。むしろ反対に、ロシア軍が徐々に攻勢に転じており、膠着状態だった戦況が変化しつつあるようだ。
そして、次に注目すべきなのは、ウクライナ軍とロシア軍双方の損害である。ウクライナ国防省、ロシア国防省とも自軍の損害はほとんど公表していないが、相手の損害は発表している。以下は11月1日の最新データだ。
<ウクライナ軍の累計損失(ロシア国防省発表)>
死傷者 11万575人(9月22日のデータ)
航空機 329機
ヘリコプター 167機
無人機 2,402機
対空ミサイル 384発
戦車 6,233両
多連装ロケットランチャー 881台
火砲 3,544門
軍用車両 6,937両
<ロシア軍の累計損失(ウクライナ国防省発表)>
死傷者 7万2,670人
航空機 276機
ヘリコプター 257機
無人機 1,415機
防空システム 197台
戦車 2,698両
多連装ロケットランチャー 383台
火砲 1,730門
軍用車両 5,501両
巡航ミサイル 397発
船舶 16隻
両者を比較すると一目瞭然だが、ウクライナ軍の損失の方がロシア軍を約1.5倍程度上回っている。ロシア国防省が発表したウクライナ軍の死傷者のデータで入手可能なのは9月22日のものだったので、11月3日現在であれば死傷者はもっと増え、12万人程度に達していてもおかしくないと思われる。
もちろん、これらは国防省のいわば大本営発表のデータだ。相手の損害の大きさを強調する傾向はあるだろう。しかしそれでも、ウクライナ軍の損失の方が多いという現状は変わらないのではないかと思う。
苦境に立つウクライナ軍と今後の危機
このように、ウクライナ軍の損害の大きさには驚かされるが、さらにウクライナ軍には問題がある。
すでに日本のメディアでも報道されるようになってきたので周知だと思うが、アメリカを中心としたNATO諸国の武器の在庫が枯渇し、十分な兵器支援ができなくなりつつあるのだ。
また、米中間選挙でウクライナ支援に消極的な共和党が、上下両院で過半数の議席を占めると、今後の兵器支援は一層難しくなるだろう。
ウクライナは戦争の開始から7回ほどの動員を行い、開戦当初は20万人ほどの軍隊を40万人まで増強している。しかしそれにしても、そのうち約12万人が死傷して戦線を離脱している。今後、兵力が不足してくる可能性は十分にあるだろう。
このような状況で、果たしてウクライナ軍は戦い切れるのだろうか?これから冬の長期戦に突入する。状況は決して明るくないように思う。
プーチンの「核兵器使用」は杞憂に終わる?
いま日本の主要メディアでは、戦争に負けて追い詰められたプーチン大統領が、劣勢を挽回するために核を使う可能性もあると喧伝されている。それが今後起こり得る危機だという。
しかし、いまのところロシア軍は特に追い詰められているわけではないので、このようなシナリオはちょっと考えにくい。
むしろ、今後本当に危惧しなければならない危機は別にあるはずだ。それは、ロシア軍が反転攻勢し、ウクライナ軍が戦い切れなくなったときの危機だ。
ウクライナ軍が相当に劣勢になり、ロシア軍の優勢が確認されたのであれば、ロシアと早期に政治交渉を行い、できるだけ早期に停戦するのがよい。
しかし、そのような状況になったとしても、アメリカとNATO諸国がこれを認める可能性は低い。敗北を認めることは、断固拒否するだろう。
すると、次のステップとして考えられるのが、アメリカを中心としたNATO諸国のウクライナへの配備である。これは、第3次世界大戦に一歩近づく大変に危険なステップになる。
配備された米軍
しかし、すでにこのような動きは始まっている。つい最近、「叫ぶ鷲(スクリーミングイーグルス)」の異名で知られる米陸軍の第101空挺師団がウクライナと国境を接するルーマニアに展開し、軍事演習に参加したことが分かった。米政府はウクライナ領で米軍が活動することはないとしていたものの、同部隊の司令官はいつでもウクライナに進軍する用意があるとメディアへの取材に答えた。
「叫ぶ鷲」が欧州に展開されるのは、過去80年間で初めて。第101空挺師団はロシアとNATOの緊張悪化を受けて現地に派遣された。
「叫ぶ鷲」の司令官は「CBSニュース」の取材に対し、「明日の夜にでも戦闘に加わる用意がある」と表明した。仮にNATOとの軍事的衝突、あるいはNATOへの攻撃が仕掛けられた場合、「叫ぶ鷲」はウクライナ領に進軍する用意があると司令官は発言した。
さらに、米軍の大規模部隊が6日、ポーランド南東部ジェシュフの空港に到着した。ポーランドと隣接するウクライナでロシア軍侵攻への懸念が高まるなか、NATO加盟国を防衛するアメリカの姿勢を示した。
到着したのは米陸軍「第82空挺師団」。ポーランドのブワシュチャク国防相は、1700人規模の米軍部隊が「NATOの東の境界に当たるポーランド南東部」に駐留すると説明した。部隊の一部は5日にポーランド入りしている。そして、ドナヒュー師団長は空港で、今回の派遣が「いかなる戦争のもくろみも集団的に阻止するための予防的措置だ」と述べ、防衛目的であることを強調した。
これは明らかに、米軍のウクライナ配備を予期した動きだ。損耗の激しいウクライナ軍が戦い切れなくなった事態を想定しているに違いない。また、まだ未確認な情報だが、ウクライナ軍が敗退しロシア軍が優勢になると、国防総省には米軍の実戦部隊を南部のオデッサに派兵する計画もあるようだ。
いまはこのような状況だ。ロシア軍は日本のメディアが喧伝するようには負けてはいない。11月から12月にかけて、追加動員された予備役で兵力は増強され、ロシア軍の反転攻勢が目立って来るかもしれない。ウクライナ戦争は、これからもっとも危険な時期に入るように思う。