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米政府は金融危機を起こしたい?今回こそ本当にヤバい「債務上限引き上げ問題」と日本を襲う余波=高島康司
アメリカの債務上限引き上げ問題が引き起こす深刻な事態について解説する。銀行破綻の連鎖とこれが重なる場合、予想を越えた経済的な混乱になるかもしれない。(『 未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ 』高島康司)
6月に金融危機が起こる?恒例行事「米債務上限引き上げ」問題
いまウクライナ戦争とともに今後大きな問題になりつつあるのが、アメリカの債務上限引き上げ問題である。うまく行くと早期に決着できるが、もめると最悪な場合、金融危機の引き金にもなりかねない。
債務の上限の引き上げをめぐり、イエレン財務長官は議会で対策が合意されなければ来月1日にもアメリカ国債がデフォルト(債務不履行)に陥るおそれがあるとの見通しを改めて示した。野党・共和党のマッカーシー下院議長に宛てた書簡を公開し、政府の「債務の上限」が引き上げられなければ「6月1日にも国債がデフォルトに陥るおそれがある」と改めて指摘した。
バイデン大統領は事態の打開に向けて16日にマッカーシー下院議長と会談したが、マッカーシーは15日、メディアの取材に対して「与野党の間にはまだ大きな距離がある」と話している。
一方、日本の国税庁にあたる「米内国歳入庁(IRS)」の税の徴収状況から米政府の予算状況の把握を試みた「ムーディーズ・アナリティックス」のチーフエコノミスト、マーク・ザンディは、上院予算委員会の公聴会で、デフォルトするXデーは、6月8日頃になると予想していると述べた。
周知のように、米政府のデフォルトは決して珍しいことではない。21世紀に入ってからでも2011年、13年、15年と3回のデフォルト危機があった。11年はデフォルト直前で債務上限法案が成立。13年と15年は債務上限の運用停止という対応などで乗り切ってきた。しかし、2011年には法案成立にてこずったため、格付け会社の「ムーディーズ」は、米国債の格付けを最高ランクのAAAからAA++に引き下げた。その余波は思いのほか大きかった。ドルと国債、そして株価は下落し、金利は上昇した。
今回の「債務引き上げ」は過去とは異なる
しかし、今回の債務上限引き上げ問題は、過去のそれとはかなり条件が異なっている。
2011年と2013年、そして2015年は、2008年の「リーマン・ショック」が頂点になった金融危機を乗り越え、景気の回復期に入っていた。銀行危機のような状態にはなかった。
ところが2023年の今回は様相がかなり異なる。この メルマガ の記事で何度も紹介したように、いまアメリカは銀行破綻が連鎖する可能性のある危うい時期にある。破綻した「シリコンバレー銀行」、「シグナチャー銀行」、そして「ファースト・リパブリック銀行」と同じか、さらにそれよりも経営状態が悪い銀行はたくさんあり、これから50行が破綻してもおかしくないと言われている状況だ。
いまアメリカは商業用不動産のバブルが弾け、オフィスビルの空室率の上昇から、破綻する不動産会社も増えている。全米の大都市圏の空室率を見ると、状況の深刻さが分かる。
・東京 4.2%
・サンフランシスコ 23.1%
・ニューヨーク 15.4%
・ロサンゼルス 21.3%
・シカゴ 22.2%
・ボストン 17.8%
・ワシントンDC 20.7%
・ダラス 23.0%
東京と比べると、空室率の高さがよく分かる。「FRB」による連続的な利上げによってローン金利が高騰しているときに高い空室率が発生しているので、ローンの支払いができずに破綻する不動産会社も増えている。こうした状況は、2011年、2013年、2015年の債務上限引き上げ問題で紛糾した時期にはなかったことだ。
さらに、ウクライナ戦争で資源大国であるロシアの国際貿易システムからの排除が背景となり、ドルベースの決済システムには依存しない経済圏が台頭している。人民元やルーブルなどが決済通貨として使われる頻度は非常に高くなっている。脱ドル化の方向性だ。
今回は何が起こるのか?
それでは、今回の問題が紛糾した場合、どんなことが起こるのだろうか?
もちろん、妥協が成立し債務上限の引き上げが実現する可能性は十分にある。しかし今回は、銀行危機の連鎖と商業用不動産の破綻、そして脱ドル化の加速という条件の元で起こるので、最終的に妥協が成立したとしても、問題が紛糾しただけで影響力はかなり大きくなるはずだ。
どのような影響が出るのか、以下に簡単にまとめた。
<(1)国債の下落による金利の上昇>
ドルは、唯一の国際決済通貨ではなくなりつつある。そうした状況でデフォルトする可能性が高まると、ドルと米国債の信任は揺らぎ、ドル安と米国債の下落が起こる。その結果、金利は上昇することになる。
<(2)中小の銀行経営の悪化と破綻の連鎖>
金利の上昇は多方面に深刻な影響を与える。「シリコンバレー銀行」、「シグナチャー銀行」、「ファースト・リパブリック銀行」が破綻した理由のひとつは、資産の多くを米国債で運用していたことにある。「FRB」の金利上昇で国債が下落し、含み損が出たところに資金繰りが悪化した預金者が預金を引き出した結果、経営状態が悪化した。それがSNSでウワサとなり、預金の引き出しラッシュになったのだ。
破綻した3行と同じような財務体質を持ち、経営状態がよくない銀行は多い。もしこのような状況で債務上限引き上げ問題が紛糾し、金利がさらに上昇すると、同じような取り付け騒ぎから銀行破綻の連鎖が起こるかもしれない。
<(3)信用収縮>
銀行破綻が連鎖する前に、金利の上昇から経営状態が悪化した銀行は、信用の供与を収縮させる可能性が高い。貸し渋りである。この信用収縮が原因となり、ただでさえ厳しい状況にある商業用不動産の企業破綻が相次ぐ。特にアメリカの中小の銀行の借り手は不動産会社が多い。その破綻は不良債権となり、これが銀行の信用をさらに収縮させる結果になる。
<(4)税の還付金の支払い停止>
日本もそうだが、アメリカの中小企業も収めた税の還付金を事業資金に組み入れて操業しているところが非常に多い。債務上限の引き上げに紛糾する期間が長くなったり、またデフォルトするようなことがあれば、連邦政府の予算の枯渇から、還付金の支払いができなくなる。すると、銀行も信用の供与を収縮させているので、資金繰りに困って破綻する企業が一気に増大する。
他にもまだまだあるが、これらが2023年の債務上限引き上げ問題が引き起こす特徴的な問題である。経済学者の中には、政府が本当にデフォルトに陥った場合、大量の解雇が行われると警告している人もいる。またホワイトハウスは、デフォルトが長引いた場合、800万人以上の雇用が一掃されると見積もっている。
なぜイエレン財務長官は危機を何度も煽るのか?
しかし、こうした状況を見ていると、一抹の違和感を感じざるを得ない。
特に今回はこのような深刻な状況になることは分かり切っているのに、イエレン財務長官はあたかも危機を煽るかのように、何度も繰り返し6月1日にもデフォルトする可能性があると発言している。むろん、こうした発言は危機感から出たものと理解できる。しかし逆にこの警告が、市場を緊張させ、ドル安や金利の上昇を早期に引き起こす可能性もあるだろう。
うがった見方だが、もしかしたらイエレンは意図的にこうした発言をしているのだろうか?
それが、アメリカが意図的に金融危機を引き起こそうとしているのではないかとの疑念は意外なところから出ているのだ。以前の記事で紹介したフランスの著名なシンクタンク、「LEAP2020」が発行する「Global Europe Antication Bulletin(GEAB)」だ。その最新号には次のような文章が掲載されていた。
危機を決して無駄にしない
米国の地方銀行危機は、今もなお、その勢いを増している。状況が制御不能に思えるほど、アメリカやヨーロッパの政治・金融当局は、自分たちの経済システムを再発明するための必要悪と捉えていると、私たちのチームは考えている。(中略)また、政治当局にとっては、資金の流れを再びコントロールし、国民の信頼を回復するために、より管理された経済に戻る機会でもある。
ちょっと分かりにくいかもしれないが、こういうことだ。欧米の政府は、これから深刻化するアメリカやヨーロッパの地方銀行の危機を新しい金融システムに作り替えるための絶好のチャンスと見ている。その新しい金融システムとは、多くなり過ぎた銀行を淘汰して、いくつかの巨大な銀行に統合し、政府が金融を管理しやすい体制にするということだ。このような新しいシステムを構築した上で、デジタル通貨を導入する。「GEAB」の最新号は、米政府が債務上限引き上げ問題を利用して金融危機を意図的に煽り、大手行への統合を図りながら、新しい金融システムへと移行するために行っているというニュアンスでこの記事は書かれている。「GEAB」の最新号は、このプロセスは2023年から始まり、2025年くらいで完了すると見ている。
筆者もこの可能性は十分にあると思う。現在の欧米の政府は、この危機を金融システム刷新の好機として見ていると思える。だとするなら、政府は金融危機を未然に防ぐのではなく、積極的に引き起こすのではないだろうか?
たしかにこれは、荒唐無稽の陰謀論に聞こえるかもしれない。しかし、この可能性は排除してはならないと思う。そうであるなら、金融危機はこれから本格化する。債務上限引き上げ問題はその最初の契機かもしれない。
もちろんこの余波は、日本にもやってくる。我々も備えなくてはならない。