2014年秋、北大生がイスラム国に接触しようとして家宅捜査を受けたことが報じられると、生活に困窮した人々――多くが非正規雇用で、働いても生活保護と変わらない程度の収入しか得られない――からそんな言葉を聞くようになった。湯川遥菜さん、後藤健二さんが人質として囚われていることが発覚する以前のことだ。
ネットカフェ難民、北九州の餓死事件、
派遣切り、年越し派遣村、
偽装請負、ワーキングプア―――。
一方、最近注目されているのは、
ブラック企業、
ブラックバイト、
子どもの貧困、
貧困ビジネス化した大学の奨学金問題などのキーワードだろうか。
これらの問題は根底で深く繋がっているにも関わらず、ひとつのキーワードが飽きられると「なかったこと」になってしまう。しかし、そうして言葉と問題が消費されていく過程で、事態は淡々と悪化し続けている。
例えば9年前、非正規雇用率は33%で、数にして1600〜1700万人だった。
が、現在の非正規雇用率は38・2%。数にして2000万人を超えている。
そんな非正規で働く人々の平均年収は168万円(国税庁)。
現在、日本の貧困ライン(これ以下で暮らす人は貧困、という線)は約122万円だが、
年収レベルで40万円しか上回っていない。
ちなみに非正規の女性に限ると平均年収は143万円。
働いていても貧困ラインと20万円しか変わらないのだ。
生活保護の補足率(受けるべき人がどれだけ受けているかを示す数字)は日本の場合、
2〜3割と言われている。
しかし、海外に目を転じると、
フランスの捕捉率は9割、
スウェーデン8割、
ドイツ6割といずれも日本よりずっと高い。
先進国の中で、日本は貧しい人が放置されているという実態があるのだ。
さて、生活保護でもっとも批判されがちなことに「不正受給」の問題があるが、
不正受給率はどれくらいだと思うだろう?
こんな質問を投げかけると、「5割くらい?」という答えが返ってくる。
生活保護を受けている人の半分くらいが
「嘘をついて」「役所を騙して」受給していると思っている人が多いのだ。
が、実態はというと、不正受給は額にしてわずか0・5%程度。
また、不正受給件数は毎年2%程度を推移している状態が続いている。
それでも生活保護=よくないこと、と考える人がいるかもしれない。
しかし、この国では生活保護を受けられなくての餓死事件が続いてきた。
06年、北九州で50代の男性が餓死しているのが発見された。
電気も水道もガスも止められていた男性は2度、
生活保護を申請しようとしていたものの、認められることはなかった。
男性は痩せ細り、自力で歩くこともままならない状態だったという。
その翌年には、やはり北九州市で50代の男性が餓死した状態で発見されている。
男性はタクシー運転手として働いていたものの、
病気で働けなくなり、生活保護を受けていた。
しかし、役所は「自立」を強制し、生活保護を切ってしまったのだ。
その時点で男性宅の水道、ガスは止まっていた。
それから3ヶ月後、男性はミイラ化した遺体で発見される。
男性は日記に「オニギリ食いたい」「25日米食ってない」などと書き残していた。
また、2012年1月には札幌で40代の姉妹が餓死・凍死とみられる状態で発見される。
妹には知的障害があり、姉は綱渡りのように非正規の職を転々としながら(短期契約の仕事が多いため)妹を支えていた。
しかし、失業や体調不良が重なることで生活はあっという間に困窮してしまう。
両親は既に他界。姉は3度も役所に助けを求めたが、3度とも追い返されただけだった。
そうして最後に役所を訪れてから半年後、2人は変わり果てた姿で発見される。
極寒の北海道、電気もガスも止まった部屋の中から発見された遺体は、
衣服を何枚も重ね着していたという。
最後に、悲しい数字を紹介したい。
この国で、年間どれだけの人が「餓死」しているかを示す数字だ。
2011年、「食糧の不足」で亡くなったのは45人。
「栄養失調」で亡くなったのは1701人。
合わせて1746人が飢えて死んでいるのだ。
1日あたり、5人が亡くなっていることになる
誰一人飢えて死ぬことのない社会。
それが21世紀になっても達成されていないことに、
私たちはもっと目を向けるべきだと思うのだ。
雨宮処凛
1975年、北海道生まれ。愛国パンクバンドボーカルなどを経て、00年、自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)を出版し、デビュー。以来、若者の「生きづらさ」についての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。