お歴々の閣僚だけで決めた、国をあげての儀式に、
なぜ、私人の方が、遺族といえども、
弔辞を語る方を、指名して、決まる訳?
だったら、国のたみの税金でなく、
やりたい方々の、身内でやればいい。
勿論、経費は、国のたみの税金ではなく、
家人、その友人、有志、
もしくは、自党に有利にしたいなら自党費で、
やりたい方々が賄い、好きなように、
桜を観たように、
友達の学校を優遇したように、
シビリアンコントロールを任される
要職を務める弟の意見も聞き入れ、
関係団体の寄金も投入し、宣伝活動として民間企業の物品も投入して、
外国からもミスターを、友人として、
拒まれたのならば、外交上手なリーダー、
自ら、再度、お願いしなければ、目論んだ国の儀式にはならないでしょ!
無理とわかったから、
リーダーは、遺族の意見として、大任を逃れたんですか?
国の儀式をするには、国益がともなわないと、
国の儀式としての意味がない、
自党の宣伝活動で終わってしまう。
あまりにも、それでは、酷い、あまりにも。
普通は、恥ずかしくて辞退するし、むしろ、止めるはず。
効果もなく、説明も明細書もないまま、
国民の税金を使ってほしくない。
あの人もそうだったけど、
国民の納めたお金って、自分の好きなように、
自由に好き勝手に使っていいと思っているんですかね。
わかっても、かくせば、隠し通せば。
犠牲者がでても。巨大なアクは、よくねむる。