このお話は田中大輝の妹エリカの視点で物語が進んでいきます。
父が死んだ。75歳。誰にも看取られず1人きりで死んだ。
遺体が発見された時、死後1週間以上が過ぎていて、夏場だったので遺体はひどい有様だった。警察でも目視での身元確認を求められなかった。DNA鑑定で孤独死した遺体は父「田中翔」だと証明された。兄と2人で火葬にして葬式もしなかった。母は今、祖父の故郷オーストラリアのシドニーで教会の仕事をしている。シドニーに渡ったのは15年前。正式に父と離婚して直ぐの事だった。
あの事件が、ようやく落ち着いた頃、兄が大学生になり家を出ることになった。その時に母の方から父に離婚の申し出をした。両親は話し合った結果、勝手に産んだ親の責任として私が結婚するまでは離婚届を出すのはやめようということにした。でも、その日から両親は単なる同居人になった。
私が青島修と結婚式を挙げた翌日、離婚届を役所に提出、母はシドニーに移住する準備を完全に整えていたので役所の前で別れて家には帰らなかった。父が亡くなっても、日本には来ない。
父は田中家の長男で、先祖代々のお墓があるのだが、亡くなった祖父母が父を勘当して、お墓の跡を継ぐのは景おじさんになった。「翔の恥晒しはウチの墓に入れるな」が祖父の遺言だった。
ほんの少しの父の貯金はアパートの賠償金で消えた。お墓をどうしようかと景おじさんに相談に乗ってもらった。
そして、私と兄は奥多摩にある「水川神社」にやってきた。田中家は元々は神道の家だったらしい。そこの墓地に父のお骨も入れてもらうことになった。事件で刺殺された「あかりちゃん」も納骨されているという。
神主さんは、二十代半ばの綺麗な顔をした人だった。横顔があかりちゃんに似てる。名前は、早川界さん。私が中学生の頃2、3回ウチに訪ねてきた父の友達も「早川さん」だったっけ。
納骨をして、ふと墓碑を見ると父と同姓同名の人がいる。その直ぐ前に「田中陽38歳」という名前が刻まれていた。私は神主さんに「陽」って何て読むんですか?と尋ねた。すると神主さんは、「あかりです」と言って、さらに「私はあなた方が会ったあかりちゃんの息子です。三男です。父は早川です。両親は元気ですよ。」と言い出した。
私は、咄嗟に「嘘よ!あかりちゃんの遺体も見たし、火葬場にも行ったもの!」と大声を出してしまった。
すると界さんは「あれは、肉の衣、殻のようなものです。母も父も死にません。私も。私たちは「永遠に在る者」です。エリカ、大輝。貴方たちは「生きて学ぶ者」。翔もね。
翔は、これからが大変です。罪の償いが1000年単位で待っていますから。
「浮気の償い?」と私がいうと界は「違います。あなた方の父親になる前の大罪です。貴方たちの父親の翔はかなり頑張りましたよ。浮気心はありましたが、不貞は犯していませんから。それでも、母は、許しませんでした。母が決めたことは絶対です。母は、あの汚れ女に罰を下した。翔にも。我らの方法ではなく人間に裁いてもらう方法を取りました。」
「貴方たちは、何なの?」
「在る者と言ったでしょう」
私は、母シャインが言った言葉を思い出した。それは、私の結婚式の前日の夜。最後に母と枕を並べた夜。
「あの人たちは神様なの。ずっと守られていた。今は守られていない。」
あの事件が起こるまで私のうちは幸せな家族だった。父が浮気をするまでは。あかりちゃんが殺されて、殺人事件の法廷で父に連座させられるように母も私たち兄妹も制裁された。いじめにあったり縁をきられたりした。他人の裏の本音を想像するようになった。容易く人を信じなくなった。
界は、エリカの考えを読んだかのように言った。
「母は大輝にプレゼントしたんだ。エリカより大輝の方が危うかったから。色で見えるでしょう?我らは守ってますよ。ずっと。私がここの神主をやっていたのは、私の学びなのです。今日で終わり。最後の役目はあなた方と話すこと。
見ていますよと伝えるためにね。だから、怖がらずに学んでください。人生を。信頼と愛情を。それを祈っています。時間になりました。お別れです。」
次の瞬間、風が強く吹き私も兄も目を閉じた。
目を開いだら、廃墟になった神社の跡にいた。
「お兄ちゃん、色って何?」とエリカは大輝にきいた。
「隠していたけど、私は色で他人の人間性がわかる。だから、はると結婚した。はると再会するまで女性不審だった。エリカやはるのような普通の心の女性は少ない。」
「お父さん、本当は何をやらかしたんだろう?」と私が呟くと兄は「考えたくないね」と言った。
私は青島エリカ。父は田中翔、母はシャイン。
仕事は公務員。一生仕事に生きるつもりだった。兄は精密機械の設計技師、義姉はるは大学の助教だ。私たち兄妹に子供はいない。子供を持つ気になれなかった。幸せは突然壊れる。子供は巻き込まれるしかない。それを知ってたから。
父の納骨の2ヶ月後、私は妊娠した。42歳。正直にいうと夫と行為中にゴムが取れてしまった。事故だ。できてしまったものは殺せない。産むことにした。同じ月、義姉はるも妊娠した38歳。
驚いたことに、2人とも双子を妊娠した。
母、シャインに電話で界さんのことや妊娠のことを知らせると一言「神様が授けたのね」と呟いた。
私が子供の頃、私の家は幸せな家族だった。それが、父の浮気がきっかけで壊れた。
父はよく私と兄に「すまない」と言っていた。
親の責任は重い。
今度は私と修が幸せな家族を作る。修は私の身におきた全てを知っている。出会った頃、私の容姿を見て近づいてきた男は、私の強すぎる性格と倫理観に「可愛げがない」と言った。修は可愛げのない性格を面白がった。一緒に頑張ってくれる男性だと信じる努力をしよう。幸せになるには真摯な努力が必要だ。
他を信頼し誠実であれ。愛は与えるもので守るもので在る。お腹を抑えて私は思う。
ー幸福な家族 おわりー
この後、「イノセント後編」に続きます。
実は、一昨日からぎっくり腰を発症。初日は寝たきり状態。
まだ、痛い。ギャーギャー言ってます。
ご心配くださって有難いです。