大輝とはるが出会ったのは、大輝が大学生の頃だった。事件以来、大輝はスーパーやコンビニのバイトはできなくなっていた。どこで働いても、結局は「あの事件」の関係者だとバレてしまう。すると、お客さんの色が変わる。軽蔑と憐れみ。居た堪れなくなって辞めるの繰り返し。
左後ろから、青島エリカ、右は田中はる。中央は守り神を請け負った界(カイ)
そんな大輝を見かねて、大学の友達が「家庭教師のアルバイト」を紹介してくれた。生徒は6つ年下の中学2年の女の子で、名前ははるちゃん。物静かな性格で、余分なことはほとんど言わない。というか、勉強のことしか言わない。彼女の夢は遺伝の研究をする学者になること。そのために日本でトップクラスの中高一貫の高校に編入するために家庭教師をつけてもらったのだ。編入は中学受験より難関だ。「満点なら合格です」とニコニコして話す彼女は、やっぱり少し変わった子だった。
はるちゃんの色は、楽しそうに輝いていた。本人は、物静かでいても色は明るい鮮やかなものだった。
「夢」がある人ってこうなのかなと大輝は思った。
2年後の春、彼女は志望校に合格し、大輝は社会人になった。そこで、縁は一旦切れた。
マリとどうやって別れようかと大輝が考えていた時、オープンカフェではるとばったり再会した。彼女は、彼女が纏う色は全く変わっていなかった。向かいに座っているマリは、どんどん汚れていっているのに。。。マリとは、この不毛な付き合いは絶対やめる。はるちゃんと付き合いたいと、その時思った。
マリとの別れは突然やってきた。マリの方から別れを切り出してきた。大輝は「ラッキー」と心の中で小躍りした。
「男性とお付き合いするなんて初めて。先生が初彼ですよ。だって、男性より研究の方がエキサイティングですから。」とはるは、初めてのデートの時に言った。「先生はやめてくれる?」と大輝が言ったら「う〜ん。大ちゃんにします。」はるは「ツンデレ」というやつだった。大声を出したり泣いたりはしないけれど、甘えてきたりわざと気を引くような態度も取らなかった。僕たちのデートは、仕事と研究の進捗状況を報告しあったり、悩みを言い合うような、そんな付き合いだった。
「特別な相棒」。。。大輝は初めて「自分を絡め取ろうとする色の女」ではない相手に巡り合った。熱烈な恋ではなかったけれど、はる以上の伴侶は現れないだろうと思った。結婚を申し込む時はドキドキした。彼女も新進気鋭の学者。自分のキャリアも大事だろうと思ったから。はるは、いきなり涙をこぼして「ごめん。大ちゃんのこと、ずっと好きだったの。中学の時から。」と驚く告白をしてきた。大輝は驚いて、長い間の孤独感、心の穴が塞がっていく気がした。
再会して2年後、2人は結婚した。子供は欲しくないことも大輝ははるに言ってあった。はるは「私も子育て以外に夢があるって知ってるでしょ?」と答えた。
結婚して12年後、大輝は設計1課の課長になっていた。はるは30代の若さで助教になっていた。そして、初めて子供ができた。大輝は怖かった。自分も父のように子供を苦しめる親になるのではないかと。はるは、相変わらず「私と大ちゃん、どっちに似るのかしら。遺伝学的な人体実験。」と冗談を言いながら、その顔は優しく微笑んでいた。
驚いたことに妹のエリカも妊娠した。
2ヶ月前の不思議な体験が大輝の頭をよぎった。
学び。信頼と愛情を学べということか。年若い神主が言った言葉が蘇った。
その頃、高天原ではヒカルがカイに尋ねていた。
「カケルの家の赤子は、そろそろ生まれるのではないか?無事生まれたか?」
「兄上、今の下界で出産は、そんなに危険なものではありませぬ。」とカイは答えた。
「気になるのだ。なぜだろう。嫌な感じがする。。。」
「ならば、私が参ります。私は大輝、エリカと面識があります。赤子の出産まで見守りに下界降りいたします」とカイが申し出た。
早速、界は現代の若者ファッションを調べて、「髪は染めてることにして、このままでいいと。。。ピアス?タトゥー?これも入れて」とかなり、誤解をして身なりを整えた。そして「月の階段口」から下界に向かって出発した。
エリカが夫の修と夕食を取っていると修がオズオズと言い出した。「あのさぁ、ここ2、3日。真っ赤な長髪の若い男がうちの前をウロウロしてるんだけど。。。君の知り合い?ひょひょっとして彼氏?」
「あ?彼氏なんかいるわけないでしょ!。。。あ!知ってる人かもしれない!」エリカは「赤い髪」と聞いて中学生の時に会った父の友達「早川さん」かもしれないと思って、慌てて外に出た。
家から少し離れたところに、赤い長髪の若い男がいた。「神主!」とエリカは言うと近づいた。カイは振り返ると「元気そうですね」と言った。
エリカは、カイの顔を見ると「こんなところで何をしているの?」と尋ねた。
するとカイは「エリカとはるの子を見守りに来たのです。」と至って真面目な顔で言った。
「予定日は3ヶ月も先よ!ずっと野宿して遠くから見てるつもりだったの?」とエリカが言うと「野宿とかは、我らには問題ありません。」
「ちょっと、あんた。ウチに来なさい!」とエリカはカイの手を引っ張ると家に連れて帰った。
カイを見て修が驚いていると「この子、父の従姉妹の息子。奥多摩の神社の跡取り。プチ家出。うちでしばらく面倒を見るわ。」エリカの話を聞いて修は「わかったけど。。。何それ、タトゥー?今のガキはわかんない。」
エリカはカイを見ると思った。身体は大人なのに、表情とか仕草が子供っぽい。修の言う通りガキなのかも。
エリカはカイに「はる姉もでしょ。はるもここに来てもらう。あんたは、私たち2人、子供4人を守りに来たのよね。ピッタリくっついて見守りなさい」と命令した。
「はい。エリカがそう言うのであれば。おつとめが終わるまでそうします。」
「名前は。。。えっと。。」
カイはきちんと正座をして「早川 界と申します。お世話になります。」と挨拶した。
左後ろから、青島エリカ、右は田中はる。中央は守り神を請け負った界(カイ)