1月8日、逃亡先のレバノンで記者会見に臨むカルロス・ゴーン被告(写真:ロイター/アフロ)

(尾藤 克之:コラムニスト、明治大学サービス創新研究所研究員)

 1月8日22時(日本時間)、保釈中に海外渡航を禁じられていた日産自動車の前会長カルロス・ゴーン氏が、レバノンへ逃亡してから初めての会見を行いました。日本では記者会見ですが、現地では「メディア懇談会」と称されていました。これはゴーン氏が選んだメディアのみが参加することができる場という意味です。日本メディアではテレ東(WBS)のみの参加が許されました。

 会見に臨んだゴーン氏からは、やる気満々でバイタリティに満ち溢れている印象を受けました。今日という日を400日も待ち望んでいたこと、正義のための会見であることを強く主張しました。自分は倒産しかけた日産を救い三菱も救った。それなのに、無実の罪で陥れて無期限で独房に入れられ、さらに保釈も却下され人権と尊厳を奪われたとしています。

 尋問の内容も明らかにされました。1日8時間以上の尋問があり、「告白すればすぐに終わる」と何回も言われたこと。告白しなければ、追及し続けると脅迫されたこと。さらに、有罪率99.4%の司法制度の問題について言及します。日本を出国したのは、自らの名誉を回復し、真実を明らかにするための行動だったことを強く主張したのが印象に残りました。

 今回、事件を理解するために抑えておきたいポイントをニューヨーク州弁護士のリッキー徳永(徳永怜一)さんに解説してもらいました。

 

日本と刑事司法の特徴

——ゴーン氏は、日本の司法制度は「有罪が前提で、差別がまん延し、基本的人権が無視されている」と批判しました。これは、国際法や条約が「無視されている」という主張です。米国と日本における刑事司法の違いと、海外から見た日本の人質司法の異常性とはなんでしょうか?

リッキー徳永氏(以下、徳永) ゴーン氏の密出国は違法行為であり許されないものです。その一方、人質司法批判に対して適切に日本の裁判所、検察は改めてその司法制度と運用を見直す必要はあるでしょう。また、それを国際的に発信するときが来たのでこのチャンスを逃してはいけないという意思の表れではないでしょうか。ゴーン氏は、2018年11月19日、東京地検特捜部に逮捕され、勾留・再逮捕が繰り返されたあと、108日間身柄拘束された後にようやく保釈されました。

 多くの国では起訴されたら、被告は保釈されます。しかしゴーン氏は勾留され続けました。起訴後の勾留は、被告が容疑を否認している場合、証拠隠滅と逃亡の恐れがあるというのが大きな理由です。しかし否認することにより長期間勾留される現状は以前から国内でも問題になっていました。日本は、米国やその他先進国と異なり、取り調べに弁護士の立ち会いが認められていません。これは異例と言えるでしょう。

——つまり、結果として、閉ざされた空間で取り調べが進められてしまったと。ゴーン氏からすると適切な取調べが行われなかったという主張ですね?

徳永 罪を認めない場合は勾留を続け、長時間の取り調べを弁護人の立ち会いなく行い、家族との面会も認めず、精神的・肉体的に追い込んで被疑者に自白させるあり方は「人質司法」といわれてきました。これは日本のおもな冤罪原因のひとつとも言われています。批判の中心は、長時間にわたる勾留と弁護人依頼権およびその立会権を奪う形での取調べです。

米国の「ミランダ警告」とは

——米国には、警察が逮捕する時点で容疑者の諸権利を伝える「ミランダ警告」があります。どのような権利でしょうか。

徳永 ミランダ警告により、保障される諸権利のうちでも、弁護人依頼権と取調べ立会権はその中核を構成しています。日本には存在しないのが、弁護人の取調べ立会権の保障です。しかし、米国ではその権利はミランダ警告の基礎にある中核的な権利です。

 米国では、刑事訴訟のほぼ90%は、公判を開かずに司法取引で処理されます。司法取引は、事実上、公判前に被告人の運命を決定するものとなっています。なぜなら、捜査に協力することにより、量刑を軽くすることができるからです。

 欧米では一般的になっている司法取引ですが、日本では2018年6月に導入されました。米国と日本における司法取引の大きな違いは、日本では他人の刑事事件に協力することにより自らの量刑を軽くしてもらう『捜査・公判協力』型の司法取引です。

 欧米では、自らの犯罪を認める代わりに自らの犯罪の量刑を軽くしてもらう「自己負罪」型の司法取引が多く行われています。ゴーン氏の場合は捜査・公判協力型の司法取引が行われ、日産の幹部2人が、ゴーン氏の捜査に協力したため、不起訴となりました。その後ゴーン氏は金融商品取引法違反で逮捕・起訴されました。

ミランダ警告:米国でFBIや警察などの法執行機関が、身柄を拘束した被疑者を取り調べる前に、被疑者に対して行う4項目の警告。黙秘権があること、供述は不利な証拠として採用される可能性があること、弁護士の立会を求める権利があること、経済的余裕がなければ公選弁護人を付けてもらう権利があることを告知する。

——米国司法取引、日本版司法取引の是非(長所と短所)について解説してください。

徳永 米国司法取引は自己の刑を軽くしてもらうために使われることが大半で、被告にとって有利なことは、最悪の有罪判決を避けることができることです。また、刑事裁判が開かれなくなるため、事件を世間に知られずにすみます。当局からすると、捜査・裁判を効率化させることもできます。なぜなら、米国は慢性的に多くの刑事裁判を抱えており、司法取引は検察と裁判所の時間、労力、コストを削減することができるからです。

 短所としては、冤罪を生みやすいということでしょう。無実の人に対しても、自白を不当な圧力で要求する懸念があります。司法取引は、裁判のような開かれた法廷で行われないため、透明性が問題になることもあります。

 日本版司法取引は米国ほど多くなく、対象事件は組織犯罪・経済犯罪に限られます。被害者感情を考慮し、国民の理解を得られやすくするため、殺人や性犯罪は対象外です。組織的犯罪の解明が主な目的となっています。

 

 しかし短所もあります。自分の刑に恩恵を受ける代わりに他人の罪について証言することになるため、嘘の供述をする可能性があります。結果として冤罪を生むことも否定できないでしょう。

 対策として、偽証の場合は懲役5年以下の罰則が設けられ、取引は書面によるものとしています。捜査する側としては他人の犯罪を告白する容疑者・被告の真意を見極める必要があります。

 保釈中の被告や性犯罪者にGPS機器を身体に取り付け、行動を監視する手法は欧米では一般的に行われていますが、日本にはありません。法務省は、保釈制度見直しの一環として、このGPS装置義務付けを検討しているようです。

 映画『ブライアン・バンクス』では、主人公の男性が足首にこの装置をつける生活が描写されています。当局は被告を24時間監視できるため必ずしも勾留しなくても良くなる反面、冤罪被害者や無罪が推定されているはずの被告に装置の義務付けをすることは人権問題になることも。導入にあたってはしっかりとした制度と運用の確立が必要になることは確かでしょう。

 いずれにせよ、保釈中の外国人被告が裁判所の許可を得ずに海外逃亡したというのは異例の事態と言えます。世界的にも衝撃を与えたゴーン氏の海外逃亡。日本の司法制度のあり方や外交問題も含めて、今後の動向に注視する必要があります。

協力:ニューヨーク州弁護士のリッキー徳永(徳永怜一)