ボクシングの試合後、控え室の直也には、あっという間の試合でした。試合の内容など覚えてはいません。ただチャンピオンになったことだけでした。直也の試合を見ていた由子と大地の心に感動を与え、それ以外にも何かを与えていたようです。保育園から一緒であった直也の「悲しみ・苦しみ・怒り・憎しみ」の動きがわかる由子にとって学校や仲間たちと一緒にいても感情を抑えていた直也は、この試合では冷静に何も感情が感じられず、ただ戦い勝ち抜くだけ。普段の直也とは思えないチャンピオンになる為にただ戦うだけ。由子には、この試合が素直なそのままの自分の姿をみせていると思えたのです。大地は控え室の直也に会うことなく外へ出ると無心で戦う直也の姿を思い出していました。野心や欲もなく自分と違う世界にいる直也がうらやましく誇らしく思えたのです。素直に自分がすべきことをする直也は、この試合の中、楽に戦えていたようです。直也のサポーターは殆どいませんでした。コーチや監督、ボクシングを習う4人、由子、そして大地だけです。直也の戦い方はプロ並みで自然と身体が動き、わざと自分から相手の繰り出すパンチに当りに行きながらパンチの当り方は最小限に抑えていたとコーチは言っていました。プロになるかどうかは直也は考えていません。コーチからプロテストの話もありましたが直也はこの試合だけでボクシングジムを辞めることになります。ボクシングジムの会長は直也の心の更生を優先し好きな生き方をするよう直也に話をしていました。心の更生は一時的でしたが普段の生活に戻った直也でした。直也は数週間ボクシングの試合のまで仲間たちと一緒に遊ぶことはなかったのです。
「直也ー、いつも、どこいってたんだよ」
直也は別に話すこともないと思い仲間の顔を見ただけで苦笑いしていた時クラス委員長の小幡由子が会話の中に入ってきました。
「あんたたちね、直也はミドル級ボクシングのチャンピオンになってるんだからね」と由子は直也に言います。
「こら由子!あっち行ってろ!」
「えっ?今、なんていったの直也?」
「あっちに行けって」
「その前よ!照れちゃってんのね、ウフッ」
「うるっせいなぁー、シーッシーシー」
「あれっ、ゆ・う・こ だってー」
うるさい由子は、顔を赤くしながらその場を去っていきました。
「マジかよ、直也!ボクシングのチャンピオン?んって?」
直也は言葉少なく仲間たちは不思議な顔をしています。
「今日は、一緒に、みんなで帰ろうぜ」
直也のこの一言で仲間たちはこの時チャンピオンの話がどういうことか分からずも普段の直也であることで安心したようでした。学校帰りの公園で集まっていたところ直也の顔を見て仲間の1人が聞いてきます。
「直也ー、その顔ってさ、ボクシングの時の?」
直也は素直にボクシングジムに通い試合をしてチャンピオンになったことを仲間たちに話をしました。仲間たちは、また離れてしまいそうで続けるのかと聞いてきます。
「もう、辞めたよ。自分が良くわかったような気がするから」
仲間たちは一斉に胸を撫で下ろします。何かが変わったような強くなったような直也の姿は仲間たちは気づいていました。授業中、大地に見せられ渡された久美子のドリームキャッチャーをポケットから取り出し、もともと直也のカバンに付けてあるものと一緒にカバンに縛り付けます。直也は、いつもなら授業中に和志にちょっかいを出していたのが、この日はありませんでした。休憩時間に和志が直也のもとへよっていきます。あの時、公園で仲間たちが集まり宇治木大地のバイクの後ろに乗りどこかへと消えていってしまった直也。宇治木大地とのことが気になっていたらしく和志は直也に聞きにきます。
「直也、大地と付き合ってるのか?」
「いいや、なぁ和志よ、喧嘩以外に守る方法ってあるのかなー」と直也は窓の外をみつめながら和志に聞きます。
「俺には、わからねぇけど、仲間が多くいればいいんじゃねぇか」
宇治木は暴走族に入ったし世界が違うよなと思いながら和志は直也と宇治木との間で何かがあったんだと思っていたのです。
「宇治木となんかあったんか」
和志は直也に聞くが、直也はだだ外を眺めていただけでした。直也が変わっていくのを感じていた和志は、まぁいいかと思い和志は次の授業を受けます。昼休みに色々と情報を持つ仲間が一人が直也のもとへやってきました。3年のクラスが荒れてるらしいという話を聞いてきたようです。
「三年のことは、オレらに関係ねぇだろ、気にするな」
直也は面倒だなぁと思いながら情報を話す仲間に言いますが直也たちは、その面倒に関わってしまうのです。直也たちが通う中学校は一中と略され五中までの中学校がありました。四中で問題を起こし、一中へまわされたらしく、その転校生の名前は中学3年生「香川龍一(かがわりゅういち)」と言います。もとの四中の3年生から狙われているらしいと直也は聞いていました。昼休みだし、ちょっと見てこようかと、仲間と一緒に3階へ行くが静かなものです。
「考えられるのは、トイレか、屋上か?」と仲間の一人が言います。
その頃、和志は他の仲間たちと2階にいました。直也たちは屋上へ上がっていきます。その姿を見た先輩たちは2階に降りていきます。屋上で繰り広げられたのは一対十の喧嘩でした。
「転校生のアイツ、つえぇよ、直也よ」
直也にしてみれば、ただの喧嘩だろという思いだけでした。面倒くせえなと思いながら大勢の先輩たちを直也は止めにはいります。
「いいかげんにしろやー」
この直也の叫びが喧嘩を止めることになったのです。直也についていた仲間たちは、ちょっとびびりながら直也についていきます。
「てめぇらのつらみたくねぇんだけどよ、つまんねぇ喧嘩してんじゃねぇよ」
一緒についていた仲間たちは平然とした直也の姿に驚いていています。仲間たちの中には「やばいよ」という気持ちを持っているものもいたでしょう。それでも直也は堂々とした態度で接したのです。
「なぁ、先輩、卑怯なまねすんじゃねぇよ、やるならタイマンはれや」
その言葉だけで先輩たちは黙ったまま屋上を降りていきます。先輩たちは宇治木大地と直也の関係を知っていたのです。残ってたのは四中から来た香川龍一だけでした。
「あんたも、オレらの先輩だろ転校したからって何が変わるんだよ、狙われんのあたりめぇだろ頭使えや」
「おまえ誰だ、二年か」
「たかが一つ違いだろうが、二年も三年もねぇよ、なぁ」
ボクシングのチャンピオンになってから堂々とした直也の態度に香川龍一は言います。
「おめぇに何がわかるか、下っ端のクセによ、それにお前その顔、喧嘩してんのか」
「喧嘩かー、あんたの気持ちはわからねぇでもねぇよ、でもよ三年だろ、もうじき卒業だろ、いい卒業式になるようにな」
直也は龍一に答えます。
龍一は直也の言った「いい卒業式」に言葉につまりながら言います。
「面倒くせいな、てめぇはよ、先輩に向かって言うことか?」
龍一の思いの中では喧嘩なんかしたくないという気持ちを直也は感じていたのです。
「本当は喧嘩したくねぇんだろ!」
仲間たちは言葉だけで喧嘩を抑えた直也を見直したというか尊敬の念を持つようになります。
「直也、おまえ、何者?やっぱ何か変わったよなー」
直也は仲間たちと一緒に屋上のフェンスに寄りかかり言葉もなく、ただボーっとしています。
そんな時に直也たちを呼びに来る仲間の一人がいました。
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