縄文人の反乱 日本を大事に

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●随神(かんながら)

2013年06月01日 16時34分54秒 | 色んな情報
●随神(かんながら)
★かむながら 【〈随神〉】
(副)
〔「な」は格助詞「の」に同じ、「から」は本性・性格を意味する語〕
(1)神でいらっしゃるままに。神として。かんながら。
「やすみしし我が大君―神さびせすと/万葉 38」
(2)〔神の御心のまま人為を加えないことから〕神慮のまま。かんながら。
「葦原の瑞穂の国は―言挙げせぬ国/万葉 3253」
   ・・・・・・・・・・
・かんながら 【〈随神〉/〈惟神〉】
(副)
⇒かむながら(随神)
★随神
読み方:カムナガラ
神でおありになるまま  
★かむながら 【随神・惟神】 世界宗教用語大事典
カンナガラとも。日本で、〈神として〉〈神の御心のまま〉の意。ナは格助詞のノに同じ、カラは本性のこと。→ 神習

★随身(ずいじん、ずいしん)http://p.tl/cJvq
平安時代以降、貴族の外出時に警護のために随従した近衛府の官人のことである。
また、日本の神道において、神を守る者として安置される随身姿の像のことも「随身」といい、この場合は随神とも書かれる。
門守神(かどもりのかみ)、看督長(かどのおさ)、矢大神・左大神とも言う。
なお、神社の門のうち、門の左右に随身(随神)を安置した門のことを「随身門」と呼ぶことがある。

★矢大臣(やだいじん)http://p.tl/T1Rv
神社の随身門の左右に安置されている、随身の装束をした2神像のうち、向かって左方の弓矢をもっている神像。
神社の門守(かどもり)の神である。 闕腋袍を着て、巻纓の冠をかむり、緌をし、剣を佩き、弓箭を帯する。 箭を負うことから矢大臣といい、随身門を矢大臣門ということがある。 しかし大臣ではなく、看督長(かどのおさ)である随身である。
天石門別神をいうとも、天孫降臨のとき天忍日命および天久米命が、天石靭をとり、頭椎の太刀を佩き、天波十弓をとりもち、天真児矢をたばさみ、先に立ったさまをうつしたともいう。

★袍(ほう)(闕腋袍から転送)http://p.tl/vviS
日本や中国などで用いられる上衣である。日本においては、朝服の上衣のひとつ。
闕腋袍(けってきのほう)と縫腋袍(ほうえきのほう)がある。

★朝服(ちょうふく)http://p.tl/yBaQ
飛鳥時代から平安時代にかけて、官人が朝廷に出仕するときに着用した衣服である。
上衣である袍には脇の縫われた文官用の縫腋袍と、袖付けから下が縫い合わさせておらず、脇が開いている武官用の闕腋袍とがあった。
唐の服飾に影響されて制定されたが、制定されてからしばらくの間は、唐風の見栄えであったと想像されている。後に国風文化の影響を受けて束帯や衣冠・直衣などに変化していった。 なお唐においては日本の朝服に相当するものを「常服」と呼んだ。唐の「朝服」は裳をともなう日本の「礼服」に相当する衣服である。

★国風文化(こくふうぶんか)http://p.tl/LHbW
日本の歴史的文化の一つである。10世紀の初め頃から11世紀の摂関政治期を中心とする文化であり、12世紀の院政期文化にも広く影響を与えた。


★天石門別神(あまのいわとわけのかみ)http://p.tl/tqgW 日本神話に登場する神である。
『古事記』の天孫降臨の段に登場する。邇邇芸命が天降る際、三種の神器に常世思金神・天力男神・天石門別神を添えたと記され、同段で天石戸別神は又の名を櫛石窓神(くしいわまどのかみ)、豊石窓神(とよいわまどのかみ)といい、御門の神であると記されている。天孫降臨の段に登場する神の多くはその前の岩戸隠れの段にも登場しているが、この神は岩戸隠れの段には見えない。
天石門別神は古来より天皇の宮殿の四方の門に祀られていた神である。天太玉神の子ともいう。
天石門別神(櫛石窓神・豊石窓神)を祀る神社に天岩門別神社(岡山県美作市)、櫛石窓神社(兵庫県篠山市)、大祭天石門彦神社(島根県浜田市)、天石立神社(奈良県奈良市)などがある。


★天孫降臨(てんそんこうりん)http://p.tl/Im6W
天照大神の孫である瓊瓊杵尊(邇邇藝命・ににぎ)が、葦原中国平定を受けて、葦原中国の統治のために降臨したという日本神話の説話である。


★葦原中国平定(あしはらのなかつくにへいてい)http://p.tl/1VFs
日本神話において、天津神が国津神から葦原中国の国譲りを受ける説話。国譲り(くにゆずり)ともいう。

イタリア・スイスにまで、賠償金を払った日本    転載

2013年06月01日 16時34分54秒 | 色んな情報
イタリア・スイスにまで、賠償金を払った日本    転載



http://p.tl/z20o




沖縄への莫大な税金投入や優遇措置と同じように、教科書やメディアが伝えない事が他にもあります。それは、日本がいかに犠牲を払い、戦後の処理を行ったかということです。これらの事実こそ、教科書で詳しく教え、メディアは事あるごとに伝えるべきだと思います。

【日本は戦後処理を、誠実に行った】
中国や朝鮮半島は無論、アメリカやヨーロッパでも、未だに日本の戦争責任を言う人々がいます。そして日本人の中にも、外国に対しての戦後処理が不十分だったのではないかと、後ろめたさを持っている人も多いようです。しかし、日本の対処は本当に不十分だったのでしょうか?

実は、日本は可能な限りの犠牲を払って、戦後処理を行っています。それも日本が考えた内容ではなく、相手国が決めた理不尽なものでも受け入れ、それを実行してきました。

最初に確認したいことは、どんな戦争でも、永遠に償うということはあり得ません。少なくとも国と国の関係では、何らかの条約を結ぶことでそれは解消され、国交締結へと続きます。(特に条約で戦後処理が未解決であると明示しない限り)

日本はそれを忠実に果たしてきました。各国との条約で賠償内容を決め、それを支払ってきました。交渉といっても、敗戦後のことで、日本にはまったく力がありませんから、彼らの要求するままという事も多かったようです。悪い表現を使えば、逆らう力の無い日本は、彼らの言うまま毟り取られたと言えるかもしれません。

その賠償の一覧が※備考1です(コメント欄)。ぜひ目を通して下さい。びっくりされる方も多いはずです。永世中立国であるはずのスイスや、同盟国だったはずのイタリアまで賠償を要求し、受け取っています。その他にも、ギリシャ・アルゼンティン他など、首を傾げたくなるような国があります。日本はいつ、ギリシャやスイスと戦争したのでしょう?

これ以外にも、総額3794億9900万円(1945年当時)の日本の政府・民間の在外資産はすべて没収されています。特に朝鮮半島・満州の資産は莫大な金額になります。ちなみに1952年の小学校教員初任給が5,850円だそうです。それから推測すれば、25倍から30倍くらいで現在の価値でしょうか。10数兆円の資産を没収されたことになります。

これら在外資産の没収は、少なくとも民間資産に関しては国際法違反です。
・私的資産の没収は国際法で厳禁(陸戦法規46条)
・中立国にある公的・私的資産はいずれも没収厳禁

敗戦で逆らえ無い日本から、好き放題に毟り取ったとしか思えません。

その後の占領時代も、進駐軍(占領軍)の経費負担をさせられました。ゴルフ場や邸宅建設、贅沢品等の経費も含んでいて日本の国家予算の3分の1を占めていました。また、アメリカの善意と思われている食料援助などの支援は、すべて利子つきで返還を要求され、戦後処理支出の最高額となっています。

※また現中国にはODAという形で、2003年度末までで、円借款:約3兆472億円、無償資金協力:約1416億円、技術協力:約1446億円を行っている。

【お金だけではない、命や人生も】
お金だけでなく、戦後処理の中で、多くの人たちが命や人生を失いました。戦犯容疑による逮捕者は1万名をはるかに超え、1,000名以上が軍事裁判の結果、死刑に処されています。手続きを踏まない処刑に至っては、まったく分かっていません。

その他にも、1948年5月までに20万人以上が職を追放されています。これは、閣僚や公務員だけでなく、民間企業にも及び、映画監督や作家なども追放されています。

これでもまだ、足りないというのでしょうか?


【すべて解決した問題だ】
日本は多くの犠牲を払って戦後処理を行い、国際社会へ復帰して各国と国交を結んだのです。つまりそれらの国々との戦後問題は終わっているのです。処罰を受け賠償も言うままに払い、相手もそれで納得して国交を結んだわけです。

これらの国が、なぜ今さら日本を批難するのでしょう。不満があれば、賠償交渉や国交交渉で、それを言うべきだったのではないでしょうか。要は日本が、想像外に発展し、豊かになったからでしょう。戦争を理由に日本からお金を引き出したい、そして精神的にも服従させたいという意図ではないかと思います。

しかし、すべて終わった後でまたクレームをつける相手に、なぜ正対して対応する必要があるのでしょう。日本政府は、これらの国々からもし戦争問題での言及があれば、過去の条約を取り出して、すべて解決済みと突っぱねるべきです。

安保理のメンバーを見ても分かるように、戦勝国による枠組みは依然として有効な状況です。この中で、批難に対する正論で対応するのは危険です。日本が悪で戦勝国は善という形を、彼らは放棄しないからです。ですから、誰の目にも明らかな過去の条約等を根拠にして、解決済みとするしかないのです。日本政府が、事の理非で争ってはいけないのです。

ただし、民間は別です。メディアやジャーナリスト、言論界や個人は、日本批難に対してどんどん、その矛盾と虚偽を訴えるべきだと思います。現在ではネットや動画による効果的なアピール手段があります。機密費でこれらを使った逆プロパガンダ工作を行うべきだと思います。

最後に、我々日本人は、莫大な資産と金銭、そして人命をかけて戦後処理を行いました。これは、今までのどの敗戦国よりも誠実に行っています。戦争の理非とは別に、少なくとも、この事実を教育や報道の場で伝えて欲しいと思います。



コメント

2008/03/03 13:12


Commented by やせ我慢A さん
※備考1

ビルマとの賠償・経済協力協定賠償20,000万ドル(720億円)。
借款5,000万ドル(180億円)。

スイスとの請求権解決に関する取極(1955年1月21日/1955年3月26日)。
無償供与1225万フラン。在スイス資産242万フラン強。

タイとの特別円協定(1955年7月9日/1955年8月5日)。
清算金54億円。無償供与96億円[4]。

オランダとの私的請求権解決に関する議定書(1956年3月13日/1956年6月1日)。損害賠償請求権1000万ドル(36億円)。

フィリピンとの賠償協定(1956年5月9日/1956年7月23日)。
賠償55,000ドル(1980億円)。 同5千万ドル分に関する交換公文。

フィリピンとの経済開発借款取極。
借款25,000万ドル(900億円)。

スペインとの請求権解決に関する取極(1957年1月8日/即日発効)。
無償供与550万ドル。

フランスとの特別円議定書(1957年3月27日/即日発効)。
無償供与15億円&479,651ドル。

スウェーデンとの請求権解決に関する取極(1957年9月20日/1958年5月2日)。無償供与725万クラウン。

インドネシアとの賠償協定。
賠償23,308万ドル(803億880万円)。

続く



2008/03/03 13:12



Commented by やせ我慢A さん
※備考1続き

インドネシアとの旧清算勘定等残高処理に関する議定書。
無償供与17,691万ドル(636億8760万円)。

インドネシアとの経済開発借款取極。
借款40,000万ドル(1440億円)。

カンボディアとの経済・技術協力協定(1959年3月2日/1959年7月6日)。
賠償15億円。

ヴェトナムとの賠償協定(1959年5月13日/1960年1月12日)。
賠償3,900万ドル(140億4000万円)。

ヴェトナムとの借款協定。
借款750万ドル(27億円)。

ヴェトナムとの経済開発借款取極。
借款910万ドル(32億円7600万円)[15]。

デンマークとの請求権解決に関する取極(1959年5月25日/即日発効)。
無償供与117万5000ドル。

英国との請求権解決に関する取極/交換公文(1960年10月7日/即日発効)。
無償供与50万ポンド。

続く



2008/03/03 13:13



Commented by やせ我慢A さん
※備考1続き
カナダとの請求権解決に関する取極(1961年9月5日/即日発効)。無償供与17,500ドル。

ビルマとの経済・技術協力協定(1963年3月29日/1953年10月25日)。
無償供与14,000万ドル(504億円)。

ビルマとの経済開発借款取極 。
借款3,000万ドル(108億円)。

インドとの請求権解決に関する取極(1963年12月14日/即日発効)。
無償供与900万円。

財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(1965年6月22日/1965年12月18日)。
無償供与3億ドル(1080億円)。借款2億ドル(720億円)。

韓国との民間信用供与に関する交換公文。
民間借款3億ドル超。

ギリシャとの請求権解決に関する取極(1966年9月20日/即日発効)。
無償供与161,763ドル。

オーストリアとの請求権解決に関する取極(1966年11月29日/即日発効)。
無償供与16,700ドル。

マレイシアとの1967年9月21日の協定(1967年9月21日/1958年5月7)。
無償供与2500万マレイシア・ドル(29億4000万3000円)。

シンガポールとの1967年9月21日の協定(1967年9月21日/1968年5月7日)。
無償供与2500万シンガポール・ドル(29億4000万3000円)。

米国とのミクロネシア協定(1969年4月18日/1969年7月7日)。
無償供与500万ドル(18億円)。

イタリア(1972年7月18/即日発効)。
無償供与120万ドル。

北ヴェトナムと1975年10月11日/即日発効)。
無償供与85億円。

ヴェトナム1976年9月14日/即日発効)。
無償供与50億円。

モンゴル(1977年3月17日/1977年8月25日)。
贈与50億円。

アルゼンティン(1977年6月10日/即日発効)。
無償供与27万ドル。



2008/03/04 23:32



Commented by huhuhu さん
初めまして。

この戦後補償の数々、恥ずかしながら一部しか知りませんでした・・。
驚愕の一言です。
なぜ政府は、こういうことを国民に広く知らせないのでしょうか?
敗戦でヘトヘトになりながらもここまでやっていたということは、誇りを持っていいことなのに。(仰るように、なぜここに?という国も多いですが)
ここまでのことをやってきたのだということを知るだけでも、自虐史観に汚染される人が減るだろうに・・・。
やるべきことを間違ってますね、悲しいことに。



2008/03/04 23:52



Commented by やせ我慢A さん
To huhuhuさん
コメントありがとうございます。

実はこれだけではないんです。たとえば著作権法では、戦時加算といって、日本では海外著作物の権利は10年間追加されています。つまり、戦争中は著作権を守ってなかっただろうというわけです。でも10年も戦争しましたっけ?それに、その理屈なら戦勝国だって同じことのはずですが?

他にも探せばいくらでもあるでしょう。敗戦国という立場は、まだ終わってないのです。国連の敵国条項も未だに削除されません。

日本人が血を流し、搾り出した戦後処理を、より多くの人が常識として氏って欲しいと思います。そうすれば、日本人であることに誇りを持てるでしょう。だって、こんなに真面目に戦後処理した国って、おそらく無いはずです。第一次大戦後のドイツは、あまりに酷い賠償に、結局次の戦争を選びました。



2008/03/05 00:13



Commented by huhuhu さん
更なるアドバイス、ありがとうございます。
ホントにクラクラしそうです・・・・。

私なりにもっと調べてみたいと思いました。
これからも素晴らしいエントリー期待してます!



2008/03/08 15:03



Commented by 半助 さん
やせ我慢様、初めまして。
大東亜戦争の戦勝国が日本の国体を否定し、破壊したということは漠然と知っていたのですが、ここまでひどいとは思っていませんでした。そして今でも日本は戦勝国に頭を押さえつけられているのですね。
最近は中国ばかり気にしていたのですが、やはり日本にとって一番の敵は白人国家である、と改めて認識できました。ありがとうございます。



2008/03/08 22:07





Commented by やせ我慢A さん
To 半助さん
コメントありがとうございます。

白人国家は、敵かもしれませんが、殲滅することはできません。ならばどうやって、日本の存在を認めさせるか、対等な関係を作るかだと思います。
我々は、戦前に学ぶべきだと考えます。人種差別の世界で、どうやって日本は発言権を得て、白人並みの扱いを受けたか。




共感しました!子育て中の親御さんはぜひ確認してください。幸せのカタチ

2013年06月01日 16時34分54秒 | 色んな情報
共感しました!子育て中の親御さんはぜひ確認してください。幸せのカタチ

誉めてあげれば、子供は明るい子に育つ。

愛してあげれば、子供は人を愛することを学ぶ。

認めてあげれば、子供は自分が好きになる。
...
見つめてあげれば、子供は頑張り屋になる。

分かち合うことを教えれば、子供は思いやりを学ぶ。

親が正直であれば、子供は正義感のある子に育つ。

優しく、思いやりをもって育てれば、子供は優しい子に育つ。

守ってあげれば、子供は強い子に育つ。

和気あいあいとした家庭で育てば、子供はこの世の中はいいところだと思えるようになる。




以下英訳
If children live with criticism, they learn to condemn.
If children live with hostility, they learn to fight.
If children live with fear, they learn to be apprehensive.
If children live with pity, they learn to feel sorry for themselves.
If children live with ridicule, they learn to feel shy.
If children live with jealousy, they learn to feel envy.
If children live with shame, they learn to feel guilty.
If children live with encouragement, they learn confidence.
If children live with tolerance, they learn patience.
If children live with praise, they learn appreciation.
If children live with acceptance, they learn to love.
If children live with approval, they learn to like themselves.
If children live with recognition, they learn it is good to have a goal.
If children live with sharing, they learn generosity.
If children live with honesty, they learn truthfulness.
If children live with fairness, they learn justice.
If children live with kindness and consideration, they learn respect.
If children live with security, they learn to have faith in themselves and in those about them.
If children live with friendliness, they learn the world is a nice place in which to live.




引用元
子どもが育つ魔法の言葉 / ドロシー・ロー・ノルト

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以前、皇太子殿下が発言されて有名になった言葉です。

実践するのはなかなか難しいとは思います。
親も人間ですから、
子育てを通して背長していくものだと思います

ただ、指針となる、
心にとどめておきたい言葉なのかなと感じました。


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日本が戦後世界に支払った賠償額

2013年06月01日 15時30分36秒 | 色んな情報
日本が戦後世界に支払った賠償額
★日本の戦争賠償と戦後補償 - Wikipedia  http://p.tl/-AoG
大蔵省によると、1950年5月までに計1億6515万8839円(昭和14年価格)に相当する43,919台の工場機械などが梱包撤去された。受け取り国の内訳は中国54.1%、オランダ(東インド)11.5%、フィリピン19%、イギリス(ビルマ、マライ)15.4%である
★在外資産による賠償  http://p.tl/jgGW
合計 3794億9900万円
同調査には合計236億8100万ドル、1ドル=15円で3552億1500円という数字もある
★連合国捕虜に対する補償  http://p.tl/acRw
日本は1955年の取り極めにおいて450万ポンド(45億円)を赤十字国際委員会に支払った。
フィリピン、ベトナム、ビルマ、インドネシアの4カ国。合計 3643億4880万 10億1208万
大韓民国に提供された1080億円の経済援助金である。
東南アジア 6カ国に 605億8000万6000
★オランダ補償問題  http://p.tl/TwTm
オランダに国家補償・元捕虜や民間人への見舞金の支払い・36億円/昭和31年(1956年・日蘭議定書)
サンフランシスコ平和条約と日蘭議定書では賠償問題が法的には国家間において解決されているにもかかわらず、1991年に来日したベアトリクス女王の1991年は、宮中晩餐会で「日本のオランダ人捕虜問題は、お国ではあまり知られていない歴史の一章です」として賠償を要求した。それに対して日本国政府は、アジア女性基金により総額2億5500万円の医療福祉支援を個人に対して実施した。
個人補償・2億5500万円/平成13年(2001年・償い事業1)
★生産物・役務による賠償、ヒモつき援助、ODA などがあるので 総額はこの頭では何処まで入れて良いか判らない。各々で判断して下さい。
★日本の戦後補償条約一覧  http://p.tl/BA8P  54件は有る

★日本の戦争謝罪発言一覧  http://p.tl/JV7p  おおまか34件以上
★生産物・役務による賠償、ヒモつき援助、ODA など
★おそらくは最低でも 100兆円ははるかに上回っているしマダマダ続きそう。
★大東亜戦争としての論争はマダマダ有るようです
A級戦犯
戦争犯罪
極東国際軍事裁判
歴史教科書問題
太平洋戦争
南京事件
南京大虐殺論争
慰安婦

★戦後補償の国際比較  http://p.tl/P9wu

スイスは理想的な平和な国「そんな馬鹿な」!!     京免 史朗

2013年06月01日 14時46分21秒 | 色んな情報
スイスは理想的な平和な国「そんな馬鹿な」!!     京免 史朗

 子供の頃、教師達から「日本もスイスの様に平和を愛する国にならないといけない」「スイスを見習え」と馬鹿な事を教えられた。知らないから教えたのか。意識して事実と反した事を教えたのか、どっちだろう?
 日本人のスイスのイメージは永世中立国でアルプスの少女、雄大な自然、牧歌的風景、...時計などであろうが、別の顔も知るべきであると思う。かつては傭兵派遣産業に力を入れ、国民皆兵で総予備役、各家庭には自動小銃が備えられ、アルプスの山々には高射砲が隠されている。つい最近まで自宅への核シェルターが義務づけられた。武器輸出は現在もこの国の主要産業。スイスの銀行は秘密主義が徹底され世界の悪徳裕福層や独裁者などが金を預ける。ナチスとの裏取引は有名な話。アフリカの子供達の過酷な労働の元で栽培されるカカオがチロリアンチョコレートとなる。そんなスイスを日本が見習う必要は無いと私は思う。
 日本が戦争に敗れた時、全く関係ない(いつ日本がスイスと戦争をしたのだろうか)スイスは戦後賠償金を請求し多額の金をぶんどるド汚さ。なぜ、この様な国家を平和のシンボルだと教えたのだろうか。今、もって不思議でたまらない。