とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

コロナウイルス研究者へのNIHグラント打ち切りに思う

2020-05-12 18:20:56 | 新型コロナウイルス(疫学他)
今回の新型コロナウイルスは中国の研究室からの流出だというトランプ大統領の非難や、いやアメリカがオリジンだというような中国の応酬があったりして、ついには中国のコロナウイルス研究の第一人者とともに15年にわたってコロナウイルス研究を行ってきたグループEcoHealth AllianceへのNIHグラントがいきなり打ち切られてしまうという事態に至った、という流れは本当にバカげたことです。
しかし政治が科学を利用するというのは昔からしばしば見られたことです。スターリン時代の旧ソ連において、科学者で農学者でもあったトロフィム・デニソヴィチ・ルイセンコは低温処理によって春まき小麦が秋まきに、秋まき小麦が春まきに変わり、その形質が次世代にも継承されるという実験結果(おそらく捏造)を根拠に、「獲得形質は遺伝する」という学説(いわゆるルイセンコ学説)を提唱しました。メンデル遺伝学に反するようなこの学説は、しかしながら小麦収穫増によって農業革命への道を開くものと考えられ、共産主義国家の指導者には都合のよい理論であったため、スターリンから強い支持を得、ルイセンコは強い政治力を持つようになります。当時のソ連の生物学会ではルイセンコ学説に反対する生物学者は処刑されたり強制収容所に送られたりするなどの粛清を受けました。現在ではルイセンコ学説は政治イデオロギーが科学と結びついた科学の黒歴史であり、結果としてソ連における科学の進歩を遅らせてしまったと考えられています。
今回わずか数カ月のうちににSARS-CoV-2の全ゲノム構造が明らかになり、PCRによる検査法が確立し、短期間に多くの臨床的知見が蓄積され、remdesivirのような治療薬が承認されたという事実は、以前のSARSの時と比べても桁違いのスピードであり、現代サイエンスの圧倒的なパワーを示しています。政治的な歪曲やごたごたによって、せっかくのサイエンスの進歩が台無しになるような事態だけは避けてほしいものです。 

COVID-19の味覚・嗅覚障害

2020-05-12 05:50:56 | 新型コロナウイルス(疫学他)
スマートフォンアプリ(Science. 2020 May 5. pii: eabc0473. doi: 10.1126/science.abc0473)に様々なCOVID-19関連症状を登録した2,618,862名(イギリス2,450,569人、アメリカ168,293人)のうち、イギリスでは15,638人、アメリカでは2,763人がSARS-CoV-2のRT-PCR検査を受けました。イギリスでは6,452人が陽性でしたが、そのうち、味覚・嗅覚の障害をうったえていたヒトはPCR陽性者で64.76%であり、陰性者の22.68%より有意に高いという結果でした(年齢、性、BMIを調整したodds ratio, OR = 6.40; 95% CI = 5.96–6.87; P < 0.0001)。またこの結果はアメリカのコホートでも再現されました(OR = 10.01; 95% CI = 8.23–12.16; P < 0.0001, inverse variance fixed-effects meta-analysisで調整したOR = 6.74; 95% CI = 6.31–7.21; P < 0.0001)。驚いたことにこのORは咳嗽や発熱などよりもずっと高いものでした。
著者らは様々な臨床症状からSARS-CoV-2陽性を算出する予測式を作成し、アメリカ、イギリスでRT-PCRを受けていない対象者805,753人について検討したところ、17.42% (14.45–20.39%)が感染の可能性あり、という結果でした。
COVID-19の初期症状として味覚・嗅覚障害があるということは臨床上知られていましたが、このアプリを用いた研究から、これらの臨床症状は診断に非常に有用であると考えられます。それにしてもPCRの陽性率が高いですね。