たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子50

2019-04-05 21:20:18 | 日記
さんざめく星の下大津は甘樫丘に立っていた。
即位して夏から秋に季節が変わろうとするのをただ見つめていた。
中でも大きく輝く星が今にも落ちようとするのを眺めていた。

「父上、どうぞまだ未熟な私に御力を。あなたがいてくださらないとまた無益な内戦が起こりそうです。」と大津はまぶたを閉じた。
「草壁、いや不比等が騒ぎを起こしてたくてうずうずしております。わかっておいででしょうが、あなたの力がないと私ひとりの力では抑えられないのです。高市皇子、川嶋、忍壁、長、弓削、舎人、新田部、穂積あなたの皇子を誰一人として私と草壁の確執に巻き込ませたくないのです。」悲痛な思いをして目を閉じた。願いを込めるように。

父、天武のそばにいたいが皇太后との最後の時間を邪魔はしたくなかった。
二人は天皇、皇后と一時代を築きあげた。皇后は女人として天皇を愛されている。寵を乞うほかの妃とは違う。戦友でもあるのだ。

大津は閉じていた目を開いた。まさしくその瞬間あの巨星が流れていった。大津の瞳からも一筋涙が流れた。「わたしが出来ることは、速やかに草壁に今の地位を譲ることなのですね。私一人が背負うだけでいい。ただ、あなたの第一の皇女、姉上に会うことはお許しください。」

しばらくすると、道作が悲痛な声で「大津さま、ただ今天武さまがご崩御なされたと皇居から報告がありました。どうぞ皇居へお出ましを。山辺皇女さまのお支度も整っております。どうぞご一緒に…」と伝えてきた。

輿に担がられ皇居、飛鳥浄御原宮に向かった。大津の悲痛な顔を見て山辺は大津の悲しみを知ったつもりでいた。しかし大津の悲しみは父を失っただけでなく今後のこの飛鳥浄御原宮の行方を含んだ悲壮であった。
「このもがりが終わる前にお前は近江に戻れぬか。」と大津は唐突に山辺に言った。
「何故でございます。」と山辺は驚いて聞いた。
大津は「我にも想像できぬ嵐が起こるやもしれぬ。そなたを巻き込みたくない。何もなければまたここ大和…この宮に帰ってきてほしい。」と大津は抑揚のない声で言った。