たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子54

2019-04-17 11:47:52 | 日記
大津は伊勢にいた。

天武天皇の薨御、奇跡を知ったことを大伯に伝えた。もう遠慮はなかった。薨御で斎宮の任は解かれ同母兄弟という呪縛もない。
「もう、私は我慢をしたくない。」と大津は大伯の腕をつかみ抱き合った。

大伯は戸惑いながらも大津を受け入れた。

大伯は「あなたはいつも秋に訪れてくれるの。厳しい冬に耐えられように。春、夏の季節にあなたがどんな顔をして過ごしているのか私は知らないのよ。またいなくなるのは耐えられないわ。」と大津の腕の中で聞いた。
「譲位する。もう天皇でなくなる。大伯のそばにいると決めた。大伯と過ごす時間以外もうなにも欲しくはない。」
「嬉しいわ…でもお義母さまはお困りになるのではないの。私はあなたを支えるようにとお義母さまから頼まれたのよ。」
「皇子の時も、皇太子、天皇となった私を大伯は姉として支えてくれた。幸いなことに私には子がいない。草壁が母上の希望を繋いで行ってくれる。」
「草壁皇子はそなたのような器なの。虚弱とも聞いていたわ。」
「私でも務まった。草壁には皇太后も不比等もいる。」
「不比等が…それではそなたは…」
「用済みだ。しかし用済みだからここに来たのではありませぬ。もう大伯のそばにいると決めたから。大伯もそれを望んでいてくれると…」と大津が言うと大伯は頷いた。
「大伯…どこに行きましょうか。この国にいては私の両親のように謀反を疑われるのは御免です。」
「以前そなたが教えてくれた唐より遠い国か。壮大ね。この伊勢より南には温暖な海が拡がる。まずはそこから考えるのも良いのかもしれないわね。」
「大伯の仰せのままに。」と大津が言うと大伯はクスッと笑った。

穏やかな時間が過ぎていった。大津は幸せだった。

そんな時川嶋皇子より早馬が届いた。
「皇太后がお倒れになられた。」大津は苦渋に満ちた表情で言った。

もう一つの早馬が東国に向かい走っていた。しかし途中行方不明になった。その情報を聞いた不比等は「よくやった。」と間者に言った。


我が背子 大津皇子53

2019-04-17 09:10:45 | 日記
山辺は異母兄である川嶋の邸を訪ねた。

「兄上…大津さまからお聞きになられましたか。」山辺皇女は不安を隠しきれず尋ねた。

「あぁ。何も気にせずそなたは大津の帰りを待っておれ。大津と斎宮さまは我らと違い同母妹弟。父上の薨御を伝えるのも大津が良いであろう。暫く我の邸でゆっくりするが良い。」

「大津さまはいずれ草壁皇子に譲位したいと申されておられました。」

「そなたがまだ子をなしていないとか…まだそなたらは若い。気に病む必要はないと思うが…大津から争いを見たくないと譲位したいとは聞いた。全く大津は何を考えているのやら。子がいるからと草壁に国政が任されぬのはわかっているであろうに。大津が伊勢に向かった日大津は自分が不在時は皇太后に任せるなど詔を出して…皇太后様におかれても御心痛いかばかりと。」
山辺は何も力になれぬ我が身が悔しく思うばかりであった。

不比等が皇太后の宮を訪ねていた。
通り一遍等の挨拶を不比等から受けると皇太后は
「そなたが参ったのはわかっておるわ。譲位したら草壁を補佐したいということであろう。のう不比等、草壁の相談に乗るのはかまわん。ただ大津を何かしら謀ろうとするのはやめておけ。それ相当の代価を払ってもらうぞ。父、天智天皇がそなたの父鎌足に助けてもらったのは百も承知で申しておる。しかし皇位継承者が国政を行なっていくという夫天武天皇の御意志を我が生きている間に潰すことは許されない。」
そう答えると不比等の顔を睨んだ。
「そのようなことは、決して。」さすが皇太后だと思いつつ、「酒を持って参りました。少し気を張り詰めすぎておいででございます。寝不足とも聞き及びました。どうぞお納めくださいますように。」と不比等は丁重に答えた。
「毒でも入っておるか。そこまでそちを疑うのは失礼じゃの。ありがたくもらおう。確かに寝不足で疑心暗鬼になっておるわ。」と献上された酒を皇太后は飲んだ。
「毒は入っておらぬの。」と不比等に笑って見せた。


川嶋の邸では「兄上…私だけに感じるような…子がいると薬師が…」と山辺は戸惑いを隠せぬ表情で川嶋に伝えた。
「まことか。」川嶋は驚き「それなら譲位は必要ない。」と大声で山辺に言った。
「しかし…もしそうだとしても皇女かもしれませぬ。」「その時は仲立ちの天皇でもかまわぬではないか。皇子も出来るやもしれぬ。大津に伝達を。」と言い仕かえの者を呼んだ。