たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子55

2019-04-18 06:30:39 | 日記
行方不明になったその早馬は川嶋が東国の豪族達に、不比等が大津の留守の間に皇太后をどこぞに匿い皇太弟草壁皇子をあやつり国政を思うに操っている、不比等撃つべし、の檄であった。

実際皇太后は不比等から献上された酒を飲んだ後、緊張に研ぎ澄まされていた身体は思っていたより疲れており眠った。起きるとめまいがし女官に勧められ薬湯を飲むとまた眠りを繰り返し政務どころではなかった。時折草壁の皇子、皇女らが「おばばさま、大丈夫。」と覗きに来ていたのを草壁の妃阿部皇女が「ゆっくり休ませて差し上げて。おばばさまは大変お疲れなのよ。」という声が聞こえた。「ここは草壁の邸か。何故じゃ。大津はどうしているのか。」と考えては意識が遠のいていく。

檄にもあったように大津、皇太后不在の現在皇太弟の草壁が政務を不比等と取って代わっていた。

川嶋が苦々しく不比等を見ていたのを不比等は見逃さなかった。高市皇子も同様の表情であった。

朝政が終わり帰路に着いた川嶋を不比等が止めた。
「川嶋皇子さま、おはなししたいことが…大津さまに関することで御座います。まずは拙宅にお招きいたしたく存じあげまする。」
「我に大津の話か。まあ、我が異母妹の夫…そちから聞くことはないと思うが。」暗に断っていた。
「私めと大津さまの話をするのは何かお嫌な事情がございますか。」と不比等は冷ややかに言った。
「そこまでいうのなら、参るが。」と川嶋皇子は不本意にも不比等宅を訪ねた。

庭に見覚えのある男が横たわっていた。かなりの傷を負っているのか動けないでいた。
川嶋の鼓動は高鳴った。あの男、東国にやった間者であるわ。こいつらにばれたのか。

奥には草壁皇子が待っていた。草壁は「我は大津、天皇より譲位され天皇になる。天皇不在時は皇太弟、皇太后に国政を任せると詔があったはずじゃが。そなたはその詔に刃向かうか。」と震えながら言った。
「誰に頼まれた。」と畳み掛けた。

「大津さまでしょう。草壁皇子さまに皇位継承がなされるのを嫌がった大津さまが川嶋皇子さまをそそのかされた。それで済む話でありましょう。」と不比等が冷淡に言い「その男に聞けばよろしいのです。草壁皇子を斃し、川嶋さまの異母妹山辺さまの和子が皇太子となるために東国の豪族らを動かした、と公の場で言わせましょうか。」と怯える川嶋に迫った。庭に横たわった男は舌を噛み息だえた。川嶋はその男から視線を外した。

「あなたさまがそのようなことを企まなければあの男も普通に生きておられたでしょうにな。残酷なことをなさったものだ。」と不比等は言い「あなたさまは東国の豪族たちを呼びかけ挙兵しようとした。しかし失敗。あなたさまの失脚、さぞ、大津さまは悲しむでしょうなぁ。嘆願に大和にすぐ戻られるでしょう。しかしあなたさまの罪は晴れませぬ。あなたさまは大津さまが戻られる際こう言うのです、大津さまは和子ができた故譲位を辞め天皇に再び即位しようと東国の豪族達に呼びかけられ謀叛を企んだ。」と川嶋をいたぶるように言い終えた。