たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子51

2019-04-09 15:00:21 | 日記
薨御された天武を皇太后が放心したように見つめていた。

その脇には草壁皇太弟、その妃阿部皇女がいた。彼らの幼き皇子、皇女はいなかった。

何故、草壁と妃だけなのであろうと考えていたが、天武の姿はかっての勇ましく堂々としている姿はもはやなく「父上…」わかってはいたが返答はなく横たわっていた。

「まもなく高市皇子らが来るであろう。大津…話があります。皆がすまぬ。席を外してくれぬか。」
皇太后が天武を見つめながら伝えた。

草壁、その妃、山辺は退席した。仕える者たちも一緒に連なった。

皇太后、大津、天武だけが残った。静かな時間が流れた。

その静寂を破るかのように「嘘偽りなく言う。そなたは我が息子である。」皇太后は天武を見つめ言った。

「存じてあげております、義母上。」大津は不思議そうに皇太后を見つめた。

「違う、そなたは我が姉上大田皇女の子ではない。我が子じゃ。夫も知っておる。のう、あなたさま。」最初は大津を見つめ天武を見つめ語りかけるように皇太后は言った。

「大田皇女は大伯を産み、産後あまり体調が優れなかった。そんな時、そなたが我の中に宿った。しばらくして姉上が亡くなった。大伯にはそなたを産み姉上は病んだ…と言えなかった。大伯があまりに不憫でならなかった。母を亡くし、後ろ楯がない大伯に。いま産まれた弟を産み亡くなった、そうでしか大伯を慰める方法がないと我ら二人は…我と夫は決めた。大伯とそなたは同母姉弟。草壁は唯一の我が息子。そういうことにした。まだ、我が子なら産めると若気のいたりで思っていたからのう。」皇太后はそう言い終えると大津を見つめた。

「伊勢に行き、天武天皇の薨御を伝えよ。そして大伯を迎え入れよ。大伯もそなたを待っているであろう。」

「母上…ありがとうございます。私どもには子がおりませぬ。草壁に皇位継承が一番相応しいかと私は思っております。草壁には皇子がおります。我には幸い子がおりませぬゆえ。」と大津は感情の抑揚を抑えつつ伝えた。

「未来のことは誰もわからぬこと。いまは大伯に会い父の薨御を伝えてもよいのではないか。」
皇太后は力強く大津に伝えた。