労働審判を在職中3回ほど経験させていただきました。3回とも労側からの訴えで始まったものの、みな雇用主側が満足する結果に落ち着きました。そこで労側に訴えられる雇用主サイドからみた雑感を書き残しておきます。
訴えられた場合、こちらの準備期間は正味1か月あるかないかです。顧問弁護士がいればいいですが、いなければ受件してくれる弁護士を早急に確保せねばなりません。相手は、準備に数カ月かけて申立書を立案できますが、訴えられたこちらはそうはいきません。第1回期日はきめられておりその1週間前だか答弁書を送付しておかねばならないからです。これが正味1か月あるかないかの正体です。
訴えられるかにかかわらず問題社員をかかえるのは、雇用主にとっては向き合わねばならないリスクですが、対策はないわけではありません。ともかく普段から克明に記録を取っておくことです。日時場所天候、その日その日どういう仕事をさせたか、労働者の言動、対する使用者の教育指導、誰がかかわっていてなにを言いきかせ、そのリアクションがどうだったか、その後の効果の有無までみっちり記録しておくことです。こういった記録を残してあれば、相談を受けた弁護士も勝ち筋を見いだせやすいでしょう。
送られてきた申立書にあることないこと書かれてあるものです。訴える弁護士も労働者の言い分だけから、訴状に書きやすい部分を、定型文におとしこんで作文書面にするのでしょう。だいたい問題社員は、勤務部署でも上司同僚と衝突しがちで、コミュニケーション力に疑問符がついてます。上司同僚側に問題あるなら別ですが、当の本人に問題があるのに、自身に問題があるとは自覚してないので、そこがなかなか厄介なのです。当然、受件した労側弁護士も当人との意思の疎通が成立しているのか、申立書を読んでみても垣間見えます。訴える労側に塩を送ることになりますが、送付前の作文された申立書を読んでみて、ここは違う、こうだとしっかりと、受件してくれる弁護士とやりとりされることです。無いことをさも有利に書いてもらって、結局反論で足すくわれるのはあなたなのですから。
使用者側に話を戻します。答弁書も、記録をもとに回答作成していきます。矛盾点があれば丁寧に指摘しておきます。業務で当人と接触したことのある顧客や外部の関係者に協力してくれるなら、当人との接触体験を書面にしてもらいます。申立書も定型文からのコピペがあるので、期日の審判員たちは労側の申立を一方的にうのみにすることはないです。先に書きましたがこちらの筋の通った裏付けのある答弁書を読んでもらえたなら、労側訴えに眉唾して双方の訴えを聞き分けてもらえます。審判の席でもこちらに非がなければ、問題のある社員をかかえて困っているのだと淡淡と堂々としていればいいです。なにかにつけ逆上あるいは居丈高な態度は、かえってこちらの非のある何かを隠したいと思われてしまいます。
当日は、地方裁判所の玄関ロビーに、事件名、開始時刻と審判場所が掲載されています。指定の階の受付をすますと相手方と接触しないよう、審判室をはさんで別々の部屋で何組かの当事者と待機します。訴訟とことなり審判は非公開です。当事者以外傍聴されることはありません。順番が回ってきたら、労側、使用側交互にこれまた接触しないよう審判室によばれ、それぞれの言い分を聞きます。20人くらいは向き合える大きな丸テーブル正面に本職裁判官の審判官、その両側に労側使用者側の経歴をもつ審判員が1名ずつ座っています。答弁書の内容について尋ねられ、いったん退室し待機し、どこまでゆずれるかも聞かれます。そうしたやり取りを何度か繰り返し相手方の希望でか、審判室で相手方とはじめて対峙します。
審判員から審尋があり双方回答し、または主張し、審判員からの提言で折り合えば、その内容を記した審判調書が作成されます。折り合わなければ、その地裁が抱える件数によるのでしょうけどおおよそ1カ月後の第2回期日が指定され、それでも折り合わねば第3回期日と進み、そこでも折り合わなければ審判委員3人の審判書が作成されます。それに対しては一方、または双方異議あるなら、審判は失効し本訴にすすむのでしょう。体験させてもらった審判では3回まですすんだことはありますが、調停成立となり内容的には労側のでっちあげを認めてもらえ、満足な結果となりました。
労働者と雇用主の間の個別労使紛争解決の場で、件数は圧倒的に労側利用ですが、使用者側からも申立できます。おかげで解雇社員のいすわる社宅立ち退きを期限を決めて調書にしてもらえたのには、金銭解決オンリーと思い込んでいただけにそこまで効力をおよぼせるのかとおどろきでした。ほどなく退去していきました。確定していない審判と違い、成立した調停は強制力があるとききます。あと付加金対象の申立ですと、本訴に移行してもいいように、申立書に予備的に書き込んでおくことだそうです。審判で決着した場合は日の目をみませんが、本訴に移行する際、追加できないとか。
(2023年6月11日投稿、2023年11月11日編集)