夢かぎりなく!

札幌中央倫理法人会公認!スタッフブログです!

「たった一人の私のファン」

2010年09月25日 | 井川事務長
 才能なんてない。とっくに気づいていた。
 父はあきらめろと言う。恋人もいい顔をしない。ただ一人、母だけが私を本気で応援してくれていた。

 私は作詞作曲の仕事がしたかった。朝から晩まで曲作りに没頭し、手当たり次第にレコード会社に曲を送った。
 が、まったく音沙汰なし。たまに迷惑も顧みず、お粗末な弾き語りの手作りCDを知人に配るが、だれも感想すら言ってくれない始末。
「私のつまんない曲なんか誰も聴きたくないよね」と半べそをかきながらも、私は曲を作り続けた。
 怖かった。みじめだった。一生ダメな気がした。あと一曲作ったら、もう最後にしようか・・・。

 そんなことを考えていたとき、母から電話がきた。 
「この前もらったCD聴いたよ!お前の曲出来がいいから、レコード会社に無断で何かに使われてるんじゃないの?そうだ、来週の花見の席で、さりげなくお前のCDかけといてみたら?誰かの耳に留って話題になって、そこからデビューが決まったりして!」

 どこまで「親バカ」なのだろう。いつも励みにしていたはずの能天気で明るい母の声が、そのときは憎らしくさえ感じた。この人は、本気でこんなことを言っているのだろうか。だとしたら親バカにも世間知らずにもほどがあるだろう。私は思わず声を荒げていた。

「私の曲なんて誰も使わないし、花見会場で誰かの耳に留ってデビューなんて、そんなに世の中甘くないよ!本気で言ってるの?バカみたい!」
 言い終わると、涙があふれてきた。この世で母以外に、私の曲を認めてくれる人なんていないのに。その親バカぶりこそが、私の救いだったのに。しかし、母は、相変わらず能天気に言った。

「自分で曲を作るなんて、誰でもできることじゃないのよ。お前はすごいじゃない!お前にはこの世に残せるものがたくさんあるの。幸せなことだよ。だから、あきらめないで好きなことを続けなさい!」

 私は黙って電話を切ったあと、大声で泣いた。
 母にとって私は、大事な大事な期待の星なのだ。猛反対している父を説得して、ずっとエールを送り続けてくれた母の気持ちに報いたい。ダメでもいいや。もう少しだけ続けてみよう。私には、こんな心強いファンがいてくれるのだから。


 それが数年経ったが、結局、夢は叶わなかった。でも、今でも母は、たった一人の私のファンである。


青森県 匿名希望(30歳)


心の琴線にふれるお話 第2話「たった一人の私のファン」

最新の画像もっと見る