Nonsection Radical

撮影と本の空間

みんな物語を欲している

2017年02月18日 | Weblog
動画はネタ切れです。
しばらく撮影に行けない状況が続きそうです。

”本”を読まない人が増えたと言われ続けて幾年月。
本好きからすると「どうして?」と思うのだけど、身近な若者を見ていると、ドラマを見たり、コミックを読んだり、ネットワークゲームをしたりしている。
そこにそこはかとなく共通するのは「物語」なんじゃないのかと思った。
物語・・・ストーリー
なんにも興味を持たずにボーとしているわけではなく、時間があるときに上記のようなもので時間を潰しているわけだ。
単純に考えれば、物語性のないもので時間を潰してもいいのだけれど、そして以前なら物語性といえば小説を読むことだけだったんだけど、小説を手にせずに他の媒体で物語性を手にしているんじゃないのかと最近は思うようになった。
それを小説”原理主義者”は、小説(=本)を読まなくなったと嘆いているだけなのではと。
小説だって、今は様々な形式のものがあって、従来の”小説家”が書く正統なものから、若い人に読まれるものまで人と世代によってわかれている。
どれがいいとかのものではない。
どれが優れて、どれがくだらないものであるかというものでもない。
自分も最近は電子書籍ではティーンズものを好んで読んでいる。
”守旧派”からすると単純で底が浅く読むに耐えないものとなるかもしれないが、そういう考えを持たずに読めば結構楽しい時間が過ごせる。
例えば、映画に高尚なものと娯楽性の高いものがあるように、どちらが優れているかなんて見る方には関係ないのと同じである。
芥川賞作家のものは読むが、直木賞のものは・・・なんて今時言う人もいないのと同様に(いるだろうけど・・・)どの媒体で物語を楽しむかは選ぶ人の好みになっているだけではないかな。
そう思って見渡せば、小説=本が時代にマッチしなくなっただけで、相変わらず人は物語を欲しているんだと思えて、それでいいんじゃないかと考える次第。

時間がないので、かなり今日の文章は雑です。
コメント
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