Nonsection Radical

撮影と本の空間

私を棄てた男

2009年06月02日 | Weblog
某月某日

ふとセンチメートルな気分になった時に、私の上を通りすぎていった男の事を思い出す。
東京・池袋に住んでいた時、新宿で仕事をしていた。
夜の9時から朝までの仕事。
私たちは古びた一室に集められ、黄ばんだ古畳の上で膝を抱えるように座って出番を待った。
私たちは売れないダンサーだったり、サーファー、シンガー、学生、勤め人だったりしたが、それでは生活出来ないから、こうして夜の仕事に集まってくるのだ。
管理者がそれぞれ気に入った数人を集めてワンボックスに乗せ、仕事場に向かうのだった。
仕事場は関東一円の深夜営業のお店。

東栄(とうえい)さんは、学生だったけど管理者として私たちを現場に連れて行った。
人柄が良く、気さくで、誰にでも優しかった。
「とんでも東栄」と会社の人に呼ばれていた。
なぜか私を気に入ってくれたようで、よく一緒に仕事をした。
運転する東栄さんの横で私は、とりとめのない話をずっとしていた。
夜間の運転の最大の敵は「眠気」だ。
その誘いから逃げるために、ひたすら話を続けた。
眠気を避けるには、人の話を聞くよりも自分が話す方が効果があるようで、東栄さんも話し続けた。私は話しやすい人間だったのかもしれない。
池袋のまだちっぽけなお店だったビックカメラに勤めた事、勉強が好きで(笑)6年も大学にいる事、可愛いカノジョがいる事・・・。
そんな話をしながら、仕事が終われば夜明けの空いた道路を新宿に帰る毎日だった。

そんな東栄さんとの時間も終わりを告げる日が来た。
無事に大学を卒業出来る事になり、就職のために辞める事になった。
そして最後の日が来た。
その日も私は東栄さんと仕事をともにした。
夜明けの街角でクルマを止め、ラジオのオールナイトニッポンのエンディング「ビター・スイート・サンバ」を聞きながら東栄さんが「なんか青春の終わりって感じがするなぁ」とつぶやいた。

東栄さんが辞めてからしばらくして私もその仕事を辞めた。

あれから30年近い時間が過ぎた。
東栄さんの事をふと思い出し、検索してみたらヒットした。
某有名予備校の数学の先生だ。
まさか別人だろうと思ったが、サイトを開き顔写真を見ると、あの懐かしい笑顔だった。
全然変わらない。人の良さがそのままだ。
きっと良い人生を歩んできたのだろう。
もう私の事など覚えていないだろう。
良くしてもらった側が思い出としてその人の事を覚えているものだから。
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4 コメント

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Unknown (studioloveshin)
2009-06-03 00:07:32
すてきなお話ですね
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なぜ「私を捨てた男」なんですか? (振り子)
2009-06-03 22:19:52
肉体関係があったのでしょうか?

自分の場合は、若い頃、お世話になった人を検索したら、もう何年も前に亡くなっていたということがありました。
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中世世界では… (kansuke)
2009-06-03 22:42:33
中世世界では普通のことです。
皆、両刀遣いで…
因みに某は違いますけどね!
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男好き (satobo)
2009-06-04 00:23:36
この話を書こうと思った時に題名を考え、遠藤周作の「わたしが・棄てた・女」というのをふと思い出し、それのもじり逆バージョンをと考えたのです。
そのためsatoboではなく「私」という性別不明の人称を使い、それらしき雰囲気を漂わせて読者を惑わしたのですね。
通りすぎていった人の想い出という意味で、肉体関係はございませんがな。
まあお笑いという意味で「センチメートル」としてみたわけです。
そんな説明を聞いたら面白くなくなるでしょ?

文章の失敗としては最初の「ふとセンチメートル・・・」と最後の「東栄さんの事をふと思い出し」と「ふと」が重なってしまった事ですね。
今朝気づきましたが後の祭り。

本日の日記は書いたけどマックの調子が悪くて消えてしまったためなし。
表題は「モデルになった」でした。
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