神主神気浴記

月待講、御神水による服気、除災招福の霊法、占などについて不定期でお話します。
神山の不思議な物語の伝えは継続します。

あの二人がやって来た 48

2014年06月04日 | 幻想譚
 「それではスクナビの神に先導をお願いし、これより仙境へ渡る。ここに集まった者全員で出発する。ではスクナビの神、あらかじめ段取りをお話しください。まずは、ここにいる者達に仙境へ渡る段取りを理解してもらいますので・・」
 久地が前に進み出て、皆を見回しながら云った。
 
 「神人や仙人が住まいする仙境とこのスサの国をつなぐ天橋立は、雲と雲が渦巻き重なり合う所に現れる。前の日に科戸の強い風が吹き、その夜遅くに渦雲が生まれたとき、夜明けに巨大な奇しき雲の橋が現れる。天に昇る気吹きの流れは速く強い。荒ぶる海のごとし。ゆえに、船を操る真秀の技を乞う。技、まがひなればこの橋を渡ることかなわず」
 「かれ、これなる技を持ちて吾れらここにあり」海人猛と和邇猛が大きな声で叫んだ。腕を高く上げ、もう一方の手で胸をたたいでいる。
 「頼もしきかな!」スクナビが微笑んだ。
 「では、スクナビの神お願いします」と今度は飛が立ち上がって云った。
 「いや、そうはまいらんのじゃ。このままでは何の準備もできてはおらんじゃろう。確かにスサの神たちで仙境に渡ったのは吾れとクエビ、しかし表のハバ国の仙都だけじゃ。裏側のアダシ国はそのときに話を聞いただけなのじゃ」
 「確かに。スクナビの神、アダシ国は常冬の国と云うことでしたね。きっと、雪と氷に閉ざされた国かもしれない。そうだったら、何の準備もせずに乗り込むのは危険だ。そうだろう本宮」
 「そうだな常春のハバ国を通るのか、いきなり、直接に常冬の国へ行くのかわからないが最終的に寒冷のアダシ国へ行ってワルサと妖怪どもの手から救い出さなければならない。それ相応の準備がいるね」
 「龍二君。辰と交信してくれないか。仙境に関する何が情報がないか、何でもいい、あれば入手してくれないか。この事の成り行きも連絡しておいてほしい」
 「わかりました。本宮先生」
 龍二はその場を離れて入口近くの雲の方へ走っていった。
 
 「そうなると、我々だけではだめということになるな~、久地」
 「そうだ本宮、でもあの二人がいる」と云って、久地が和邇猛を呼んだ。
 「和爾、あの二人との交易、次はいつか?」
 「交易は、吾れらが尊たちにお会いした少し前でしたから、今はまだ加母知か爾田の族長のところにいる頃です。爾田の鍛冶や加母知の牧も見てから、大耶の於爾の牧、大柄、今佐山、志豆の鍛冶へ回ると云ってました」
 「それは好都合。飛、都賀里、ちょっとこっちへ来てくれ」
 「尊、何か御用ですか」
 「急ぎ二人で爾田の族長の所へ行ってきてくれ。耶須良衣と美美長比古が来ているそうだ、探して、急ぎ此処へ連れてきてくれないか。あの二人の協力がいる」
 「なるほど、先生それはいいお考えですね。承知しました、直ちに行ってきます。それでは皆さん、洞窟の外に出てください。雲を移動させますので、ここが真っ暗になります。それから、タニグの神、今しばらく雲をお借りします」
 「飛の猛、この地を離れるまで汝らのものだ」
 「では、皆さんいったん外の台に移動しましょう。海衆は船に戻って待機してください。於爾加美毘売、今のうちに衛士を海人と和邇の船とに二手に分けておいてください」
 
 龍二と於爾が台の九重雲から出てきた。
 「関屋先生は仙都を御存じありませんでした。逆に、そんな所があるのかと驚いてました」
 「辰は他に何か言ってなかったか?」
 「何かあった時には、探しようが無くなるから気を付けるように。連絡手段が無くなると・・」
 「そうか、連絡手段は無しか・・。異次元から更に異次元へ行くことになるからな~」
 「ここの世界から、完全に離れるということか。時間も空間も全く異質な所へ行くということだな・・」
 「よし、腹は決まってることだ。なあ、本宮」
 「そういうことだ」

 やがて、飛が戻ってきた。
 台の真上に七重雲が浮かんでいる。はるか後方、西の方へ眼をやると船が二隻白波をけってこちらに向かっているのが見える。どうやらうまいことに、あの二人はいたらしい。

 しばらくして、二隻の船は着いたようだ。
 美美長比古の大きな声が下から聞こえた。耶須良衣と共に台に駆け上がってきた。
 「尊、遠征には吾れらが慣れてます。ぜひお供させてください。飛の猛から伺いました。お役にたちますから、同行させてください」
 「二人ともよく来てくれた。スサの神々、彼らは吾れらの友人、エダチの若き長たちです。一人はくろがねの優れた技を持つ匠の部族の族長の息子、耶須良衣。美美野長比登は牧を作る騎馬族の若き長、美美長比古と言います」
 「吾れはスクナビ、それは大きなあなないとなる。久地の尊、吾れらは寒さを防ぎ、攻撃をかわし、素早い追撃をもたらす手立てが必要となる」
 「スクナビの神、久地の尊、吾れらが船荷をぜひ見ていただきたい」
 「よし、飛と龍二君、於爾と都賀里を連れ、於爾加美毘売にも声をかけ、先に行って見せてもらってくれ。我々は、洞窟の岩戸を神たちと参拝してから、この台を後にする」
 「承知しました」
 四人は急ぎ台を駆け下りていった。

 つづく




神主神気浴記を移動しました。
2014年06月02日 | 日記

旧神主神気浴記にアクセスできなくなり、更新が不可能になりましたので、こちらへ移動しました。
お手数をおかけします。ご容赦ください。引き続き物語を続けます。
なお、旧神気浴記のバックナンバーは下記のURLでご覧いただけます。
http://blog.goo.ne.jp/seiguh


 
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クエビの神スクナビの神 47

2014年06月04日 | 幻想譚

2014-04-29 | つたへ


 
 再び、久地達がクラミの洞穴に終結した。
 飛と龍二が雲を使って洞窟の入り口付近を明るく浮かび上がらせた。
 久地とタニグの神が奥正面の岩戸の前に到着すると、正面にほのかな灯りが燈された。

 「遅くなってすまなかった。久地の尊たちに来てもらった」タニグの神が前に進み出て岩戸の絵に声をかけた。
 すると、絵がぼんやりとだが少し明るさを増し、動いた。
 「お待たせした、我らは再び参上した。直ちにお救い申す」久地は岩戸の絵に向かって話しかけ、於爾の猛を前に呼んだ。
 「於爾の猛、郷主より預かったミハカシをご神前に奉納してくれ」
 「ハイ、尊」
 於爾の猛は一礼して、於爾加美毘売から剣を次々と三振り受け取り、一振りをタニグの神に他をご神前に奉げた。
 次に和邇の猛が族長より預かった御酒を椀に注いでもらい、それに榊の小枝を浸して神前を丁寧に祓った。

 すると、岩戸自体がさらに明るさを増し、絵が浮かび上がった。
 そのとき、じっと絵を凝視していたタニグの神が、剣を抜くや否や岩戸の下方へ振り下ろした。 
 「キィーン!」 音を立て火花が飛んだ。
 すると、岩戸の絵は一気に明るさを増し、銀色に輝いた二匹の於呂知の姿が眼前にクッキリと現れた。於呂知は眼をカッと見開き首を一振りすると、いきなり絵の中から頭を出し、それぞれが剣を口にくわえて絵の中に消えた。
 後ろにいた全員が、思わぬ出来事に一歩下がった。

 やがて、絵があった所がゆらゆらと大きく揺らぎ始めたかと思うと、そこから今度は二人の男が出てきた。手には先ほどの剣を持ち銀色の甲冑を付けた若者である。
 「吾れはスクナビと白す」色黒の方の若者が云った。
 「吾れはクエビと白す」もう一人は色白であった。
 共に理知的で品性を備えた顔だちをしている。
 「私は久地幸村と申す。吾れらは西の大耶の郷より参った者。タニグの神に出会って事の次第を知り、取って返した。まことにタニグの神に出会ってよかった」
 「吾れらはオロチ族の神、共にスサの神である。こたびは、西の大神岳から来る神を待てとのお告げがあった。やはり久地の尊たちがそうであったか。かたじけない」
 「お待たせしてしまった。これでスサの三神が揃い申した。我らは大元の神より消えた民を探すことを託された者。神魂布瑠の森を発ってよりようやくここまで来た。タニグの神の申す事を聴けば、スサの神たちと行動を共にし、仙境とやらに向かえば、それらの民の行方が分かるやも知れんと思った」
 「久地の尊、このスクナビとクエビは先観の物知りで、特にクエビは知恵者だ。私より仙境にある国や仙都のことについて知っている」タニグの神が、久地や本宮に告げた。
 
 「昔者、自ら海を渡り来て、一匹の蛇に導かれこの葦原に住みき」と、スクナビの神が言った。
 「消えた民とは、この地、葦原に最初にたどり着いた民たちのことだ。しかも、一匹の蛇に導かれてこの葦原を発見した。彼らは、葦など水草の根、すなわち水辺のくろがねを知る民であった。それゆえ、この上陸地点に導いてくれた黄金の蛇を神として祀った。そしてここに留まった後、対岸に流れ来る川の黒水をたどり更に山へ向かって行き山砂を発見し、その地をスサと名ずく」クエビの神が説明してくれた。
 「山へ入った民たちはその後、西と東の目印の大岳に分かれ今に至っている。この大岳は大噴火で大火岳と呼ぶが、その民たちはおもと山と呼んだ」スクナビの神が付け加えた。
 「そこに坐す神が大元の神。これが正解だな」久地がポンと手を打った。 
 
 「そうでしたか。私の説もあながち間違ってなかったな。それで・・、スクナビの神とクエビの神、仙境とは何所にあるんですか?」
 「吾れらも仙境は何所其処にあるとは云えぬのだ。なれど天橋立が現れたとき、その先に現れる。行き方はスクナビが詳しい」
 「仙境にはアダシヒトの国があり、表側が仙都をアカルタヘという常春の国。裏側は仙都をアラタヘと云う常冬の国である」
 「なんですって、仙境には表裏があるんですか?」思わず本宮が大きな声で言った。
 「そうだ!」クエビの神が答えた。
 「空に浮かぶ巨大なコマのようだと聞いたが・・ クエビの神」
 「巨大なコマを上から見るとすれば、都伎のようにほぼ丸い。その下半分がアカルタヘ、上半分がアラタヘだ。コマのような浮いている仙境を正面から見ると、常に仙都アカルタヘしか観えない。アラタヘは常に裏側になっていて、裏へ回らないと見えないのだ」
 「なるほど、月のように裏側は見えないという事か。だから冬なんだな。仙都にはどんな人たちがいるのかな?」

 「表の仙都は、仙人の住まいする所だ。神たる女王テルタヘと妖精と仙衆。仙衆は聖とも云うが、日の吉凶を知る日知り、また、その道で知識や技量が特に優れている者がいる」
 「裏側が例のワルサの国か・・」
 「裏の仙都には神になれなかった女王の弟のワルサとその手下のよりまし、そして妖精になれなかった妖怪、それにエダチの兵などだ」
 それらを聞いている全員に緊張感がみなぎってきた。

 つづく
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天橋立           46

2014年06月04日 | 幻想譚

2014-03-30 | つたへ


 事もあろうにスサの大神も拉致されたというのだ。 
 「そうすると、スサの大神と八人の天女、それに匠たちか?」
 しかも、三神は眠らされてる間にカエルや岩戸の絵の中に塗り込められたとのことだ。
 「何ともふがいない神たちだ」男勝りの於爾加美毘売にも睨まれた。
 「なれど、吾れは葦の中に逃げ込んだ」
 「でも、カエルはカエルだ!」
 「まぁまて媛、その辺にしておかれよ。タニグの神は元々カエルの姿をしておられるのだ」和爾の族長がその場を収めた。
 「幻のスサ国の事がおよそ分かった。それではタニグの神、もう二三お聞きしてから岩殿へ行って二神をお救いしよう」久地はそう云ってから皆を近くに集めた。
 「かたじけない。岩殿のオロチは一人がスクナビの神、もう一人はクエビの神と白す。吾れが百薬酒に興味を持ったばかりに、あの二神を巻き添えにしてしまった。悔やんでも悔やみきれない」
 「もう済んだことだ、タニグの神。それに汝は大岳の神池の薬草を管理していると聞いたぞ。百薬酒に関心を持つのは当然だと私は思う」本宮はタニグの神を慰めた。
 「我らはスサの神々の乗り物を借りている。またここにいる者は役に立ちたいと思って集まった者達だ。タニグの神、力を貸すぞ」久地もタニグの神を力づけた。

 「ところで久地、先ほどぽつりと天の橋立と云ったな?」梯子を主張した本宮が訊ねた。
 「橋とは横に架かって水平なものを連想するが、もとはと云えば天地を繋ぐもの、すなわち縦の物であったそうな。エレベーターみたいな物だ。あるものはやや斜めになっていて、エスカレータ仕様の物もあっただろうな」
 「エレとかエスカとかは何か分からぬが、久地の尊の云う天地を繋ぐものだ。神が仙境から地上に降り立ったり、戻ったりするためのものだ」タニグの神は本宮に向かって云った。
 「神の通路や階段として、日の射すところと雲の出るところを、すなわち天地を繋ぐ橋であると・・。やがて、神も人の居る地上に住むようになって、人の住む陸と空や海とを繋ぐ橋が出来た。そおして、それぞれの橋のたもとの地名がその天地の国名となった。そう聞いてるぞタニグの神」と、久地がタニグの神に確認した。
 「そのとおりだ。こたびは、スサの匠たちが仙境にあるアダシ国へ拉致されてしまった」
 「アダシ国は仙境とやらにあるんだな?」本宮は手をかざして空を仰いだ。
 「そうだ。天の壁立つ極みにある」タニグの神も手をかざして空を仰いだ。
 「よし、行こう。その天空の果てにあるという仙境とやらへ行ってみようじゃないか」
 「まて本宮、そう急ぐな。タニグの神、アダシ国は終わりない仙境にあると云っていたな?天空のどの辺にあるのだ?」
 「天の橋が架かった時、青雲の棚引く極みにある」
 「その橋は何でできているのだ?雲の果てまで架かってるとは」
 久地も空を見上げた。突き抜けるような蒼い空が広がっていた。
 
 「とてつもなく大きくて長い雲の橋だ。仙境の仙都の者が地上に架けたときに現れる」
 「雲の階段の様なものか~?何も見えんな~?」本宮は目がくらみそうになった。
 「本宮先生、それは渡り廊下の様なものじゃないでしょうか。まさに雲でできた橋があります」
 「何かね龍二君、君は分かるのかい?」本宮が振り向いて、後ろにいる龍二を前に招き呼んだ。
 「私は、モーニング・グローリーを思い出しました。あれじゃないでしょうか?」
 「そうかなるほど、さすがアウトドアの達人だね君は」
 「そうなのか龍二」都賀里や於爾たちの側にいた飛はまだ半信半疑だった。
 「朝方、大きな雲の橋が天に向かって架かるんです。それに乗っかれば上昇気流に乗って一気に行けます」
 「その行き着くところに仙境とやらがある。そういうわけか?」
 飛は海人や和爾に説明したが、彼らは納得できていない様だった。

 「そうだ。青雲の棚引く極みに仙境は浮かんでいる」
 「えっ!浮かんでいると仰ったか?」和爾の族長の理解を越えていたようだ。
 「我々の居る所だって丸い球が浮かんでいるようなものだ」本宮が両腕で大きな球を表そうとしてる。
 「玉ではない。どちらかというと平らかだ」
 「皿のようなものが浮かんでるって云うのか?」和爾の猛が頭を抱えた。
 「いや、コマのような形だ」タニグの神は首を振っている。
 「だったら巨大なコマだろうな~」海人の猛も理解しかねてるようだ。
 「仙境は巨大なコマだ。真の御柱がもなかにあり、それを中心に一番外側だけが回っている。上の面は動かない。その上に陸があり、山や河、海もある。国々の仙都の城や宮などの建物社が建っている」
 「いま一つイメージが湧かないが、そこへ雲の廊下を伝って行くのだな。ならば歩きか?」飛もいま一つのようだ。
 「いや、天の橋立には、船も乗り入れることができる。橋が架かれば、それを道しるべにして七重雲、九重雲で青雲の棚引く極みまで一気に行ける」
 「それなら楽勝ですね、先生」飛は安心したようだ。
 船が空を飛ぶ! 海人や和爾たち海の者は納得しかねてるようだ。
 「よし、それではクラミの洞窟へ行って岩戸に閉じ込められているオロチの救出だ。タニグの神、やはり救出にはミハカシで絵に触れれば良いのかな?」
 「絵の中に鎖が描かれている。それをまず断ち切らねばならぬ。なれど新たなミハカシが必要だ」
 「何故ぞ?」
 「術を断ち切るためだ。新しいミハカシは術を解く霊力があるのだ」
 「案ずるな。皆の剣は左加禰の真砂土から採ったスサを用いてかた造られたものだ。マホラのミハカシは余分に持参しておる。神に奉ろう」

つづく
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タニグの神曰く      45

2014年06月04日 | 幻想譚

2014-03-16 | つたへ


 史に永き前あり。神々は幾世にも渡り旅を続けた。先あれば続ける旅であった。やがて神たちの一族はこの地にたどり着いた。されどこの先は大海にして進むことかなわず。
 その時、一匹の黄金色の蛇に導かれたのが、ここ葦原の国であった。葦原はもとより神々一族が必要とするものを与えてくれる所だ。この一族はここを拠点に留まることとなった。

 「後の史に曰く、この地の南西と南東に大神岳あり。この二つの岳に守られたその中央に八岳あり。一族は、八岳のそれぞれに分かれ住み、新たなくろがねの技を培うなり。これらの国生みまし神をその地のさかねに因み、それよりスサの大神と名づく」
「たいへん興味深い伝承だ。なるほどスサという神であったか。このスサは砂に関した意味だね。これで砂のかねで左加禰が納得できる」と、本宮が腕組みした手で顎を支えながら首肯して云った。
 タニグの神はさらに続けた「この地のくろがねで、匠たちはかたらかでたもちよきまさ物造りに勤しんだ。そして、吾れらは周辺の民が用いていた木や石の代わりにくろがねの鋤・鍬造りを進んで教えた。作物の増産を促し食物の安定を図り争いの無いおだしき国作りすることを考えたからだ。食物からくる争いは、吾ら一族の祖たちが流浪の時に幾度となく観た教訓だ」
  
 さらにタニグの神は続け、およそ次のようなことを我々に話した。
 この地のスサのくろがねで匠の技はまれにみる強度なものを生み出した。それは他に類を見ないかたらかなる物だった。いつしかこのかたらかでたもちよきまさ物の噂がこの周辺を越えて伝わりだした。そして、アダシ国の王の耳に入るところとなった。王は欲深く手段を選ばぬことを後に知った時はすでに遅かったようだ。話すタニグの顔には無念さがありありと現れていたのでそれが分かった。
 「詳しくは分からぬが、今でも郷の界を越えて侵入する者が後を絶たない。穀物が狙いかと思ったら、本当のところはくろがねだった。今でも同じだ、きっとそんなところだろう。それで・・」久地は自分たちもそんなところから始まったと思い起こしていた。 
「なるほど、中心より起こる技術は周囲に拡散するが自然だ。されど、その外にある者は時として奪う手段に出るということか。交易という手段は高度な文化なんだ」本宮はくろがねとは驚きであったが、タニグの心を受け取ったかのような事を云った。

 「その通りだ、仙境にあるアダシ国から使いの者が来た、くろがねの農具の作り方をアダシ国へ教えに来てくれという事だった。話してるうちに、使者が少しずつこちらを探るような顔つきになり、探りを入れ始めた。それで吾れら三神はあやかしと思い反対をスサの大神に報告し、アダシ国の使者に伝えた」
 「吾れら三神とはどの神ぞ」久地が訊ねた。
 「吾れとクエビにスクナビである。いずれもスサの国の神ぞ」
 「もしかして、後の二人はクラミの岩殿の絵、あのオロチか?」
 「その通りだ。もとより吾れらは農耕の民、武具作りの集団ではない。しかし、剣が造れないわけではない。八岳の真砂土から採れるスサを用いることによってマホラの剣をかたづくることが出来た。そして、鋤、鍬、鋒と剣を東の大神岳の山頂にある石室に納め、もう一振りは西の大神岳の山頂にある石室に納め、真砂土の感謝を奉じて祀った。しかし、儀仗のマホラの鋒と剣の事は外に漏らすことは無かった。これも吾らが流浪の時に得た教訓だ」

 「タニグの神、それから・・?」久地がタニグの神をうながした。 
 「それから八日の後、アダシ国の王が突然仙境から押しかけてきた。王はワルサという名で、かなりの人数の従者と匠を連れていた」
 それでもスサ側は農具の工房へ案内して、王に匠たちの作業場を見学させた。真砂土の採掘現場や真砂土流し、武具工房は存在すら話題にしなかったと云う。
 「後でわかった事だが、工房の預かり匠の中に内通者がいた。仙境から紛れ込ませていた者だ」
 ワルサはなにげに鋒や剣の話を持ち出したが、農耕の民で武具作りの集団ではないと話を打ち切った。その場はそれで済んだ。
 その後、謝礼の意味で宴を開き、ワルサが運んできた酒を振舞いたいと申し入れてきた。こっれで終わらせようと吾れらは応じることにした。酒は万の病に効く仙境の百薬の長と云いながら、主だった神や匠たちに次々と振舞われた。
 「気がついたときは遅かった。身体がしびれ出し、眠気に襲われた。抗ったが無駄に終わった。誘いに乗ってしまった吾れらが落ち度であった」タニグの顔には再び無念さが現れていた。
 「それで汝じが気づいたときは、カエルにされていたんだな」久地はそう云って、周りの者達を見回した。皆は、反対した三神があのような姿になったことを理解した。
 
 「ところでタニグの神、仙境とは何所をいうのか? 先ほどは指で上を指していたが・・」本宮は空を仰いだ。
 「まさに上だ。上から橋をかけてやって来た」タニグの神はいまいましげに上を見ずに指だけ指した。
 「なんだって! 上からだって! 上からなら橋ではなく梯子ではないのか?」本宮は皆に同意を求めるべく振り返った。
 「天の橋立か・・」久地がぽつりと云った。

 「たたら場の匠、かじ場の匠、それにスサの宮の八人の天女とスサの大神までいなくなった」
 タニグの神の声に力が無かった。

 つづく
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神魂布瑠ノ森の冒険物語 (44~)

2014年06月04日 | 日記

神魂布瑠ノ森の冒険物語 (44~)

2014-02-23 | つたへ


大神の岳         44 

2014-02-23 | つたへ
  
 大海人の船は和爾の津辺に入ったようだ。
 久地達は、津の手前に日陰を作ってる木々が繁り、その一帯に広がる葦の湿地を見つけ、その傍らに雲を下ろした。
 津に向かって、都賀里を先頭に歩き出した。草の茂みに差し掛かった時、一匹の大きな蛙がピョ~ンと跳ねて草むらから飛び出した。と、同時にその蛙が口をきいた。
 「待っていたぞ!吾れの頭を汝のミハカシで触れてくれ」
 「まったく、この辺ではよく脅かされるな~。汝は何者ぞ?」
 都賀里がしゃがみ込みながら蛙を覗き込んだ。
 「いいから早くやれ!危ないからそっとだぞ」蛙は大きな目玉で都賀里を見上げた。
 「都賀里、やってみろ」 真後ろの龍二がそう云いながら背中の剣の柄に手をかけた。
 飛は両手を広げて久地と本宮を後ろに下がらせた。
 都賀里はしぶしぶと剣を抜いた。
 
 都賀里の剣が蛙の頭に触れるや否や、その場の空気が一瞬大きく揺れた。
 「吾れはタニグと白す神ぞ」
 そこには一人の若い男が立っていた。
 「こちらにおわす神々は・・」と都賀里がきりだすと・・。
 「知っている。久地の尊の一行であろう。クエビから天のアダシ国へ行ってくれると聞いている」
 男は微笑みながら答えた。
 「アダシ国?それはあの世の国か?」と、本宮が問いただした。
 「いや違う。終わりのない国だが、根の国、底の国ではない」と云って、男は指で上を指した。
 「タニグの神、よく分からんが吾れらは今しそこの和爾の津に行くところだ。一緒に参らんか?」久地が津辺の方を指差した。
 「同行するが、まずは、元の姿に戻してくれた事をかたじけなく思う。礼を言う」と云って深く頭を垂れた。
 「タニグの神、何故に蛙の姿となったのか?また、クエビとは何者ぞ。やはり神か?」
 本宮が尋ねる。
 「タニグの神、和爾の津辺は直ぐそこぞ。まずは参ろう。そこで話を伺ってはどうか、本宮?」
 「それがいいな。すまん久地。気が急いてしまった」
 「承知した。参ろう」

 和爾の入り江に着くと、すでに和爾の族長と和爾猛多由伊が迎えに出てくれていた。
 「久地の尊、よう来られた。皆さん方にもまたお目にかかれて光栄です。海人衆も先刻到着されとります」
 「族長、和爾衆の協力で交易が始まり、誠にありがたい事でした」
 「なんのなんの、大耶の郷主からお礼のお言葉を頂き、まことに光栄です」
 「族長、こたびは、また多由伊の協力を仰ぎます」
 「どうぞどうぞ、息子も学ぶ事多く、見聞を広め、少しは成長したようです。ところで、そこのお方は?」
 「つい今しがたそこの葦原の側で出おうた。タニグの神と名乗られた」
 「はてさて、タニグの神・・。初めて伺うお名ですな・・」
 「そこでおうた時はカエルの姿であった」
 「カエルですか? まてよ・・」
 「族長、何か心当たりでもおありか?」
 「おい、多由伊よ、長老を読んで来てくれ。確かにあの話にカエルが出て来たな・・?」
 多由伊が急ぎ邑の奥へと走って行った。

 「伝えによると・・。あの東の大火岳が大噴火を起こす前、ずーっと、ずーっと前は大神の岳と呼ばれた信仰の山であったらしい。今では誰も登る者はおらんが・・」
 「左加禰於呂知の長の話にあった、先住の民の頃ですね」
 本宮は乗ってくると気が急いてくる。
 「アッ、来た来た。長老は吾れの父と共に和邇の民を率いた船頭だった。続きは長老から聞いてくだされ。長老、こちらは久地の尊とその御一行じゃ、吾れらに聞かせてくれた大火岳の伝えをお話ししてくれんかの」
 和邇族の長老は海人の民として長い間海に出ていたのであろう。褐色の顔に眼光は穏やかであるが、今だ海の男の風貌を保っている。長老は一礼して話し始めた。
 
 「吾れらが海に出るときは、往きも復りもあのお山が目印じゃ。今では山頂が欠けていて登れんが、伝えによるとそれはそれは美しいお山じゃったそうです。大神の岳と申して、民は神宿る山を祀り、航海の安全と雨の恵みを祈願して年に一度お山に登ったそうじゃ。山頂にある石室に坐す神に祈念し、頂の神池の水を汲み、薬草を取って下り民に常備薬として分け与えたそうです。そのお山の神は、神池に住みカエルのお姿をしておいでであったそうな・・」
 「長老、その神の御名は何と云いますか?」本宮が聞いた。
 「今では麓に山の神を祀り、やはり航海の安全と雨乞いを祈願しとりますが、大山神とお呼びするだけで何も分かりません。大噴火と共に神々は難を逃れて山を下りたと聞いておりますが、いずこにおわすかは知りません」

 「それは吾れの事だ」
 声の方を皆が振り返った。それはタニグの神であった。

 つづく
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神魂布瑠ノ森の冒険物語 (36~43)

2014年06月04日 | 日記
神魂布瑠ノ森の冒険物語 (36~43)
2013-09-17 | つたへ

伎痲知の津        36

2013-08-25 | つたへ


 のどかだ、実にのどかだ。眼下に海がきらきら光っている。夢の中か、私は何処にいるのか?
 「久地の尊! 尊!もう少し早く走ってください」
 先導する都賀里の声で我に返った。
 「あれが伎痲知の津です」
 飛が指差す方向に津と市が現れた。津のある海は、外海とは横長の大きな島で遮られている。一度きりであったが、郷主達と海から見た時とはだいぶ趣が違う。
 先刻、津にいちばん近い丘の上で雲を降りて、近くの里を避けて市へ向かって走って来たところだ。
 津や、少し沖が見渡せる小高い林の所で、都賀里が手を挙げて全員を止めた。
 「尊、此処でどうでしょう」
 「よし、ここにしよう。於爾の猛はここで待機。連絡係に衛士を一人借りる。私と都賀里と飛、衛士の4名で津に向かう」
 「わかりました。ここで連絡をお待ちします」
 「飛は直ちに於爾猛と鏡の打ち合わせを済ませよ。猛には海人の船への連絡も頼む」
 再び、都賀里を先導にして、その後を久地、飛、衛士は一気に林を抜けて、左側の葦の湿地を避けてさらに駆けた。


 市の外れの一角。今し一人の里人らしき男が、渡来人風の男に胸倉をつかまれている。
 「標は流してないと申すか!」
 「はい、里の誰かが誤って流したのかも・・」と云って男は首をすくめながら上目使いに相手を見た。
 渡来人とあのはぐれ者だ。
 その時、すーっと男が3人近寄ってきた。
 渡来人は剣を抜く暇もなく後ずさった。
 「吾は於宇の郷は、久地と申す神ぞ。汝はどこの郷人か?」
 「吾れに何用か?」
 「剣を抜くな、争いは無用だ。汝はこの近辺で黒い石とやらを探しているそうな。そのような男を使わずとも、もっと汝自ら尋ね歩けばよいものを」
 久地と都賀里が一歩前に出た。
 「・・・・・」
 「黒い石とは黒がねの鉄サイのことか? ケラ造りの標があれば、回り道せずに済むとみてのことか?」
 「・・・・・」
 渡来人が、ジリッと後ずさりしながら周りを見ようとしたとき、飛に後ろから突き飛ばされた。
 飛の手には渡来人の剣があった。一瞬の出来事だった。

 座り込んだ渡来人の手に、久地が小石を握らせた。
 「こ、これは!」
 「見ての通りだ。しかし、人が造ったモノではない。焚火跡で拾った物で、偶然だったらしい。この場所の周辺にはらしきモノは無かったそうだ」
 久地は飛から剣を預かり、鞘を払った。
 「造りはまあまあだが、味はよくないな~」
 剣を鞘に納めて男に返して、久地は云った。
 「話してみてくれ」
 男は沈黙の後、ややあって口を開いた。
 「吾は左母里の国人で耶須良衣と申す」
 男は、海の向こうから来往する渡来人だった。
 「商人か?」
 「違う。交易はするが商人ではない。左母里族だ」

 
 男は左母里という豪族で、黒がねを求めてやって来たと云った。左母里は小国で、周りを同じような小国に囲まれていたが、それぞれの小国が互恵関係を結び、古来より領地をよく守り続けてきた闊達な一族の集団であるという。近年、大国同士が覇権を争うようになり、小国への圧迫は年々激しくなり、ついには小国同士が管理していた黒がねの山を武力で奪われてしまい。黒がねの供給が途絶えた。時折入ってくる黒がねは粗悪なもので、到底使い物にならない。
 古代はもちろんのこと神代においても鉄を抑えている者が優勢だ。鉄によって権力を集中させることができた。文明が先行していた諸族は、その鉄を求めて西、東、南に北にと往来した。

「左母里には一つの伝えがある。彼の地の火の山の大噴火から、海を渡って逃れてきた一族が黒がねの農具を携えていた。彼らは黒がねの国から来たと云っていたが、その黒がねの道具は左母里のものより堅固なものだったそうだ」
 「その一族はどうなった?」
 「それが、忽然と消えたそうだ」
 「それで、火の大岳のあるこの地に当りを付けて来たのか?」
 「そうだ、火の大岳が東西に二つもあるこの地だと思った」
 「その伝えで少しずつ分かってくるといいのだが、今はこの地に黒がねは無い。吾れらも探しているところだ」
 「やはり無いのか」
 男の顔が暗く沈んだのが判った。

 「お前の国の事情とやらと、その伝えを繋ぎ合せると分かる事かもしれないが・・」
 「他にも黒がねを探してる者がおるのか?」
 「そうだ、この伊宇の郷が急に騒がしくなった。何か心当たりがあるのか?」
 「先刻も申したが、吾れらの黒ガネの山は大国に奪われてしまった。黒がねの山を持っていたのは小国であったが、周辺の他の小国と互恵関係にあり、黒がねは供給されていた」
 「農耕開拓に不可欠な黒がねをまかない得なくなったという事か・・。甘んじて悲惨な属国となるかだ。この辺が一連の事件の原因のようだな。郷主が一番警戒してるところだ」
 「それゆえ手ぶらでは帰れぬ。周りの小国の運命がかかっておる」
 「耶須良衣、しばらく吾れらと行動を共にせい」
 「尊!そんなことをして大丈夫ですか」
 「都賀里、耶須良衣は人品卑しからぬ男だ。盗賊には見えまい」
 「はい、そのようには見えませんが、しかし、今し会ったばかりですし、その話が本当かどうかわかりません」
 「それももっともだが・・。耶須良衣は黒がねが無ければ国が滅ぶ。交易で救えるなら手助けしてはどうか。周辺の小国が一団となって大国に立ち向かえる」
 「吾れらに汝が求める交易品があるだろうか?」
 「ある」
 久地は頷きながら、耶須良衣をキッと見つめて云った。 
 「たたらの匠とかじの匠の派遣でどうだ」
 「それならできる」
 耶須良衣の顔に安堵と感謝の色が出ていた。

 「飛、於爾の猛に使いを出してくれ。そろそろ海人の猛の船影が見えるころだ。和爾の海人衆と合流する前に伎麻知に入るよう鏡の知らせを送ってくれと。それから知らせを送り次第、津で吾れらと合流するよう伝えてくれ」
 「承知しました」
 飛は同行の衛士に指示した。

 「さてと、都賀里、飛と共にこのまま市を一回りして、荷役のヨホロを探しているとふれ回って来てくれ。集合場所は津辺、行く先は比衣豆の浜、荷は黒がねだ」
 「尊、それ等に渡す財を持ってませんが・・」
 「和爾が襲われた所だから集まるとは思えんが・・。おったら白妙を三ヒロだ」
 「わ、わかりました」
 都賀里は目の前にいる耶須良衣の存在を忘れていた。


 久地は、都賀里たちと別れて、耶須良衣を連れて一足先に津辺へ向かった。
 津に着くと同時に舟が一艘静かに入ってきた。
 海人の猛の船とすぐに判った。独特な綿津見の神の船首だ。
 「尊、ただ今到着いたしました」
 「郷主たちは元気か。これから和爾の海人の所へ連れて行ってくれ」
 そこへ於爾猛と衛士が到着した。
 
 「あと、飛と都賀里が来る。到着次第案内してくれ」
 「承知しました」
 久地が耶須良衣を近くに呼んだ。 
 「耶須良衣、海人の猛と於爾の猛だ。みな於宇の郷人だ」
 耶須良衣は二人に対して丁寧に会釈した。
 「この人は左母里の豪族の耶須良衣という。訳あって吾れらに同行する」
 それぞれが再び会釈し、挨拶を交わした。
 「耶須良衣は黒がねを求めてやって来た。国元の事情は分からぬところもあるが、歴史の流れの中の出来事としては興味のあるところ故、同行させる。於爾の猛、見聞きしたこと全てを郷主に報告するのは猛の役目だ」
 「承知しました。お伝えします」

 「於爾猛と衛士、耶須良衣は先に乗船してくれ。飛と都賀里が着次第出航したい」
 「承知しました、和爾の津辺は眼の前の横根島にありますから直ぐです」

 つづく


比衣豆の隠れ浜     37

2013-08-31 | つたへ



 案の定、荷役のヨホロは集まらなかった。和爾が襲われた事件はよほど大きかったのだろう。於爾の衛士をヨホロに見立てることで、告知の役割は果たせた。ここの段取りはこれで良しとして、久地は出向の合図を出した。海人の船は比衣豆の浜に向かって静かに津を出た。
 
 和爾の津辺は横根の島を外海に向かって少し廻り込んだ所にある。津から船影が見えなくなる所に差し掛かった時、小舟が一艘急ぎ近づいて来た。
 小舟は、見慣れぬ船影2隻の存在を告げに来た。久地は海人猛に比衣豆の浜へ直接向かうよう指示し、飛に後を託して都賀里を伴ってその小舟に移った。海人の船はそのまま外海に出て行った。

 和爾の津辺はやはり間口は狭く、奥の広い入り江だった。
 和爾の族長と息子の和爾の猛多由伊が出迎えてくれていた。
 久地の事は海人猛が前もって話をしてくれていた。
 「こ度は、尊の事計りに助力する旨、伺っております。何なりと申し付けください」
 「かたじけない。各々が各々の力を発揮し、互恵の心あれば、皆、交易で栄えると思っている。それが吾が願いでもある」
 大耶の海人衆も伊宇の和爾衆も交易の民、互恵の精神で支えられているはずだ。久地はそう思っていた。
 和爾衆が仮の荷造りを終えていたので、直ちに和爾衆の主だった者と段取りを打ち合わせた。今から日没までには比衣豆の浜で設営を終わらせなければならない。都賀里に必要な機材を点検させて、急ぎ船に積み込んだ。陽は西へ傾き始めていた。
 
  
 和爾の船が比衣豆の浜に着いたとき、すでに海人の船はいなかった。海人の船は後詰めで、夜半、多分夜半であろうが抑えに回る態勢をとることになっていた。
 都賀里は降ろした機材の設営を先乗りの者たちに指示した。彼ら先乗りの者たちは、段取り通り場所の下地造りを終えていた。
 久地が主だった者に段取り合せを命じた。
 於爾猛、都賀里、多由伊、飛がそれぞれ持ち場を確認した。



 比衣豆の隠れ浜の奥に赤い火が一つ。辺りはもう真っ暗だ。
 そのかがり火に向かって、影がひとつ小走りに近づいてくる。もうひとつの影が、そっと出迎える。
 「現れたか?」
 「はい、やはり2艘で来ました。間違いありません」
 「尊、現れたようです」飛の低い声が伝えた。
 「よし、かねての手配通りだ。配置に着け」
 久地が静かに命じた。今戻ってきたのは和爾の猛だ。それを受けて、すぐさま和爾衆が暗闇の中に散った。
 かがり火の後ろに設営された方屋根の幕舎には、外へ足を向けて於爾衆が仮眠の姿を作った。
 久地と飛が荷の前で、都賀里と於爾猛はかがり火の脇で居眠りをする衛士の形をとった。
 月が雲間に隠れたようだ。かがり火のところ以外は一寸先は闇となった。
 それを待っていたかのように、遠くに人の影が動いたのを和爾猛は見逃さなかった。
 周囲の和爾衆の気配が消えた。

 「来たか・・」 久地は心の中で呟いた。
 ジャリ、仕掛けた小砂利を踏む音がした。
 一瞬の間をおいて火が二つ灯った。同時に左右に火が次々と二列並んだ。
 二列のかがり火の脇に、一人ずつ和爾衆が鋒を構えた姿で浮び上がった。
 灯はジリッと輪になって出口をふさいだ。網にかかった集団がうごめいた瞬間、二つの影が素早く輪を襲った。
 閃光が走った。閃光は輪となってクルクル回った。稲妻の動きが止まった時、一人以外全員が倒れていた。
 アッという間の出来事だった。
 八雷の光で力なす神が持つ剣の威力に、皆言葉を失った。

 残った一人は剣を抜けないままに、輪の外に出ようとしたところを都賀里の剣に押されて後ずさった。
 「全員縛り上げろ!」於爾猛が低く叫んだ。
 縄を手にした於爾衆が素早く動いた。
 「気絶してるだけだ。朝が来る頃には気がつく。都賀里、奴をかがり火の前に・・」
 飛が仁王立ちのまま叫んだ。

 「吾れらを襲ったやつだ」多由伊が男に向かって鋒を構えた。
 「和邇の猛、待て! 耶須良衣、こっちへ来てくれ」
 久地が耶須良衣を呼んだ。
 幕舎の前にいた耶須良衣が剣を収めてこちらへ来た。
 「汝はこの男を見知っているか?」
 「吾はこの男を知らぬが、このいでたちは見たことがある。美美野長比登、そうだ美美長族だ」
 「市の者は奴をミミナガヒコと云ってた!」和爾の海人頭が叫んだ。
 和爾猛は、自分たちを襲った者たちを独自に調べて、荷頭の報告の通りエダチのソトで、頭を耳長比古ということを突き止めていた。
 「間違いないようだな」
 久地は剣を飛に渡して、装束の砂を払った。
 
 つづく


美美野長比登      38

2013-09-10 | つたへ


 久地は朝げの匂いで目が覚めた。
 昨夜あれから後詰で上陸した海人猛も加わって、美美長族を尋問した。しぶといかと思っていたが、案外すらすらと事に至った顛末を話した。
 その前に耶須良衣が言うには、美美長族は騎馬民族で、彼らが此処まで来るとはよほど追いつめられているということか。厳寒の中でも騎馬で疾走するので耳当てで凍傷から耳を守る。その耳当ての上の部分が長く独特な形をして後ろになびくので、彼らは美美野長比登と呼ばれているとのことであった。
略奪は、彼らにとって狩りのようなもので、彼らにとっては自然の成り行きの行動らしい。

 「困ったもんだ」久地は悠長に構えていたが、頭目の美美長比古のとある変化を見逃さなかった。頭目だけあって今回の自分達のせん滅は相当なショックだったらしい。今までと負け方が違う。広い世界に出ていかなければ生き残れない彼らには、何かを変えなければならないと思ったはずだ。それが顔に現れ、言葉に現れていたのだ。
 和爾と海人が朝げを用意してくれた。焚火を囲みながらの朝食となった。
 「美美長にもふるまう分はあるのか?あるんだったら分けてやってくれ」
 久地の一言に海人猛がすぐさま反応した。それを見て、和爾猛もしぶしぶではあったが、和爾衆に向かって指示した。
 
 この時代、食、すなわち食べること事が十分にできるか否か、毎日心配しなければならない。美美長衆は、この地に来てから満足に食べてはいなかったはずだ。
 斬首されないばかりか、朝から飯が食えることで戦意などはとっくに消え、彼らは別の顔をしていた。

 「美美長比古、交易だ、交易。 おい、美美長衆を見てみろ、別人じゃないか」
 「どういうことだ」
 「民に剣を持たせるより、イム鋤を持たせてやれ。そのための黒がねじゃなかったのか? それなら協力するぞ」
 「交易と云っても吾れらには何も無い」
 「お前たちには馬があるだろう。騎馬の民と聞いたぞ。馬があるなら牛も手に入るだろう」
 「やはり、黒がねはあるのか?」
 「正直、今は無い。吾れらも懸命に探してる。汝じらの伝えは、この地で黒がねの開発に先鞭をつけた民が、自然の猛威、大災害によってここを離れたという伝え話が役に立つはずだ。それに、この地に黒がねがあり、黒がねの民の伝えを持っている汝じら一族は、その民と何らかの関わりがあったのではないか? 耶須良衣もそうだ。吾れは、そう考えた」
 美美長比古は、朝げに舌鼓を打ち、時折、笑みを漏らしながら食べる美美長衆をじっと見つめていた。
 
 「美美長比古、汝じは民をどこへ連れて行こうとしているのか?」
 「吾れにどうしろというのだ」
 「汝じが将来、部族を率いていくには、まず、腹いっぱい食わすことだろう。いつも腹が減っていてはロクな事は考えない。小さい部族ほどそうだ。あっちへうろうろ、こっちへうろうろだ。耶須良衣たちは少数部族同士で連合体を作った。農耕開拓の基は黒がねだ。黒がねで剣を造って収穫を毎年奪いに行くか、イム鋤を造って民を肥やし、国の基礎を築くかは汝じの考えひとつだ」
 「まずニヒバリし収穫をあげる事、そして、それを守る事だ・・」
 耶須良衣も美美長の顔を見ながら話しかけた。
 「この辺一帯、特にこの郷は葦原から山裾まで平らかだ。いつか開墾され、郷から国となるだろう。於宇の郷主、大耶猛もこの辺の国主となろう。汝じも一緒に国造りを考えてみたらどうか。まだ、開拓する場所はいくらでもあるはずだ」
 「・・・・・」 

 飛や都賀里が海人や和爾に引き上げの準備を促し始めた。
 「和爾の猛、美美長と伎麻知へ行って、奪われた物を引き取ってくれ。ついでに耶須良衣も送ってくれ」
 「尊、あれはあの時、加母知が・・」
 「いいじゃないか、受け取っとけ」
 
 「尊、そろそろ吾れらも・・」
 海人猛が、そう言いながら海人頭に美美長たちの剣の束を持ってこさせた。
 「尊、美美長に剣を返すのですか? また、・・」
 「和爾の猛、あ奴の剣は奪うための剣から、守るための剣に替わった。黒がねが見つかったら、汝じも海人と一緒に運んでくれるか?」
 美美長比古が一歩前に進んで、自分の剣を和爾猛に差し出して、「よろしく頼む」と頭を下げた。
 
 「交易だ!交易の準備をして待っててくれ」
 久地がそう叫んで一行を促したとき、飛の腰辺りでけたたましい呼び出し音が鳴った。
 
 「この時代に慣れちゃったかぁ~、こんなものすっかり忘れてた。はい、飛田、どううぞ!」
 「こちら龍二・・」
 
 つづく


左加禰の真砂土     39

2013-09-16 | つたへ


 「おぅ、龍二、今一段落したところだ。そっちはどうだ」
 「やっぱりあったぞ!本宮先生の言う通りだった。先生に替わる」
 「了解。こちらも久地先生に替わる」 
  
 「本宮、ご苦労さん。あったらしいな」
 「やはり真砂土がそうだった。流し洗いすると真っ黒だった。良質らしい。こんなに早く見つかるとは思わなかった。しかもこの辺一帯で下の方まで続くようなら族長の爾田にもあるだろう」
 「そうかよかった。こちらは比衣豆の隠れ浜まで来てるんだが、ここまでの一件は落着した。さっそく真砂土が役立つ。作戦を若干変更するので必要になる。まずは、族長に八於呂知と加母知に自分たちの山で、この真砂土の探索を早めるように頼んでくれ。合わせて、たたらの試場づくりの場所の選定も命じるように云ってくれ。実は渡来人にたたらの匠ときたえの匠の派遣を取引した。こちらだけでは時間がかかり過ぎるので、作戦変更だ。俺に任せてくれ」
 「了解した。直ちに伝える。それから、龍二君から辰の伝言を聞いてくれ。指示が欲しいそうだ」
 「そうか辰から来たか。わかった」
 
 「龍二です。辰吉先生から連絡が着ました。久地先生と飛を運んできた行方不明だった雲の在り処が分かったそうです。場所はクラミの岩戸というらしいです。時代はあってるはずだと云ってました。辰先生の追跡が雲のマーカーと一致したそうです。分かるでしょうか・・」
 「クラミの岩戸? 横根の和爾や大耶海人衆に尋ねる。彼らは、まだここにいるから。それから龍二君、とりあえず山の長たちを山へ帰す前に、たたらの試場作りを指導しておいてくれ。渡来人の匠の派遣を要請できるので、少し作戦が変更になる。では、族長に替わってくれないか」
 「はい、分かりました。族長、族長、久地先生です」

 「久地の尊、見登耶です。これがもちはこぶをちこちはなす器ですと! 口の中がカラカラです。みことのりを宮の尊から聞きました。さきはかりの変更ですね」
 「族長、やはり真砂土がスサのサカネ、砂の黒がねだったんです。そこで、少し変更します。真砂土を長たち全員で確認できたと思いますので、八族の長たちに自分の山でも真砂土を探し、黒がねをかたづくるよう指示してください。そのためには龍二君から、たたらの試場、たくみのにはの事をしっかりと聞いていくように頼みます。渡来人の匠が派遣されてきますので、よをひらくわざをかがみとして、かたなすてだれを思ったより早く手に入れられそうです。きたえ場は東は爾田の柵、西は今佐山がいいと思いますが郷主と相談して決めてください」
 「尊との事計り承知しました。手立てをよろしくお願いします」
 「出羽玉美豊毘売と於爾加美毘売には今佐山の出羽と九鬼山の志豆が西の拠点になれるようにと、大柄猛には物部の準備をするように伝えてください。それから、於爾加美媛、美那利と加母知の長に真砂土を持たせて夜が浜に来てくれるよう伝えてください。加母知の近くにも真砂土があると思っていますねで、我々も向かいます。もう一度龍二君に替わってください。それから、族長、都賀里は元気に活躍してますよ!」
 「伝えます。喜ぶでしょう。ありがとうございます」
 「龍二君、匠の派遣で君の重荷も軽くなるだろう。たたらの試場は全山、きたえの試場はまず爾田の柵がいいと思ってる。後は族長が郷主と相談して決めるだろう。岩戸の件は分かり次第連絡する」
 
 そこに居合わせた者たちは、飛を除いて、誰もがおののいた。尊はいったい誰と話してるのか?目に見えないものと話をしている尊達は、やはり神だと思ったのだろう。和邇猛と海人猛の二人を久地が呼ぶと、和爾猛は一瞬ひるんで後ずさった。
 「これは神同士で話のできる、もちはこぶをちこちはなす器だ」と云って、久地が笑いながら携帯通信機を飛にポンと投げてよこした。一歩引いていた者達もゾロゾロと、また前に出てきた。
 「ところで、和爾の猛クラミの岩戸というのを知っているか?海人の猛はどうだ」
 「クラミという地名は聞いたことが無い」
 「それでは、どこかに岩屋はないか?洞窟だ」
 「横根の西側の外海に向かったところに大きな穴がある。龍の住家だと言って、誰も近づく者はいない」
 「確かに大きな岩屋があるなぁ。でも行ったことはない。神代からの伝えがあると聞いたことがある」
 「どんな伝えか?」
 「それは知りませんが、神聖な場所だからむやみに近づいてはならんと聞いてます」

 「分かった、それはひとまず置いておこう。よし、それでは、和爾の猛は耶須良衣を伎麻知へ送ってくれ。美美長と耶須良衣はしばし伎麻知に逗留してほしい。黒がねの真砂土を持って帰れるようにする。それを見れば交易の意義が分かるだろう。飛に菰袋を用意させる」
 「先ほどの話は本当なのか?」
 「多分、まさものだろう。これで大手を振って帰れるはずだ。しかし、吾れらを甘く見るな。吾れらもみはかしをかたむすぶ。かたらかの太刀だ」
 「かたらかの太刀と云うのか」
 「そうだ、ましてやいかずちの太刀が控えておる。その威力は承知したはずだ」

 
 やがて、久地達一行は、和爾や美美長の船を見送った。
 「さてと、海人の猛、次は吾れらは夜が浜だ。出羽玉美豊毘売一行を運んできた海人の船は近くにいるか」
 「はい、控えております。海人衆頭がふな長をしてます」
 「その船は、夜が浜の後、爾麻邑へ於爾猛と於爾加美媛を送ってほしい。郷主が海人爾麻邑の宮に待機してるので、報告してもらう」
 「分かりました手配します」

 つづく


夜が浜の緑        40

2013-10-15 | つたへ


 「尊、夜が浜はすぐそこです」比衣豆の浜を離れてすぐに海人猛が左岸の方を指差しながら云った。
 さらに続けて、
 「かつては、河口があったらしいのですが今は樹木でふさがっていて、海上からはその様子は分かりません。そこ一帯の場所の浜が黒ずんでいて、そこがそうだと言われればそうかなという程度だそうです。噴火で流れが変わったのか水無になったんでしょう」
 「美那利の長も加母知からそんなことを聞いたと云ってたな。とりあえず着いたら降りる」

 久地が左舷前方に目を凝らしていると、やがて視界に薄らと黒ずんだところが見え始めた。自分はこんなにも目が良かったかと思った。脚力同様視力も格段に上がってる。
 指揮所に移動した海人猛が身を乗り出して、こちらを見てうなずきながら浜の方を指差している。艫の方で海人衆が小船の用意を始めた。飛と都賀里が剣を背負いなおしている。海人衆が二名加わって先発として上陸する。

 やがて船が減速しだした。波が静かなので、船は海面を滑るように進んで行く。このままギリギリまで近づくようだ。ギリギリといっても距離はまだある。
 海人猛が海面を見ながら手を挙げた。舳先の方で音がした。錨が投げ込まれたのだろう、今度は引っ張られるように減速した。艫の方から海人衆の漕ぐ小早舟が視界に入ってきた。小舟はそのまま浜に向かって突き進んだ。浜に乗り上げるやいなや海人衆は船を降り、寄せる波の力を借りて一気に引き上げた。
 やがて、海人衆一人を残し、全員が木立の中に消えた。

 確かに河口があったかどうかは樹木で判らなくなっているが、言われてみれば何となくそのような気にさせる景観だ。だが、前方の砂浜の色は確かに周りの色とは異なる。黒い。
 「ヒュ~ン、ヒュ~ン」
 2回鋭い音がした。高く、よく通る音だ。
 それに海人猛が反応した。
 「尊、吾れらも行きましょう」
 「わかった、後船の於爾の猛にも連絡してくれ」
 先ほどと同じような小舟がもう一艘、艫から現れた。

 浜へ降りて砂を掴んだ。サラサラ感はなかった。
 木立の中から飛が現れて、久地に紐の先にぶら下がった磁石を渡した。さーっと砂を浴びせた。真っ黒だ。
 「先生、あの向うにはまるでアスファルトの道路かと思えるのがありますよ。中央が少し盛り上がってますが・・」
 その時、於爾猛が衛士を連れて上がってきた。
 「於爾、ここのこれからの光景もしっかりと郷主に伝えてくれ」
 「はい、尊。それにしてもなんだか不気味ですね」
 「長い間、時間が止まってる感じだ」飛も首肯しながらつぶやいた。
 久地達は、屏風のように浜と奥を仕切っている木立を急ぎ抜けた。振り返ってみると、まるで防風林のようだ。
 
 明るいところへ出た。本当だ、前方は道路か?広いところは滑走路のようにも見える。だが、間違いなく天井川の跡だった。この先の思案は、本宮に任せよう。
 一行が前進すると、はるか前方に人影が見えた。一人、二人・・、五人か。美那利と加母知の長と於爾加美毘売、我ながらよく見える。たいしたもんだ!

 
 「尊、左加禰の真砂土を見てきましたので、この地の真砂土もすぐわかりました。大元は上の方にあります」
 ー大元! 大元とはこの大元のことなのか・・ー。

 於爾加美毘売が加母知の長から預かり、二つの小袋の口を開けて久地に見せた。
 「ごくろうでした。どちらもそれほどそん色はないな」
 「はい、加母知の真砂土も左加禰に勝る物ではないようです」
 「尊、今まで気がつかなかったのが不思議なくらいです」
 加母知の長はこの展開をもたらしてくれた久地達に深く頭を下げた。
 「見えてても見えない、視座の呪です。 飛、後日、加母知の長から真砂土を二菰もらって、於爾の猛に持たせてくれ。加母知の長、伎麻知でお待ちしています」
 「はい尊、用意いたします」
 「飛、それから龍二君に頼んである真砂土を四菰、媛と大柄に預けて伎麻知に持ってくるように伝えてくれ。伎麻知で於爾の猛が待ってると」
 「はい、了解です」

 「於爾の猛、伎麻知で全員合流して、大海人の船で海人爾麻邑の宮へ戻り郷主に事の次第を報告してくれ。この先、古志の民を指揮していた者たちと一戦を構えることになるだろう。汝じは、そのための調えを抜かりなく進めよ。また、大柄には大耶の黒がねのたたら場ときたえの庭造りの責任者として腕を揮ってもらいたいと郷主に伝えてくれ」
 「はい、尊の仰せのとおりお伝えします」

 その時、雲が切れて日が差し、一気に周囲が明るくなった。
 遠くの方に緑が見える。久地がその方向を指差すと、加母知が気づいて、あの一帯は草地だと云った。大火岳の裾野との間は草原になっているらしい。
 「先生、何か?」
 飛も手をかざしながら遠くを見つめている。
 「緑が映えて綺麗だな」
 「はい、砂やレキの所に緑があって輝いてます」
 「いいね! まさか、ここにあるとは思わなかった」
 「えっ、先生、何がですか?」
 「美美長だ、美美長だよ! 比衣豆の浜で美美長と取引の話をしただろう。もう忘れたのか」
 「あっ、馬ですね」
 「そうだ。美美長が連れて来てくれたらここに放せる」
 
 「尊、西の大火岳の裾野もここに似てるんです!」於爾猛が叫んだ。
 「えっ、本当か?見たことないぞ。猛」
 「向う側、南になりますから、大耶からは山の陰になり見えません。でも、飛の猛、御雲からは見えたはずです」
 「そうだったか、帰ったら私が確かめます」

 「於爾の猛、馬は来れば、馬匠も来る。こちらも牧頭を選んでおかなければならない。これも考えておいてくれ」
 「わかりました、尊。合わせて郷主にことはかりを伝えます」

 「それでは、両長、後日また爾麻でお会いしたい。よろしく頼みます」
 「尊、準備してお待ちしております」
 
 「尊、潮が変わります。そろそろ参りましょう」
 「よし、それでは伎麻知へ出発しよう」

 海人猛は操船しながら思った。神が舞い降りて、何かが大きく変わりだした。自分の心にも、新しい何かが湧きあがってくるのを感じた。

 つづく


クラミの岩屋       41

2013-12-12 | つたへ


 久地達が伎麻知に到着すると、耶須良衣と美美長が帰国の支度を済ませて待っていた。
 やがて、津のはずれの丘の方から爾田より戻ってきた一行が龍二と大柄猛を先頭にして下りてきた。
 大柄が於爾に何かを告げていたが、於爾は衛士4人を連れ、今彼等が来た道を登って行った。真砂土を運ぶのだろう。
 「久地、族長に後の段取りは頼んできた。そっちの話も楽しみだ」
 「本宮の意見を聞くことが幾つか出てきた。頼りにしてるぞ」
 やがて全員が揃ったので、久地が爾田から戻ってきた一行をねぎらうと共に次の指示を出した。
 「ここにある真砂土を二菰ずつ耶須良衣と美美長に提供する。この黒がねを持ち帰って試し打ちしてくれ。きっと取引に値するだろう。なぜならこれは鋼になるからだ。取引は和爾と海人とで受け持ってもらうことにした。引取りは都賀里と於爾が行う。美美長は耶須良衣を無事に送ってくれ。約束だ」
 「本当だ、これは真さ物だ。尊、かたじけない。約束は必ず守ります。良質の黒がねが手に入る。早速、試し打ちして取引をまとめたい。ところで、鋼とおっしゃってましたか?」
 「かたらかなる黒がねだ。もちろん鋳るのではなく、お主達より更に鍛えて鍛えぬく。剣は切れ味が鋭く、農具はたもち良い鋼鉄だ。爾麻も加母知も早速流し場を造るので、今後はスサとして渡せるはずだ」
 「伝えでは聞いていたが、今まさに目の前にあるのか。吾れも必ず尊の意図に沿うようにいたします」
 「頼んだぞ、二人とも待ってるからな。さぁ、早く帰国せよ。国でもお前たちを待ってるはずだ」
 耶須良衣と美美長達は真砂土を船に積み込み、出航に備えた。

「さてと、於爾は事の次第を郷主に報告してくれ。出羽玉美豊毘売と於爾加美毘売は二菰を持ち帰り、爾田の族長と良く事図り、於爾の山人族全体で段取り怠りなく進めてほしい。黒がねの物造りは大柄が郷主と図って進めてくれ。では、直ちに海人爾麻邑の宮へ海人のもう一隻の船で帰路に就いてくれ。我々もクラミの岩戸を探してから爾麻邑の宮へ戻る」
 「わかりました。直ちに帰路につき、今までの事の次第を郷主に報告し、黒がねのかたらかなるまさもののかたづくりをさきはかります」
 大柄が一行を促して乗船の合図を出した。一行はそれぞれに、久地や本宮たちに挨拶して船に乗り込んだ。
 於爾と衛士たちが荷を積み込み、やがて船はいっぱいに帆を張って、伎麻知を後にした。

 「久地先生、我々も行きましょう。雲は台の方にあります。和爾の猛、海人の猛、ついて行きますから出港してください」
 龍二が先導して後方の丘の方へ歩き出した。飛びと都賀里がしんがりを努めて一行は台へ向かった。

 雲は伎麻知の上を旋回してから勢いよく津を離れた。
 横根島を右に見て、島をなめるように右に回り込み外海に出た。下を見ると和邇と海人の二隻が、帆をいっぱい膨らませ島の外側に向かって快走しているのが見える。左の方には海人爾麻邑の宮へ向かった船が既に外海に出ているのが見えた。

 やがて船は深く切り込んだ湾の方向へ面舵を取り、その中へと進んだ。和邇と海人の二隻がしきりと合図をやり取りしていたので、彼らはこの辺と当たりをつけたようだ。そこで、雲を先に進めて左に旋回させると奥の方に大きな穴がぽっかりと口を開けているのが垣間見えた。洞窟らしきものがちらっと見えたのだ。
 「これかな?それにしてもでかいようです」と云いながら、龍二はゆっくりと高度を下げた。
 「下では小舟に乗り換えたようです。これだと、こちらに合図を送ってます」
 飛が後ろを振り返って告げた。
 「わかった。龍二君着陸しよう」
 「久地先生、洞窟を真正面に見てゆっくりと垂直に降下させます」
 洞窟は僅かだが少し高い位置にある。降下しながら中を覗いてみようというわけだ。
 雲はゆっくりと降下を始めた。
 洞窟の正面で止まった。だが、ただ真っ黒いだけだった。
 「何も見えんね。日差しが届かないのは無理もないが、中も入り組んでるのだろう。よしライトだ。集光機で照らしてくれ」
 雲の集光機が前方を照らした。陽の光だから昼間の明るさだが、やはり中で曲がってるようだ。
 「よし、着陸。降りて徒歩だ」

 洞窟の少し手前の所に恰好の日影スペースがある。そこへ雲を下ろすと、和爾たちの小舟もそこの下を目指して漕ぎ進んできた。
 「尊、それにしてもかんさびた奇しき景色です」
 一番先に船を降りて駆け寄ってきた都賀里が手をかざし、見上げて云った。

 「龍の住家だと言って、誰も近づく者はいない」
 「確かに大きな岩屋だなぁ。でも来たことはない。神代からの伝えがあると聞いたことがある」
 「どんな伝えか?」
 「それは知りませんが、神聖な場所だからむやみに近づいてはならんと聞いてます」
 「尊、吾れと和邇で先を行きます。なんとも奇しきところだ。ここの外海を幾度となく通りながら全く気付かなかった・・」

 「よし、洞窟探検だ」海人と和邇が歩き出すのを見て、龍二と飛も勢いよく駆け上がっていく。
 「飛、まずは七重雲を確認してくれ。雲の存在確認が第一だ」
 「わかりました。龍二と一足先に参ります。都賀里しんがりを務めてくれ」
 「承知しました。尊達をお連れします」

 久地と本宮達が穴の入口に着いたとき、先発の全員が穴の奥から出てきた。
 「久地先生、七重雲は入口の近くで無事です。雲の中も異常ありませんでした。洞窟の奥はかなり深そうなので、皆が、奥へ進むかどうかは先生たちを待とうと云ってたところです」   
 「そうか、奥には何かありそうか?」
 「分かりませんが、海人や和邇たちが緊張してますから、何かありそうです」
 「よし、中を調べる。九重をここに持ってきて七重にジョイントさせれば外の光が使えるから、七重の集光機で中を照らせるだろう。直ちにやってみる。龍二君、都賀里を連れて下まで行ってきてくれ」
 「はい、直ちに。皆さんは操舵室の中でお待ちください」
 皆は、先頭の本宮に続いたが、和爾は初めてなので雲に乗り込むのをためらっている。海人に押されてへっぴり腰のまま雲の中に入った。

 雲が後ろから押される衝撃があった。
 九重が到着した。
 龍二と都賀里が操舵室へ入ってきて、飛に合図を送った。
 飛が上部のスイッチ類を幾つかONにしてから、大きめのレバーを前に倒した。
 雲の周囲がチカチカと小さくスパークし出すと、一瞬ぴかっと稲妻のような雷光が走った。少し間をおいてから、光が段々と明るさを増してきた。やがて洞窟内は昼間のように明るくなった。
 全員が一斉に奥を見やった。
 「ウヮ~!」 つづく


岩殿の絵         42      

2014-01-12 | つたへ


 何かの影らしきものが動いて右に消えた。
 龍二がそれに反応して大声を出したのだった。

 鉤の手になってるのだろうか、洞窟が今度は右に曲がっている。 
 雲を奥へとさらに入れて、右折する方を覗けるところまで進めた。
 後ろの九重のシッポが洞穴の外にあれば光源は大丈夫だと、龍二が言っている。
 ゾロゾロ。
 ようやく右手奥の岩戸を照らした。
 陽の光が明る過ぎて眩しく、かえってよく見えない。
 飛の指示で少し照明を落とした。
 「オーッ!」今度は全員が唸った。岩戸には絵が描かれていた。
 動物の絵だ! しかも二匹。

 絵が一瞬動いた気がした。雲の中で、思わず全員が後ずさった。
 絵は確かに動いたようだ。
 赤い四つの玉がランランと輝きだした。赤い。
 「龍か?」久地が呟いた。
 「これはオロチだ!」本宮が静かに言った。
 手をかざして見ていた皆は目が慣れたのか、息をのんだまま沈黙している。
 「これがオロチなのか?」久地が軽く首肯を繰り返している。

 そのとき、絵のオロチが動いた。絵が動いたのだ。二匹がゆっくりとその体をうねらせながら、頭をもたげてこちらを見た。
 眼は真っ赤なルビーのようだ。それでもオロチは絵の中だ!
 オロチの一匹が頭を上にもたげた。もう一匹は首をグッと下に下げてこちらを見ている。
 都賀里や海人と和爾は腰を抜かしてその場にへたり込んだ。

 「絵でしか見たことはありませんでしたが、龍に似てますね。でもオロチなんですね、先生」
 「私も実物を見たわけではなかったが・・。どの絵にも龍には足があった」
 「この眼はホウズキ・・ではなかった・・」久地が独り言をい云いながら、「エキゾチックさが不思議だ。絵の中に吸い込まれそうだ。危ないなぁ」
 「ところで、ここは何なんだ? 久地には何に見える?」
 「そうだな、造りは祭壇かな。眼の前の岩戸の中が奥ノ院で、さしあたってこのオロチは眷属、守り神か?」

 「久地先生、関屋先生の伝言でここを探し出したんでしたよね?」
 「そうか・・。そういう訳か」
 「どういう訳なんだ、久地」
 「二匹のオロチ、二つの雲はオロチのものなんだよ!」
 「元々は此処のものという事か?」
 「そうだ。少なくとも我々の物じゃないぞ、そうだろう。借り物だ」
 「言われてみればそうですね。俺たちは、お前たちのモノを借りてたんだ。お礼を言って返さなければ・・」
 さして驚かなくなっていた飛と龍二が、一歩オロチに近づこうとすると、小さな地鳴りがして、岩戸の方から声が聞こえた。

 「よう来られた。待ちかねていたぞ」洞窟の中で声が反響している。
 「おい、オロチが喋ったぞ!」飛と龍二が下がりながら背の剣を抜いた。
 「お前たちと約束した覚えはないが・・?」
 久地が二人の前へ出て話しかけた。
 「大元の祝から聞いていなかったか」
 「お前たちのことは聞いていない。もっとも不時着してしまい時代を間違ったらしいんだが・・、我々が来た理由を考えればなんとなく分かるような気がする。しかし我々は目の前の

事を先に済まさなければならない。目の前の事とも繋がっているのかもしれないが、悪く思うな」

 「それは、民が急ぎ忽然と消えた左加禰於呂知の長の話か? 神代の消えた民と関係があるというのか」
 「そうだ、本宮。今は一旦、石海の大耶一族の元へ戻り、我々が手掛けたことに始末をつけることが先だ」
 「久地先生、私たちが来た理由が後先になってしまいましたが、俺はまた戻って来てもいいです」
 「こっちに来て時間が経ってしまった。本宮たちの事もあるし・・、簡単に返事はできない。考える時間よりも我々が手掛けたことに始末をつけることが先だ」
 「分かった。後の世、すなわち今の世の事の始末を先につけるのは道理だ。それにはまだ必要だろうから、七重と九重を貸しておこう」声がまた洞窟の中で反響した。
 「かたじけない。吾れらが来た時代に帰る時には必ず立ち寄ろう」 

 つづく


後の事とその前と    43

2014-02-02 | つたへ


 クラミの岩屋はオロチの住処だった。
 この古代を更に超えたところで高度な文明を営んでいた人々がいた、なんて言うことはにわかに信じがたいことである。でも、我々も、いま古代に時空を超越してきている身では何とも言い難い。
 その民が、流浪の末に海を渡りたどり着いたのがこの地であった。しかも、幸運にも鉄が近くにあった。まったくの偶然の幸運が一匹の蛇によってもたらされ、この地を最初の一歩とさせることとなったのである。

 本宮の推測はさらに続く。
 この流浪の民は蛇を導きの神とする蛇族になったのには理由がある。この民は、この一匹の黄金の蛇によって導かれたからだ。そのヒントは葦にあるが・・。これが本来我々の神の姿であろう。
 この民は流浪の間に、その地の文明に影響を与えながら何世代にわたって移動した。その軌跡はまさに蛇の通った跡のそれであった。そしてこの地にたどり着いたのだ。
 これが本宮比呂志助教の仮説である。そういえば、雲といい、鉄といい、あのオロチの絵といい、どこか異国の匂いがする。それは信じがたい気もするが、我々の有史の時間的長さから考えれば、それ以前が存在していても不思議はない。ただ自分が持っている年表が壊れるだけだ。
 
 -葦か~-。
 伎痲知の津にいちばん近い丘の上で雲を降り、津へ向かって走って一気に林を抜けたとき、左側に広大な葦の湿地が広がった。そこを抜けるとき驚いたカエルたちが一斉に水に飛び込んだのを見た。さらにしばらく行くと葦原の中を縫うように泳ぐヘビを見つけたんだっけな~・・。
 「久地先生」
 「先生、どうかしましたか?」
 「えっ!」
 久地は我に返った。一瞬思考が飛んだのか?

 「さてと、久地どうする?」
 「我々もひとまず大耶へ戻り、郷主に会って、郷主達との事計りの段取りの始末を彼等がつけられるようにしたい。その時点で帰るかどうするかを考えよう。確かに、本来の目的である大祝の依頼は達成していない。が、時も経っている。飛や龍二君は帰さなければならない」
 「では大耶へ向かおう」
 「和爾の猛多由伊は横根島の津辺に戻り、耶須良衣と美美長からの知らせを待つ。爾麻の猛大海人は爾麻の大津辺へ戻り和爾の猛からの連絡を待ち、共に交易の受け入れ準備を進める。都賀里は吾れらと同行して、使いを出して爾田於呂知の見登耶族長に事の次第を報告する。これでどうだ」
 「承知!」



 後の事であるが・・(この部分には一書があるので、別けて後日に綴ることとする)。
 左母里の耶須良衣と美美長族の美美長比古が、約束を果たしに再びやって来た。耶須良衣はくろがね流しの匠とたたら吹きの匠、それにかじの匠を伴ってやって来た。また、美美長比古は新たに船を建造して、馬を連れてきた。もちろん、まきの匠を伴っていた事は云うまでもない。それに美美長もかじの匠まで連れてきてくれていた。
 彼らがここから持ち帰った真砂土はまれにみる良質なものだったそうである。それで作る農具類は極めて堅固で、特にこの真砂土で造られた剣は少数部族にとっては不可欠なものとなった由である。その安定供給の見返りとして、彼らは誠意を見せてくれたのであった。
 その結果於呂知八岳、西の一鬼山の今佐山と九鬼山の志豆、中央の龍武山と龍琴山、東へ来て爾田、美奈里と左加禰に加母知でくろがね流しが始まり、野だたら吹きが完成した。そして東のたたら頭は爾麻於呂知の見登耶、西のたたら頭は今佐山の出羽玉美豊毘売となった。かじ頭は大柄猛が務め、於呂知八岳で始まり、東西の黒がねの鋤鍬をはじめ農具の生産が始まった。ミハカシは、爾田と志豆のものから類い稀な物が生まれた。後にクラミの宮に献上されオロチの剣となった。
 また、現代の我々が、この地で出会う川底の高い天井川はこの名残である。またここに流れる水は、当然ミネラルが豊富で良きコメを育てた。この川の水を引いた田はニタシキ田と云われたそうである。
 さて、美美野長比登、美美長族との出会いで得た情報から存在を知った牧は、東西の大火岳大神山の緑豊かになった麓に設けられた。東は大耶の於爾族が、西は加母知の長が引き受けた。ここで初期の馬の生産が始まった。
 なお、余談であるが後の時代、ぐっと下るが、大火岳の噴火の予兆が現れた時、東の牧は民と共に古志を通って、信濃、坂東へと逃れたと聞いた。西は一部が筑紫方面へ逃れたとも云われていたが、大部分は大噴火でそのまま埋没したようである。

 眼下には、大海人の船が一路和邇の津辺に向かって進んでいる。空には雲が二つ前後して浮かんでいた。久地たちが和爾の猛多由伊を横根島の津辺に訪ねるところである。彼らは全員一致で、再びクラミの洞窟に向かうことになった。必ず誘ってくれと云っていた和爾の猛多由伊を誘うためである。
船には於爾猛、於爾加美毘売が新たに加わっていた。郷主から手助けせよと命じられた衛士たちも十数人が選抜されていた。飛田正之と要龍二は二人だけで帰還することを拒んだのだった。

つづく

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神魂布瑠ノ森の冒険物語 (28~35)

2014年06月04日 | 日記
神魂布瑠ノ森の冒険物語 (28~35)
2013-05-18 | つたへ
節 分
2013-02-01 | つたへ
 2月3日は節分です。翌日の4日・立春から、いよいよ新しい年が始まります。この節分は、立春の節分です。節分はもともと四季の分かれ目を意味していて、立春・立夏・立秋・立冬と年に4回あります。しかし、この立春の節分だけが暦に記載され、一年のスタートとして、私たちの習慣の中に残りました。
 立春正月、年の初めで、冬から春になるという考えから来たのでしょう。そこで2月3日、最後の日に邪気を祓って幸せを願ったのです。
 立春には、その年の明きの方、良い方角の「恵方」にある神社に参拝に行ったり、地方によっては、恵方に向かって「恵方巻き」=太巻き寿司を一気に食べる習慣もあります。要するに年のスタートの行事がいろいろと行われきたわけです。皆さんのところでは、豆まき以外にどんな節分行事があるでしょうか。

 暦に書かれている吉神・凶神の効果・禍のスタートもしかりです。
 今年の年回りは、吉凶がかなりはっきりしています。ご自分の特徴がもろに出る年ですから、攻めに入る人、守りに入る人、いずれも、そんな気分がしてくる年回りです。上手に吉運を感知してください。
 身近にある暦をひもといて、この年を布く星とご自分の星との関係を、また、ご自分の星の座す位置は?と、念頭に当たり1年の計を立てる。さらに年・月の吉方を知り、パワーアップの一助とされるのもよろしいかと思います。
 ご運を念じます。
 
 さて、いつもいつも更新が遅くなり恐縮しております。お読みいただきありがとうございます。



 
於呂知岳へ      28

 九重雲は、再びゆっくりと上昇し始めた。
 「龍二、まず北東へ舵を取って、真西に火の岳が見える所まで一気に飛んでくれ」と、飛が大柄の顔を見ながら指示を出した。
 「了解。今度は少し距離がありそうだな」と、龍二は大柄がうなずくのを横目で見ながらレバーをゆっくりと前に倒した。
 雲が走り出した。

 「於爾猛と於爾加美媛たちは一日早く出ているが、途中で追いつくかもしれない」と、大柄が云った。
 「大柄さん、徒歩だとどうやっていくんですか」
 「爾麻の大津辺から船で伎麻知の津まで海路を取る。そこから徒歩で比乃川を上る」
 「徒歩か~。結構ありそうだな~」
 「龍武、汝じも吾れたちと同じように、そろそろ歩けてよい頃だ」と、大柄が飛の方を見て、笑いながら云った。

 雲は一段とスピードを上げたようだ。地上の景色が、まるで地図の上を滑っているように次々と走り去っていく。
 やがて、左側に噴煙が立ち上る大岳が現れた。大柄が、左腕を西に向けて右腕を前方に伸ばしながら、その先にある峯を探すようなしぐさをしている。
 「この辺から速度を落としましょうか?」
 大柄が一番奥の峯を指示したところで「一旦、止まってくれ」と云った。まだ距離はあるが、大柄の右腕の先には高い峯の連なりが立ちはだかっている。
 「一番手前の峯が龍琴山、於呂知八岳の入り口だ。於呂知八族の邑々は八岳に囲まれるように点在している。直進すると於呂知族の本拠地、爾田がある」と、大柄は云いながら、今度は下をの覗いた。
 「それでは、龍武、龍琴山を右に見ながら、かすめるように北上してほしい」
 「了解」

 雲は、やや左に旋回しながら若干高度を下げて、西の火の大岳と龍琴山の間を抜けるようにして北へ進んだ。この辺り一帯は深い森だ。樹木しか見えない。
 しばらく飛んだ。大柄と龍二以外はくつろいでいる。これがドライブなら眠くなるところだと飛は思った。
 ややあって、大柄が身体を起こし、手をかざして前方を見つめた。その気配で飛が傍にやってきて手をかざした。龍二には樹木の絨毯しか見えない。
 「何か見えるのか?」と、龍二が大柄と飛に尋ねた。
 「あの辺に川筋があるのかもしれない。森がところどころ切れる」と飛が指をさしながら龍二に云った。
 やがて、ちらっとであるが、光るものが龍二にも見えてきた。
 川だ! 川筋の両側が少し開けてそれが模様のようになっている。近づくにつれ川筋がはっきりとしてきた。両岸はごつごつした岩だらけだ。あの辺は上流なのか流れが急で白く波立っているのだろう。川下を探して目をやると、かなり惰行してるように思えた。

 川の上空までくると、大柄が川に沿って下るように指示を出した。雲は大きく左に折れて川筋の通りに川下に向かってゆっくりと進んだ。
 「人がいる!」と、飛が下を指さした。一瞬であったが、影が二つ飛んだ。
 「於爾猛と於爾臥加美媛かもしれない」
 「もう少し下へ降りてみよう」
 「了解」
 雲はエレベータのようにスーッと降りて行った。
 川筋のゴツゴツした岩の両岸が少し開けてる所があり、雲はそこに浮かんだ。

 「於爾タケ、媛~」と、雲から飛び降りた大柄が森に向かって呼んだ。
 大きな岩の向こうから二つの影が立ち上がった。
 「大柄の兄貴!」と、驚いた様子の若い男が明るい場所へ躍り出てきた。
 「大柄の兄さま? どこから来たんのですか?」女の方は声だけで、日の射す明るい場所へは出てこようとはしなかった。
 「神たちと一緒に峯々を調べている。先に出立した二人を見つけたので降りてきた。於呂知の邑へ送るから乗ってくれ」大柄が、二人を手招きしている。
 「神たちの乗り物の雲とはこれか~」
 「早く来い。媛、大丈夫だ。吾れも運ばれてきたではないか」
 「兄貴がここにいるってことは大丈夫だってことだ。大元の本宮の斎庭で神たちにも会ってるし、媛、行こう!」
 「はい、わかりました」と、云って於爾加美媛はようやく明るい所へ出てきた。 
 大元の台で見たときは分からなかったが、少し小柄で、キリっとした顔立ちの俊敏な女性だ。於爾族は美人が多いと神たちは思った。

 雲は再び上昇した。新しく乗り込んだ二人は、その場にぺたりと座り込んだまま下を向いていて、両の手は固く握っている。
 大柄が、前方の見える前に来て、詳しく案内するように促している。
 それを見て、飛と龍二が軽く笑った。
 「私たちも、於呂知の族長に会って事の次第を確かめたいね。どうだろう」と、久地が勅使の二人に尋ねた。
 「私たちは構いません。神たちが一緒であれば心強い限りです」於爾猛が応えた。於爾加美媛もうなずいている。

 雲は、前方に壁のようにそそり立つ峰々の近くへ来た。
 「一番手前の山裾に大きな柱が立っています。それを見つけてください」と姫が龍二に向かって云った。
 「分かった。御柱が立っているということだね」
 「はい、それが峯入りの入口です。そこで降りて、私が木鐸を叩いて合図を送ります」と、媛がふらふらと足元がおぼつかなくも云った。
 -銅鐸じゃないんだ~と、本宮は心の中でつぶやいたー

 「そうか~、そう言う事だったのか~」と、そのとき久地がつぶやいた。

 つづく

於呂知         29
2013-02-15 | つたへ
 「そういうこととは、どういうことなんだ?」と、本宮が久地に尋ねた。
 「その柱が神社の始まり、すなわち起源ということだ。あのように神の坐す所と人の住むところの境界を表している。知っているだろうが、古い形を維持している古社は、拝殿のみでご本殿を持たない。それだ、ここの人たちは資源を内蔵する山を神として、資源を神の持ち物として仕えているのだろう」
 「なるほど、そういうことか。この時代の人々は、神とともにあった。そう理解すると一つ一つが解りやすい」と云いながら、本宮はななし山の台で黒子修造さんが一本柱の跡を見つけたことを思い起こした。神とは山河の自然であり、自然がもたらす物を活用する技も含まれていたんだ。

 雲は大木の柱の前に降りた。
 於爾加美媛が恐る恐る足を下ろして地面に降り立った。
 媛は大木の前を通って裏側に回った。
 少し間をおいてから、「カーン、カーン」と音が鳴った。乾いた音は山に木霊するように鳴り響いた。
 「音霊か、結構響くな」久地が独り言のように呟いた。
 
 しばらくすると、森の影の中に姿が現れた。男が三人だ。
 媛が中央の男に話しかけた。 
 「吾れは、於宇の郷は大知邑、志都の於爾加美とまおす。郷主の大耶武の使いでまいった。於呂知の族長を訪ねる」
 中央の男が明るい所へ出てきた。
 「よう参られた。吾れは、於呂知の爾田猛、都賀里とまおす。族長の所へあないする。媛はここへは独りで参られたのか?」
 媛が後ろを振り向くと、雲の中からぞろぞろと男が6人も出てきたので、爾田猛は一瞬たじろいて身構えた。後方にいた男たちもそれぞれ六尺棒を構えて前に進み出てきた。
 「驚かせてすまない」といって、於爾猛が媛の前に立った。
 「吾れも於宇の郷からから参った大耶邑の於爾猛とまおす。媛と共に郷主の使いとして参った」
 同時に、後方から声がした。
 「猛、爾田の都賀里! 大柄だ。こちらの4人の方は、於宇の郷に降りられた神たちである。途中で使者に割り込んだしまった。神が於呂知の山人に会いたいと申され、あないした」
 「やぁ、驚いた、大兄も一緒でしたか! よう来られました。志都と今佐山へはこちらから使いを出している。よう参られた。族長の所にあないしましょう」と、云って爾田猛、都賀里は先に立って歩き出した。

 山裾を迂回するように、左に回り込んで森の中を突き進んだ。およそ30分位進むと木槌の音が聞こえてきた。木立ちを透かして見ると、開けたところで人が作業しているのが垣間見えた。
 「峯の山裾、里側の高台に於呂知の柵を設けて、於呂知のえだち人が留まるところを造っています」
 来麻知の一件で、族長は将来に備えることを考えたようだ。
 於呂知八族の集落は、それぞれの峯の麓にあり、そこの長が治めているが、ここは八族全体の柵、すなわち砦、前線基地とでもいうべきものだろう。ここを通らなければ八岳の峰入りは不可能と云っていた。
 やがて槌音が大きくなって、目の前が開けてきた。やや不揃いではあるが杭を並べた柵で囲もうとしている。その杭を打つ音だったのだ。
 囲みの中には、同時進行の大き目の屋根を持った建物が建造中だ。柵は長径50~60m程の楕円を囲もうとしている。環濠や楼観の計画はないようだ。

 柵の入り口付近にいると、建造中の現場から一人の男が両手を広げて出てきた。
 「於爾加美媛、よう参られた! この前は郷主の所へ出仕してたらしく会えなんだ。しばらく見ないうちに美しゅうなられたのう」と、云って媛の両肩に手を置いた。
 「於爾の猛、よう参られた。大柄の猛、うむがし、うむがし」と、云って両者の手を取った。
 「神々もよう来てくだすった。大耶に坐す神々に於呂知の見登耶、ご挨拶いたします」と、云って深々とお辞儀をされた。
 
 族長の案内で進みながら媛が・・。
 「於呂知の族長の話を於宇の郷主に伝えました。宇伊への侵入にかかわりがある事と判断され、神たちが持つ強い剣作りを決心されました。このことは、また、強き鋤、鍬、斧にも使えることを神から知らされ、於宇の於爾族と宇伊の於呂知族に協力をお願いしたいと、大耶の於爾猛を使わされました」
 「まじこり、承知しました。吾が八族も於宇の郷から出た同族、共に協力してこの郷の大守りとして守ろう」と、族長が於爾の猛の手を握った。

 つづく

爾田於呂知      30
2013-02-24 | つたへ

 「それでは、これから吾が邑へご案内いたしましょう」と云って、族長は爾田の猛・都賀里に後を託して、また後から来るように指示した。
 「あれは息子です。於宇の郷主や大柄の猛大人には友としてもらってます」と云いながら神たちを先導した。

 山裾をぐるりと廻り込むと所々開けた場所に出た。稲田だ。
 「ここから奥にかけて田作りができる土地です。吾ら於呂知も山人於爾族で、その於爾族の田という意味でこの辺一帯を爾田と呼んだのが始まりです。人が生きていくには食料と水がなくてはなりません。米は一番の宝です。於宇の郷主は米作りを安定させたので皆から尊敬され、おおぐにの郷主という尊称を大元のはぶりからもらったのです」
 先ほどの御柱の場所へさしかかると、族長は同行して来た者に何やら指示を出した。
 「左加禰と美奈里の長に爾田に来てくれるよう使いを出しました。これらの邑は爾田に一番近い村です。使者や神々の話を伺ってから、後に八族の長を集めて報告し、こと議り致します」

 「それでは族長、我が乗り物の九重雲に乗ってください。一気に村へまいります」
 「えーっ、なんですとー!」
 族長も先ほど乗せた人たちと同じだった。邑の上空に着くまで動くことはなかった。ここではくどいので割愛する。

 雲は邑の中ほどの少し広い場所に降り、その雲の中から、よろよろと族長が出てきたのを見て邑の人達は驚いた。
 「つどひのひむろへ神をご案内するように。それから、長老とマブ頭につどいのにはに来てくれるよう伝えてくれ」さすが族長よろけながらも、しっかりと指示を出した。
 「まだ体がふわふわしております。あっという間にひと山越えたんですね。さすが神の乗り物」と、感嘆しきりであった。
 一行は、集会所のようなところに通された。中は大半が土間で、ムシロ状のものが所々に敷かれていた。奥の隅の方に石囲いの囲炉裏があり、細い煙が上がっている。案内してきてくれた数人の男が、あおり戸を外に向かって押し出すと、集会所の中はいっきに明るくなった。

 そこへ族長が2人の男を連れて入って来た。3人は奥の我々の前に来ると、坐して、改めて拝礼された。
 「この邑の長老とマブ頭です」と云ってから、マブ頭から数個の石を受け取り4人の前に並べた。
 「黒い石だ!」と龍二が間近に進み出て手に取った。
 「それは鉄センだろうか」と本宮が龍二に念を押した。
 「何だ鉄センとは?」と久地が聞いた。
 「私も詳しいわけではないのですが、鉄が溶けだした残りのようなものでしょうか」龍二が答えながら族長達の方を見た。
 「以前、山で煮炊きや焚火をする場所があったのですが、その場所の跡から見つかったとの事でした」と、族長はマブ頭を見ながら云った。
 「我々はそれがなんだか判りませんでしたが、火の中で変色したものなので持ち帰って長老に見てもらいました」
 「昔、山火事がありまして、大したことがなかったんで皆で後の始末をしに行ったとき、偶然見つけて持ち帰っておいたものと同じでした。我々は山の石で見慣れないものは持ち帰って取っておくという習慣がありますだ」と、長老が答えた。
 「どちらも火焚きの跡で見つかっています。それで伎麻知の津で黒い石を垣間見たときピンときました。自然の土中の石ではないと。ならば、吾が近くにも黒金はあるのでは」と、族長は神たち4人を見て云った。
 「我々は、自然と文化がまさに遭遇する場面にいる」ポツリと本宮が云った。

 鉄は強靭な道具を生み出した。その実用性は文明を変えた。農耕、漁労、狩猟、建設と、その生み出されて文化は人間の住む世界を席巻し、圧倒的な強さを発揮して他を圧倒した。身を守る武器は歴史を変えた。
 「郷主も言ってたな。鋤、鍬、斧だったな、確か」
 「そうだ久地。剣ではなかった」
 「我々の感覚では、神宝と云えば、すぐに剣を思いつくが・・。それは戦を至上としてきた文化を持つ者の宝なのだろうか。神がそのような宝を人間に与えるのかな?」
 「自らの身を守ると表現されているが・・」
 「それはずーっと後の事だろう。一番最初に、それが相手に致命的な打撃を与えた現場にいた人間に聞いてみるしかないね」
 「文明の衝突があっただろうね。きっと」

 「吾が山人は、神の持ち物を神の指し示す技を用いて、神の思いに従って表します。それが神使えです」
 一瞬、その場に沈黙が走った。

 ややあって、久地が云った。
 「私は、郷主や族長の思いに沿って行動しようと思う。我々は、ここへ舞い降りて来てしまっただけだ」
 「これから先でも、再び乗り越えなければならないだろう問題だ・・」と、本宮が応じた。
 「龍二君、君は黒金の製法をここで実験してみてくれ。飛は、都賀里君と共に怪しげな里人の動向を探り、今後の展開へのめぐりみを担当してくれ」
 「承知しました」と、二人が応じた。
  
 つづく


左加禰於呂知    31
2013-03-18 | つたへ
 龍二は、情報収集に里へ出かける二人を見送ると、黒がねの原石の発見と吹き方を考えなければならないと思った。
 ちょうどその時、そこへ美奈里於呂知と左加禰於呂知の長が駆けつけて来た。

 「美奈里と左加禰の長よ、いよいよ動き出すこととなった。よろしく頼む」族長が重々しい口調で云った。
 「族長、この前のことはかりの後、それぞれの山で赤い水・黒い水の濁り水を見つけるように指示しました。しかし、見つけられませんでした。ここに濁り水らしき流れ元の石を持参しました」
 いくつかの小石交じりの石が前に並べられた。
 「まずは龍の猛にお見せしてくれ。それに、龍の猛、これも見てください。これが爾田の山石です」と族長、長たちが石を龍二の前に並べた。
 龍二は腰のポーチから小型のルーペを取り出して石を覗きはじめた。そして、濁り水の元石を並べなおして、目視で、爾田の山石を比較してみた。
 「それぞれの石の色はちょっとずつ違いますが、ルーペで覗くと微かな鈍いオレンジ色が見て取れます。いわゆる錆色です」と龍二が云って目を離した。
 「これは美奈里の石です」
 「こっちが左加禰の石です」
 と云って、二人の長が石を爾田の山石の隣りに並べ変えた。龍二もさらにルーペを覗いていたが、鉄鉱石の見分け方に詳しいわけではない。そうと思えるものがあるだけで、石の中から選び出したものを族長と長の前に並べた。
 「これがまさ物ですか?」と族長がしげしげと覗き込んだ。
 「ほとんどが濁り水の元石ですね」と龍二が長たちに念を押すと、彼らは同時に頷いた。
 「そうなんですが、期待できるかはまだ判りません。そこで、別にした石をそれぞれ土のように細かく砕いてください。それから、泉中水の流れを幾筋か作って石別に流してみましょう。そうすれば軽いものは先の方へ流れ、重たいものはその場の底に残ります。残ったものを集めて観察しましょう」
 「なるほど!」と云って、族長はマブ頭を側に呼んですぐさま指示を出した。
 数人の男たちがマブ頭と一緒にその場を離れて行った。

 再び族長が神々に向き直って続けた。
 「来麻知で聞いた黒い川は見つかりませんでしたが、ここにおります左加禰と美奈里の長から神々にお伝えしたいことがあります」
 「どんなことでしょうか? 伺いましょう」
 と、今度は本宮が膝を進めた。
 「左加禰の長がまさ土の伝えを、美奈里の長からは東の大火岳の近くの隠れ浜、黒浜の話をお聞きください。吾れはこたびの事に繋がりがあるような気がしてなりません。ぜひ、神々に判断して頂きたいのです」
 と、族長が二人を促した。
 「では、左加禰の長から話していただきましょうか」
 と本宮が左加禰の長の方へ向き直った。

 「吾れは左加禰於呂知の長の左加禰と申します。吾れの山の一か所に山土の柔らかいのが採れる所があります。古からの伝えにより、サカネのマサ土と呼んでいます。この山の長は代々、必ずサカネを名乗るのがしきたりで、吾れも左加禰を名乗っております。山土は役に立ちませんので採ることもなく、奇しき伝えよと思っております。しかし、先住の山人の神への称え言だといわれ、約束しましたので、吾れらもしきたりを守っております。こたびの話を族長から聞いて、この土の事を思い浮かべました。というのも水に流すと底が真っ黒になるんです」
 「どんな土ですか?」
 「土と云ってもほとんど砂に近いのですが・・、ここに持ってまいりました」
 と云って、太い竹筒を族長に渡した。
 族長は受け取った竹筒の中身を、そこに広げた。まさしく、土のような、砂のような、砂岩を砕いたもののように見えた。
 「まさしくこれだ!」
 手にとって指でもんだ本宮が叫んだ。

つづく

左加禰の伝え    32
2013-03-24 | つたへ
 「もう少し詳しく話してくれませんか、左加禰さん」
 隣の龍二も膝を乗り出してきた。
 「吾れらがこの地に来たときは、先住の民がおりました。先住の民は獣採り、こちらは石採り、争うこともないので、近くに一緒に住まわせてもらっておりました。やがて、気候が変わり、その民たちは獣を追って北へ移動していきました。
 その折、不思議なことがあったと伝わっています。その民を帯同していた神が、この場所の石を守るならば、この山を譲るというのです。長は必ずそれを名乗り祀れと言い残し、何処かに去って云ったそうです。その神の一族が、古代に移ってきてここを発見したそうです。
 吾れらは元々峰に深く入り、もはらなるものを作る石を探す民で、於呂知と呼ばれております。しかし、黒石、緑石など硬いものばかりですから、やわ物には関心がありませんでした」

 「それだそれ、まさしくサカネだ!」
 本宮は独り言のように呟いた。
 「本宮、どういうことだ。さっきから」
 久地が訊ねる。
 族長をはじめ龍二達も前へ乗り出してきた。
 「渡来人は、鉄サイを探してたんだろう。鉄サイは、鉄を取り出した後の残りで黒いんだ。交易の中で古の伝えのうわさを聞きつけたに違いない。そして黒ガネを探す目的で、交易のある古志の民の一部をそそのかして侵入を試みたのだろう。しかし、鉄サイはおろかそれらしき石ころひとつ発見できなかった。という事だろう」
 「それもそのはずですね、長たちが見つけた物も小石状で、たまたま地表に露出してたのが、長い間に溶けたにすぎない。だから焚火跡で見つかったということでしょう。先刻砕いた石も結果は同じでしょう。鉄の含有量は極めて低いでしょうね」
 「では望めないのか。本宮?」
 「いや、有望だ。極めて有望なんだよ!」
 「よく分からん」
 と、久地は身を起こした。

 「あだし人の国での黒がねとは、黒鉄(くろがね)の石のことだ。しかし、ここでは石ではなかったということなんだ。まさものの土といって、真砂土のことだったんだ。辰が言ってただろう、〈サ行〉だと。ほら、サカネさんだろ。〈サ・カ・ネ〉すなわち、砂(さ)の鉄(かね)と読むべきだろう」
 本宮はそう云って皆を見回した。
 
 しばし、沈黙が走った。誰もが思いもしない言葉が出てきたからだ。
 「鍛冶の匠が言ってたのを思い出しました。元は岩だと。確か花崗岩? あっ、真砂土と書いてある」
 龍二は、取り出した小型のノートを読みながら云った。
 黒子修造さんに紹介してもらった鍛冶の匠、短期間なので技術の習得に集中して、能書きはメモっただけのようだった。
 「もうひとつ〈サ行〉があるんだが後にしよう」
 と、本宮が云ったとき、先ほど出かけて行った二人、飛と都賀里が急ぎ戻ってきた。

 二人は柄杓の水を一気に飲み干した。
 「吾れらが柵を造り始めたので、はぐれ者の男が柵に関心を持ち、しきりに嗅ぎまわってるという事でした」
 と、都賀里が里で聞いた話をした。
 「それは、吾れが来麻知で見た怪しげな里人か?」
 と、族長がただした。
 「多分そうでしょう。その男は手長という名前で、里から追い出されて、今は里人ではないそうです」
 「はぐれ者か・・。それなら、御柱を越えて探りに入って来るのはじきの事だな・・。他には何か無かったか?」
 「大したことではなさそうですが、近ごろ椀と箸がよく無くなると、何人もの里人が言ってました」
 と、首をかしげながら都賀里が云った。
 「何?! 椀と箸じゃと・・。なんじゃそれは?」
 族長は手を顎に置きながら首をかしげた。
 「はい、何人かが、確かにそう言ってました。外干しの椀と箸がいつの間にか無くなると・・。しかも、このところちょくちょくだそうです」
 と云い終わると、都賀里は柄杓でもう一杯、水をゴクリと飲みほした。
 「この時代は、此処ではまだ椀と箸は生地のままなので、濡れた物は屋外で陰干しにします。カビや汚れを防ぐためです」
 と、飛が本宮と龍二のために付け加えた。

 「はて、盗みの者がはぐれ者なら、それほど客が来ることもなかろうて。ましてや、よそ者が来れば、必ずや見とがめられているはずだが・・」
 族長はそういうと腕組みしたまま思案にくれた。
 「それは、サインじゃないのか。信号かもしれんぞ」
 その時、久地があごの無精ひげをなでながら云った。
 族長たちが、久地の方に納得させてほしいという目を向けた。
 「そのはぐれ者の男は、椀か箸を川に流して、下にいる者に合図を送ってる。そう考えた方が妥当じゃないのか」
 「うむがし、まさ目なり、久地の尊。親の手伝いをして、子供が時に手元が狂い、流してしまうことがありますが、大切な物なので追っかけて必ず拾いますぞ」
 「族長、何人かの者で、その合図と進捗状況を調べてくれませんか」
 「承知しました。早速里から下流の方まで探索して伊宇の様子を観てこさせましょう。久地の尊。遠慮なくさきはかりを進めてください。もたもたしてはいられませんぞ」
 「はい、族長、防御の準備をしましょう」
 久地が遠くに眼をやり、頷くしぐさをした。

 「それじゃあ皆聞いてくれ。大柄猛、飛、於爾猛と於爾加美媛は急ぎ於宇の郷へ戻り、事の次第を郷主に伝えてくれ。そして、屈強なえだちの衛士30人を連れ帰る。志都と今佐山へは使いをだし、出羽毘売に石部の匠を10人集めるよう頼んでほしい。大柄猛、物部の匠を10人頼む、龍二君の所で作業を進める人達だ。飛び、向こうへ着いたら、海人の邑へ行って、大津辺の長の海人猛に大船に全員を乗せ待機してくれるよう話してくれ。大柄猛と共に郷主にこれら手配を頼んでほしい」
 「この柵には、都賀里のもとに20人を集めましょう。どうでしょう久地の尊」
 「はいお願いします。じゃあ、飛、九重雲で全員を運んでくれ。龍二君、雲まで行って後の荷を下ろして、辰に報告しておいてほしい」
 「分かりました報告します。僕は関屋先生にフイゴの設計図を頼んであります」
 「じゃあ皆さん雲を入れてある洞窟までまいりましょう」
 「先生、船は伎麻知の津へ入れるんですか?」
 「海人猛に聞いてほしいんだ。美奈里の長から聞こうと思ってる、伊宇の郷の外にある、東の大火岳の近くの比衣豆の隠れ浜、またはその近く、そこへ回せないか。あっちへ行った方が速い気がするんだ。この前船に乗った時、海路が弧を描いてるようだった」
 「よく聞いてきます。分かりました、行ってきます」
 族長、本宮と共に皆を見送った。
 
 「族長、剣造りを急ぎましょう。アカガネの技もあることだし、何とかなりますよ」
 「物造りはまあ・・。吾れらは戦らしい戦を知りませんぞ。たまに獣を追いかける程度ですし、どうすればいいのですか?久地の尊」
 「於宇の郷のえだちの衛士、大耶於爾族、海人族などが50人以上は集まります。それに我々3人、本宮を入れて4人。辰の剣がありますから、最初は我々で充分戦えます」
 「そのみはかしは凄いそうですな。八雷の光で力なす神が持つ剣とききました。心強いことです。吾れらも都賀里のもとに20人を集めます。飛の猛と龍の猛に訓練をお願いします」
 「承知しました。まずは柵の護りをお願いします。その布陣で作戦を立ててください」
 「分かりました。都賀里と共に立てましょう」
 「それから本宮、今の内に美奈里の長さんから、東の大火岳の近くの隠れ浜の話を聞いてくれ。きっとお前の考え通りの話になりそうだ」
 「黒浜と云ってたね。族長、美奈里の長さんよろしくお願いします」

 つづく


和爾襲われる    33
2013-05-15 | つたへ
 雲は全員を乗せると飛び立った。
 飛と大柄には、必要な要員を乗せたら、早めにここへ帰還するように指示が出た。
 於爾猛には、郷主にいつでも本体が出動できる態勢を整えてくれるように伝言を携えて貰った。また、於爾猛には海人猛と共に伎麻知の沖へ廻ってくれるように依頼した。

 「さてと、美奈里於呂知の長、お待たせしました。話を聞かせてください。お願いします」
 本宮が族長と美奈里の長に向き直って、頭を下げた。
 「はい宮の尊、あれは古志の侵入があった少し前のことでした・・」
 美奈里の長はおよそ次のような話を聞かせてくれた。

 東の大火岳に連なる峰の一つに、長の同族の於呂知が石や木材を採り、炭を焼いて山人として暮らしているそうだ。彼らは採取した石や木材、それに炭を側に流れる川を利用して海まで運び、横根の島からやって来る海人族の和爾と物々交換をしていた。
 和爾は、良質の炭やアカガネを求めてやって来る渡来人と交易をしていた。和爾は元々沖の島で採れる玉石や道具の素石の黒石を渡来人の塩と交換していた。
 やがて渡来人の求める物が変化して行くのに気付いた。交易の生業から得る情報の変化には敏感だ。石や木工物から金物への変化を読み取ったのだろう。情報収集を重ねて交易品を少しずつ変化させ当りを取っていたのである。

 そんな時だった、思いがけない事件が起きた。和爾が襲われた。
 荷揚げの後、浜で野営をして翌朝の出発の準備をしていた。その時、不意を突かれたそうだ。相手は30人ほどの武装集団で陽が落ちるのを待って船を寄せてきた。
 和爾は荷頭を入れて10人ほどであった。もとより大した武装などはしていない。於呂知との交換物資が浜に降ろされひっくり返されても、何の手出しも出来なかった。
 相手は全員が小振りの剣で武装していたそうだ。
 その中の首領らしき男が、荷頭に向かって鞘入りの剣を突きつけてきた。
 「黒金は何所だ」
 「これのことか?」と云って、荷頭は赤金を指した。
 ガッツンと鞘入りの剣で肩を突かれた荷頭が後ろに倒れた。さすがの和爾達もその時は黒金の事を知らなかったのである。
 荷頭が首を振っているのを見て、彼らが黒金とは何かを知らないと分かったらしい。
 その時、荷頭は思い出した。首領らしき男は、数日前、沖の島で船を寄せられる浜を探していた男だと気がついた。
 ー確かあの男は渡来人のソトの仲間の中にいたー

 和爾達は後ろに追いやられて取り囲まれていた。男達は、炭やアカガネの籠を自分たちの船に積み込んでいる。
 その時、見張りの男が呼ばれて一瞬目を離した。
 和爾達はそれを見逃さなかった。一斉に浜の奥の森に向かって駆け出していた。
 運よく途中で於呂知衆に発見されて和爾達は川をさかのぼり集落へ逃れることが出来た。
 翌朝、於呂知衆と共に浜まで下りて行ったが、もちろん誰もいなかった。
 その後である。渡来人に先導された古志の民が東の大火岳を越えて侵入してきたのは・・。
 美奈里於呂知の長は、長い付き合いだと言って奪われた物を荷頭に持たせたそうだ。
 そして、今日、族長や左加禰の長の話を聞いて、過日のこの事件から思うところがあった。

 「エッ、炭があったのか!」思わず龍二が叫んだ。

 つづく
 

爾田の柵のことはかり 34

2013-06-30 | つたへ

 美奈里於呂知の長は更に話を続けた。
 「申し遅れましたが、その山人は吾れらと同族の加母知といいます。後日のことですが、和爾の長の息子の和爾の猛多由伊があの時の礼にと加母知を訪れました。その時、加母知の長は私からの知らせで聞いてた、伊宇の郷の事の次第を和爾の猛に話したそうです。すると和爾猛は、自分たちを襲った者たちを独自に調べて、荷頭の報告の通りエダチのソトで、頭を耳長比古ということを突き止めたそうです。伊宇の郷への侵入もソトで、耳長比古ではないでしょうか」
 「なるほど、そうですか。それは検討の余地がありそうですね」と久地が応えた。
 「和爾猛は、大耶の郷人達が大元の神や郷主と共に伊宇の郷人を応援してることは、後に大耶の海人衆からも聞いたそうです。その話の中で大耶と伊宇の山人が同族と知り、自分たちの伝えや見聞きした事を話したそうです。礼を兼て加母知の集落を訪れてくれた事が、更に横根の海人衆に伝わる話になったようでした。此度のことと関連があるかはわからないがと言ってたそうです」

「どんな話をされてましたか?」更に久地が相槌を打ちながら促した。
 それはおよそ次のような話であった。
 宇伊の奥峰は、上古より更にさかのぼる神代にあって、神やあだし人が住む所であったそうな。海は今よりも近くに在り、峰々が暮らしの場でありました。しかしある時を境に西の火の岳と東の火の岳が同時に火を噴きました。火の御柱は天空に広がり、陽はその姿を隠し夜のごとき日々が続いたそうです。火の岳の祀りが三度過ぎた後に、ようやく天の陽が少し戻ってきました。現れた東西の火の大岳の形は大きく変わり、両方の峯の近くを流れる川ノ何本かはその流れを変えたり水を失って、付近の景観は一変してたそうである。ある者は海に逃れ、またある者は海辺伝いに、更に西・東・南へと移り、そこを離れていったということであった。
 
 「左加禰の山人に山を譲って消えた民たちは、その民たちの生き残りだったんでしょうか、久地先生」
 龍二の問いに、久地は腕を組んだまま黙して考え込んだ。
 「この消えた民たちの事は、久地たちがここへ来たことと繋がるのかもしれないな~」と本宮が云った。
 「この地一帯の混乱は火山の噴火による災害だけでなく、何か人為的な臭いがする」
 「どんな臭いだ。久地」
 「臭いの話はチョット後回しにして、ここで少し整理しておきたい。まず、伊宇への侵入を先導した者、古志の民を指揮していた者たちだ。次は、伎麻知の津の市で見かけた渡来人。そして今、長の話にあったエダチのソト、耳長比古を頭とする一隊だ。これらは皆同一の集団ないしは近い者たちなんだろうか。共通点が黒がねだからか? その事に引っ張られてはいないだろうか」
 「久地はそれぞれが違うというのか」
 「私はそれぞれの目的が違うように思えてならない。ただ黒がねに関係していることは間違いないと思うのだが・・」
 「久地の尊、吾は皆同じ仲間かと思っとりました。違うのですか?」
 「はい、私は少し違う気がするんです。まだハッキリとは言えませんが・・。美奈里の長、長の話の腰を折ってしまいました。すいません、続けてください。この和爾の事件から思うところがあったと仰ってましたが・・、どういうことでしょう?」

 「先ほど、宮の尊がサカネとは真砂土のことだと仰ってましたね」
 「はい、左加禰の長が持参した真砂土はご覧いただいた通り黒っぽい土の色でしたが、左加禰の長はこの土を水で洗うと真っ黒な砂になるとも言ってました。これこそがこの地の黒がねの素なんです」
 「やはりそうですか。和爾が襲われた所は加母知が交易で使う浜で、比衣豆の隠れ浜と呼ばれている所だそうです。実はこの隠れ浜の近くに大雨の時だけ現れる水の無い川があって、その川が流れ込む先を夜が浜といって、それは不気味な所だと聞いておりました」
 「どんなふうに不気味なんですかね?」
 「一度、吾れが案内された時は雨が降ってまして、普段は誰も近づかないということが良くわかりました。川床も浜も両側を含めた川筋全体が真っ黒なんです」
 「それで、長は黒い砂、真砂土の事に関心を持たれたんですね」
 「はい、そうなんです。そこは、大火岳の奥裏を源とした川が大噴火によって上流が閉ざされたと伝わってるそうです。火山灰だと思うのですが、川床が両岸より盛り上がった水無川でした。河口付近は外海からは樹木で見えず、木々に覆われて陽が入らずで、昼なお暗き夜のように見える所でした。其処で手に取った川砂が真っ黒だったんです。火山の砂ならあんな色してません」
 「その大噴火はいつの時代のことだったんだろうか? 龍二君、辰から何か聞いてないかい」
 「我々が舞い降りたのがどこの時代なのか分かりませんが、関屋先生からの聞き書きによると5~7万年前のようです」
  龍二はウエストポーチから取り出した小型のノートをめくりながら云った。
 「左加禰の山人に山を譲って消えた民たちの時代なのだろうか? いや、もっと古いはずだ」
 久地は再び考え込んだ。

 その時、あおり戸の外がにわかに暗くなった。
 龍二が外へ出て大声で皆に知らせた。
 「早くも、雲が戻って来たようです」

 飛と於爾猛が一足早く帰って来た。雲からは他に屈強な若者が10人現れた。
 「戻りました。この人達は大耶於爾邑の若者です。大柄邑の匠と一鬼山は今佐山の出羽族、九鬼山は志豆の於爾加美族は大耶海人の邑に集まり、出羽玉美豊毘売と於爾加美毘売が先導して、そこから大耶海人の船で出航し伎麻知の沖へ向かいます」
 「大耶郷の者達は、郷主が海人爾麻邑の宮へ招集して待機するそうです。海人猛は別船で海人衆と共に横根の沖を回り、和爾の海人衆と合流するそうです」

 「ご苦労でした。それではどうでしょう、まず族長と本宮、龍二君のグループ。私と都賀里君と於爾猛、飛のグループの二手に分かれ、族長のグループは剣造りを初動させる。私のグループは伎麻知の津、夜が浜、比衣豆の隠れ浜を視察して回り、後に皆と合流する。どうでしょう、族長、本宮」
 「うたた始まりますな、宮の尊」
 「はい、まず左加禰に山たたらを造ります。ためしがまですが、真砂土のある左加禰に八於呂知の匠、加母知の匠も呼んでください。黒がね造りを自分達の山へ持ち帰って、たたら造りをしてもらうんです」
 「うむかし。ゆくりなきまさ物のアスキ造る民となりますな~」
 「はい、族長。まず、黒がねのケラ造りをしますが、必要な物は、真砂土の他は火と水と風です」
 「えっ、それだけで出来るんですか?」
 「はい。それから美奈里の長、加母知於呂知から炭焼きを教えてもらいたいのですが・・」
 「黒がね造りに加えてもらえるんですから、喜んで教えると思います。必ず伝えます、宮の尊」

 「神代の消えた民は、造ってたんだと思いますよ。和爾の猛の話の中に、最後まで残っていた民が急ぎ忽然と消えたと・・。火山の大噴火は分かりましたが、でもどうして・・」
 久地がまたつぶやいた。
 「久地の尊、気象条件が変わって移って行ったと伝わってると、左加禰には聞いとりますが・・きっと大噴火でしょうが」
 「私にはそうは思えないんです。もっと違った事情が絡んだんじゃないかと・・。どこにも黒がね文化が受け継がれていない、断絶してるでしょう。そうは思わないか本宮。その辺も調べてみてくれないか」
 「分かった、これだけ山の民が居るのに、神代といえども何か痕跡が無いか調査してみよう」
 
 雲の中から龍二が出てきた。いつの間にか中で作業をしていたようだ。
 「関屋先生からたたらとフイゴの件が届いてました。それから、何所からか信号らしきアプローチがあるそうです。追跡してるようです。先生にはこちらの状況報告を送っておきました。この辺の神代についても更に調べておいて頂けるよう依頼しました。それにしても都伊布伎って書いてありましたが、どういう意味でしょう」
 そう云って龍二は数枚のメモを本宮に渡した。
 「龍二君、そのツイフキとは、そのふいご、フキコのことだよ」
 本宮が一枚のメモを龍二に渡した。
 「これですか、この図がそうなんですね。あっ、なるほどよくわかります。まず、自然の地形を使うんですね」
 「宮の尊、いま何て仰いましたか?」
 「えっ、族長、ふいご、フキコですか?」
 「於呂知の山にはフキコっていう神が祀られてるんです」
 「えーっ、何ですって。それはどんな神ですか?」
 「久地の尊、それが分からないんです。かんさびし神です・・」
 「久地、私がその神も現地で調べてみる」

 つづく


尊たちのことはかり   35

2013-07-21 | つたへ

 「では族長、次への手順を聞いてください。 出羽玉美豊毘売一行が到着次第、族長と本宮たちの一行は共に左加禰へ出発します。左加禰と美奈里の長は山へ戻り、匠を選んで待機してください。美奈里の長は戻るときに左加禰の真砂土を少し別けてもらって持ち帰って、見本としてください」
 「わかりました、久地の尊。直ちに他の於呂知の山の長に、私からまさ目を持つ匠を同行の上、左加禰に集まる事を知らせましょう」
 「よろしくお願いします。族長」
 「左加禰と美奈里の長よ、神たちの技をそれぞれの山に持ち帰るということだ。そこで、加母知にも加わってもらうが・・」
 「はい、吾の方から使いを出します」
 「於呂知の皆さんの所へは龍二君が明日雲で迎えに行く事も伝えてください」
 「それなら速い。吾らも跳ぶが雲にはかなわない。龍の猛、ご苦労ですがそうしてください」
 「わかりました、族長」
 
 「族長、まず本宮と龍二君の協力で左加禰にたたら場を造ります。真砂土から黒鉄のケラ、タマハガネを造ることができるはずです。それから、ここ爾田に鍛造場を構えようと思います。そうだったな本宮。於呂知の経験を活かして鍛法を確立してください。それが郷主の願いです」
 「えっ、此処で剣を造るんですか!久地の尊」
 「はい、ここから先は本宮と龍二君が説明します。本宮、後は頼む」

 「わかった。それでは族長、此処に於呂知の打ち場を構えたいと思っています。山は、今まで通り山人以外は近づけないようにして、真砂土の山の秘密は守れるようにします。後は、山へ集まった時に龍二君と一緒に説明しますが、神代の消えた民はあか金の精錬の時に黒ガネを発見したのではないかと思うんです」
 「えっ、すごいな~、さすが本宮、そこまで研究してるのか」
 「いや、これは辰の仮説だ。先ほど龍二君から渡された辰のメモの中にあったんだ。神代の民は銅を生産する過程で鉄が発生したのを認識したんじゃないかと書いてあった。そうすると、於呂知の銅生産、精錬方法が違えば鉄の伝承は無くても・・だな」
 「そうか、それだと考え方が一歩前に進むな。では、族長この場をしめてください、お願いします」

 「皆、尊たちのことはかりは聞いた通りだ。吾れら於呂知の力のかぎりを見せようぞ!」
 「オーッ」
 「では、皆さん吾れらは一足先に急ぎ戻ります」
 左加禰と美奈里の長は族長たちに見送られ急ぎ自分たちの山へ戻って行った。

 「さて次は私たち、都賀里君と飛の出番だ。於爾の猛、衛士の皆さんももっとこっちに来てください。事の次第は聞いての通りです。次は三つの事件を考えてみようと思います。私はこの三つが同一の者たちの仕業ないしは関連があるものとは思えないんです」

 この事件は組織された戦闘集団が山海を越え、頻繁に伊宇へ進入し始めたことから始まった。伊宇への侵入を先導した者、古志の民を指揮していた者たちだ。次は、伎麻知の津の市で見かけた渡来人。そして今、美奈里の長の話にあったエダチのソト、耳長比古を頭とする一隊だ。これらは皆同一の集団ないしは近い者たちなんだろうか。共通点は確かに黒がねだ。その事に引っ張られてるように思えるから、ここではっきりとさせておかなければならないと久地は思っていた。この事件を追及していけば、我々が此処へ来ていること、この時代へ迷い込んだことがわかるような気がしてきた。何となく、本当に何となくなんだが・・。

 「久地先生は、そこには深い意味があると考えてるんですね」
 龍二が久地に訊ねた。
 「そうだ、そのためには三つの事件の者達に直接会って質すしかないと思ってる」
 「久地尊、吾れら四人だけで大丈夫ですか?」
 於爾の猛が久地を見て云った。
 「正体と目的が見えるまでは事を慎重に進めるが、速くその核心を掴みたい」
 「わかりました。吾れらが素早く動きます」
 今度は都賀里が首肯した。
 「龍二君。明日の朝、君が出発する時に我々を伎麻知の津の近くまで送ってもらいたい。それと予備の剣とプロテクターがあると言ってたね」
 「はい、あります」
 「それを於爾の猛と都賀里君に持たせてくるれないか。用心のためだ。それから、二人に使い方を教えといてもらいたい」
 「承知しました。明日の出発の件も了解です」

 「さてと、都賀里君。椀と箸の事計りはどうでしたか」
 「はい、ご指示の通り流してきました。箸と椀を同時です。このところ雨は降ってませんが、明日の朝頃にはつくと思います。里人が申しますには、はぐれ者の様子に動きはないそうです。また、数日前に渡来人の姿を見たと云ってるので、まだ居るはずです」
 「そうですか、ご苦労でした。うまくいけば、明日の昼ごろには伎麻知の津の市で遭遇できるな」
 「久地先生、直接ぶつかるんですか?」
 「そうだ、飛。それしかあるまい。焚火跡で偶然見つかったと云ってた鉄センを族長から借りといてくれ」
 「承知しました」
 
 翌日の早朝、久地が広場に出ると、龍二が飛に他の装備をいろいろと説明しているところだった。
 於爾の猛と都賀里が剣を着装している。昨日あれから、飛にたっぷりとふりの基本を教わったのだろう。様になっている、さすがだ。
 さて、今日も忙しくなるな~と思いながら、久地は大きく伸びをした。
 龍二と飛が雲の準備が終わったところへ族長と本宮も出てきた。
 「久地先生、出発の準備が出来ました。私は、久地先生一行を伎麻知へ搬送してから、伎麻知沖の上空、横根島脇で出羽さん一行を待ち、全員拾ってここへ戻ります。それから族長さんと本宮先生と共に左加禰へまいります」
 久地は、飛たちを先に乗せて本宮と族長に手を振った。
 「久地の尊、於呂知の山々へは、吾れが同行して迎へに行きますぞ~」
 族長が手を上げながら大きな声で云った。
 「よろしく頼みます。では、行ってきます」
 皆の見送りを受けて雲は浮き上がった。そして、一路北へ飛んだ。

 つづく 

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神魂布瑠ノ森の冒険物語 (19~27)

2014年06月04日 | 日記
神魂布瑠ノ森の冒険物語 (19~27)
2013-05-18 | つたへ
オオモトの郷へ     19
2012-08-27 | つたへ
 龍二が本宮の傍に来ると、男たちは龍二の肩の手を放した。そして、全員で二人を取り囲んだ。
 そのとき、中央で腕組みをしているリーダらしき男が一歩前に出て口を開いた。驚いたことにこちらに通じる言葉だった。

 「あれはオオモトの郷人。なじはどこの郷人か?」
 「先生、この人は言葉が解るようです」と云いながら、龍二は利き足を半歩後ろに下げて構えた。
 「我らはオオモトの神を訪ねてきた」とっさに本宮が云った。
 オオモトと聞いて男達が一瞬ざわめいた。

 「ここはオオモトの神々が坐すところであるが・・。何の用だ!」
 「我らは後の現世の国より仲間を探しに来た。行く先はオオモトの神としか分からない。手がかりを探したい。何か知っていたら教えてほしい」
 「これに乗ってきたのか?」と言って、男は九重雲を見上げた。
 「そうだ、これと同じものを見たことがあるのか?」本宮と龍二が九重雲の方へ近づくと、男たちは一斉に後ずさりした。

 「どうしたのだ?」と本宮が尋ねた。
 「輝く雲は、我らが神の御証。二人は神か?」さすがリーダーらしき男は動じなかった。
 「神ではない。君たちと同じ人だ。着てる物と履いてる物がちょっと違うが・・、似たような恰好だろう?」
 二人は関屋から支給された作務衣仕立ての上下を着てスニーカーを履いている。動きやすいようにデザインされたものだ。その下には極薄い特殊繊維でできた高機能アスリートウェア型のプロテクターを着込んでいる。

 「ちょっと中に入って荷物を取り出したい」と、龍二が身振り手振りで他の男達に話しかけながら、九重雲の中から布製のパッケージやバックパック類を外へ押し出した。それから顔だけ出して、「関谷先生に連絡を入れなければなりません」と本宮に言って、また中に消えた。龍二は先程撮っておいた写真を送るべく、端末を転送装置に接続して九重雲の外に外に出た。「直ぐに連絡が来ると思います」といいながらパッケージを開けにかかった。

 本宮がリーダー格の男に尋ねる。
 「初め、何も言わないので言葉が通じないのかと思った。我々と同じ言葉を話すのか?」
 「山の民と里の民は少し違う。以前はまったく違う言葉であったが、少しづつ部族の融和が進んで、いまは同じ言葉になりつつある」
 「君が話す言葉は、我々と同じ様だが・・」
 「わしのこの言葉は習ったものだ。元々部族は近い言葉だったので、わしは今ではかなり話せる」
 「習ったって、誰から教わったのだ?」

 「先生」、そのとき龍二が声をかけてきた。見ると、大き目の黒いバックパックを背負っている。脇にはカバーで覆われた長細いものが取り付けられていた。こちらに歩きながら、ウエストポーチが付いた幅広のベルトを腰に巻いている。
 「先生、私と同じ様に着装してください。後ほどご説明しますから」と言いながら、残りのパッケージを手際よく二つにした。
 そのとき突然、九重雲の中から「ピーピーピー」とコール音が鳴った。男たちは、また後ずさった。

 今度は本宮が九重雲の中に入った。
 「本宮だ。ここは何処なんだ?間違いないのか?」
 「送られた位置情報を解析しました。位置としては間違いありません。ただ少し時代がずれています」 辰だ。 
 「なんだって! 我々の操縦ミスか?」
 「いえ、久地先輩たちが誤ってその時代へ行ってしまったんです。時代は少し遡ってしまったようです。ですが、今回も同じ様に制御されて到達しています」
 「辰、それなら久地達と同じ時代には着てるんだな」
 「はい、そうです。紀元前10世紀ごろ、縄文末期です」

 「・・・・じゃあ、誰も何も分からないな・・」
 「そういうことです。しっかり見聞してきてください」
 「着地点は、やはりオオモトの神の聖地の台だったが、ここは巨木が生い繁る山また山、連山の中だ。本拠地はここではないらしい。少し離れた所らしいのだが・・、でも人に出会えてよかったよ」
 「わかりました。充分注意して、そこへ移動してください。九重雲を離れるとこちらと同時通話はできませんが、そちらの端末のGPS機能は働いています。OFFにしないでください。何かアプリを探します」
 「了解した」

 本宮は外に出ると、今度は端末に保存してある写真をリダー格の男に見せた。男はいぶかしげな顔をしながら覘いて、「クジノミコトとトビノタケルだ」と云った。
 さらに、本宮は自分も写ってる写真数枚をスクロールして見せながら、「我々は、この二人を探しに来たんだ。私はモトミヤヒロシ、彼はカナメリュウジという」

 「この神は、火の岳の峰に降りた神だ」と、リーダー格の男は写真を指差して云った。 
 「本当か、火の岳はこの近くか?」
 「近くではないが、この郷中にある。大岳であるが、ここからは見えない」
 「この二人の行方を知りたい」
 「わしは、オオエタケルだ。兌の四里に郷主の宮がある。そこへ案内する」と男は西の方角を指した。
  リーダー格の男は、写真にはもの凄く驚いたようであったが、久地と本宮の二人が写ってる写真と本宮本人をまじまじと見比べて、警戒心を解いたようであった。安心したのか、本拠地に案内してくれるようだ。
 「龍二君、クジとトビと云ってる。何か分かりそうだ」
 「はい、案外早く消息がつかめそうですね」
 
 本宮も出発の準備を整えた。
 リーダーの男と数人が先に立ち、本宮たちが後に続いた。残りのパッケージは他の男達が運んでくれるようだ。
 「先生、リーダーを除いて、この人達は兵ではありませんね」 龍二が小声でささやいた。
 「そうか、しかし剣のような物を持ってるよ」
 「あれは銅剣じゃないでしょうか。なんとなく持ち方もバラバラだし、先程から我々を見張るというより物珍しそうに見物してるようでしたが・・」
 「さすが剣道の有段者だね。云われて見れば剣には鞘がないね」
 「剣は重そうにみえますね」 龍二はチョッと笑って、自分のバックパックの側面の長細いケースを軽くたたいた。
 歩きながら、龍二は高校時代の日本史の教科書を思い出していた。確か銅剣はシンボルとか儀仗用とかと載ってなかったか・・。銅矛なども振り回せないと思った事を思い出していた。しかし、男たちは小柄だが屈強だ。振り回すのかもしれない。チョッと自信がなくなった。  つづく

アマノニマ邑の宮    20
 先頭を行くオオエタケルはどんどん山を下っていく。どうやら南へ降りているようだ。15分ほど降りたところに道らしきものがあった。彼は、そこで立ち止まって我々を待っていた。先程の聖地の台一帯は神々しい霞がかかっていたが、ここはすっかり晴れている。相変わらず一帯は山また山が連なっている。
 オオエは道の西の方を指して、我々を促した。しばらく行った所で、後ろの我々を振り返り、さらに後方を指した。反対側の東の方にひときわ高い山が姿を現していた。その中央の巨大な大岳からは噴煙が昇ってる。
 「あの火の岳は、オオモトの神の本宮である。クジノミコトとトビノタケルが神降りしたところだ」オオエがこちらを振り返って云った。 
 あれが久地達が降りたという火の岳か。西への道が少しずつ下っているが、まだ標高はありそうだ。
 本宮はオオエの側へと近寄って尋ねた。
 「ここはヌイの郷と云ってましたね。詳しく教えてくれませんか」
 ややあって、「天地発発のころ・・」と、オオエが歩きながら話してくれた。

 オオエの語ったところによると、天地がようやく定まったころ、この地に少人数の一つの暮らしがあった。やがて家族集団に人が加わって小さなムラとなった。
 山が多いので、近くの先住の人たちも集まり自分たちのムラを作った。小さなムラが増えたのである。しかし、人が増えた事と気候が変わったことによって食料に不足をきたすようになった。山の幸には限りがあったのである。一部の人たちは山の幸を他に求めて、この地を離れ始めた。
 丁度その頃、あの火の岳が大爆発を起こした。やがて噴火が鎮まった時、輝く雲に乗った神が火の岳の麓に降り立った。それがオオモトの神だった。
 麓は焼き払われ草木一本としてなかった。神は、そこに山の幸を植え、持っていた種を蒔いた。また、噴火の後の大雨が降るようになると、山に木を植え、堤の嵩上げをして水を防ぎ、堰を設けて水を引く事を教えた。さらに神は国づくりするために必要な人をこの地に集めた。伝え聞いた人たちや、渡来してきた人たちも近くに住み着き、ムラが増え、その技術集団ごとに邑となり、今のヌイの郷となった。

 「オオエさんはどこの邑の人ですか?」
 「ワシはオオエだ」
 「それで、オオエタケルというんですね」
 「そうだ、ワシの邑は、ここからは南の方角だ。ここでは邑々から郷主の下へ一人出るのが決まりだ」
 「郷主はなんという方ですか」
 「オオヤタケルという」
 「オオヤタケルさんはオオヤ邑の人なんですね」
 「そうだ、オオヤ邑のオオグニの人だ。郷主はオオモトの神のみ教えにしたがって、自分の住む所を恵みの多い豊かな土地にした。作物が沢山稔る収穫の多い所として、オオヤの人々はオオグニ(大国)と呼ぶようになった」
 「そうですか、立派な方なんですね」
 「そこで、このヌイを稔り豊かにしてもらうため、オオヤタケルに郷主になってもらった」
 
 いつの間には道は平坦になっていたが、まだ少し標高はあるようだ。
 道は南に迂回するようにして、更に西へ進んだ時、前方の山が切れて眼下にムラが姿を現した。
 「あれがアマニマの宮だ。郷主の居る所だ」オオエが立ち止まって指差した。
 「あそこが郷主の居る場所なんですね」
 「この地一帯はアマノニマムラという。アマ族(海人)の住むところで、海に近いのでこの地に宮を移した。アマビトたちはもっと海に近いところに住んでいる。アマビトは船を造り、船を操る」
 
 宮のある敷地の広さは、さしずめ小学校の校庭といったところか。開けた平坦な地で結構広い。環濠、城柵の類はない。遠目であるが、敷地の中には二筋の水の流れが見て取れる。
 入り口を入ったところには幾つかの建物が点在している。丸い形からすると住居なのだろうか。奥の正面には左右にひときわ大きな建物が二棟ある。床が高いから倉庫のようだ。その奥にかなり床の高い大き目の建物が見える。さらにその裏側にも建物が見える。我々が降りた聖地に在ったのと似ているように見えた。

 敷地の外側には畑らしきものが見え、その先には段々になった小さな区割りがいくつも見える。きらきら光っているところを見ると田んぼかもしれない。
 顔を上げてさらに遠くを見た。遠くの稜線の向うの隙間に青いものが見えた。
 「海だ!」 龍二が叫んだ。
 オオエに続いて、我々は一気に坂道を降りた。急に元気が出たのか、龍二はオオエのスピードに負けじと駆け下りて行った。  つづく


アマノニマ邑の宮 2  21
2012-10-01 | つたへ
 宮のあるムラの入口に着いた。オオエは中へと真っすぐに進んで行く。我々をムラの奥にある建物の方に連れて行くようだ。所々に作業をしている男たちがいる。男たちはオオエを見ると手を休めて一礼している。私たちに気付くと目を見開いて驚いた顔つきになった。

 目の前の大型の建物は高床式の長方形で、やはり倉庫だ。柱の上部にはネズミ返しがある。木材を組み上げた、いわゆるログハウスだ。違うところは窓がない。入口も小さく、長方形の短辺の方にあり斜めに板梯子が付いてて、取り外せるようになってる。村の入り口付近にあった藁ですっぽり葺かれて覆われているのとは違って、見るからに堅固だ。
 そこの前を迂回して、後ろの建物に回った。これが宮だ。建物全体は太い柱で支えられていて大きい。大床の位置は人の背よりもかなり高いところにあり、回廊となっている。入口は正面の右側で、屋根の付いた階段がある。

 我々は、階段を上って中に入った。床は板張りだ。壁も板壁、どちらも板という板は滑らかさがなくごつごつしている。入ってすぐの間仕切りの所に荷物を置くと、ひとつ先の部屋に通された。一旦オオエが席を外した。
 あおり戸から外が見える。敷地の周囲には畑があり作業している人が見える。山の上から、遠めに見えてた敷地内の水路は細いが、流れは速い。水は山から引いているのだろう。

 「ここはムラじゃないね。何か目的を持った、比較的新しい集落という感じだ」本宮が龍二に話しかけた。
 「女子供が見えません。男ばかりです。何かの集団のようですね」龍二も同じ感想を述べた。
 二人は腰を下ろした。到着した台を離れてから、ここまで短里なら7kmぐらい。普段歩きなれない本宮にとってはかなりの行程のはずだ。アウトドアが趣味の龍二が元気なのは分かるとして、本宮は、自分自身が全く疲れていないことに気付いた。本来ならへばって寝転がっていただろう。それが、この地に降り立ってから全身に力がみなぎって、何か不思議な力に支えられているようだ。この世界にワープしてくる間に、大いなる霊力が備わった気がする。
 
 そこへオオエが戻ってきた。
 「郷主はまだ戻って来てない」と云って、我々の前に座った。
 話によると、昨日には帰還する予定だったようだ。
 「クジとトビは何処にいるんですか?」本宮には二人の安否が先だった。
 「クジノミコトとトビノタケルは郷主に同行した。今ここに詳しく知ってる者が来て話をする」
 
 やがて、ゆっくりと階段を踏みしめる音がして、人が一人一礼して宮に入ってきた。
 オオエの先に坐した。オオエと同じ格好をしているが女だ。
 オオエが紹介した。
 「イズハタマミトヨヒメである。オオチの邑はイマサヤマの族長の媛である」紹介し終えると、オオエは一歩膝退した。
 「あれはイズハと申します。なじはオオモトの今宮に降り立ったと聞きました」
 「はい、久地と飛田という者を探しにやって来ました」
 「クジノミコトとトビノタケル・・、なれば、この地に使わされた神ですね」丁寧に深く一礼し直すと、ゆっくりと話し始めた。
 それにしても、イズハヒメは透きとおるような美しさだ。でも、どこか研ぎ澄まされた切れ味を感じさせられる。

 イズハヒメの云うところによると、このヌイの郷の北東に位置するところに、イウという郷がある。イウの郷はここより平地が多いので作物がよく取れる。ところが、イウの東にある東の火の大岳の、さらに北東の山海の向こうにあるコシの郷に不作が続いた。近年、気候が大きく変わって、人々が北からコシへと南下するようになり、食糧不足はさらに追い打ちをかけた。特に不作の年は山海を越えてイウの郷に進入して、農作物を盗むようになったという。

 もとよりイウの郷は豊かであったわけではない。毎年のように、川の氾濫で耕地が流され苦しんでいたが、ヌイの郷主オオヤタケルがオオモトの神の教えである治水・灌漑技術を伝え、豊かな収穫のある郷となった。そのような経緯もあり、ヌイの郷主に助けを求めてきたのであった。オオヤタケルは、コシの郷も農耕技術の向上によって作物の増産が図れるという提案を相手に伝えていた。それまでに作物を援助するというものであった。しかし、事態は違った。コシは戦闘集団を組織して山海を越え、頻繁にイウへ進入し始めていた。そこで、オオヤタケルはアマニマの船で海から直接コシへ向かったという話だ。オオヤタケルに同行する者は、クジノミコト、トビノタケル、海人のニマタケル、オオヤ邑のオニタケル他である。



 当時、オオヤタケルもムラが増え、その集団の邑が大きくなるにつけ食料が不足気味になることを郷主として憂いていた。自分一人の力で郷作りが出来るだろうか。邑作りを立派に行なってもらうにはどうしたらよいかと思案していた。するとそのとき、西の火の大岳が火柱を上げた。この地を造らしめたオオモトの神がオオヤタケルの前に現れたのである。
 オオモトの神は「七日の後、輝く七重雲に乗り神現れん。なじはその神の力を借りよ。小さな郷から大きな国造りせよ」とオオヤタケルに云って姿を消した。
 西の火の大岳の噴煙が静まりかけた七日を過ぎた日、天空の彼方から輝く雲がこちらに近づいてきた。たなびく煙の彼方に輝く七重雲が浮かんでいたのである。やがて、七重雲はゆっくりと旋回するや火の大岳の本宮に降り立った。オオヤタケルはムラの者と一緒に火の大岳に駆けつけた。
 その雲には、見慣れない衣装を身に着けた二人の者が乗っていた。
 「あれはオオモトの郷人。なじはいずれの郷人か?」オオグニタケルは二人に質した。だか、言葉が通じなかった。郷言葉は物凄いなまりの強い言葉であった。後で、そのときの印象を二人に質すと、強い東北弁のようだったと云っていた。

 側にいた長老が「この方は、オオモトの神のお告げにあった神です。ここはオオモトの神の本宮ですよ」と云った。後ろに控えていた他の者も前に進み出てきて、「それは間違いないでしょう。オオモトの神が使わされた神です」と皆に告げた。
 「今後、お前はこの神に協力してもらい、このオオヤを立派な国に作り固めなさい」と族長がタケルに告げた。オオモトの神の託宣に従い、大きな国造りする意味で、以来、ここはオオグニと呼ばれるようになったと伝え聞いた。 

 つづく

 
アマノニマの宮を後に   22
2012-11-09 | つたへ
 海人衆のムラより使いの者が来たとの知らせがあった。
 さっそく宮に上がってもらうようだ。

 上っ張りに褌の男が二人の従者をつれて上がってきた。
 「ニマの海人衆、ご苦労さまです」イズハが丁寧にねぎらいの言葉をかけた。
 「イズハ様、ヒスミの岬に烽火が上がりました。陽が傾く前に船が入ります」
 「わかりました。頃を見計らってまいります」と云ってオオエの方に顔を向けて確認した。
 「はいイズハ様、まいりましょう。モトミヤウシ、カナメウシをお連れしましょう」
 「このお二方はオオモトの今宮に降りられた神です」イズハが海人衆に説明すると、海人衆たちは本宮たちに丁寧に「お待ちしております」と云ってから宮を後にした。

 龍二は立ち上がると「ちょっと荷をほどいてきます」と云って、別室に置いてきた荷の所へ行った。バックパックや他のそれぞれのカバーを外して一つ一つ丁寧に床に並べた。その様はアウトドアグッヅのカタロクのようだった。龍二は一つ一つ身に着けた。

 龍二が戻って来て、部屋の前に立った。イズハやオオエはもとより、本宮も驚いた。
 額には鉢巻、両腕と両脚、それに胴にはプロテクター。手袋をして背には剣を背負ってるではないか。腰のベルトには何やらポーチらしきものまでついている。まさに完全装備だ。
 「龍二君、これが・・、辰が持たせてくれた荷物の中身だったのか!」
 「はい、本宮先生用もあります。久地先生や、飛の分まで持ってきました。予備としてもう二組雲の中にあります」
 と云って龍二が三組の物を前に並べた。
「荷が少し大きいなとは思ったんだが・・。それにしても、そんなものが必要になるのか?」
 「はい、他にもありますが関屋先生の予見だとこうなるのだそうです」と云って剣を振り回した。
 「今まで、僕はそんなものを振り回したことはないし、第一危ないじゃないか!?」
 「大丈夫です。どれも刃は付いてません」
 「なんだ、ただのタケミツか~」安心したのか、少しがっかりしたのか、トーンが下がった。
 「いえ、立派な武器です。スタンガンと思ってください。しかもかなり飛びます」
 「よくわからないが、辰の考えたものだから何か意味があるのだろう。それにしても、龍二君、君は似合うね~」
 「こちらへ来てからパワーが倍加しました。身体能力が数段上がったようです」
 「やはり君もか。実は僕もなんだ。ここまで、あれだけ歩いてもまったく疲れを感じないんだ」
 龍二は抜刀して剣を振り回した。剣がブンブンと音を立てている。
 「先生のは、少し幅がある直刀です。久地先生のは細身の直刀です」
 「そういえば、久地は剣の使い手で、剣の舞の名手なんだ。見たことがある、蝶のように舞ってたな~」
 「そうですか。久地先生の剣の舞、楽しみです」

 イズハとオオエが本宮の剣を代わる代わる手に取って「軽きものよ!」と、唸った。
 オオエたちの剣は重い。切るより叩く感覚だろうと龍二は思った。
 それを察してか、オオエが言った。
 「あが剣はオオモトの神から授かった神器の中にあった。それをオオチ邑のイマサヤマのイズハ族とオオヤのオニ族が中心となり同じように作ったが、戦うことがなかったので、剣は儀礼用となった」
 「授かった神器とは何ですか?」と本宮が尋ねた。
 「アスキ、クワ、ヨキとタク、ツルギ、タマ」と、オオエが答えた。
 「農具が入ってるじゃないですか。オオモトの神はおおらかな農業神なんですね。荒ぶる川を治め、農具を一変し、結果、作物が多く採れるようになったんですね」本宮が大いに関心を示した。
 「それまで農具は木と石で作ってましたが、神器はアカガネで出来ていた。ただ、アカガネの取れるマブは少ない。貴重です」とイズハが剣を本宮に返しながら云った。
 「しかし、重く、もろいんじゃないでしょうか?」と、今度は龍二がオオエを見ながら云った。
 「そうだ、しかし、木や石よりは強い」とオオエが力強く返答した。
 
 「既に、陽が真上を通りました。そろそろアマのムラへ行きます。きっと海人衆が海のタメツ物を揃えて神たちをお待ちしてるでしょう」とイズハが立ち上がった。
 「先生、タメツモノってなんでしょうか」龍二がそっと聞いてきた。
 「たぶん、海の珍味ってところかな」
 龍二の腹が鳴った。ご馳走になれるかなと、龍二は海鮮を思い浮かべた。

 
 海人衆のムラは、宮から歩いて更に西へ30分の所にあった。ここが本来のアマノニマムラだ。海の交通が重要になり、また海人衆の力を借りるため、先ほどの宮のある一帯を海人衆から借りて宮を立てた。
 ムラは斜面の中腹一帯にあり、その下方にツと呼んでいる入り江があった。
 我々一行は、村の広場の建物に入った。大体先ほどの宮と同じような造りだが、柱は細めで建物の背もひくい。
 あおり戸から外を見ると入り江がよく見える。海に向かって細長い屋根がいくつか並んでいる。何人かの男達が出たり入ったりしている。カーン、カーンと槌音も聞こえる。
 「あそこは船溜まりで、船を造っている」とオオエが教えてくれた。
 「荷船ではなく、人を運ぶ大船を造ることに決まった。トビノタケルの意見だった。必ず攻めてくると」云ったイズハの横顔が凛々しかった。

 遠くに、船がゆっくりと姿を現した。  つづく
 
ニマの大津辺       23
2012-12-03 | つたへ
 近づくと、船は想っていたよりも少し大きかった。といっても大型の遊漁船ぐらいだが・・。
 大きい方の帆が下りた。船は後方の小さな帆と惰行で、夕風を吹き払いながら滑るように大津辺に入ってきた。
 減速と同時に褌の男たちが、へ綱、とも綱を持って海に飛び込んだ。海から突き出ている杭に向かって泳いでいる。
 浜から小舟が一艘出ていく。
 何人かの男たちが海に入って浜に向かっていた。
 小舟の男が、海中を歩いている男たちに声をかけている。

 小舟には幾人かが乗り移ったようだ。
 龍二が駆けだした。飛の姿を見つけたのだ。
 「飛~!」と大声で呼んだ。
 船の男が一人立ち上がった。驚いてる様子が小舟の揺れで分かった。
 「久地~!」龍二を追ってきた本宮も久地の姿を見つけた。
 もう一人、立ち上がったので舟が大きく揺れた。
 

 「龍二、あの時、理由を言わずすまなかった」
 「久地、お前のメモを見つけるのが遅かった。すまなかった」
 それぞれが胸につかえていた思いだった。

 オオエが前に進み出て、中央の男に深く頭を下げている。
 「お伝えすることがあります」
 「・・・」男はゆっくりうなずきながら、この光景に微笑んでいた。
 その男は背が高く凛々しい。周囲を圧倒するひときわ強いオーラを放っている。
 どこかで、いや誰かに似ている気が本宮にはしていた。
 「お二方、あが郷主オオヤタケルノミコトです。郷主、このお二方は、モトミヤノミコト、カナメノミコトです。オオモトの今宮に神降りされました」
 「またもやオオモトの神が使わしてくれた。嬉しみかたじけなみ事よ。これから少し騒がしくなりそうなので、ありがたい。クジノミコト達とはカタミニ睦びあう友であるようだし、神たちの技は、あが郷民にはないものだ。心強い」と云って本宮達二人に向かって深々とお辞儀をして迎えた。
 さらに、オオヤタケルノミコトは皆に向かって、これからはミヤノミコト、リュウノタケルとお呼びする。ミコト達は積もる話もあると思うが、陽が落ちる前にイウの郷で見聞きしたことを皆に事諮る。共に集いにお出まし頂きたいと云って、再び本宮と龍二に深々とお辞儀をした。


 主だった者が海人の邑の集い所に揃った。
 大津辺の長であるアマの船主のアマノタケルが口火を切った。
 「古志の者が、東の火の大岳を越え、たむろして群れ来るはオキツミトシが目当てではない。他に目的があってのことと思える・・」
 「あれもそのように確信している。イウの郷人の衆が、侵入してきた中の幾人かが持っていた剣のことを話していた」とオニノタケルが報告した。(ーオニノタケルはオオヤのオニムラに住むオニ族の長の息子で、オオヤタケルと行動を共にする若者であるー)
 「なじもそう思ったか。あれもその話には関心がある。今し田畑の労働に勤しみ励むとき、大岳を超えて來ぬるは行き帰りでひと月は郷を空ける。事に従う手人等は十数人ではない、数十人だったと聴いた」車座の中央のオオヤタケルがそう云いながら、久地の方に向き直った。
 「剣といい、手人等の集団といい、古志の後ろには何者かがいると言わざるを得ない」と久地が応じた。
 「狙いは何かですね。今のところそれが分かりませんが、こちらが見落としてるのかもしれませんね」と飛が繋いだ。
 そのとき、後から遅れてやって着た、シヅのオニガミヒメが「郷主」とオオヤタケルに声をかけた。
 「剣の話でお話しすることがあります」と云った。
 (ーシヅのオニガミヒメ、オオチ邑はクキヤマの族長の媛。イズハ、オニノタケルと同じオニ族である。オオチ邑はオオエの遥か南、山また山の広大な地域である。西をイマサヤマの族長が治め、東をシヅのクキヤマの族長が治めている。石海のオニ族であるー)   
 
 つづく 

キマチの津        24
2012-12-04 | つたへ
 「オニガミヒメ、話してくれ」と郷主が声をかけた。
 「ニタの郷の八オニ岳の山人・オロチ族の族長から、あが邑の族長達に知らせが届いたそうです」
 
 オニガミヒメの話によると、ある日、しば刈りの形をした里人が、道に迷ったふりをしてオニ岳の麓近くにいたのを山人が見つけた。山には山の民しか峰入りは許されないので、ここまでくる里人はいないはずと思い、怪しんで問いただした。
 するとその里人の男は上目づかいに「黒光りする石を見たことはないか」と聞いてきたそうな。山人は、知らんがそんな石で何するんだと聞くと。「シラタエと交換はどうじゃ」と云ったそうな。もとより、ここは山の民以外は入れない所。麓には太い柱、御柱が標として立ってただろうと云って、越えてきた男を追い返したそうです。
 
 あの辺は特に峰々が連なり、八オニ岳は山深い所。それよりも、オオチのイマサヤマ、シヅのクキサンと並ぶ赤がね、白がねの採れるオニの隠れマブといわれた所である。

 媛は先を続けた。
 オロチの族長は、その当時すでに黒がねの存在に気づいていたが、その出来事を聞いて思うところがあり、一人を連れて自ら山を下りてキマチへ行ってみたそうです。
 キマチの津の市で渡来人を見たそうな。手に剣を持ち、腰に革袋を下げたいでたちで、髪を頭上で結っていたそうです。しきりに、市に来る人たちに黒い石を見せては訪ねまわっていた。また、火の川の水も気にしていて、事ある毎に尋ね回っていたそうです。
 族長達はしばを背負った格好をしていて「その石を何になさるんですか?」と、その男に訊ねてみた。するとその男は黙って剣を抜いて「ぬし達は見たことはないだろう」と云ったそうです。剣は白く光っていたので、これは黒がねでできたものだと族長はとっさに理解したそうです。その男が革袋から取り出した物は、黒っぽい石と鈍く輝く白い塊だったそうです。
 「なじはしばを背負っている、山へ入れるのか? こういった石を見たことはあるか」とその男が聞いてきた。族長は、しばは里山で拾うだけ、山へは近づいたこともないと答えると、男は今度は火の川の水の色なぜ赤いのかと聞いてきた。知らないと答えたが、赤いとどうなのかと逆に訊ねると、黒い石を指さして、この石が解けたときの色に似ていると云ったそうです。
 族長はピンとくるものがあったので、そっとその場を離れたが、帰路の途中で連れの山人が族長の袖を引くので物陰に隠れた。急ぎ足で来る男を見て、あの時の里人ですと云ったので、身を隠しやり過ごしてから後をつけた。すると里人は、例の渡来人のところへ近づくと物陰へ誘ってから、何やら石を差し出していたが、その石は全部捨てられていた。しかし、手先となって聞きまわっているのは間違いないようだ。族長は、その場で用心するよう八つの峰へ伝えよと指示を出した。
 族長は急ぎ山へ戻って、イマサヤマ、シヅ、オオヤのオニ族の族長とオオエの族長にも使いを出したそうです。
 
 シヅのオニガミヒメがここまで話してから「ことはかりした事を持って、長が全員で宮へ行って郷主に報告するそうです」
 「そうであるとすれば、黒がね探しと剣造りは急がねばなりませんね。この時代は食料と武器は現地調達が原則です。黒金の当りが付けば一気に入ってくるつもりでしょう。となれば、いち早く我々も着手して敵の狙いを挫くべきです。我々も黒がねの剣を持ったとなれば、かなりの抑止力になります」と本宮が云った。

 つづく

石海大元の斎庭       25
2012-12-05 | つたへ
 本宮の言葉を引き継ぐ形で、龍二が立ち上がった。
 「古志の民を指揮していた者たちが持っていた剣は、黒金の剣に間違いありません」と云いながら、龍二は背負っている剣を抜いた。
 「汝しの剣は黒金が剣か?」と郷主の大耶武命が聞いた。
 「いや、これは先の世の技で造られた剣で、刃で切らず八雷の光で力なす神が持つ剣です」と龍二は云った。
 「奇しびき剣よ」と郷主。
 
 龍二はもう二振りの剣を取り出して、一本を久地に、もう一本を飛に渡した。
 「私達の分もあるのか」
 「関屋先生が他に装備一式も用意してくれてます」
 「辰がか、あいつの予見能力は見るべきものがあるな~」と云いながら、久地は直刀の方を抜刀して剣を頭上にかざしたまま、身体をくるくると回してから剣をひらひらと手首で回転させ、あっという間に鞘に納めた。
 「久地、船だけでなく剣も作る事を考えなければなるまい」と本宮。
 「宮尊、黒金の剣は、吾が技では出来ぬ」と郷主が云った。
 「俺は簡単なものだったが、刃物を作ったことがある。やってみようじゃないか」と龍二が提案した。
 「それでは、龍猛の造る剣を鑑として、猛の導きで真さ物を大柄猛に取り組みてもらおう。黒金は今佐山の出羽玉美豊毘売、志豆の九鬼山の於爾加美毘売に、邑の石海の大耶於爾一族のあななひを乞う。また、族長たちの報告を待つ」
 「承りました」四人が口をそろえた。
 
 大耶武命は古志の郷との戦などは思いもよらなかったし、考えて見たこともなかった。遠い古に、古志の高志比古とは相生に苦労したことがあった。少年の頃であったが、友としての心が芽生えた。今でも大耶武は高志比古を友と思っている。しかし何があったのか。古志は広き郷であるが未開の地が多く、収穫は少ないようだが・・。渡来人による大きな侵入があったのだろうか?


 数日後、大元の本宮の斎庭。
 斎主は久地尊。御舎に集うは邑々の族長や長老たち。
 祭祀が終わり、左面に久地たち四名が、右面には長老族長たちが坐している。

 郷主の大耶武命が前に進み出て告げた。
 「かつて吾が郷民は、この斎庭にて大元の神の大御心を蒙り奉り、神奈備の麓をほとほとほとほとと忌斧を振るいて、おのがじし邑を起こし郷を建てた。今し、再びこの郷を領き坐す大元の神の大前に参集侍りて事の由を告げ奉り、美郷興しの事業を予ての計画に違う事無く美はしく事成し遂げ給へと、久地尊茂し矛の中取り持ちて申さく。神詳らかに聞し食して、神問はしに問はし神議りに神議りて、己がじし労き仕え奉れと、吾が郷民に事依し奉り給ふ」
 次に、大耶族の族長、遠人が立ち、石海の族長を代表して皆に命じた。
 「仁麻猛を木部に、大柄猛を物部に、直ちに匠を集めよ。出羽毘売を石部とする。大耶の於爾猛は勅使として志豆の於爾加美毘売と共に八於呂知岳の於呂知族のもとへ参れ」
 五名の者は前に進み出て坐して畏まった。

 「我々も役割を分担して担おう」と久地が云った。
 「私たち2名は後から来たので地理に疎い。久地は郷主と作戦を立ててくれ。私はその方法と手段を考える。龍二君はアウトドア関係に手馴れていて事運びのフットワークが良い。また飛君と並んで剣道の有段者で小太刀の達人だ」と本宮が応じた。
 「飛は、大学が農学部で栽培から牧畜まで知識がある。実家は造園業で、山野の樹木にも明るい。神社では森の管理を一手にやってもらってた。龍二君と共に匠たちを担当して貰おうかね、どうだろう」と久地が龍二に云った。
 「龍二は、昔から手先が器用で、地区の青少年センターで野外活動のボランティアをしていて人望も厚い。匠たちもついて来てくれるに違いない」と飛が云った。
 「わかりました。まず、資材・道具、その辺から調べます。その前に一度降りたところへ戻って、乗って来た九重雲と積んである各人の装備を点検して、関屋先生にも報告をして指示があれば聞いておきませんか?」ひと段落つくと、龍二は乗って来た九重雲が心配になってきたようだ。

 つづく


関屋辰吉との交信       26
2012-12-24 | つたへ
 雲は神の乗り物である。陽と水と風によって、白雲の向伏す限り飛翔する。
 今宮の斎庭に着地した九重雲は無事だった。
社の裏にある岩屋をガレージ代わりにしてくれていた。きっと大柄猛だ。一緒に来てくれた大柄猛が、こちらを見て微笑んでいる。
 雲は若干縮んだように見えたが、大気の下に引き出すと勢いを増してもくもくと湧き立った。
 「操船のアクシデントがあって降りる時代が違ってしまった。乗ってきた七重雲も雷に打たれて飛散してしまい悲嘆にくれたが、きっと大元の祝の長たちが何か手を打ってくれるだろうと思ってた。そうこうしてるうちに郷主の大耶武に発見されんだ・・。しかし、まさか本宮が来てくれるとは思いもよらなかったよ」と久地が云った。
 「研究所の関屋先生が、軌道を推測しながら追跡してくれたおかげで我々も飛ぶことができたんです。さあ、中へ入ってください」と龍二が手招きして皆を誘った。
 「久地、来る前に大元の一春さんに接触したんだ。だから辰から連絡がいくはずだ。それにしても一年は長かっただろう」
 「えっ!いま1年と云ったか」

 「先生方、関屋先生につながります」と龍二が、操舵室のモニターを指さした。
 「久地先生、元気でしたか」懐かしい顔がモニターに現れた。
 「関屋先生、龍二です。こちらに到着したあの後、連絡出来ずにすいませんでした。なんだかんだで3日も経ってしまいまして・・」
 「3日も、何言ってるんだ。そっちに行ったのは昨日だぞ・・」
 「久地だ、俺たちはこっちに来てから3年経ってるんだ・・。だとすると、ざっと3倍か~」
 「皆さん、夢ですよ。夢だと思ってください。夢の中でよくあるでしょう。あれと同じですよ。ところで、先生方いつそちらを発ちますか?」
 「なんだかよくわからないが、辰、いろいろありがとう。助かったよ。でも、直ぐには帰れないんだよ」
 「辰、4人共、もうしばらくこっちにいることにしたんだ。帰れば1/3だと聞いて、少し気が楽になったよ」今宮へ来る途中で4人の意見が一致したことを本宮が告げた。

 「関屋先生、お聞きの通りです。そんな訳で、フイゴの設計図がいるんです。野だたらをやるかもしれません。お願いします」
 「龍二君、そっちに行く前に刀鍛冶の所へ通ってもらったのは正解だったようだね」
 「恐れ入りました。関屋先生の予見はお見事、的中です。先生がおっしゃった通りになってきましたよ」
 「よしわかった、用意する」
 「ではこれから上空からの観察に出発します。大柄さんの故郷を迂回してから、於宇の石海は今佐山の一鬼山、志豆の九鬼山、伊宇へ回って爾多八於爾岳です。東の火の岳と呼ばれている大神山付近にも行ってみたいんですが・・、いけたら行ってみます」
 「了解した。そちらから連絡あり次第、於爾族のおよその地点をプロットしていく。あと、雷の発生時は雲を飛ばしてはだめだ。積乱雲に取り込まれて、容量がオーバーになりバラバラになる。また、剣などのバッテリーの充電は、太陽パネルだ。急速充電仕様になってる」
 「わかりました。では飛行図をお待ちしています」
 「現地では、黒子修造さんが云ってた木花をまず探してくれ。それから、赤い川、黒い川に注意してくれないか」
 「赤い川は、こちらでも於爾族の話の中に出ていました」
 「鉄だ、鉄に関係している。黒い石とは鉄せんの事ではないかな? 他に、海の向こうと交流のある海人族に出会ったら、ス行の言葉で呼ばれている場所の名を聞いておいてくれないか」
 「ス行ですね、わかりました。では、この辺でいったん通信を終わりますが、両先生に何かお伝えすることはありませんか?」
 「大学の方は、顧問の教学部長に詳細を報告しておきます」
 「辰、よろしくな~」
 「では、発進させます」
 同乗した大柄猛は正座したまま目を瞑っている。身体が浮き上がるような体感は、生れて初めてに違いない。龍二が振り向くと固く目を瞑ったままだった。

つづく


於爾峯の木花    27
2013-01-13 | つたへ
 九重雲は南西に舵を取り、本宮のある西の火の岳を左に見ながらいっきに南に飛んだ。やがて周りの山々の中でもひときわ高い山が見えてきた。石海大柄高山だ。
 「大柄さん、大柄さん。見えてきましたよ、高い山が!」
 大柄は固まっていたが、片目を開けて前方を覗くように腰を伸ばした。
 「大柄さん、あの山がそうじゃありませんか? 大柄さん大丈夫ですか。僕を信じて、こっちに来て隣に座ってください」
 大柄はそろそろと這いずって、龍二の隣に来て座った。やっと落ち着けたのか前方を食い入るように見ている。しかし、両の手のこぶしは固く握りしめたままだ。
 ようやく大柄が指で指し示した所に、丸い建物が点在する場所が見えてきた。大柄邑の集落だ。
 集落を眼下に見て、「ここが吾れの邑だ。邑の始まりは、農具を造るに適した木を求めてやって来た人々が、良い材料が多くある所だったので、ここ於宇の郷に住み着いたと伝わっている」

 後に、郷主の大耶族の族長に定住の許可を願い出ると大いに歓迎されて、於宇の郷の各族長に知らせてくれた。やがて、この邑は郷の物部として農機具はもとより、諸々の道具類、弓矢まで造るようになったそうである。郷になくてはならぬ良き物を作る匠の集団として、郷主より大柄という邑名を賜って、今日に至ってるそうであった。
 ところで、この辺一帯は「大」の字が付く呼び名が多いが、大は尊称で後の「御」に相当するらしい。大きいというより意味は深いようだ。柄は道具の柄作りの匠を表したものである。当時の農具類は完全木造で、刃物や矢じりには黒曜石が使われた。他にも一部に石が使われたが、金属の出現までは相当時間を要した。この一族は、固い木、柔らかい木、燃料用と木に精通している人たちである。なお、木部と呼ばれていた爾麻猛の海人族は造船の匠の集団でもある。こちらは巨木、大木を扱う、。後に操船技術を会得して、海人水軍がこの部族から生まれるのであった。こちらの海人族は来海を拠点として沿岸に分かれ住み、交易によって海の向こうの物、人、情報をもたらした。ちなみに、黒曜石は爾麻の海人族と同族の交易品であった。

 「そろそろ行きましょう。ここより真南へ向かいます。しばらく行くと川筋が見えて来るようです、そこが一鬼山への行程の半分らしいです」龍二が、関屋辰吉から送られてきた飛行図を見ながら大柄に確認した。
 「石海於宇南の大川です。川を越えて、そこまでの距離と同じ位また行くと、大木の森が見えて来るはずです。そこで一旦止まってください」と大柄が云った。
 しばらく行くと流れの強そうな川が眼下に入ってきた。山々の連なりは更に深くなった。こんな所までよくもまあたどり着けたものだと龍二は感心していた。
 
 やがて、雲はゆっくりと停止した。ぽっかりと浮かんでいる。
 「あの前方の山が一鬼山で、その東側一帯が今佐山です。出羽族の集落のある所です」と大柄が云った時、「花だ!山の中腹に白い花らしきものが点々と見えます」と飛が叫んだ。皆が一斉に指さす眼下を見た。白い花が点のように見え、東の方へ線となって伸びていた。
 「上からこうやって見るのは初めてですが、何なんでしょう」大柄が本宮を見て訊ねた。
 「地上からは解らないでしょうね。ここからは一目瞭然。鉱脈ですよ。鉱脈の位置の標としたのでしょう」
 龍二は黒子修造さんの山の話を思い出した。
 「そうか、なるほどね。古代の人の情報能力は勝れているな~、今佐山に坐す守神への祝詞を拝見したいものだ」と久地が感心しきっている。
 この辺一帯は、山人の於爾族の住む所で、西の一鬼山の今佐山を出羽族が、西の九鬼山の志豆を於爾加美族が守っていると大柄が説明した。

 「その志豆の集落は、あっちですか?」と飛が大柄の訊ねた。
 「さすが、飛の猛は鋭い目をお持ちですね。私には見えてるのですが・・」と大柄が答えながら、東の方を指さしている。
 「何が見えるんですか、飛さん。私には高い山が連なってるのは判るんですが・・」と本宮がしきりに目を細めて指の方向を探している。
 地上からでは、物が判別できる距離ではないが、雲の上だからこそなんだろう。
 「あっちにも、白いものが見えたんです」と大柄が云った。
 龍二が腰のポーチから小さな単眼鏡を取り出して渡してくれた。
 「本当だ!白く光ってるものが見える。しかし、それにして遠目の利く人たちだ」
 「現在の地点は、飛行図の上にプロットしました。次へ行きましょう」
 
 志豆の集落は九鬼山と云っていた。かなり早い段階で山の民の集団は、こんな奥深い所、いや、奥深いからこそ資源の鉱床があるのだろう。それにしても、どうやって探り当てたのか、と飛は想っていた。
 つづく
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