昔・・・マチャド柔術の青帯と寝技勝負をした事があります。
しかもアメリカ人(@_@)
当時、柔道二段の先輩がいて時々寝技でもみくちゃにされてました。
先輩は学生時代には県大会で入賞、しかも一本勝ちは全てが寝技。
知る人ぞ知る伝統的に寝技が強い土地柄の人で、私なんかの寝技素人代表は全く歯が立ちませんでした。
そうかと思えば同じ柔道二段の稽古仲間、彼はプロ格闘技の経験もあって自信満々の人間でしたが彼には何故か負けた事が無かった。
あいつはホントに二段か?元プロか?
マチャド柔術の青帯アメリカ人との寝技は凄まじかった。
青帯とは言え侮るなかれ、白帯の時に黒帯をひっくり返したものだから青帯を与えられたという人。
柔道二段の先輩の寝技がじっくりと詰将棋のように追い込まれ手も足も出なくなってギブアップするのに対して、マチャドの寝技はあれよあれよと言うまに腕十字を極めれてタップ・・・・
全体的に訳の分からない動きでしたが鮮明に覚えている動きもあります。
これは貴重な経験として糧となっています。
マチャド柔術、恐るべし。
その後、よほどブラジリアン柔術の道場へ通おうかと思いましたが、当時は成すべき事もたくさんあって通えず仕舞い。
しかしその翌年だったか・・・
まだ先代の創始者先生がご顕在の頃、寝技対策をお尋ねしたところ温和な先生の目の光が武術家の光に変わり、タックル対策から始まりマウント返しなど当流儀としての対処法を教えてもらいました。
なあるほど〜、創始者先生の教えは目から鱗の連続でした。
先生は柔道四段、寝技に精通していてプラジリアン柔術のテクニックについても分析をしておられたようです。
後年、寝技もほんの嗜む程度ですが稽古を積み、その上で先生の教えを試してみて一定の成果を得たと感じています。
なので寝技に関しては自分の中で一段落。
もちろん実力に見合った対応能力しか無い事は言うまでもありませんが、寝技に持ち込まれても諦める前に試みるべき最後の手段を得たと言うところでしょうか。
しかもアメリカ人(@_@)
当時、柔道二段の先輩がいて時々寝技でもみくちゃにされてました。
先輩は学生時代には県大会で入賞、しかも一本勝ちは全てが寝技。
知る人ぞ知る伝統的に寝技が強い土地柄の人で、私なんかの寝技素人代表は全く歯が立ちませんでした。
そうかと思えば同じ柔道二段の稽古仲間、彼はプロ格闘技の経験もあって自信満々の人間でしたが彼には何故か負けた事が無かった。
あいつはホントに二段か?元プロか?
マチャド柔術の青帯アメリカ人との寝技は凄まじかった。
青帯とは言え侮るなかれ、白帯の時に黒帯をひっくり返したものだから青帯を与えられたという人。
柔道二段の先輩の寝技がじっくりと詰将棋のように追い込まれ手も足も出なくなってギブアップするのに対して、マチャドの寝技はあれよあれよと言うまに腕十字を極めれてタップ・・・・
全体的に訳の分からない動きでしたが鮮明に覚えている動きもあります。
これは貴重な経験として糧となっています。
マチャド柔術、恐るべし。
その後、よほどブラジリアン柔術の道場へ通おうかと思いましたが、当時は成すべき事もたくさんあって通えず仕舞い。
しかしその翌年だったか・・・
まだ先代の創始者先生がご顕在の頃、寝技対策をお尋ねしたところ温和な先生の目の光が武術家の光に変わり、タックル対策から始まりマウント返しなど当流儀としての対処法を教えてもらいました。
なあるほど〜、創始者先生の教えは目から鱗の連続でした。
先生は柔道四段、寝技に精通していてプラジリアン柔術のテクニックについても分析をしておられたようです。
後年、寝技もほんの嗜む程度ですが稽古を積み、その上で先生の教えを試してみて一定の成果を得たと感じています。
なので寝技に関しては自分の中で一段落。
もちろん実力に見合った対応能力しか無い事は言うまでもありませんが、寝技に持ち込まれても諦める前に試みるべき最後の手段を得たと言うところでしょうか。