背寒日誌

2024年10月末より再開。日々感じたこと、観たこと、聴いたもの、読んだことなどについて気ままに書いていきます。

落語「芝浜」(その3)

2012年06月27日 12時47分59秒 | 落語
 「芝浜」について、鑑賞の予備知識をまとめておく。
 まず、落語「芝浜」は、明治の大名人・三遊亭圓朝が「酔っ払い、芝浜、革財布」の三題噺として即席に作ったと言われているが、真偽のほどは不明である。
 近年はこれを俗説だと言う識者が多いようだ。矢野誠一は「落語讀本」(1989年文春文庫)の「芝浜」の項で、「芝浜」が定本「圓朝全集」全十三巻に収められていないことを指摘し、武藤禎夫の考察「幕末時の三題噺の会でつくられた祖型に、圓朝が手を加えて、洗練された筋立てと、奥行きの深い人情ばなしに仕立てたものであろう」を引用し、これに倣っている。
 江戸学の大家・三田村鳶魚(えんぎょ)は、江戸時代の随想集「窓のすさみ」(松崎堯臣 享保9年)の中に紹介されている芝の魚売りの美談を上げ、寛永年間以降にこの話を訓話的に潤色して落語に仕立てたのではないかと推断しているが、この説も確かかどうか分らない。その美談というのは実話で、次のような話である。(「三田村鳶魚全集」第十巻)

 芝に親孝行の魚売りの若者がいて、毎朝日本橋へ魚を仕入れに行き、終日売り歩いて夕暮れ時に帰って来る。ある年の三月初めの夕方、帰途の金杉通りで紙包を拾う。開けてみると金二両と証文一通で、八王子の百姓が娘を奉公に出して得た金であった。そこで若者は、家に帰らずその場から八王子へ赴き、本人を探しあて、拾った紙包を返す。先方が引き留めるのも聞かずに、若者は親が心配していると言って急いでまた芝へ引き返そうとするので、八王子の人も、その礼に若者を馬に乗せて、送って行った。その四、五日後、若者は帰り道にまたもや紙包を拾う。今度は十両だったが、落し主が分らない。そこで、町役人に届け出ると、町役人は、天の惠みであるから、拾い主が持って帰るがよいと言う。が、若者は自分のものにするならお届けはしないと言って帰宅してしまう。町役人も仕方がないから、委細を町奉行へ訴えて指揮を求めると、三日間、金十両の遺失について本主は速やかに申し出よというお触れを出した。が、誰も出て来ない。そこで町奉行は若者を召して日頃の篤実を賞し、本主が名乗り出ない上は拾得金を老親の養い料にせよと申し渡したという。

 この話、落語の「芝浜」とはずいぶん違うように思うが、どうだろう。共通するのは、芝の魚売りが金を拾ったこと、その金がお下げ渡しになることだけである。裏長屋に住む飲兵衛の魚売りの亭主とその女房の話でもなければ、拾った革財布の五十両を亭主がそのままネコババしようとするので、女房が大家に相談して財布を役所に届け出てもらい、拾ったことは夢にして、だめな亭主を改心させ再生させるというストーリーのかけらもない。

 落語「芝浜」の成立について長くなったが、次に「芝浜」に出て来るキーワードについて予備知識を書いておこう。
 芝の魚河岸(うおがし)=江戸時代は日本橋界隈の魚河岸がメインだったが、芝浦にも魚河岸が出来て、江戸中期の享保年間(1716~36年)から栄え出した。ここは雑魚場と言って、主に東京湾の近海から採れた江戸前の生きのいい小魚を扱う問屋が揃っていた。「芝ざかな」と言って、キス、ハゼ、カレイ、シャコ、スズキ、アジなどの他に、ウナギ、アナゴ、海老、蛤、アサリなど多くの魚貝類である。芝の魚河岸は、朝だけでなく、夕方も市場開かれ、繁盛していたという。
 棒手振り(ぼてふり)=天秤棒をかついで物を売り歩くこと、またはその人。魚売りがその代表格。魚売りは、磐台(はんだい、浅くて大きなたらい)を二つ、天秤棒に乗せて、町を売り歩く。一心太助(実在の人物ではないが、講談や映画に登場する)が有名である。
 馬入(ばにゅう)=磐台のこと。「芝浜」では熊五郎が拾った革財布を腹がけのどんぶり(ポケット)か、または馬入に入れて戻って来る。
 切通し(きりどおし)の鐘=切通しの時の鐘については、愛宕山下の青松寺の鐘とするものと、切通坂にある青竜寺の鐘とするものがある。芝の増上寺の鐘とは違う。「芝浜」では、切通しの鐘と言う時もあれば、増上寺の鐘と言う時もある。
 二分金=一両の二分の一。二分小判ともいう。二枚で小判一枚。1818年(文政1)から68年(明治1)まで鋳造。「芝浜」で革財布の中に五十両というと、二分金が五十枚入っていたことになる。江戸時代の物価を現代比較するのは難しいが、おおよそ一分が今の二万円ほどらしく、一両が八万円で、五十両だと四百万円見当になる。
 小粒=小粒金(一分金)または豆板銀。三木助の「芝浜」では、小粒で八十二両と演じた録音があるが、金なのか銀なのか不明で、それが混ざっていたとすると、二百枚近い小粒が財布から出てきたことになる。
 福茶=昆布、黒豆、山椒、梅干などを入れた茶。大晦日、正月、節分などに縁起を祝って飲む。


 

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