背寒日誌

2024年10月末より再開。日々感じたこと、観たこと、聴いたもの、読んだことなどについて気ままに書いていきます。

倍賞千恵子の「下町の太陽」

2006年02月19日 08時44分23秒 | 日本映画

 倍賞千恵子と言えば、「男はつらいよ」のさくら役をあまりにも長い間続けていたので、そのイメージが定着してしまったようだ。彼女は二十歳後半から五十歳半ばを過ぎるまで、ずっと寅さんの妹として歩んできた。まさに女優人生の大半を「男はつらいよ」に捧げてしまった。いや、渥美清と山田洋次に捧げてしまったと言えるかもしれない。それはそれでえらいことだと私は思うのだが、半面「男はつらいよ」に出演し始める前から倍賞千恵子が好きだった私としては、さくら役一筋に絞って女優人生を過ごしてしまった彼女を惜しむ気持ちも抑えきれない。
 私はSKD(松竹歌劇団)時代の倍賞を知らない。初めて彼女を見たのは歌手としてだった。あの透き通るような美声で「下町の太陽」を歌っているのを何度もテレビで見て、子供心に素晴らしい歌手だと思った。「下町の太陽」は大ヒットして、確かレコード大賞の新人賞を取ったはずである。それから、時々喜劇映画に出演している彼女を見たことはあった。が、倍賞千恵子は映画女優というより歌手だという印象が強かった。「忘れ名草をあなたに」もヒットしたが、私も口ずさむほど好きな歌だった。
 「男はつらいよ」以前に倍賞千恵子が主演した映画で私が好きな作品は、「下町の太陽」(1963年)と「霧の旗」(1965年)である。どちらも山田洋次の若き日の監督作品で、倍賞と山田は切っても切れない関係なのだと思わざるをえない。この二作を私は映画館で観たのではない。封切り後10年ほど経ってテレビで見た。そしてビデオで見直して、歌手としてだけでなく女優としての倍賞千恵子のファンになった。
 「下町の太陽」は、歌が先で、歌のイメージを翻案して後で映画にしたものである。「男はつらいよ」の原型とも言える作品で、東京下町で暮らす老若男女の人間模様を描いた山田洋次の意欲作だった。ここには寅さんのような強烈なキャラクターは登場しないが、荒川の土手や工場や下町の風景は随所に出てくる。倍賞千恵子は町子(ずいぶん単純な名前だ)という女工員で、母親に先立たれ残された父親と弟二人の世話をしながら、恋や結婚問題に悩む若い女性を演じている。家族を励ます明るさと人を大切にする愛情の細やかさは寅さんの妹さくらに通じるものだが、この映画の倍賞はちょっと気丈で、自分の生き方を真面目に考えようとする前向きな姿勢がある。そこに好感が持てる。町子には付き合っている同僚の男(早川保)がいるのだが、出世欲が強い男の自己中心的な幸福感に次第に疑問を抱き始める。その時、町子に一目惚れした男(勝呂誉)が現れる。鉄工所で働く工員で、町子は彼のひた向きな愛と地道な生き方に共感を覚え、彼との結婚を匂わせてこの映画は終わる。この二人の関係は、「男はつらいよ」(第1作)のさくらとひろしのロマンスの前段階みたいなもので、「下町の太陽」はまさに後年の山田作品を方向付ける画期的な作品だった。
 倍賞千恵子は「霧の旗」では、まったく違った若い女性を見事に演じているが、この映画については稿を改めて書きたい。松本清張原作の映画には私が好きな作品も多く、「霧の旗」はぜひその中で取り上げたいと思う。

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5 コメント

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Unknown (河本)
2006-04-26 22:05:30
はじめまして、河本と申します。初めてで申し訳なく思います。

縁あって「下町の太陽」を拝見させていただきました。あるシーンでどうしても

分からないところがあります。それは、倍賞さんが父親に母親との結婚について尋ねる場面です。「お母ちゃんて、最後なんていって死んだの」と父親に尋ねると、「ありがとうってしんだぜ」と当たり前のように答えます。その後、倍賞さんは、「お母ちゃんて、かわいそうね」と怒ったように言い外に出て行きます。

そして、泣くのです。なぜ泣かれたのか分からないのです。おそらく、「自分の母親は父親に愛されて亡くなったんだ、幸せだったんだ」と思う涙だとおもうのですが・・・また、真の結婚のことが分からなくなった乙女心からの涙とも感じとれるのですが・・もし、そのシーンがわかればよろしくお願いいたします。

他のプログの方にも相談しております。重なっていたら大変申し訳なく思います今後とも、よろしく、お願いいたします。(倍賞さんが、貧乏だけどお母ちゃんは幸せだったんだ・・)とかの言動があればわかるのですが、急に泣き出されるもので・・スミマセン

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なぜ泣いたか? (背寒)
2006-05-07 08:26:09
こんにちは。ブログ筆者の背寒と申します。

気がつかずに、しばらく返事を書かないままにして、ごめんなさい。

倍賞千恵子が大泣きする場面、実は私もなぜ急にあんなに泣き出したのかが分かりませんでした。あそこは確か、彼氏との結婚に疑問を抱き始めていた時だったと思うのですが、彼氏を心から愛せない自分がみじめになって泣いたのではないでしょうか。もちろん、父と母の幸せだった結婚生活への思いも含まれてのことでしょうが、今度この映画もう一度見直して確かめてみます。それとも結婚をあきらめる決断をしなければならない悲しさからだったのでしょうか?
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わからないです・・ (河本)
2006-05-09 21:44:07
お返事ありがとうございました。

あるプログの方に相談いたしました。貧乏生活にも、関わらず最後の死際に「ありがとう」と言った母親が惨めであったこと、真の結婚とは何か・幸せとは何かに真剣に考えはじめたこと・・・

と回答を頂きました。

母親が、不幸だったと思われたのか、幸せだと思われたのか、何回観ても分からないですね・・・

演出された、山田洋二監督・演技された倍賞さんしか

分からないのでしょうか・・・難しいです。最近のドラマなどで、あまりにも言葉に頼りすぎている自分を反省します。

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私は<上品な美人>好き (匿名(一応))
2008-07-04 01:14:21
 私はリアルタイムで<寅さん映画>を見た世代では有りませんが今、倍賞千恵子さんに夢中です。初めの出会い(?)はBSで放送されていた<寅さん>で、出ていた倍賞さんに夢中になってしまい、次にたまたま放送されていた「下町の太陽」を見た時、決定的になってしまいました。歌にも惚れました。その理由は・・・一言で言えば<上品な美しさ>でしょうか。どれだけの割合でいるのか、わかりませんが男性には<上品な美人>に熱中するように心が動いてしまうようです
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なぜ泣いたか (SK)
2009-07-05 19:31:50
自分の母親は父親を愛していた。でも、その愛する人と(病気で)早く死に別れたので母親をかわいそうに思った。一方で、最後まで父親を愛して死んだことが確認できうれしくも思った。自分の結婚を前にして心揺れ動く時、母が父を愛し父が母を愛しそれでも死に別れたことに感動を覚えたのだと思います。
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